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19 開かずの扉①

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「オスカー、あれは?」

 オスカーは足を止め、私の指す方を振り返った。
 そこには、鎖で取っ手をがんじがらめにした、物々しいドアがある。

「ああ、あの部屋」

 と、オスカーは気まずそうに言った。

「実は、義父の遺品を一旦あそこにしまおうとしたんだけど……量が多すぎたのか、床に穴が空いてしまって。古い屋敷だからね」

 修理業者を呼ぼうとしたが、親方が怪我をしたとかで、来てもらえるのがしばらく先になるらしい。

「間違って人が入ったら危ないから、大げさに施錠してるんだ。荷物がぶつかって、ドアもちょっとゆがんでるし」
「まあ……それならたしかに、鎖を巻くぐらいはしないと危険ですね。ドアが開かなくなって、私みたいな目にあったら大変だもの」

 子どもの頃の騒動を思い出し、小さく笑うと、オスカーは首をかしげて尋ねてきた。
 
「何か、事件でもあったのかい?」
「大層なことじゃないんですけど。まだ両親が生きていた頃、『幽霊がいるぞ』って兄に言われてた物置部屋から、出られなくなっちゃったんで──」

 最後の「す」を言う前に、私は凍りついた。オスカーが顔を引きつらせて、こっちを凝視している。
 急にあたりが暗くなった気がした。壁に並ぶ燭台には、すべて火が灯っているのに。真鍮づくしの廊下は、ギラギラと光っているのに。
 
「幽霊だって……?」

 オスカーが私に近付いてくる。ほの暗い廊下で、彼の見開いた目だけが妙に明るく見えた。

「あ、あの……こういう話、苦手でしたか? それならもう、やめ──」
「続きを聞かせろ。幽霊がいるのか? ワイアット男爵家の屋敷には」
「痛いっ」

 オスカーは唐突に、私の腕をつかんだ。肉がゆがむほど強い力だ。

 一体、どうしたというのだろう。
 魔女狩りが過去のものとなった現代いまでも、怪談話を信じる人は多い。とはいえ、こんなにも切羽詰まった反応は見たことがない。

 そうやって私が考え込んだのは、10秒もなかった。

「話せと言ってる!」

 頭に響く怒鳴り声のせいで、考えが途切れてしまう。

『オスカーには近付かない方がいいよ』
『オスカーが悪いんだ。ぜんぶ、あいつのせいで……』

 アレンの言葉がよみがえる。荒れた部屋が脳裏にひらめく。

(まさか本当に、あれはオスカーがやったの──?)

 私は恐怖に駆られて話を始めた。
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