上 下
7 / 9

勇者と王族の確執1

しおりを挟む

おかしい。なぜ体が動かない?


目の前ではレオルが勇者に自らを差し出そうとしている。
止めたいのに…駆けつけて勇者を殴りたいのに!…体が動かない。

「おいシドトル!お前は動くのか?!」

「不可能です」

白衣を着た青年が険しい顔で答える。

「恐らく勇者が原因でしょう」

(勇者が?)

シドトルと呼ばれた青年が勇者を見る。

「あの首輪は語学翻訳機能の他に勇者の力をコントロールする機能が付属しています。
勇者が力で悪用しないようにする代物でもあるのです。」

俺は金髪の男を腸が煮えくり返る思いで見る。

男は呆然とレオルを見ていた。
その様子からは悪意は見れない…ならば、力がコントロールできていないのだ。
恐らく暴走しているのではないだろうか?

「ロイズ。どの位まで修復可能だ?」

「腕と胸元。どっちが先?」

「…胸元だ」

ロイズ王女とアルベリオス王子の会話に耳を疑う。
レオルは利き手を失っているのだ。今手を治療しなければ間に合わないかもしれない。

レオルが、騎士として、終わってしまう…。

やはりあの時、もっと強く言うべきだった。

いいや…まだ間に合うッ!

「…アルベリオス王子。レ、レオルは左翼を勤めたいとおっしゃっていました」

レオルの名前を呼ぶ事に戸惑いながらも俺はアルベリオス王子を見る。

アルベリオス王子は俺と同じレオルの婚約者候補だ。
そして俺と同じレオルを愛して婚約者候補に名を上げた者同士だ。

レオルの意見は尊重するはずだ。

「………レオルの血筋を考えたら奴隷魔法紋は残してはいけない」

王族の血筋に連なる者は奴隷魔法紋を所持してはいけない。
レオルはだから尚更だ。

「後で…後で治せないの?」

意識が覚醒したらしい勇者がレオルの頬を撫でた。

「治療魔法は時間と傷の重さによって完治するか変わるんだ。
軽度の傷は後からでも大量の治療魔法を当てたら治せるよ。
でも重度の傷は不可能なんだ。
重度の傷は初期でも大量の治療魔法を必要とする。
だから時間が経ちすぎると治療魔法の効果が足りなくて治せない。
今回は両方重度の傷。そして出血も酷い。

もう騎士として使えないね。…公爵も勤まるか怪しくなってくる」

レーモンド王子が残念そうに言う。

(駄目だ。こいつから【左翼】を奪ったら…壊れてしまう)

「治療魔法はどうすれば使える?」

勇者がロイズ王女に問いかける。

治療魔法を習得するつもりだろうが不可能だ。
治療魔法は光魔法の中でも難しいと言われる魔法。
その前に勇者に希少である光魔法の適正があるかも不明だ。

「…勘かな?」

ロイズ王女が治療魔法を展開しながら首を傾げる。

「……」

周囲が静まり返る。

ロイズ王女は光魔法と相性が良い為、治療魔法はロイズ王女曰く『呼吸するのと同じレベル』らしい。

ロイズ王女は感覚派の天才だった。

「こう…シュワシュワを集めて開門する?みたいな…その時にポカポカを込めると治療魔法になるわ!」

「ロイズ。恐らく誰にも伝わっていないよ」

レーモンド王子が深いため息をつく。

そんな時、儀式の間の扉が開く。

「…どういう事だ」

そこにはこの国の王であり我々の主であるサルトバルク国王陛下が居た。 

「なぜレオルが怪我をしている」

サルトバルク国王陛下が氷の様な冷たい声で言い、周囲を一周見る。

「ロイズ。状況を説明しなさい」

「…シルバート本人が傷をつけました。勇者と奴隷魔法契約を交わそうとしていました」

「アルベリオス。なぜ止めなかった」

「……申し訳ございません」

「レーモンド。なぜ、光魔法使いを集めない」

「状況に混乱してしまい対応が遅れてしまいました。申し訳ございません」

サルトバルク国王陛下が王子王女らに聞く。
あの王族の中でも国王に愛されている子供らが震えた声で話す。

サルトバルク国王陛下はレオルを大切にしている。
レオルが騎士になりたいと言ったら左翼という職を作り、レオルが公爵を弟に譲ろうとしていたら他家に嫁がせ様とする。

レオルが元王族だからか?
違う、サルトバルク国王陛下はその様な方ではない。

レオルの両親を目の前で殺害しているのだから。

「なぜお前達は動かない?」

「…原因不明な力により王族の方以外行動が不可能となっております。」

俺の声も自然と震えていた。
サルトバルク国王陛下はレオルに関する事には冷酷な方だ。

以前どこかレオルに似た少女が右翼という名の職についた。
レオルはその少女に恋をした。
そしてサルトバルク国王陛下はそれを何かしらの方法で知った。

サルトバルク国王陛下はその日の内に少女を殺した。

そしてレオルにそれを伝える事を禁止した。
元々内向的な子だったので死んだ事を知っているのは少人数だ。

サルトバルク国王陛下はレオルを身近に置く為に死して尚少女を利用する。

「レオル。意識はあるか?」 

サルトバルク国王陛下がレオルの頬を軽く叩く。

「サル…ト、バルク…」

レオルが少し瞼を開く。
そしてサルトバルク国王陛下を呼ぶ。

サルトバルク国王陛下はレオルの両親の元部下だ。
レオルにとっては兄の様な…家族の様な存在だった。

(駄目だレオル。その方を信じてはいけない。)

レオルの両親である前王弟夫妻を殺し、思い人を殺し、お前の全てを奪い偽物を与えたその方を許してはいけない。

「触るな」

勇者がサルトバルク国王陛下の手を弾いた。
しおりを挟む

処理中です...