シャドラ ~Shadow in the light~

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第2章:Drug & Monsters Party

7.とある午後 3話

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≪前回のあらすじ≫
カイルとリュウガは、スカルのメンバーから情報収集をしていた。

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「こんにちは、カイルさん。またお会いしましたね。折角ですし、今日こそお茶でもいかがです?」

 人混みの向こう、爽やかな笑顔を浮かべたエリスが道端の柵に寄りかかって立っていた。
 彼女はカイルの姿に気づくと姿勢を正し頭を下げた。

「いいねー、実はちょうど休みたいと思ってところだったんだよ。幸い今日の仕事は大体終わったことだし」

 通り沿いに数十メートルほど歩いたところ、セントラルのメインストリートに面したモダンなカフェ。
 昨年オープンして以来人気の、コーヒーとチョコレート菓子が美味いと評判の店である。
 確かサクラがそう言っていた。
 夕刻になった今でも店内、オープンテラス共に大勢の客で賑わっている。

「いかがです?最近ここのテラス席がお気に入りでして」

「確かにいい席だね、風が気持ちいいや」

 エリスは季節のフレーバーティー、カイルはカフェラテとチョコレートケーキを注文していた。
 ちなみに代金はエリス持ちである。
 なみなみとカフェラテの注がれたマグカップから伝わる熱と夕暮れ時の少し冷たい風の組み合わせが何とも心地よい。

「美味しいねこのケーキ。しかし、エリス。よく俺が来るってわかったね」

 フォークの先でチョコレートケーキをカットしながらカイルが話を切り出した。
 
「それはもちろん敬愛するカイルさんのことですから」

 どこまで本気か分からない様子でさらりとエリスはそう言った。

「へー、じゃあ俺が話したい事も分かっているかな?」

「そうですね.....、最近世間を騒がせている例のドラッグの話、とかでしょうか?」

「すごいね、正解だよ。ジャンパーって呼ばれてる例の薬。あれに見覚えはないかな?」

「・・・あえて言うなら大戦中、ウチで研究していた薬に似ていますよね。確か≪FPAD-Forced Progress Acceleration Drug≫と呼ばれていましたか。効能があれによく似ていると思います」

 エリスはフルーティーな香りの湯気を立てている紅茶のカップを片手に、少しばかり考え込むそぶりを見せたが、ほとんど間をおかずに核心へと踏み込んできた。
 待ち伏せていたことを否定しないことからも下手に誤魔化す気はないのだと読み取れる。

「これは俺の想像なんだけどさ。あの人、ガンマさんが俺がフェンリルを抜けた後も研究を続けていて、実用段階まで完成させていたら?そして大規模な実験を行おうとしているのだとしたら?」

「フフフ、カイルさん。その通りです。ガンマ様はあなたとの研究成果であるFPADを昇華し、≪改良型≫を作り出されました。≪ジャンパー≫は、実験用にその効能を薄めたモノです」

「(嫌な予感が的中、か)。エリスは、FPAD(アレ)がどういうモノか分かっているのかな?」

「戦力増強計画の一環として始められた研究だったと記憶しています。魔術的素養の高い、もしくは特異な能力を持つ者を大勢集めることは難しく、その育成にも莫大なコストがかかりますから。魔術的素養が無くても人を超えたフィジカルがあれば戦力となる。確かそういうお話でしたよね?」

「そう、FPADは人間の体の持つリミッターを無視して、持てる力以上の力を発揮させる。それが普通の人間から作り出せるのならば兵力調達は容易。俺たちも当時、先人達の発想の例に漏れずその結論に達し、そして失敗した。結局、常人の肉体では到底FPAD服用の負荷に耐えられなかったんだ。だからこそFPADの研究は凍結された」

「はい、ですが≪改良型≫は正にその致命的なデメリットを克服する事に成功したものです。肉体の崩壊を察知した脳が発する危険信号をトリガーに、≪改良型≫の優れた作用が発揮されます。負荷に耐えられるよう、より強靭に身体を作り変えようとする働きを爆発的に促進し、人間の器を強制的に成長、いえ「進化」させる。そう、ついに我々は、人を超えた人を作ることに成功したのです」

「・・・・エリス。これ以上無意味な腹の探り合いはゴメンだ。だから端的に聞くよ。≪改良型≫には、まだ致命的な欠陥があるんだろう?だから、わざわざ効能を調整したモノを≪ジャンパー≫、新しいドラッグとして廃棄区画にばらまいた。その致命的な欠陥を攻略するために必用なデータサンプルを得るために」

 これまでと違う強い口調で問い詰めるカイル。
 対して、エリスは深刻な内容とは裏腹に紅茶を啜りながら、穏やかな表情のまま静かに語り続ける。

「流石ですね、カイルさん。そこまでお気づきでしたか。そうです。実は、肉体の崩壊は抑えられたんですが、まだ脳や精神への副作用が抑えられていなくてですね。たいていは副作用に耐えられず薬の作用が切れる際、死ぬんですが、一部副作用を乗り越え、適合し、進化した者たちは理性を失い、変異し、まるで化け物のように人間を襲うようになります。食料として捕食するために、またはいたぶって快楽を得るために。これが非常に厄介でして。ですから、あと一歩、完成にはどうしてもデータが必要なんです。出来る限り多様性に富んだ変異者のデータが」

 そう言ってエリスがテーブルの上に置いたのは、真っ赤な錠剤である。
 だが、カイルの知る≪ジャンパー≫とは少し異なり、青いラインが入っている。

「そして、これは≪改良型≫に近い、本来の投薬濃度に調整された≪ジャンパー≫です。希釈したジャンパーが出回っているところにコレがばら撒かれれば、どうなるかお判りでしょう?」

 重い沈黙が流れる。

 馬鹿げている。

 一体どれだけの人が犠牲になるのだろうか。
 何百、何千、それとも何万?
 エリスの話が正しければ、相当の死者、そして変異者が出るだろう。
 いっそ飛び切り質の悪い冗談であってほしい。

「・・・それが一体どういうことなのかわかっているのか?」

「ええ、本当に恐ろしいですよね。私も流石に今回の作戦には反対です。ですので、今日こうしてお願いをしに参ったわけです。カイルさん、ガンマ様を止めるためにフェンリルに戻って、私に協力をしていただけませんか?あなたには未来を変えられるだけの力がある」

「・・・俺が戻ったところでそう簡単にガンマさんが計画を変更するとは思えない。エリス、何か考えがあるんだね」

「はい。我々は、薬を効率よく拡散するために廃棄区画内の幾つかのチームを利用しました。近々実験の最終段階、後始末の為に彼らの殲滅作戦を決行する予定です」

「つまり、コレが本格的にばら撒かれる前に、そいつらを始末し、モノを押えてしまおうと?」

「気が進みませんか?様は遅いか早いかだけの話です。どのみち彼らの殲滅は実行されます。元々ならず者の集団。この青いラインの引かれたジャンパーが広範囲にばら撒かれ、薬に手を出していない者たちにまで被害が及び取り返しがつかないことになるよりはマシだと私は考えています」

「・・・・・・・・・」

 すっかり冷めてしまったカフェオレを飲みながら目を閉じ、カイルは考える。

 そもそもガンマさんは何故今更こんな馬鹿げた事を?
 メリット以上にデメリットが大きすぎる。 
 他派閥との争いの一環?
 それとも・・・

 いや、どれも違う。
 彼女の本質、行動原理は純粋な好奇心と狂気、そして退屈。
 対面的な立場、言動からはおよそ想像がつかないだろうが、ガンマ・グレイブヤードとはそういうモノだ。
 きっと≪ジャンパー≫をばら撒けば、俺が黙っていられない事を分かっていてやっている。
 となると、エリスの誘いに乗って、フェンリルに戻るのはあまりいい手とは思えない。
 しかし、投薬濃度の調整された青いラインの入った≪ジャンパー≫が出回ることは絶対に見過ごせない。
 となれば・・・。

 カイルは静かに空になったカップを静かにテーブルの上に戻し、決意と共にテーブルの下で強く左拳を握り締め告げた。

「俺は、いや、カイル・ブルーフォードは………。フェンリルに復帰する」

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~登場人物紹介~

・カイル・ブルーフォード:【なんでも屋 BLITZ】を営む。

・エリス・フランシスカ:【Fenrir(フェンリル)】第2小隊隊長。
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