パンダ列車はなぜ走る

ヨモギダ クフ

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補習

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 幾度となく行われた席替えを経て、遂に手に入った特等席。この席に夏休み期間も座るとは、思いもしなかった。16点を取った数IIの期末テスト、補習をするのには十分な理由だ。
 黒板に大きく書かれた自習の二文字。
 クーラーをガンガンに効かせた室内は快適だが、外は暑すぎて蝉が鳴く元気も無い。参考書とノートが満足に広げられない狭さの古びた机。ノートの欄外に小さくうさぎの絵を描く。
「何書いてんの。」
 顔を上げると前の席の男子がこちらのノートを覗き込んでいた。制汗剤のような爽やかな香り、パーマのかかった黒髪が緩くセンター分けに整えられている。モテるためには校則違反もいとわないところが、陽キャ男子の風格なのだろうか。
「え、落書きしてる。」
「長文の途中で?」
 ノートの隣には英語の長文問題の参考書を開いていた。問2の和訳問題で心が折れたところだった。
「休憩してるの。」
「終わらせてからにしなよ。」
 では何故君は話しかけてくるのだ。
「あれ、死神くんも補習だっけ。」
 ここにいるのは、私達を除いて前の方の席に座るヤギくんとコトリさん、あと隣に座るパンダ列車だけ。前の席の2人とパンダ列車は赤点を取っていたとしても違和感は無いが、死神くんも赤点を取ったのだろうか。
「なわけないじゃん。」
 すぐに否定される。
「そっか。」
「この前言ったじゃん。この人は天才なの。」
 パンダ列車に窘められる。他人のことなのに誇らしげだ。
「すみませんね。」
 パンダ列車に早口で謝罪する。
「え、じゃあなんでいるの?」
「……図書館が開いてなかったからこっち来た。」
 彼の返事に一瞬間が空いた。
「あ、そう。」
「さっき死神くんって呼んだよね。普通に名前で呼んで。」
「あ、ごめん。」
 パンダ列車と話す時の癖で、つい呼んでしまっていたようだ。本人を目の前にして、肩書きで呼ぶのは失礼だろう。気をつけなければ。
 そう思ったのはいいが、肝心の名前が思い出せない。カタカナなのは覚えている。だが、これ以上の情報が出てこない。ずっと存在は知っていたが、本当に興味がなかった。
「マジでごめん、名前聞いてもいい?」
 死神くんは目を見開いてわざとらしく驚くような仕草を見せる。
「ひど。」
「スイマセン。」
「あらー。」
 パンダ列車にも非難される。
「まあいーよ。そのうち思い出すっしょ。」
 教えてくれないんだ、と思った。
「思い出す自信がないかも。」
 死神くんは満足したのか、私の言葉を意に介することなく、前に向き直った。
「いーなー。」
 パンダ列車が小声で話しかけてくる。
「彼と話せて。」
「気まぐれだよ。」
「それでもいいの。あー、イケメンすぎる。」
 無意識に声が大きくなっていたから、ドキッとして、ちらりと死神くんの様子を確かめる。資料集を読んでいる。特に気にしていないようだ。
「聞こえるって。」
「私は大丈夫。」
「あ、そっか。」
 右隣の机に置いたパンダ列車の模型を見つめる。パンダ列車が大声で叫ぼうが、死神くんには聞こえない。
 パンダ列車は私の妄想だから。
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