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第二章:旅立

第22話:魔核

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 取り敢えずはユートへの説明に入る。

「素材を切り離すと何故か消滅を免れるわ。だから、貴方が魔物から素材を取ったらちゃんと残るのよ」

「また不可思議な……」

「それに魔核マナ・コアは本体が消滅しても残る。滅多に手に入らないけど、今回はオークが異常な数で居たから、よく捜せば見付かるかも知れないね」

「マナ・コア……か」

 魔物が死後に落とす事は知られているが、どうして落とすのかなどは未だ研究段階で判っていない。

 とはいえ錬金術師にとっては願ってもないモノで、使い勝手の良いエネルギー源となるから、それなりの価格で売買がされていた。

 ユートが創る精霊結晶はそんな魔核の上位互換で、従姉のソレイユ・シータ・アウローラが渡された精霊結晶に驚いたのも当然だという訳だ。

「ドロップアイテムとか、有ればラッキーなんだが」

「あれは魔核と同じレベルな確率だもん。最新の研究で魔素が偏るレベルで濃い部位が、消滅を免れて残るのがドロップアイテム」

「道理で……ね」

 今までも見なかった訳だと納得をする。

 そしてドロップアイテムが単に剥ぎ取ったアイテムより高値の理由、魔素が濃い分だけ優良品という。

「うん、ジェネラルか……コイツでもマナ・コアを落とさないんだな」

「レベルがそれ程でもなかったんだし、ひょっとしたら進化して間も無いのかも知れないわね」

「うん? どういう意味だそれは」

「仮説……なんだけどね、魔核って魔物の進化に必須なモノみたい。だから魔核が成長して暫くしたら進化するの。進化後は魔核が喪われて再び形作られていくって訳。つまり魔核を落とす魔物は進化をする前にまで達してるって事ね」

「……そういう事か」

 確かに有り得る話だ。

「然し、よく判ったな」

「私もユートが覚醒する前はよく狩ったから。考察を重ねて今の考えに至ったって処ね。因みにこれを論文に纏めてから提出したら、きっと博士号は間違いないと思うわ」

「このファンタジーな世界にも有るのな」

「ええ、有るのよ」

 研究機関というのは分野こそ違え、大きな国なれば大概は持っているとか。

「だけど……そうか……」

 ユートはオークジェネラルに近付くと、おもむろに体内へ手首を突っ込んだ。

「え、ユート?」

 気の所為か? ユートの身体の周囲が魔力とは異なる輝きに包まれている。

 グチュリッ!

 未だに生々しい死体から気持ちが良いとは御世辞にも云えない水音、ユートは多少ながら顔を顰めていたけど目を閉じ、そして光がやおら全身からオークジェネラルの腹に突っ込まれた腕へと移り、やがてそれは完全に手に収束されたのか見えなくなった。

 そしてズボッと引き抜かれた腕、その握り締めた拳はオークの血に塗れていてシーナは目を逸らす。

 やはり生々し過ぎたか、女の子は血に強いとも聞くけど、そこはそれで限度というものがあるのだろう。

 そんなユートがゆっくり拳を開くと、掌の上に球形の赤い何かが乗っていた。

「……え? なっ! それってまさか魔核!?」

 薄らと赤い宝玉。

 即ち火属性の魔核だ。

「オークジェネラルって、火属性だったんだ?」

「ちょっと違う気がする。だけど……何で?」

「何でって?」

「魔核は魔物が死んだ瞬間に死体から零れ落ちる物、落涙ティアードロップとも呼ばれているわ。つまり落とさなかったからには、このオークジェネラルには魔核が無かった。進化してから魔核が育つまで生きていなかったと云う事よ! なのにどうして死体の 
中から魔核が!?」

 仮説と言っていた割に、どうやらその説を確信しているらしく、可成り説明的に疑問をぶつけてきた。

「僕は前世、【緒方逸真流】という剣術を修めてた。尤も、可成り中途半端だったから五歳も年下な妹にも勝てなかったけどね」

「今も使ってる剣術?」

「そ、初期の技しか今は使えないけど。下手したなら免許皆伝にも届かなかった僕は、この機会にも何とかモノにしたいと思ってる。それは兎も角、そんな流派の中でも宗家でさえ忘れ去った技が在る。僕は何とかそれを使える様にって頑張った。結局は最後の機会までに技は完成しなかったんだけど、それでも使えない訳じゃない」

「えっと、意味が解らないんだけど? それがオークジェネラルから魔核を得たのと何の因果関係が?」

 本気で解らないとシーナは小首を傾げる。

 その仕草はちょっと可愛らしかったなと、ユートは見惚れていた視線を慌てて外して口を開いた。

「【緒方逸真流失伝・錬術】というべき……かな? 忘れ去られて外れた流派になるからね。体内のエネルギーというのかな? 魔力とかではなく生命力って言った方が解り易いと思う。それを練って自らの強化に使う技術だよ。僕は手先……掌に集めるのが精々だったんだけど、それで掌を覆ってからオークジェネラルの体内の魔素を掌握して、凝縮したのがこの魔核だ」

「なっ!? そんな事が……出来るの? って、出来たから魔核が有るんだろうけど……というか氣よね? 【氣功術】スキルの」

「そう、魔力では出来ないと思ったからね」

 これは【叡智瞳】スキルから視た情報の知覚から、それと精霊結晶の造り方に由来をしている。

「血が魔素に還らない……切り離したらアイテムとして手に入るから当然か」

 ユートはそうやって魔物の討伐証明部位や素材を、今までにも手に入れてきた訳だから、その情報を理解をするのも早い様だ。

「今の内に他のオークからも魔核を抜き取る。シーナは団長達と討伐証明部位や素材になりそうな部分を、切り離して手に入れるのをやってくれないか?」

「あ、うん」

「っと、その前に」

 ユートは懐から伝話機を取り出す。

「どうしたの?」

「実は父さんに何とか早く帰って貰おうと、戦いの前に連絡をしていたんだよ」

「ああ、だったらさぞ心配されてるよね」

 サリュートは愛する妻、愛する子を喪い掛けていた訳だから。

 況してや美しい妻であるユリアナが、醜いオークに犯されるなんてあった日には世界中のオークを八つ裂きにしても厭き足らないとばかりに、世界行脚に出てしまいかねない。

 なんちゃらスレイヤーとか呼ばれる勢いで。

 怒りと憎しみだけとなりオークというオークを虐殺して回り、それが済み次第に次の標的を別の魔物へと変えて死ぬまで。

 其処には一切の赦しなど存在しないだろう。

 愛するが故に憎悪する、愛が反転すれば憎しみだけが残るのだから。

 一枚のコインは表裏一体であり、愛を表とするなら憎悪は裏に位置する。

 何処かの誰かが言った。

 愛の裏返しは憎しみではなく無関心だと。

 愚かにも程がある。

 それは所詮、諦めにも似た感情でしかないのに。

 若しくは完全に振り切れてしまい、自身にも判らなくなるレベルで感情が削ぎ落とされたに過ぎない。

 確かに憎悪が振り切れれば一見すれば感情が無いかの如く見えるが、それは決して無関心になった訳ではないし、寧ろ無感情となって邁進するだけだ。

 愛が表で憎悪が裏なら、無関心とは謂わば中心。

 単にどちらにも寄らないだけなのだから。

 愛の反対を無関心と宣える者は、本当の意味で愛が裏返った感情を識らないと云う事だろう。

 識っているだろうか?

 愛する者を害されたり、愛した者に裏切られた者の本気という憎悪。

 だけどそれは愛情にも似ているのだという事を。

 結局、一枚のコインによる表裏一体だから当然なのかも知れないが……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 プルルッと小さな音が響いたのに気付き、使い潰すレベルで馬を走らせていたサリュートが馬を止めて、急ぎ専用魔伝話機を取る。

 画面には【ユート】という名前が映し出された。

「ユートか!? オークが村に向かっていると連絡があったっ切りだが、どうなったんだ!?」

 普段からは信じられない剣幕のサリュート。

〔落ち着いてとは言っても無理か。オークの群れならオークジェネラルを始末したら散り散りに逃げたよ〕

「ジェネラル……だと? あれは確か最低レベルでも30はあった筈。ユートが斃せる相手じゃないが……こうして連絡をしてきたなら本当なんだろうな」

〔理解してくれて助かる。とはいえ別の問題が浮上してしまったんだ。ジェネラルを斃した理由がちょっとアレだったから〕

「アレじゃ解らん!」

〔伝話で話すには限界があるから、早く帰って来て欲しいのは相変わらずだよ。だけど取り敢えずの危機は去ったから〕

「了解した。兎に角、私はこの侭アーメット村へ帰れば良いのだな?」

〔そういう事だね〕

「なら切るぞ?」

〔うん〕

 我が子からの連絡を受けたサリュートは、オークによる危機は脱したのだと、当面は大丈夫な様で安堵の溜息を吐く。

「っと、それでも急がないといけないな」

 オーク対策は不要となったにせよ、ユートが新しい問題だと言っていたのが気になり、再び馬上の人となったサリュートは、鐙へと足を掛けて再び走らせる。

 だけど問題はある意味、サリュートが思っていたより深刻で、数日掛かりにてアーメット村まで帰った時には生じた問題が別の理由から拗れていたと云う。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「まさか本当に残っていたオークから魔核を抜き取るなんて、ユートは凄まじいまでに稼げたわよね」

「そうか?」

「掌で造るからか若干ながら小さいけど、それであっても一個で三〇〇〇アウルム……金貨三枚は固いかも知れないね」

「二七〇個くらいまで数えたからな、最低限八〇万を越える金額って訳か」

 属性が違うと云うより、複数があるからか色とりどりな魔核が、ユートの用意した袋の中に入っている。

「売る所に売れば一財産って事になるよね」

 上手く売れば百万アウルムにはなるからだ。

 魔核は錬金術師達が使う以外にも、エネルギー源として幅広く活用がされる。

 しかも需要に供給が追い付かないレベルである為、そこそこな値段で買って貰えるから、ドロップしたら正にラッキーだ。

 冒険者は魔物が何かでもドロップすれば、それだけで一日が報われるくらいに思っており、それが無いならせめて……と剥ぎ取りを行っていた。

 切り離した魔物の一部、それは色々と素材として使えるから、それがドロップ品に比べてみれば安くともやはり稼ぎにはなる。

 特に一定の魔物は何処を切り離しても使えるモノもあるから、斃す相手としては大人気だったりするが、そういうのに限って莫迦みたいに強いジレンマが……

 グリフォンやドラゴン、高ランクの魔物や獣。

 ユートの父のサリュートみたいな高ランク冒険者、彼らはその強さ故にそんな使える素材を得易い。

「いずれにせよ、手に入れる手段が見付かったのって有り難いよ」

「……私にはやり方を聞いても出来なかった」

 そもそも【氣功術】スキルが無いから、氣の扱いが出来ていないのだ。

 まあ、インストール・カードで渡せば使えたりするかもだが、余り前例を作るのも良くは無かろう。

「緒方逸真流の技だから。そもそも習ってもいなかったシーナに出来たら凹む」

「そんなもん?」

「そんなもんだよ」

 実際に、文献から何とか再現をしていたユートではあるものの、不完全であったが故に前世では印可の妹には勝てなかった。

 妹は失伝した【錬術】は扱えないし、上手くユートが使えていれば勝つ事すら出来たと考えている。

 妹に……緒方白亜に勝てならば道場を継げた。

 勝っていれば何かが違っていたのだろうか?

 きっと変わったろう。

 あの日に道場を継げていたなら、狼摩家に行くのは後日で済ませていた筈で、それならば道路を飛び出したシーナを見たりしなかったろうし、助けようとして諸共に轢かれなかった。

 そうして道場主となり、普通に暮らしていたのだ。

 彼女も居なかったけど、見合いなり何なりして結婚も出来たろう。

 緒方宗家の道場主なら、その付加価値は高い。

 緒方は宗家も分家も女子が余りに容姿的に優れて、その為にか時の権力者とか大商人とか、様々な方面から求められているらしい。

 ならば男とはいえ嫁いだ先で娘が女の子を産めば、やはり優れた容姿で産まれてくるだろうから、それだけでも実は価値があった。

 ユートも道場主となり、嫁を迎えればそれなりには可愛い娘を貰えたかもで、だからこそ白亜に勝利するのは意味があるのだ。

(まあ、今更だけどね)

 所詮は今更ながらで考えても詮無き事である。

 ユートは今現在、この地──ヴィオーラという世界に居るのだから。

 死んで転生をして。

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