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スローライフ編
悪夢に溶けて
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がたんごとん。
レールをたどり、進み続ける列車。
さわさわと草がそよぐ音。
自分以外に誰も乗っていない列車は床一面の花で満たされていた。空を飛んでいるのか、窓からは澄み渡る青空と小さな雲だけが見える。どこへ向かっているのか見当もつかない。
俺は動く気力もなく、ぐったりとうなだれて椅子に座り込んでいた。
何かに怯えるように。
ひとりでここまで来てしまった。降りられない、いや、降りることは許されない。使命を全うしろ。
……寂しい。怖い、今すぐ帰りたい、皆に会えないなんて嫌だ、死にたくない。
自分を奮い立たせようとしたが、失敗して混乱する。
ハア、ハア、ハア。
「……助けて。」
「……ロ、ヴェロ。」
ゆらゆらと揺り起こされて目が覚める。
またこの夢か。
「うう。」
毛布から這い出て体を起こす。
「おはよう。」
「……おはよ……ざいます。」
半分寝ぼけながらルーク兄さんに挨拶を返す。
どうやら今日も目覚まし時計で起きられなかったみたいだ。最近は執事のモーニングコールに頼りきりになっている。
兄さんに支えてもらいながらベッドから立ち上がり、身支度に取り掛かる。
「大丈夫?」
「え?」
シャツのボタンを留めているところに声をかけられて、顔を上げると、ルーク兄さんが心配そうに俺を見ていた。
「凄くうなされてた。」
見てたんだ。だとしたらずいぶん見苦しいところを見せてしまった。
「最近夢見が悪いみたいです。それでよく眠れなくて。」
「そうか、つらいね。誰かに診てもらった?」
「いえ、まだです。」
悪夢なんて診てもらうほどでもないような気がする。
「悪夢は早く治さないと。今日はメアがいないから、ルルかモネに診せな。」
兄さんはそう言って俺にカーディガンを着せようとする。
「自分で着られますよ。」
「俺の数少ない仕事だから。ほんとやることないの。」
確かにルーク兄さんが忙しそうに働くところを見たことがない。
ちょっとした押し問答の末に、カーディガンを着せてもらった。なんだかお坊ちゃまみたいだ。
ガチャ。
兄さんが部屋の扉を開けたのに続いて、杖をつきながら部屋の外に出る。起き抜けで足の感覚が少し鈍いが、全然歩ける。
「今日も足の調子は大丈夫そうだな。」
「はい、明日には走れますよ。」
「あはっ、じゃあ明日兄さんと鬼ごっこする?」
「いいですね、手加減してくださいよ。」
「俺ヨボヨボだから無理かも。」
いたずらっぽく笑う兄さん。食堂とは反対の方向に行っていた。
「ルルを起こしてくる。」
「はーい。」
兄さんを少しの間見守って、食堂の方向へ足を運ぶ。日の差す明るい廊下をゆっくりと歩く。
日に日に足の感覚が以前のように戻ってくるのを感じる。さっきはああ言ったが、本当に走れるようになる日も近いかもしれない。
夢がフラッシュバックする。体はここでの生活に慣れてきたが、心はまだ追い付いていない。夢の中での自分は正直だ。ファンタストの仲間を捨ててきたことを、いつまでも後悔している。ほんと嫌になる、恥ずかしいほど情けない。
食堂では、すでに何人か食事中だった。広い食卓の端にマキリア兄さんとエヴァ、ラネモネが固まって座っていた。
お腹の空くような香ばしい香りがする。
「おはようございます。」
「おー、おはよ。」
「おはようー。」
「おはよー。」
マキリア兄さんの横の席が空いていたから、執事に杖を預けてそこに座る。兄さんはいつものようにコーヒーを飲んでいた。他の二人はプレートに乗ったパンとスクランブルエッグやベーコンやらを食べている。
「最近同じ夢ばっかり見るんだけどさ。」
「どんな夢?」
「空飛ぶ列車に乗ってるんだけど、自分は疲れ切ってて、世界の終わりみたいに絶望してるんだ。」
「ふつーに悪夢じゃん。」
「兄さんあまり寝れてなさそうだね。目の下がすごいよ。」
モネが人差し指でとんとんと自分の目の下を指す。
あ、クマか。後で消さないと。
「うん、やっぱ目立つか。」
静かにコーヒーを飲んでいたマキリア兄さんもカップを置く。
「大丈夫?」
「この調子が続いているんでちょっときついです。」
「こじらせると余計きついよ。次寝る時までに治さないと。」
ここでは悪夢が一種の病気として捉えられているのか。故郷にいた時は悪夢なんて誰でも経験する、よくあることだった。
ちょっと不思議な感じだが、年上の人の言うことは聞いておいた方がいい。
「そうですよね。ルーク兄さんがモネかルル兄さんに診てもらえって。急で悪いんだけど、この後空いてたらモネに診てほしいんだ。」
「あ、全然大丈夫だよ。」
モネは軽い調子で承諾してくれた。
「ありがとう。」
「失礼いたします。」
話しているところに俺の朝食が運ばれてくる。ホカホカと湯気を立てる料理。他2人より若干量が多い。
「いただきます。」
「先にルル兄さんのところに行った方がいいと思う。」
パンに塗るジャムを物色していた時に、エヴァが思い出したかのように言った。
「あー、言われてみればそうだね。僕はあくまで最終手段だね。」
モネもうなずいてエヴァの意見に賛成している。
「なんで?」
「うーん、そっちの方が選択肢が多いというか、僕は魔法をかけて終わりだから……。」
「ルル兄さんならヴェロが自分自身で悪夢に打ち勝つ方法を知ってる。それなら踏ん切りもつくでしょ。」
「あんまりピンとこないんだけど……?」
「まあ、俺もよくわかってない。詳しいことはルルから教えてもらいな。」
「はーい、そうします。」
ガチャ。
食堂の扉が開く。誰か来たようだ。
「おはよう……。」
姿を覗かせたのはルル兄さんだった。シパシパと眠たそうに瞬きしている。あ、なんか今兄さんと目が合った気がする。
「「おはよー。」」
「おはようございます。」
兄さんはあくびをしながら俺の向かいの席に座った。出されたお茶をぐびぐび飲んでいる。あらかた食べ終わったモネとエヴァは、夢の話から絵画の話へと脱線していた。
「なあ、ルル。この後空いてたらヴェロ診てくんない?悪夢がひどいんだってさ。」
俺が切り出す前に、マキリア兄さんがルル兄さんに打診してくれた。
「おう、さっきルーク兄さんから聞いた。すぐ治すから、ヴェロは飯食ったら研究室に来て。」
「はい、――
「迎えに行ってあげなよ。」
唐突にエヴァが苦情を言う。
聞いてたんだ。
「そんなわけで、飯食ったら迎えに行くから部屋で待ってて。」
「ありがとうございます。」
後でルーク兄さんにもお礼を言わないと。
「典型的な悪夢だね。」
俺の話を細かくメモしているルル兄さん。結局兄さんが部屋まで迎えに来て、研究室へ連れて行ってもらった。
「これって薬とかの治療で治るんですか?」
「うん、治るよ。今取ってくる。」
兄さんはそう言って席を立ち、隣の薬品倉庫の扉を開けて中へ入った。
研究室をぐるりと見渡す。モノトーンを基調としていて、棚の隅まで整然と実験道具が並べられている。嗅いだことのあるような薬品の匂いがする。
「はい、これ。」
倉庫から戻ってきた兄さんが錠剤の入った瓶を2つ、机に置く。それぞれ赤白のカプセルと白色の錠剤が入っていた。
「これを飲むと、夢の中でも自我を保ったまま自由に動けるようになる。明晰夢の実現。なにせ夢の中だから、魔力の制限なしに好きな魔法が使える。文字通り、何でもできる。そこで、悪夢と戦うもよし、気持ちの整理をつけてくるのも良し、要するに悪夢が成立しないようにすればいい。」
「ゲームみたいで楽しそうですね。」
「言われてみればそうだな、うまくいかなくても、起きて再挑戦できる。」
「うまくいかないこともあるんですか。」
「可能性はある。どうにもならない時はモネやメアの出番だな。悪夢をまっさらに消す。」
「へー。治療の方針が少し違うんですね。」
「さ、ひとつずつ飲んで。ボリボリ噛んでも大丈夫だから。」
「はい。」
瓶から錠剤を手のひらの上に出す。
そういえば、
「副作用とかって、あるんですか。」
兄さんが一瞬あっけにとられたかのように固まる。
「お前、しっかりしてるな。」
「え?」
「こうやって薬を出したら、なんの躊躇いもなく飲む奴ばっかりだからさ。」
「あははっ、そうなんですか。」
それだけお互いを信頼しているのだろう。俺はまだ、染まり切れていない。もう一線を越しているのに。
「副作用は特にないよ。魔力を持たない生物には猛毒だけど。」
「あ、そうですか……。」
聞かなきゃよかった。気持ち、手のひらがじんわりとしたような。絶対に魔力を持っている自信はあるが怖くなる。
ガチャ
研究室の扉が開く音がして振り返る。入ってきたのはミラルカだった。
「失礼、すぐに出るから。」
そう言いながら足早に薬品倉庫の方へ向かう。
「おい、何持っていくんだ。」
「え、前飲んだやつと一緒、あのー、体がよく動くやつ。」
「それならいいわ。場所わかる?」
「うーん。」
ルル兄さんは倉庫に入っていったミラルカの方を少しの間見つめていた。思念で話しているのか。薬の知識については、これっぽっちも知らない。今度教えてもらおう。
まあいいや。
錠剤を口の中に放り込み、ゆっくりと噛み砕く。
ぼり、ぼり。
かすかに、甘い花の香り。
がたんごとん。
列車の音を聞いて目を覚ます。
草花の生い茂った車内、青一面の景色、まさしくいつもの夢だ。いつもの場所に座っている。だが、動く気力はある。絡みつくような倦怠感も、心を揺さぶる動揺もない。
というか、俺寝たのか。ここまで即効性があるとは聞いてない。
……。
自由に動けるようになったのはいいとして、何をすればいいんだ。二度とこの悪夢をみないために、ここで何に対してけりをつければいい?未練、自責の念?
がたんごとん。
この後に何か起きるのだろうか。いや、夢はいつも俺がパニックを起こして終わる。
終わる?
そうか、忘れていたんだ。この前に起きた出来事を。
列車が大破する映像が、一瞬頭に浮かぶ。
壊れたのは、後ろだ。
何かに掴まることなく、すっと立ち上がり勢いのまま後ろの車両へ走る。数両ほど通り抜ければ、辛うじて繋がっていた後ろ半分の大破した車両があった。ガタガタとひどい音を立てて、前の車両に引きずられている。荒れ狂う風に抗いながら、ちぎれた車両の中に行けば、後方にレールを飲み込んでいく灰色の雲が見えた。
ここで何かが起きたんだ。記憶がない。思い出せるか。
『文字通り、何でもできる。』
力づくでも思い出せ。
頭の中で、イメージを構築する。
戻す、もどす。
オルゴールのネジを回す、あの感じ。
カチ、カチ、カチ、カチ。
「うおっと。」
気を失い、椅子から崩れ落ちそうになったヴェロをミラルカが受け止める。
「受け止める気なかったよね。」
ミラルカの刺すような目線。
「強化人間だし大丈夫だよ。」
「どっか打ったらあとで痛くなるかもしれないよ。」
「大げさだって。」
「そういえばこれ、「アゼルラ」だよね。何も言わずに飲ませてたけど。」
ミラルカが赤白のカプセルが入った瓶を手にとって眺める。
悪夢の治療、本来は一錠の投薬で済むはずだった。
「よく分かったな。」
「自分が飲んだ薬ぐらいは覚えてる。というか、いいの?精神分裂の薬も盛って。」
『効能:新たな人格の形成、再構成の促進』
「悪夢を治すついでにしただけだし。」
ルルは悪びれた様子もなく答える。
「はあー、答えになってない。」
「苦しみは早く取り除かないと。ヴェロはこっちに来たんだから、故郷のことはさっさと忘れてしまうべきだ。それに、メアの手を煩わせるわけにはいかない。」
「ほんとに……、」
(わがままだな。そんなの建前だろ。)
言いかけた言葉をすんでのところで飲み込む。
「ヴェロの部屋に運ぶから、予後観察ぐらいはちゃんとしてよ。」
「お、ありがとう。」
わがままなのはお互い様。
レールをたどり、進み続ける列車。
さわさわと草がそよぐ音。
自分以外に誰も乗っていない列車は床一面の花で満たされていた。空を飛んでいるのか、窓からは澄み渡る青空と小さな雲だけが見える。どこへ向かっているのか見当もつかない。
俺は動く気力もなく、ぐったりとうなだれて椅子に座り込んでいた。
何かに怯えるように。
ひとりでここまで来てしまった。降りられない、いや、降りることは許されない。使命を全うしろ。
……寂しい。怖い、今すぐ帰りたい、皆に会えないなんて嫌だ、死にたくない。
自分を奮い立たせようとしたが、失敗して混乱する。
ハア、ハア、ハア。
「……助けて。」
「……ロ、ヴェロ。」
ゆらゆらと揺り起こされて目が覚める。
またこの夢か。
「うう。」
毛布から這い出て体を起こす。
「おはよう。」
「……おはよ……ざいます。」
半分寝ぼけながらルーク兄さんに挨拶を返す。
どうやら今日も目覚まし時計で起きられなかったみたいだ。最近は執事のモーニングコールに頼りきりになっている。
兄さんに支えてもらいながらベッドから立ち上がり、身支度に取り掛かる。
「大丈夫?」
「え?」
シャツのボタンを留めているところに声をかけられて、顔を上げると、ルーク兄さんが心配そうに俺を見ていた。
「凄くうなされてた。」
見てたんだ。だとしたらずいぶん見苦しいところを見せてしまった。
「最近夢見が悪いみたいです。それでよく眠れなくて。」
「そうか、つらいね。誰かに診てもらった?」
「いえ、まだです。」
悪夢なんて診てもらうほどでもないような気がする。
「悪夢は早く治さないと。今日はメアがいないから、ルルかモネに診せな。」
兄さんはそう言って俺にカーディガンを着せようとする。
「自分で着られますよ。」
「俺の数少ない仕事だから。ほんとやることないの。」
確かにルーク兄さんが忙しそうに働くところを見たことがない。
ちょっとした押し問答の末に、カーディガンを着せてもらった。なんだかお坊ちゃまみたいだ。
ガチャ。
兄さんが部屋の扉を開けたのに続いて、杖をつきながら部屋の外に出る。起き抜けで足の感覚が少し鈍いが、全然歩ける。
「今日も足の調子は大丈夫そうだな。」
「はい、明日には走れますよ。」
「あはっ、じゃあ明日兄さんと鬼ごっこする?」
「いいですね、手加減してくださいよ。」
「俺ヨボヨボだから無理かも。」
いたずらっぽく笑う兄さん。食堂とは反対の方向に行っていた。
「ルルを起こしてくる。」
「はーい。」
兄さんを少しの間見守って、食堂の方向へ足を運ぶ。日の差す明るい廊下をゆっくりと歩く。
日に日に足の感覚が以前のように戻ってくるのを感じる。さっきはああ言ったが、本当に走れるようになる日も近いかもしれない。
夢がフラッシュバックする。体はここでの生活に慣れてきたが、心はまだ追い付いていない。夢の中での自分は正直だ。ファンタストの仲間を捨ててきたことを、いつまでも後悔している。ほんと嫌になる、恥ずかしいほど情けない。
食堂では、すでに何人か食事中だった。広い食卓の端にマキリア兄さんとエヴァ、ラネモネが固まって座っていた。
お腹の空くような香ばしい香りがする。
「おはようございます。」
「おー、おはよ。」
「おはようー。」
「おはよー。」
マキリア兄さんの横の席が空いていたから、執事に杖を預けてそこに座る。兄さんはいつものようにコーヒーを飲んでいた。他の二人はプレートに乗ったパンとスクランブルエッグやベーコンやらを食べている。
「最近同じ夢ばっかり見るんだけどさ。」
「どんな夢?」
「空飛ぶ列車に乗ってるんだけど、自分は疲れ切ってて、世界の終わりみたいに絶望してるんだ。」
「ふつーに悪夢じゃん。」
「兄さんあまり寝れてなさそうだね。目の下がすごいよ。」
モネが人差し指でとんとんと自分の目の下を指す。
あ、クマか。後で消さないと。
「うん、やっぱ目立つか。」
静かにコーヒーを飲んでいたマキリア兄さんもカップを置く。
「大丈夫?」
「この調子が続いているんでちょっときついです。」
「こじらせると余計きついよ。次寝る時までに治さないと。」
ここでは悪夢が一種の病気として捉えられているのか。故郷にいた時は悪夢なんて誰でも経験する、よくあることだった。
ちょっと不思議な感じだが、年上の人の言うことは聞いておいた方がいい。
「そうですよね。ルーク兄さんがモネかルル兄さんに診てもらえって。急で悪いんだけど、この後空いてたらモネに診てほしいんだ。」
「あ、全然大丈夫だよ。」
モネは軽い調子で承諾してくれた。
「ありがとう。」
「失礼いたします。」
話しているところに俺の朝食が運ばれてくる。ホカホカと湯気を立てる料理。他2人より若干量が多い。
「いただきます。」
「先にルル兄さんのところに行った方がいいと思う。」
パンに塗るジャムを物色していた時に、エヴァが思い出したかのように言った。
「あー、言われてみればそうだね。僕はあくまで最終手段だね。」
モネもうなずいてエヴァの意見に賛成している。
「なんで?」
「うーん、そっちの方が選択肢が多いというか、僕は魔法をかけて終わりだから……。」
「ルル兄さんならヴェロが自分自身で悪夢に打ち勝つ方法を知ってる。それなら踏ん切りもつくでしょ。」
「あんまりピンとこないんだけど……?」
「まあ、俺もよくわかってない。詳しいことはルルから教えてもらいな。」
「はーい、そうします。」
ガチャ。
食堂の扉が開く。誰か来たようだ。
「おはよう……。」
姿を覗かせたのはルル兄さんだった。シパシパと眠たそうに瞬きしている。あ、なんか今兄さんと目が合った気がする。
「「おはよー。」」
「おはようございます。」
兄さんはあくびをしながら俺の向かいの席に座った。出されたお茶をぐびぐび飲んでいる。あらかた食べ終わったモネとエヴァは、夢の話から絵画の話へと脱線していた。
「なあ、ルル。この後空いてたらヴェロ診てくんない?悪夢がひどいんだってさ。」
俺が切り出す前に、マキリア兄さんがルル兄さんに打診してくれた。
「おう、さっきルーク兄さんから聞いた。すぐ治すから、ヴェロは飯食ったら研究室に来て。」
「はい、――
「迎えに行ってあげなよ。」
唐突にエヴァが苦情を言う。
聞いてたんだ。
「そんなわけで、飯食ったら迎えに行くから部屋で待ってて。」
「ありがとうございます。」
後でルーク兄さんにもお礼を言わないと。
「典型的な悪夢だね。」
俺の話を細かくメモしているルル兄さん。結局兄さんが部屋まで迎えに来て、研究室へ連れて行ってもらった。
「これって薬とかの治療で治るんですか?」
「うん、治るよ。今取ってくる。」
兄さんはそう言って席を立ち、隣の薬品倉庫の扉を開けて中へ入った。
研究室をぐるりと見渡す。モノトーンを基調としていて、棚の隅まで整然と実験道具が並べられている。嗅いだことのあるような薬品の匂いがする。
「はい、これ。」
倉庫から戻ってきた兄さんが錠剤の入った瓶を2つ、机に置く。それぞれ赤白のカプセルと白色の錠剤が入っていた。
「これを飲むと、夢の中でも自我を保ったまま自由に動けるようになる。明晰夢の実現。なにせ夢の中だから、魔力の制限なしに好きな魔法が使える。文字通り、何でもできる。そこで、悪夢と戦うもよし、気持ちの整理をつけてくるのも良し、要するに悪夢が成立しないようにすればいい。」
「ゲームみたいで楽しそうですね。」
「言われてみればそうだな、うまくいかなくても、起きて再挑戦できる。」
「うまくいかないこともあるんですか。」
「可能性はある。どうにもならない時はモネやメアの出番だな。悪夢をまっさらに消す。」
「へー。治療の方針が少し違うんですね。」
「さ、ひとつずつ飲んで。ボリボリ噛んでも大丈夫だから。」
「はい。」
瓶から錠剤を手のひらの上に出す。
そういえば、
「副作用とかって、あるんですか。」
兄さんが一瞬あっけにとられたかのように固まる。
「お前、しっかりしてるな。」
「え?」
「こうやって薬を出したら、なんの躊躇いもなく飲む奴ばっかりだからさ。」
「あははっ、そうなんですか。」
それだけお互いを信頼しているのだろう。俺はまだ、染まり切れていない。もう一線を越しているのに。
「副作用は特にないよ。魔力を持たない生物には猛毒だけど。」
「あ、そうですか……。」
聞かなきゃよかった。気持ち、手のひらがじんわりとしたような。絶対に魔力を持っている自信はあるが怖くなる。
ガチャ
研究室の扉が開く音がして振り返る。入ってきたのはミラルカだった。
「失礼、すぐに出るから。」
そう言いながら足早に薬品倉庫の方へ向かう。
「おい、何持っていくんだ。」
「え、前飲んだやつと一緒、あのー、体がよく動くやつ。」
「それならいいわ。場所わかる?」
「うーん。」
ルル兄さんは倉庫に入っていったミラルカの方を少しの間見つめていた。思念で話しているのか。薬の知識については、これっぽっちも知らない。今度教えてもらおう。
まあいいや。
錠剤を口の中に放り込み、ゆっくりと噛み砕く。
ぼり、ぼり。
かすかに、甘い花の香り。
がたんごとん。
列車の音を聞いて目を覚ます。
草花の生い茂った車内、青一面の景色、まさしくいつもの夢だ。いつもの場所に座っている。だが、動く気力はある。絡みつくような倦怠感も、心を揺さぶる動揺もない。
というか、俺寝たのか。ここまで即効性があるとは聞いてない。
……。
自由に動けるようになったのはいいとして、何をすればいいんだ。二度とこの悪夢をみないために、ここで何に対してけりをつければいい?未練、自責の念?
がたんごとん。
この後に何か起きるのだろうか。いや、夢はいつも俺がパニックを起こして終わる。
終わる?
そうか、忘れていたんだ。この前に起きた出来事を。
列車が大破する映像が、一瞬頭に浮かぶ。
壊れたのは、後ろだ。
何かに掴まることなく、すっと立ち上がり勢いのまま後ろの車両へ走る。数両ほど通り抜ければ、辛うじて繋がっていた後ろ半分の大破した車両があった。ガタガタとひどい音を立てて、前の車両に引きずられている。荒れ狂う風に抗いながら、ちぎれた車両の中に行けば、後方にレールを飲み込んでいく灰色の雲が見えた。
ここで何かが起きたんだ。記憶がない。思い出せるか。
『文字通り、何でもできる。』
力づくでも思い出せ。
頭の中で、イメージを構築する。
戻す、もどす。
オルゴールのネジを回す、あの感じ。
カチ、カチ、カチ、カチ。
「うおっと。」
気を失い、椅子から崩れ落ちそうになったヴェロをミラルカが受け止める。
「受け止める気なかったよね。」
ミラルカの刺すような目線。
「強化人間だし大丈夫だよ。」
「どっか打ったらあとで痛くなるかもしれないよ。」
「大げさだって。」
「そういえばこれ、「アゼルラ」だよね。何も言わずに飲ませてたけど。」
ミラルカが赤白のカプセルが入った瓶を手にとって眺める。
悪夢の治療、本来は一錠の投薬で済むはずだった。
「よく分かったな。」
「自分が飲んだ薬ぐらいは覚えてる。というか、いいの?精神分裂の薬も盛って。」
『効能:新たな人格の形成、再構成の促進』
「悪夢を治すついでにしただけだし。」
ルルは悪びれた様子もなく答える。
「はあー、答えになってない。」
「苦しみは早く取り除かないと。ヴェロはこっちに来たんだから、故郷のことはさっさと忘れてしまうべきだ。それに、メアの手を煩わせるわけにはいかない。」
「ほんとに……、」
(わがままだな。そんなの建前だろ。)
言いかけた言葉をすんでのところで飲み込む。
「ヴェロの部屋に運ぶから、予後観察ぐらいはちゃんとしてよ。」
「お、ありがとう。」
わがままなのはお互い様。
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