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1章 「魔女」が辺境伯の「聖女」になるまで
19 過去の惨劇
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「アルヴィン様は、元から貴族がお嫌いでしたが……今ほど警戒するようになられたのは、あるご令嬢の首を斬られてからだそうです」
「令嬢の?」
心地よい春の陽だまりの中、自分の体がスッと冷えた。
子どもにまとわりつかれても怒らないアルヴィン様が、同胞を斬ったというからには、悪徳貴族が断罪されたのかと思っていた。
非道な行為がアルヴィン様の逆鱗に触れたのだろう、と。
しかし、殺されたのは令嬢だった。
一般的に令嬢と呼ばれるのは20歳まで。
うら若い少女が、何をしてアルヴィン様の怒りを買ったのか。
「その令嬢は、どうして首を……?」
「私がお城で働く前なので、詳しくはわかりません。ただ、地下室が血の海になったとか」
「……!」
つまり、その令嬢は地下室で殺されたということだ。
震えそうになる手で、小瓶の口にコルク栓を詰める。
ふうっと息をつくと、ノーラがさらに小声で囁いてきた。
「わたくしの憶測ですが、アルヴィン様は令嬢に特別不信感を抱いておられるのだと思います。ですから、ソフィア様の薬もお飲みにならないのでしょう」
私がゴクリと喉を鳴らすと、ノーラは焦ったように微笑んだ。
「ですが、ご安心ください。ソフィア様はとっても素敵な方ですもの。地下室にさえ近付かなければ、アルヴィン様もいつか心を開いてくださいますわ」
「……地下室には、何があるの?」
「えっ⁉︎ えっと、えっと……あっ、薬を瓶に詰めなくてはなりませんわね!」
ノーラは強引に話を終わらせて、「急がなくちゃ、早く早く」と、ひとりごとを言い始めた。
聞かないでくれ、ということらしい。
ワタワタと動くノーラには質問する隙がなく、私は黙った。
かといって疑問は消えてくれない。
(その令嬢は、地下室の中を見たから首を刎ねられたの?)
修道院で、アルヴィン様は「地下室に入れば二度と城の外へ出られない」と言った。
あれは、地下室に入れば斬る、という意味だったのか。
恐れが心を占めていくのを感じながら、薬を小瓶に流し込んでいく。
そのうちメイドが戻ってきて、瓶詰めを手伝ってくれた。
おかげで昼前には作業が終わったが、恐れはぬぐえないまま。
私は小瓶が詰まった鞄を肩にかけ、重い足取りでアルヴィン様と約束した場所──城門の前へ向かった。
「ソフィア」
先に来ていたアルヴィン様が、軽く手を挙げる。
そのそばには、昨日の栗毛馬がいた。
「閣下、お待たせいたしました」
小走りで駆け寄ると、アルヴィン様は手を差し出してきた。
「先に馬へ乗りなさい」
「……はい」
数秒空けて、アルヴィン様の手を取る。
「令嬢を殺した」という話が頭から消えず、つい怯んでしまった。
馬の背に乗り、薬の小瓶が入った鞄を抱え直す。
続いてアルヴィン様も、昨日のように私の後ろへ乗った。
次の瞬間、私は息をするのを忘れた。
アルヴィン様は、昨日よりもぴったりと背中にくっついて、私を抱きしめるような格好で手綱を握っていた。
「! か、閣下。もう少し離れてくださっても大丈夫ですが」
「今日は荷物を抱えているだろう。体を安定させないと危険だ」
「……おっしゃる通りです」
鞄をぎゅっと抱きしめて俯く。
怖いのに嬉しいような、おかしな気分だった。
「あの……閣下。ほかの方は? 兵士やルイスさんをお連れにならないのですか?」
「あまり大人数で行くと、気を遣われるからな。それから」
アルヴィン様は、馬の腹を軽く蹴って続けた。
「『閣下』という呼び方を変えてくれ」
トットッと馬が歩を進める。
左右に揺られながら、私は尋ねた。
「どうしてですか?」
「その呼び方は仰々しく聞こえる。村人が萎縮しそうだ」
「あ……そうですね、わかりました。では、辺境伯様とお呼びします」
「それもまだ固い」
「そ、そうですか? では──」
顔が熱っぽくなるのを感じながら、私は言った。
「アルヴィン様……と、お呼びしてよろしいですか」
「ああ」
返ってきた声は、さっきよりも優しい。
恥ずかしくて声が上ずってしまいそうで、村へ着くまでの間、私は黙りこくっていた。
「令嬢の?」
心地よい春の陽だまりの中、自分の体がスッと冷えた。
子どもにまとわりつかれても怒らないアルヴィン様が、同胞を斬ったというからには、悪徳貴族が断罪されたのかと思っていた。
非道な行為がアルヴィン様の逆鱗に触れたのだろう、と。
しかし、殺されたのは令嬢だった。
一般的に令嬢と呼ばれるのは20歳まで。
うら若い少女が、何をしてアルヴィン様の怒りを買ったのか。
「その令嬢は、どうして首を……?」
「私がお城で働く前なので、詳しくはわかりません。ただ、地下室が血の海になったとか」
「……!」
つまり、その令嬢は地下室で殺されたということだ。
震えそうになる手で、小瓶の口にコルク栓を詰める。
ふうっと息をつくと、ノーラがさらに小声で囁いてきた。
「わたくしの憶測ですが、アルヴィン様は令嬢に特別不信感を抱いておられるのだと思います。ですから、ソフィア様の薬もお飲みにならないのでしょう」
私がゴクリと喉を鳴らすと、ノーラは焦ったように微笑んだ。
「ですが、ご安心ください。ソフィア様はとっても素敵な方ですもの。地下室にさえ近付かなければ、アルヴィン様もいつか心を開いてくださいますわ」
「……地下室には、何があるの?」
「えっ⁉︎ えっと、えっと……あっ、薬を瓶に詰めなくてはなりませんわね!」
ノーラは強引に話を終わらせて、「急がなくちゃ、早く早く」と、ひとりごとを言い始めた。
聞かないでくれ、ということらしい。
ワタワタと動くノーラには質問する隙がなく、私は黙った。
かといって疑問は消えてくれない。
(その令嬢は、地下室の中を見たから首を刎ねられたの?)
修道院で、アルヴィン様は「地下室に入れば二度と城の外へ出られない」と言った。
あれは、地下室に入れば斬る、という意味だったのか。
恐れが心を占めていくのを感じながら、薬を小瓶に流し込んでいく。
そのうちメイドが戻ってきて、瓶詰めを手伝ってくれた。
おかげで昼前には作業が終わったが、恐れはぬぐえないまま。
私は小瓶が詰まった鞄を肩にかけ、重い足取りでアルヴィン様と約束した場所──城門の前へ向かった。
「ソフィア」
先に来ていたアルヴィン様が、軽く手を挙げる。
そのそばには、昨日の栗毛馬がいた。
「閣下、お待たせいたしました」
小走りで駆け寄ると、アルヴィン様は手を差し出してきた。
「先に馬へ乗りなさい」
「……はい」
数秒空けて、アルヴィン様の手を取る。
「令嬢を殺した」という話が頭から消えず、つい怯んでしまった。
馬の背に乗り、薬の小瓶が入った鞄を抱え直す。
続いてアルヴィン様も、昨日のように私の後ろへ乗った。
次の瞬間、私は息をするのを忘れた。
アルヴィン様は、昨日よりもぴったりと背中にくっついて、私を抱きしめるような格好で手綱を握っていた。
「! か、閣下。もう少し離れてくださっても大丈夫ですが」
「今日は荷物を抱えているだろう。体を安定させないと危険だ」
「……おっしゃる通りです」
鞄をぎゅっと抱きしめて俯く。
怖いのに嬉しいような、おかしな気分だった。
「あの……閣下。ほかの方は? 兵士やルイスさんをお連れにならないのですか?」
「あまり大人数で行くと、気を遣われるからな。それから」
アルヴィン様は、馬の腹を軽く蹴って続けた。
「『閣下』という呼び方を変えてくれ」
トットッと馬が歩を進める。
左右に揺られながら、私は尋ねた。
「どうしてですか?」
「その呼び方は仰々しく聞こえる。村人が萎縮しそうだ」
「あ……そうですね、わかりました。では、辺境伯様とお呼びします」
「それもまだ固い」
「そ、そうですか? では──」
顔が熱っぽくなるのを感じながら、私は言った。
「アルヴィン様……と、お呼びしてよろしいですか」
「ああ」
返ってきた声は、さっきよりも優しい。
恥ずかしくて声が上ずってしまいそうで、村へ着くまでの間、私は黙りこくっていた。
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