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60 ハンナ先生①
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木漏れ日を浴びるその教会は、村のいちばん奥に小ぢんまりとあった。かなり前に建てられたらしく、レンガの赤は色あせて、飴色をした木のドアには、苔が生き生きとはびこっている。
「失礼します……」
そろりそろりと開けたドアが、ギィッと大きく軋んだ。中にいた子どもたちが、一斉にこちらを向く。
「わ、わっ! ごめんなさ……」
慌てふためいて謝ろうとして、私は息をのんだ。子どもたちの中に、真っ白な髪の女の子がいたからだ。
食い入るように彼女を見つめていると、教会の奥から優しい声がした。
「いらっしゃい、教会にご用ですか?」
薄暗がりの中、窓から差す光が、ベージュのワンピースを着た女性を照らしていた。金の髪をうしろで結い上げ、凛と背筋を伸ばしている。
白い髪の女の子が気になりつつも、私は女性に視線を移した。
「あの……私、バートレットと申します。人を探しているのですが、こちらの教会に、町から来られたハンナ先生という方がいらっしゃいませんか?」
「あら」
驚きを含んだ声がした。
「それは私のことですわ」
「!」
思わず、大きく息を吸い込んだ。お腹の前で組んだ両手に、力がこもる。
(やった……やった! ここは、やっぱりアレンの村なんだ。しかも、ハンナ先生までいるなんて!)
同名の別人ではないだろう。
ハンナ先生がこの村へ来たのが、たぶん20代の時。アレンの母親が、「若い娘」と言っていたらしいから。
その時から今まで、十数年が経っている。とすると、ハンナ先生は現在、40歳前後。
目の前の女性も、ちょうどそのくらいだ。
まじまじと見つめていると、ハンナ先生は困ったように首をかしげた。
「ええと、バートレットさん? 失礼ですが、どこかでお会いしたかしら?」
「いえ、初めてお会いするのですが……知り合いから、あなたのことを聞きまして」
「お知り合い?」
「はい。アレンという人です」
その時、場の雰囲気が変わった。ナンシーはいぶかしげに眉をひそめ、ハンナ先生はハッと息をのんだ。
「まさか……いえ、珍しい名前じゃありませんものね」
ハンナ先生は目を伏せ、自分へ言い聞かせるように呟いた。それからまた目を開けて、私を見た。
「それで、バートレットさんは、なぜ私をお探しに?」
「実は、そのアレンに関することで、ハンナ先生にお話をうかがいたいんです」
そう言うと、ハンナ先生は子どもたちに視線を向けた。
「喜んで、と申し上げたいのですが……今は授業中でして。すみませんが、そちらでお待ちいただけますか。あと少しで終わりますから」
「こちらこそ、突然すみません。待たせていただきます」
示された長椅子に、ナンシーと並んで腰かける。
ナンシーは、私の言った「アレン」が誰のことか気になっているようで、ちらちらと視線を投げかけてくる。けれど、お喋りが授業の邪魔になると思ったらしく、珍しく黙り込んだ。
とはいえ暇を持て余すのか、丸い顔があっちを向き、また少ししてこっちを向き……教会の中を観察している。
私も、こっそり目を動かしてみた。
正面奥には講壇があって、その向こうには天使の石像。
(大抵は、神様や聖母様の像とか、シンボルマークが飾られているのに)
この村では、やはり《天使》は特別な存在なのだろう。
(ん?)
よく見ると、石像のうしろに壁画がある。暗くてすぐには気付かなかった。
(鳥……ううん、天使の絵だわ。その上に広がってる雲は、天の国かしら。天使の下には……海?)
違う。海にしては、波の形が不揃いだ。色もおかしい。あれは、むしろ……。
「奥様、奥様!」
ナンシーに呼ばれて我に返った。
教会内には、すでに子どもたちの姿はなく、傍にはハンナ先生が立っていた。
「失礼します……」
そろりそろりと開けたドアが、ギィッと大きく軋んだ。中にいた子どもたちが、一斉にこちらを向く。
「わ、わっ! ごめんなさ……」
慌てふためいて謝ろうとして、私は息をのんだ。子どもたちの中に、真っ白な髪の女の子がいたからだ。
食い入るように彼女を見つめていると、教会の奥から優しい声がした。
「いらっしゃい、教会にご用ですか?」
薄暗がりの中、窓から差す光が、ベージュのワンピースを着た女性を照らしていた。金の髪をうしろで結い上げ、凛と背筋を伸ばしている。
白い髪の女の子が気になりつつも、私は女性に視線を移した。
「あの……私、バートレットと申します。人を探しているのですが、こちらの教会に、町から来られたハンナ先生という方がいらっしゃいませんか?」
「あら」
驚きを含んだ声がした。
「それは私のことですわ」
「!」
思わず、大きく息を吸い込んだ。お腹の前で組んだ両手に、力がこもる。
(やった……やった! ここは、やっぱりアレンの村なんだ。しかも、ハンナ先生までいるなんて!)
同名の別人ではないだろう。
ハンナ先生がこの村へ来たのが、たぶん20代の時。アレンの母親が、「若い娘」と言っていたらしいから。
その時から今まで、十数年が経っている。とすると、ハンナ先生は現在、40歳前後。
目の前の女性も、ちょうどそのくらいだ。
まじまじと見つめていると、ハンナ先生は困ったように首をかしげた。
「ええと、バートレットさん? 失礼ですが、どこかでお会いしたかしら?」
「いえ、初めてお会いするのですが……知り合いから、あなたのことを聞きまして」
「お知り合い?」
「はい。アレンという人です」
その時、場の雰囲気が変わった。ナンシーはいぶかしげに眉をひそめ、ハンナ先生はハッと息をのんだ。
「まさか……いえ、珍しい名前じゃありませんものね」
ハンナ先生は目を伏せ、自分へ言い聞かせるように呟いた。それからまた目を開けて、私を見た。
「それで、バートレットさんは、なぜ私をお探しに?」
「実は、そのアレンに関することで、ハンナ先生にお話をうかがいたいんです」
そう言うと、ハンナ先生は子どもたちに視線を向けた。
「喜んで、と申し上げたいのですが……今は授業中でして。すみませんが、そちらでお待ちいただけますか。あと少しで終わりますから」
「こちらこそ、突然すみません。待たせていただきます」
示された長椅子に、ナンシーと並んで腰かける。
ナンシーは、私の言った「アレン」が誰のことか気になっているようで、ちらちらと視線を投げかけてくる。けれど、お喋りが授業の邪魔になると思ったらしく、珍しく黙り込んだ。
とはいえ暇を持て余すのか、丸い顔があっちを向き、また少ししてこっちを向き……教会の中を観察している。
私も、こっそり目を動かしてみた。
正面奥には講壇があって、その向こうには天使の石像。
(大抵は、神様や聖母様の像とか、シンボルマークが飾られているのに)
この村では、やはり《天使》は特別な存在なのだろう。
(ん?)
よく見ると、石像のうしろに壁画がある。暗くてすぐには気付かなかった。
(鳥……ううん、天使の絵だわ。その上に広がってる雲は、天の国かしら。天使の下には……海?)
違う。海にしては、波の形が不揃いだ。色もおかしい。あれは、むしろ……。
「奥様、奥様!」
ナンシーに呼ばれて我に返った。
教会内には、すでに子どもたちの姿はなく、傍にはハンナ先生が立っていた。
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