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中等部

【ルクイア•カロアス】

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「ここは通せません」

「なぜ?私はカロアス公爵様からお嬢様のお世話を直々に頼めれているのですよ」

 私は護衛の人間を鋭く睨み、制服に仕込んでいたナイフに手をかざそうとした。

「誰か、誰か来いッ!!早くっ!!」

 そんな緊迫した空気が流れる中、若い男の声がして全員がその声に引きづられる。
私もその声を聞き、何かあったのだと部屋の中に強制的に入る。

「皇子!何かありましたか!」

「皇子!」

「カロアス公子無事ですか!!」

「お嬢様!!」

 結局全員が一斉に入る形になってしまった。

「ッカロアス公子…」

 お嬢様の護衛が息を飲んだ。
私も血の気が引いていくのを感じる。

 生まれて初めて感じる、失うかもしれないという恐怖だった。

「トバルト。トランクにある緑色の箱を今すぐに出せ」

 そう言うと私はお嬢様に近づき若い男からお嬢様を奪う。

「トバルト、命令だ!早くしろ!!」

「ッわかりました!」

 お姫様抱っこをし若い男と護衛から一定の距離を保てる場所にお嬢様を横たわらせ、脈を測る。

「チッ」

 私は最悪の事態につい舌を打ってしまう。

「お、おい、医者を呼ぶから待ってろ!」

「そうだ!その方は公爵子息様だぞ!何かあったらどうする!!」

(何かあったら…?待ってろ…?)

「これが終わったら全員殺す。だから大人しくそこで待ってろ。」

「ひぃ!」

「悪魔の目だッ!」

 私は苛立ちの余りつい魔力を乱してしまった。

(落ち着け。大丈夫。まだ大丈夫だ)

 私はお嬢様の制服胸元を丁寧に、迅速に外し、模様を確認する。

(濃度が高い。これなら魔石に変換する方が早いだろう)

 私は呆然と下を見つめている皇子を確認し、次に護衛達を見る。

護衛は二人。

(受け皿には少し足りないかもしれませんね)

「皇子には眠って貰いますか」

 私は小声で詠唱を始める。

「我の元へ現れ、虚ろな世界へ彼の者を誘い給へ、彼の者に深淵を与え給へ【コンストレイントスリープ制約の眠り】」

「る…い…」

 皇子が眠ったのを確認し、私は護衛二人に近づく。
護衛達は私を恐れ、剣を構えた。

「皇子っ!」

「この悪魔が皇子に何かしたんだっ!!」

 護衛達の剣を持つ手が震えている。
私はそれを嘲笑い、護衛達へ手を向ける。

(普通の人間としてお嬢様と生きていたかったが、今回だけ。お許し下さい…お嬢様)

「選定されし器、恵み溢れし命の力、我、禁忌を犯す者、汝盟約を交わし給へ【ᛘᛆᚵᛁᛍ ᛍᚱᛦᛋᛐᛆᛚ魔法結晶】」

「うわああああ!!」

「ひぃっ!」

 次の瞬間、護衛達の姿は消え、黒い魔石だけが残っていた。

「うぅ…」

 私はぐにゃりと歪む視界に耐えられなく、床に膝をついて蹲る。

「おじょうさま」

 目からポタポタ垂れる血を拭い、乱れていた呼吸を整えて魔石の元へ向う。

 私は手の平サイズの魔石を一つずつ飲み込み、魔力を体内に循環させる。

「お待たせしました!」

 走って来たからか呼吸が乱れているトバルトが緑の箱を持って現れた。
 私は険しい顔でその箱を受け取り、お嬢様の元へ向う。

「…それはなんですか?」

「お前が知る必要はない」

「人体に入れて大丈夫なんですか…?」

 緑の箱から丁寧に取り出したのは、金色の液体が入った小さい注射器だ。
私はその注射器をお嬢様に打つ。

「うっ…」

「カロアス公子!!」

 注射の効果はすぐに現れ、お嬢様は呻いた。

「こう…い…さ、ん」

「今はゆっくりとお休み下さい、お嬢様。 

深海の闇夜に意識よ、身を委ね、汝に安らぎを【睡眠スリープ】」

 私はお嬢様に睡眠魔法をかける。

「ろ…い…す」

 お嬢様は安心した顔をして眠った。
私はその顔を見て安堵し、お嬢様の洋服を元の状態に戻す。

「貴方はお嬢様とそこの男を各部屋に送って下さい」

「わかりました」

 私はお嬢様と男をトバルトへ預け、そのまま部屋に残る。

「ッ」

 私は何度も咳き込み、血を吐く。
まるで心臓が焼かれて爛れた様な痛みに、私は口元をハンカチで抑えてただ耐えるしかない。

 私は姿を保っていられず、元の姿に戻ってしまう。

「ねぇ…さ、ん」

 ーー譲りのーー髪が嫌いだ。姉さんを贄にした赤い瞳が嫌いだ。

『クイアは私の自慢の弟よ』

(今度こそ、貴女を守ります)

 記憶の中で優しく笑う姉を思い出し、私は泣いた。
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