「君とは契りを結ばない」と言った夫は、悲しい秘密を持っていた

山河 枝

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27 アリスのバカ

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「アリスのバカっ!」

 アレンの目から、パッと涙の粒が散った。

「なんでだよ! なんでオスカーばっかり!」
「痛っ……! アレン、やめて! お願い、やめて‼︎」

 いくら私が叫んでも、絵本を投げる手は止まらない。
 綴じ糸からちぎれたページが無残に床へ広がって、その上にアレンの涙と喚き声が、あとからあとから降り落ちていく。

「父さんも母さんも! オスカー、オスカー、オスカー! アリスまで! おれを見てよ……おれ、ここにいるよ!」

 そう叫ぶとアレンは、その場にくずおれた。ひたいを床にこすりつけ、獣のように号泣している。

 彼のかぶっていた毛布は、とっくに肩から落ちてしまって、アレンがしゃくり上げるごとに、骨の浮いた背中が大きく跳ねた。
 
 そのたびアレンの言葉が、私の心に波紋を広げた。
 
『おれ、ここにいるよ』

 むせび泣きに震える痩せた体が、幼い頃の私に重なっていく。
 生家の古い物置部屋へ、何度も何度も潜り込んだ、私の姿に。

 ──父様、母様。兄様とローラばかり見ないで。
 ──私のことも心配して。

 本当はずっと言いたかった。だけど、言っても無駄だと思った。

『アリス、話はあとにして。今から家庭教師の先生に、ローラのことで相談があるのよ』
『アリス、あっちへ行ってなさい。エドワードの婚約について、いろいろと考えなくちゃいけないんだ』

 2人は、いつもそうやって私を追い払ったから。
 だから、試した。私が危険なことをした時、両親が焦ってくれるかどうか。私は、2人にとって必要な子どもなのだと信じたくて。

 けれど虚しい結果を目の当たりにして、私は自分に言い聞かせた。

 私は無価値な人間だ。両親が兄様やローラを優先させるのは、当たり前だと。
 そうやって、本当の気持ちがわからなくなるほど、心へ思い込みを塗り重ねた。
 
 それは今も同じだ。両親が亡くなったのに、結婚して家を出たのに、私は何も変わっていない。

 ──オスカー、《彼女》のことばかり考えないで。
 ──私を見て。こっちを向いて。私、ここにいるのよ。

 彼に向かって叫びたかった。だけど、自分の心を無視した。
 オスカーが愛しているのは《彼女》だから。私なんかが出しゃばっても、どうせ余計に嫌われるだけ。
 ただオスカーに捨てられないようにと、そのことに固執して、アレンを利用した。

 そして、傷つけてしまった。ローラよりずっと小さな子を。
 私なんて比較にならないくらい、アレンは家族に傷つけられてきたのに。

「アレン、ごめんなさい。ごめんなさい……!」
 
 気が付けば私は、覆いかぶさるようにしてアレンの背中を抱きしめていた。泥の飛沫ひまつが乾いてこびりついた、小さな背中だった。
 その背中に、私はひたすら語りかけた。

 ごめんなさい。ごめんなさい……。

 泣きながら謝り続けて、次に目を開けた時、私は清潔でやわらかなベッドに、1人きりで横たわっていた。
 カーテンの隙間から差す朝日のまぶしさに瞬くと、涙が一筋、こめかみを伝って枕に落ちた。
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