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第二章:旅立

第27話:所領

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 後ろ楯を得て一安心したユートとシーナ、クリスとしてもちょっとした目的があるらしいのは見て取れたから、面倒な交渉は殆んど必要が無かったのも良い。

 後ろ楯の約束をしてからは所謂、四方山話に花を咲かせる事になる。

 アイテムボックス的な、【収納袋】の改修バージョンたる【収納鞄】にラノベとか入っているが、やはり退屈を友達には出来ない。

 尚、四方山話の【四方山】というのは一般的に直せば【様々】という意味。

 つまり適当に会話をして暇潰しである。

「ユートさんは現代日本の知識を利用し、色々と変革とかをしようとは考えないんですか?」

「何で?」

「いえ、御約束テンプレ的にですが……」

「まあ、確かに御約束っちゃあ御約束なんだろうけど……ね。僕の転生先が領地持ちの貴族家、それも子爵か上の立場ならそうした。でも僕の身分は平民だし、父さんも漸く勲爵士だよ。繁栄させるべき立脚点が無いんじゃね」

 寄る辺が無い平民であるユート、そしてサリュートも勲爵士でしかないのだから領地は持たない。

 尚、勲爵士は騎士爵とか騎士候とか呼ばれる爵位と同じであり、基本的に一代限りの爵位で領地など与えられたりしない。

 そして一番低い貴族位ではあるが、この爵位は世襲ではないのだから実力などが無いと与えられない一種の名誉職に近いだろう。

 とはいえ、サリュートはもうすぐSランク冒険者となる為、準男爵として陞爵をされる事になる。

 基本は法衣貴族だけど、妻が伯爵家令嬢だった過去も鑑みて、小さいながらも王国領から領地を拝領する予定だ。

 その領地が本来であればアーメット村周辺だけど、ある意味でユートに喧嘩を売ってしまい、サリュートも怒らせた可能性がある。

 そうなるとサリュートはあの村を領地にしなくなる場合があり、アーメット村からすればちょっとばかり困った事態に。

 所謂、税金だ。

 国領だった時は容赦無く税金を取られていたけど、サリュートが領主となれば多少の融通を利かせて貰える筈だったのに、領主にならなくなれば何も変わらない日々となる。

 只でさえ寒村でしかない村が、畑も大した稔りが無い上に産業らしい産業とて無くて、毎年ヒィヒィ言いながら支払っていた。

 そもそも、徴税官が多少の上乗せをして懐へと仕舞っていたのが税金だから、サリュートが領主になれば正された筈。

 それが無かった事になるなど、村長や村の年寄りといった連中は頭を抱えるしかあるまい。

 ユートには最早どうでも良い話ではあるが……

「御父様のサリュート様が準男爵に陞爵されたなら、将来的にユートさんが受け継ぐ事になりますよ?」

「初めから持っていたなら自覚してやっていたけど、最近になってアイデンティティーを取り戻した上に、まだ父さんも勲爵士だったんだからNAISEIとか考えたりしないだろう」

「まあ、そうですかね」

 自分の領地が無ければ、そもそもNAISEIしようにも出来ない。

 せめて受け継ぐべき爵位と領地、最下級であったり小さくてもそれがどうあっても必須なのだ。

「クリスはどうなの?」

 シーナが訊ねる。

「私ですか?」

「クリスなら多少は出来そうなんだけど……」

「まあ、私はそれ程に知識が有りませんから。大した事は出来ませんね」

「小さな事なら出来ると云う事かしら?」

「一応は。必要は発明の母とも云いますからね」

「というと?」

 ペロッと指先を舐めて、クリスが語るNAISEIの数々、小さくてもクリスだから可能な事があった。

「私が自分の領地で実験、上手くいけば御父様に報告を上げて、王都でも実践をしていく形になります」

「……は?」

 ユートが間抜けな声を上げてしまうが、それは無理からぬ話であろう。

「領地って、お姫様が?」

 有り得ないと考えた。

 王女様とは国王の娘で、謂わば王領を統治する者の子供であり、領地を持った領主の立場には無い。

 だというのにこのお姫様は自領を持つと云う。

「実はですね私は所謂……前の中納言様的な貴族粛清とかしてるんですよ」

「ああ、あの小説のね」

 【魔法王女クリスト・ティア】という勧善懲悪っぽいラノベ、ユートの部屋にも一巻から通し番号で揃えられており、何気にファンだったのが判る。

 【魔法王女クリスト・ティア】の主人公、ティアラという王女様は一般人に扮したお姫様で、悪人貴族や商人が暴れたら魔法装束に変幻し、懲らしめるという正しく前の中納言様っぽい活動をしていた。

 前の中納言様との違いがあるとすれば、彼の人物が本当に諸国漫遊をして悪人を懲らしめたなんて事実は無いが、【魔法王女クリスト・ティア】のティアラ姫には明確なモデルが存在していると云う事。

 そのモデルとなった人物がやった事を元に書かれた小説、つまりノンフィクションに近いのがアレだ。

 ユートも実はアイデンティティー、即ち前世の記憶を取り戻してからは色々と情報収集もしていたけど、あの小説が事実を元にしているらしいと青年団の団長から、村を出る前に聞いたのが一番驚いたものだ。

 小説を読んだ時は転生者が前の中納言様をパクリ……もとい、インスピレーションを受けて書いたのではと思ったが、本当に王女様がやっていたとは思いもよらなかった。

 まあ、聞く限り【転生者】が云々も間違っていなかったのだけど。

 クリス・ティア・フォルディア第二王女殿下とは、正にユートやシーナと同じく転生者らしいから。

 それにタイトルがクリスに近いながら、主人公には全く違う名前を入れている辺りが曲者っぽい。

 因みに、ティアではなくティアラなのは単純な話、この世界の王候貴族のミドルネームは、親しい人間が呼ぶニックネーム的な意味があるからだ。

 クリスのミドルネームの【ティア】をその侭に使うのを、原稿を読んだ国王が難色を示したらしい。

 尚、万が一にもユートがクリスを『ティア』とか呼んだら、クリス本人が気にしなくても他の貴族や家臣が怒り狂うだろう。

「『ナーンモネー公爵』が統治していた『ナーンモネー公爵領』、大叔父に当たるナーンモネー公爵が王家の転覆を企てていまして、それを私が粛清しました。それで……」

「ちょーっと待とうか!」

「はい?」

「何も無ぇ公爵?」

「ナーンモネー公爵です。イントネーションがおかしいですよ」

「ナーンモネーって……」

「正確にはナーン・モネー公爵領、昔は『ナーン伯爵領』と『モネー侯爵領』だったんですが、大叔父が若かった頃に色々とあったらしく、彼が公爵として独立する際に一つの公爵領となったそうです」

 冗談みたいなネームであったが、単純に二つ合わせたら日本語的に冗談みたいな名前になったみたいだ。

「と、兎に角! その何も無いじゃなくて、ナーンモネー公爵を粛清したのは解ったよ」

「それで、既に規模が公爵領相応であるナーンモネー領ですが、規模だけでその……本当に何も無い領地でして」

「な、ナーンモネー領地」

 戦慄するくらい名が体を表していた。

「だから将来的に御姉様が女王となって、王配との間に子を成せば予備の私も体が空きます。その後の事は考えてませんでしたけど、女公爵としてあの領地に住むのもアリかと」

「ナーンモネー領に?」

「あ、将来的には改名する予定ですよ? 転生者からしたらあんまりな名前ですからね。ちゃんと私が赴任すれば改名の権利も生じる訳ですもの、クスクス」

 笑いながら言う辺りからして、意外とは思わないまでも面白がっているのかも知れない。

「因みに、どんな改革をしたの?」

「製紙です」

 シーナから質問をされたクリスは、待っていましたとばかりにドヤ顔となり、年齢的に然して大きい訳でもない胸を張りながら答えたものだった。

「製紙……あ! ラノベが普及していたのって?」

「はい、ユートさんも見て下さったみたいですけど、あのラノベ……と言いますか娯楽小説を普及させている原因は製紙革命ですね」

 安く仕上げられる程度にシステムを構築しつつも、量産体制を確りと整えてから販売に踏み切る。

「更に写本なんて手間は掛けたくありませんですし、活版印刷も同時進行で造っておきました」

「手書きの写本だと数が出ないし、それだけ高価になるからなぁ……」

 写本は写本でやる人からすれば稼ぎも悪くないのだろうが、如何せん一冊辺りの時間が掛かり過ぎる、

 ページ数にもよるけど、全力全開全速力で写本しても一時間や二時間で済む話ではないし、書き損じれば一ページ丸々やり直しだ。

(僕ならやりたくないな)

 ユートに写本は難しい。

 根気はあるけど多分だがやる気が、テンションが上がらないのだろう。

 脳筋とまではいかないのだろう、然しながら刀舞士たるユートはどちらかと云えば動きたいタイプ。

 コツコツと書を前にして筆を持ちたくは無かった。

 尚、前世では携帯電話を片手に自前の小説くらいは書いていたのだが……

 やはり文字を書くのとは全くの別物であるという。

「? 騒がしいですね」

 前の方で何やら騒ぎがあったらしく、話をストップして馭者台のスケさんへと話し掛ける。

「どうしました?」

「判りません。姫様達は少しお待ち下さい」

 馬車を停めてスケさんが騒ぎの現況を探りに行く。

「何なんだろう?」

「判りませんが……多分、魔物でも出たんでしょう」

「魔物が?」

「この辺りの盗賊なら街道のど真ん中より街中です。人攫いが目的ですからね」

「それはそれで性質が悪い話だよね」

 街道で派手に攫うより、街中でこっそり近付いてから眠らせる。

 最近、この辺りの街中で流行っているらしいとは、そろそろ討伐をと考えているクリスの談。

 正確にはアジト捜しをしている真っ最中とか。

「姫様!」

「魔物ですか?」

「はい。フォレストベアが森から出てきたらしくて、少し危ない状況ですね」

 フォレストベアはレベルで云うと25と高め。

 勿論、正騎士で80すら越えたスケさんからすれば大した敵にはならないが、一般人はレベルがどうしても20未満であり、危険度もそれだけ高くなる。

「そうだ! ユートさんの魔核マナ・コアを得る技術を見る良い機会です。私達でフォレストベアを斃しましょう」

 パンと柏手を打ったら、まさかのとんでもない事を平然と言い出した。


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