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65 残酷な過去
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オスカーは一瞬、硬直した。それから、糸が切れた人形のように、どさりとソファへ腰を下ろした。
私は話を続けた。
「それを教えてくださったのは、ハンナ先生という方です」
オスカーの肩がびくっと揺れる。けれど彼は、今度は立ち上がらなかった。
固唾をのんで、私の言葉に耳を傾けている。
「ハンナ先生はおっしゃいました。その村では、髪の白い子どもを《天使》と呼んでいたと。そうした子どもが6つになると、本当の《天使》に昇華させる風習があったそうです。ずっと昔には」
「ずっと、昔……? ど、どのくらい前なんだ?」
オスカーが、身を乗り出して聞き返してくる。
「10年ほど前です。ハンナ先生の働きかけで、その風習はなくなったそうですが」
「10年……そんな馬鹿な」
「神父さんも似たようなことをおっしゃっていました。『《天使》はみんな、天の国へ去って行った』って。《天使》が生まれることも、もうないって」
よそ者の私たちを警戒した神父さんは、ハンナ先生にうながされて、渋々……だったけれど。
「村の人たちも、同じように考えているみたいです。白い髪の女の子がいましたけど、ほかの子と同じように、ごく普通の子どもとして育てられていましたから」
オスカーの喉が、ごくりと動く。ひざに置いた手を組んだりほどいたりして、落ち着かない様子だ。
このまま、話を進めて大丈夫だろうか。
迷ったけれど、どんなにオスカーが動揺しても受け止めよう、と心に決めて、私はまた口を開いた。
「ハンナ先生は、懸命にその風習をやめさせようとしたそうです。理由は、『白い髪の子どもを本物の《天使》に昇華させる方法が、あまりにも残酷だから』。その方法は……方法、は……」
ワンピースのスカートを握る手が震える。話を続けなくては。そう思うのに、声が出てこない。ハンナ先生に聞いたあの話は、本当に惨たらしかったから。
隣でナンシーのすすり泣きがして、私はますます怯んでしまった。
その時、オスカーがぽつりと言った。
「知ってるよ」
彼はうつむき、話を始めた。
「教会の裏手の森に、開けた場所がある。《天使》と呼ばれる子どもが6つになると、そこへ柱を立てるんだ。その柱に子どもをくくりつけて、周りに薪をくべ、火をつける。夜を徹して火を焚き、骨まで燃やし尽くす。そうやって昇華された《天使》は、僕らを見守り、加護をくれる」
オスカーは、一旦言葉を切った。声は穏やかだったけれど、表情は苦しげだった。同じ話をしてくれた、ハンナ先生のように。
オスカーも彼女と同じく、燃えていく《オスカー》のことを思い出しているのかもしれない。
ハンナ先生は、ときおり窓の外──教会の裏手を見やりながら、私たちに語ってくれた。
『17年経った今でも、忘れることができません。何も知らず眠っていた私は、ガラスをかきむしるような悲鳴で飛び起きました。窓の外は、真昼のように明るかった。
外へ駆け出すと、むせ返るほどの熱が、私の顔をあぶりました。薪は激しくはぜていたのに、ご両親の口は何かを喚いていたのに、すさまじい叫び声が、すべての音をかき消した……』
その凄惨な現場に、幼かったオスカーもいたのだ。《天使》の昇華には、家族が立ち会うから。
『あの風習が生まれたのは、数百年前。その理由は、なくとなくわかります。白い髪の子どもは、病気になりやすいんです。大抵は、6つまでには親の髪色に変わるんですが、そうでない子は虚弱なまま。
彼らが子を成せば、ひ弱な性質が村に広まる。それを防ぐために、《天使》に昇華させる、という名目で淘汰していたんでしょう』
けれど今は、数百年前に比べて、格段に医学が発達している。病の治療法だけでなく、罹患そのものを防ぐ方法も見つかったという。
ただ、それもこれも、森の奥の村にいては知る術などなかっただろう。
もっと早く、あの村へ、新しい風が吹き込んでいたら──《オスカー》が殺されることもなかったし、アレンも虐げられずに済んだのに。
(《天使》が見守ってくれる、という話は……子どもを奪われた家族を慰めるために、作られた物語だったんだろうな。それが、いつの間にか《天使》の家族を苦しめる原因になるなんて)
やるせなさに耐えきれず、私は目を伏せた。けれどすぐに、「アリス」とオスカーに呼ばれて、まぶたを開いた。
私は話を続けた。
「それを教えてくださったのは、ハンナ先生という方です」
オスカーの肩がびくっと揺れる。けれど彼は、今度は立ち上がらなかった。
固唾をのんで、私の言葉に耳を傾けている。
「ハンナ先生はおっしゃいました。その村では、髪の白い子どもを《天使》と呼んでいたと。そうした子どもが6つになると、本当の《天使》に昇華させる風習があったそうです。ずっと昔には」
「ずっと、昔……? ど、どのくらい前なんだ?」
オスカーが、身を乗り出して聞き返してくる。
「10年ほど前です。ハンナ先生の働きかけで、その風習はなくなったそうですが」
「10年……そんな馬鹿な」
「神父さんも似たようなことをおっしゃっていました。『《天使》はみんな、天の国へ去って行った』って。《天使》が生まれることも、もうないって」
よそ者の私たちを警戒した神父さんは、ハンナ先生にうながされて、渋々……だったけれど。
「村の人たちも、同じように考えているみたいです。白い髪の女の子がいましたけど、ほかの子と同じように、ごく普通の子どもとして育てられていましたから」
オスカーの喉が、ごくりと動く。ひざに置いた手を組んだりほどいたりして、落ち着かない様子だ。
このまま、話を進めて大丈夫だろうか。
迷ったけれど、どんなにオスカーが動揺しても受け止めよう、と心に決めて、私はまた口を開いた。
「ハンナ先生は、懸命にその風習をやめさせようとしたそうです。理由は、『白い髪の子どもを本物の《天使》に昇華させる方法が、あまりにも残酷だから』。その方法は……方法、は……」
ワンピースのスカートを握る手が震える。話を続けなくては。そう思うのに、声が出てこない。ハンナ先生に聞いたあの話は、本当に惨たらしかったから。
隣でナンシーのすすり泣きがして、私はますます怯んでしまった。
その時、オスカーがぽつりと言った。
「知ってるよ」
彼はうつむき、話を始めた。
「教会の裏手の森に、開けた場所がある。《天使》と呼ばれる子どもが6つになると、そこへ柱を立てるんだ。その柱に子どもをくくりつけて、周りに薪をくべ、火をつける。夜を徹して火を焚き、骨まで燃やし尽くす。そうやって昇華された《天使》は、僕らを見守り、加護をくれる」
オスカーは、一旦言葉を切った。声は穏やかだったけれど、表情は苦しげだった。同じ話をしてくれた、ハンナ先生のように。
オスカーも彼女と同じく、燃えていく《オスカー》のことを思い出しているのかもしれない。
ハンナ先生は、ときおり窓の外──教会の裏手を見やりながら、私たちに語ってくれた。
『17年経った今でも、忘れることができません。何も知らず眠っていた私は、ガラスをかきむしるような悲鳴で飛び起きました。窓の外は、真昼のように明るかった。
外へ駆け出すと、むせ返るほどの熱が、私の顔をあぶりました。薪は激しくはぜていたのに、ご両親の口は何かを喚いていたのに、すさまじい叫び声が、すべての音をかき消した……』
その凄惨な現場に、幼かったオスカーもいたのだ。《天使》の昇華には、家族が立ち会うから。
『あの風習が生まれたのは、数百年前。その理由は、なくとなくわかります。白い髪の子どもは、病気になりやすいんです。大抵は、6つまでには親の髪色に変わるんですが、そうでない子は虚弱なまま。
彼らが子を成せば、ひ弱な性質が村に広まる。それを防ぐために、《天使》に昇華させる、という名目で淘汰していたんでしょう』
けれど今は、数百年前に比べて、格段に医学が発達している。病の治療法だけでなく、罹患そのものを防ぐ方法も見つかったという。
ただ、それもこれも、森の奥の村にいては知る術などなかっただろう。
もっと早く、あの村へ、新しい風が吹き込んでいたら──《オスカー》が殺されることもなかったし、アレンも虐げられずに済んだのに。
(《天使》が見守ってくれる、という話は……子どもを奪われた家族を慰めるために、作られた物語だったんだろうな。それが、いつの間にか《天使》の家族を苦しめる原因になるなんて)
やるせなさに耐えきれず、私は目を伏せた。けれどすぐに、「アリス」とオスカーに呼ばれて、まぶたを開いた。
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