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第零章:転生

第1話:衝突

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 【転生】……という言葉を御存知だろうか?

 輪廻転生という大自然の摂理、即ちそれは魂の流転であり進化の道筋。

 魂はあらゆる存在に宿ったモノであり、生物は魂の位階を現世を生きて転生によって上げていく。

 最終的には神化する事により、神に等しくなるのが生命の自然界での在り方、だけど残念ながら其処まで至る生命は少ない。

 また、他ならない神々が何らかの理由から人間などの生命から選んだ者を転生させ、使命を果たさせる事で魂の位階が上がる場合も有り得る。

 これはそんな生命の一つが駆け抜けた魂のロンド。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「はぁっ!」

「ふっ!」

「せやぁぁっ!」

「はっ!」

 道場……としか呼べない場所で木刀にて打ち合っている男女が居た。

 どちらも黒髪黒瞳という明らかな純日本人、しかも顔立ちがやや似ている為に血縁者であると、誰が見ても推測をするであろう。

 決して夏くらいの暑さを感じさせない筈の季節で、冬には早い謂わば秋も半ばにありながら、男女は汗をダラダラと流しながら木刀を揮っている。

 青年は二十歳を半ばまで越え、大学は出ている程度の年齢だろうか? 容姿は整ってこそいるが凡庸で、筋肉は武術家としてきっちり付いていた。

 一方の少女も高校生という程に幼くはなく、二十歳か其処らの新成人になったばかりにも見え、艶やかな黒髪をポニーテールに結わい付けており、初雪の如く白い肌をしているが何処か健康的で、それなりに育った双丘は胴着の上からでも揺れているのが判る程で、目の前の男が兄でなければ堪らないシチュエーションであっただろう。

 実際、二人は見た目通りの年齢だったりするけど、これ以降は余り見た目には変化しないと予測出来る。

 何故なら、二人の試合を見定める審判……四十路にも見えるが、既に六十歳越えの老人であり二人にとっては師匠兼祖父。

 この一族、男は三十路前で女が二十歳前後になると老化が遅々となるらしく、特に女が顕著で三十路に見える六十歳越えの祖母──一族の間で婚姻している──が居る。

 そんな二人の続き柄は、兄妹という近しい間だ。

 年齢差は五歳。

 二十五歳の兄に二十歳の妹で、この手合わせは妹の謂わば“我侭”による。

「であっ!」

「しっ!」

 カランカランと軽快な音を鳴らして、兄が持つ木刀が床へと落ちた。

 上段から斬り下ろさんとしてきた兄に、パリィ気味に放たれた下段からの対抗措置、それにより兄の木刀が払われて衝撃によって、手放してしまったのだ。

 首筋に妹の木刀が据えられて、兄は自らの敗北を覚るしかない。

「それまで、勝者白亜!」

 審判役の祖父の高らかな勝利宣言を受け、兄の青年はガクリと膝を付く。

「に、兄さん……」

 気遣わしげな妹──白亜の声、それに顔を上げた兄が苦笑いを浮かべた。

「やっぱり白亜には敵わなかった訳だな。まあ、判っちゃいたんだが。これで、白亜にも理解が出来たろ。俺じゃお前に勝てない」

 立ち上がった兄は踵を返して、足早にさっさと道場を後にする。

「待って、兄さん!」

「よさんか、白亜」

「お爺ちゃん、でも……」

「優斗も暫く見ん内に強うはなったがな、やはり白亜には勝てなんだわ。お前も判ったろう? 優斗が弱いのではなく、白亜が強過ぎたのじゃ……とな」

 剣才という意味でなら、確かに白亜はまるで剣の申し子とも云えた。

 五歳上の兄に容易く勝利が可能な程の剣才、それは十二歳の頃に十七歳であった兄──優斗を叩きのめす 
くらいだったと云う。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 優斗はガン! と近くの岩をぶん殴る。

 するとどうだろうか? 岩がけたたましい音を響かせて砕け散ってしまった。

 素手の戦いを前提に拳と腕力と全身の筋力を鍛えた格闘家であるなら兎も角、緒方優斗は妹に敗ける程度の剣士である。

 当然、岩を砕くマネなど不可能な身体の作りだ。

「くそ! こんな未完成な技じゃ意味が無い!」

 それは右手に集まる力。

 よく内気功とか呼ばれるインチキ技が在るのだが、これはそんなモノなどでは決してなく、緒方家に伝わる【緒方逸真流】の一種。

 【錬術】と呼ばれる技、優斗は右手にのみそれを纏わせる事には成功したが、全身へと行き渡らせる事や武器に纏わせる事が未だに出来ず右手、若しくは左手を岩よりも硬くする程度。

 拳闘士なら兎も角、剣士である緒方優斗には全く以て意味が無い技である。

 本来なら剣に纏わせたり身体強化を行うなりして、意味の有る技として使えるのだろうが、未熟な優斗にはそこまで至れない。

 これが成功していれば、自分より技術に優れた妹の緒方白亜にも勝てた。

 剣に纏わせたら剣の威力が上がり、全身に纏わせたら身体が全体的に強化される【錬術】は、緒方家でも実は失伝してしまった技。

 遥か昔──戦国時代なら感覚的に覚えれたのであろうが、江戸時代という戦の無い天下太平の世を跨ぎ、明治維新で少し復活をしたものの、大正から昭和に掛けてもう剣士など無用と叫ばれ続け、平成になってからは優斗の流派も健康体操と変わらない扱いを周囲から受けていた。

 それでも緒方家は廃刀令なんかで衰退をする事も無かったし、幾つもの分家が宗家を盛り立てる程度には権力を持っており、宗家を継げば剣を振っているだけで暮らせたりする。

 その秘密は女に有り。

 緒方家が【緒方逸真流】を興す前、家柄としてみれば浪人でないのが不思議なくらい貧乏な弱小家系。

 然し、戦国武将によって群雄割拠し合戦に明け暮れ始めると、緒方家みたいな弱小家系でも仕事は回ってくるもので、親類縁者達が主家に仕えて合戦場を巡る様になった頃、初代となった青年は自らの剣技をまず鍛える道を選んだ。

 当然、親類縁者から穀潰し扱いを受けていた初代、緒方優之介はそれでも修業に全力を注ぎ、サバイバルをしながら力を付けた。

 時には村人から依頼を受けて猪退治熊退治をして、肉や金銭を得るといった事も何度かしている。

 そんなある日、鬼退治という物語にでも在りそうな依頼を受け、優之介は鬼の出る小島へと赴いた。

 曰く、人とは思えぬ艶やかな黒髪を足元まで伸ばしており、その黒曜石の如く瞳は人を惑わして、まるで初雪の様な肌は寒々しくて凍えそうな羅刹女だとか。

 優之介は怖いもの見たさと女だという下心からか、村人からの依頼を請け負い意気揚々と小島へ向かう。

 紆余曲折──緒方優之介が出逢った羅刹女は鬼女というより寧ろ天女であり、優之介の心の臓を鷲掴みにしてきた。

 本当の意味で。

 本気で死ぬかと思ったものだが、それでも一撃必殺ではなかったのが幸いし、痛みを堪えて前に進む。

 羅刹女は驚愕をしたが、更に鷲掴みにした心の臓を強く握ってきた。

 だが、優之介の息の根が止まるその直前に羅刹女の目前に辿り着き、力尽きたのも理由だったがあろう事か押し倒してしまう。

 その後は紆余曲折有り、二人は夫婦となる。

 勿論、紆余曲折の間には色々と在ったが……

 その後の彼は流石に戦へ駆り出され、緒方優之介の名前が戦国時代に有名となって馳せた。

 緒方家は美しい嫁を得た優之介を、改めて初代として祭り上げる事になる。

 白と名乗る嫁と優之介は緒方家を盛り立てつつも、宗家としての役割(こづくり)に励み、その結果として二人の子供に恵まれた。

 長男の名を優玄。

 長女の名を白華。

 爾来、緒方家では宗家と分家の別無く長男に優を、長女に白を付けたと云う。

 また、緒方家の女は初代の妻たる白を思わせる美しい容姿で生まれ、時に権力者に求められる事も少なくはなく、現代にしてそれなりに権力を持った一族。

 何しろ、緒方家の娘達は織田に豊臣に徳川にと嫁いだ事もあったし、江戸時代には皇家すら欲したとか。

 流石に権力者相手に嫁ぎたくないは通用しないし、大人しく嫁がせていたから得た権限が高く、廃刀令後も剣の道で衰退しなかった理由である。

 優斗の五つ下の妹である緒方白亜もそう、何も手入れをしなくてもとても艶やかな黒髪、黒い宝石の如く美しい瞳に初雪の様な肌、大き過ぎずかといって小さ過ぎない形の良い胸、当たり前だが学校でも分家筋の同年代からもモテた。

 どうやら女だった場合、緒方 白の遺伝子が優勢遺伝されるらしい。

 事実として分家筋……

「いらっしゃいませ」

「また世話んなる白夜」

 その女達も多少の差違は在れ、白亜と同じくらいに美しかった。

 優斗が訪ねたのは分家筋の一つ──狼摩家。

 目の前の着物を日常で着ている黒髪ポニーテール、何処と無く妹を思わせる様な容姿ながら、やはり妹とは別人とはっきり判る顔立ちは楚楚としている。

「心より御待ちしてました優斗様」

 分家筋だからではなく、元からの口調な為にもう少し砕けてもという、優斗のお願いは聞き入れられなかった訳で……

 相変わらずな狼摩白夜の言葉遣いに苦笑い。

「また頼むよ」

「お任せを。【緒方逸真流狼摩派鉄扇術】……優斗様に仕込んで差し上げます」

 緒方白亜が普段着に現代っ子らしい元気な服装──薄着にホットパンツを選ぶタイプなのに対し、白夜は大和撫子を体現したかの様な服装を好む。

 だからといって普段着に着物もどうかと、優斗的にも思いはするのだが本人はこれが一番らしい。

「チッ、頭がいてーと思ったらやっぱり無能かよ」

 玄関口にやって来て悪態を吐くのは……

「──優世」

 狼摩優世。

「バカ兄には関係無い事でしょう?」

 狼摩白夜の兄だった。

「ケッ!」

 優斗を嘲る様な眼は相も変わらず、だから今更ながら何かを思いもしない。

 優世が自分の部屋に引き篭ったのを見て、溜息を吐いた白夜ではあったけど、すぐに気を取り直す。

「では優斗様、道場に行きましょう」

「ああ、そうしよう」

 道場に移動した二人は、更衣室で着替えを済ませて少し大きな扇を手にして、互いに見合う形で立つ。

 白い道着に黒い胸当てを着けた黒い袴姿の白夜。

 一方の優斗は白い道着に白い袴姿となっていた。

 互いが扇を左手に持ち、格闘技をゆっくりと動きながら行いつつ、防御に扇を開いたり閉じたりをしながら使っている。

 その動きはまるで舞い。

 唯でさえ【緒方逸真流】は他の武術に比べてすら、舞うという形が取られているのだが、この【緒方逸真流・鉄扇術】は正に雅な舞いを舞っているかの如く。

 まあ、今使っている扇は大きいだけで普通の物。

 鉄扇などではないが……

 幾合かのぶつかり合い、徐々にだが動きも激しくて速くなり、まだ初夏とはいえ気温もそれなりな状況で道着姿はやはり暑い。

 それで動き回るのだからいつしか二人は汗を掻き、道着も汗を吸って重たくなるくらいになっていた。

 そして二人の舞いは終幕を迎える。

 カツッ! 互いの扇を頭の上で軽くぶつけ合って、終幕を告げたのを見計らい漸く一息を吐いた。

「ふう」

「はふ……」

 慣れたもので玉の汗が浮かんだ二人、優斗は兎も角として白夜は白い肌が軽く露出した手首や首筋や胸元も汗を掻いていて、顔にもびっしょりと汗を浮かばせる姿は、年齢的には小娘と呼べるのに何処か艶っぽさを魅せている。

 タオルで汗を拭うだけで優斗はゴクリ、喉を鳴らしてしまう程だった。

 シャワーを浴びて冷房の効いた白夜の部屋で軽めの歓談、夕方になって優斗の帰る時間となる。

「それじゃ、白夜」

「はい、また居らして下さいね優斗様」

 ちょっと愁いを帯びている表情に笑顔を浮かべて、白夜はペコリと頭を下げると一言を伝えた。

 ─『また』と言った、だけどこの日が白夜が優斗を見た最後となる。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 道路に横断歩道、飛び交う車の数々が目まぐるしく走り抜ける、街をサバンナとする動物達の如く。

「うん?」

 優斗がそれに気が付いたのは偶々、偶然の事態であったのだろうか? 或いは運命という受動的な某か?

 フラフラとした千鳥足の様な足取りで、巫女装束という目立った風貌な少女、年の頃なら優斗トと変わらないと思われるが、身に纏う服は扇情的ですらある乱れ様であり、少女の瞳には敢えて漫画的な解釈をすればハイライトが映らない、濁ったモノが宿っている。

 見た目には美しい艶やかな黒髪を背中まで伸ばし、顔も整って美少女然とした容貌、胸は思わず目が逝ってしまう程度に脹らんで、その気になれば男を惑わせるのでは? と思わせた。

 然しながらその雰囲気は破滅的、それに妙ちくりんな臭いに混ざり血の臭いも漂ってくるのは何故か?

 優斗には妙ちくりんな臭いに心当たりは無いけど、血の臭いならば嗅ぎなれていたから理解も出来た。

 一際、大きなトラクターが走ってくる中で巫女装束の少女は……

「な、なにぃ!?」

 横断歩道を抜けて飛び込んだのである。

「チィッ!」

 咄嗟。

 今まで出来なかった筈の奥義すら発動させた。

 【緒方逸真流】が奥義、【颯眞刀】である。

 逡巡すらしないで飛び出した優斗は、少女を護る様に身体をトラクターに晒して次の瞬間……

 ドカンッ!

「がっ!」

 撥ねられてしまった。

 無遠慮にぶつかられて、大きく吹き飛ばされた優斗は道路、アスファルトの上に叩き付けられる。

「余計な事を……」

 そんな声を聞きながら、優斗の意識は闇に堕ちた。


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