ワキガ少女が異世界へ転生したところ、異世界人は皆ワキガフェチだったため、少女は女王として征服することに決めました

佐久間 譲司

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第二章 少女の決断

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 晴香が誘われたグループのメンバーは、彩音以外、晴香の班入りを歓迎していなかった。明らかな迷惑顔と、軽蔑の表情が露骨に晴香へ向けられている。

 晴香が参入した班は、女子の第三班だった。特に順位付けの意図で番号を付けられたわけではないだろうが、暗黙の了解と言うべきか、クラスでのカースト上位のメンバーが、数字の若い班を陣取る形になっているようだ。

 つまり、この班は、二年一組の女子におけるカースト下位のメンバーが集まっているということである。

 ちなみに先ほど春香を庇った史園清茂は、男子の第三班、男子でのカースト最下位のグループであった。

 「災難だったねーカズッちゃん」

 女子第一班のメンバーである豊川樹里とよかわ じゅりが、小馬鹿にした態度で、第三班の井谷和枝いたに かずえの背中を小突いていた。和枝は白くてのっぺりとした地味な顔を嫌そうに歪めていたが、それは樹里ではなく、こちらへ向けられていた。

 「ま、地味面ならお似合いっしょ」

 樹里はそう言い残し、茶髪に染めたポニーテールをたなびかせながら、自分の班へと戻っていった。

 和枝の隣に座っていた加納純かのう じゅんが、眉根を寄せ不機嫌そうに言う。

 「なんでこんな奴と一緒の班にならないといけないのよ」

 純はただでさえ、険のある顔をしている女子だが、今はなおさら、厳しい形相をしている。よほど気に食わないらしい。

 純の悪意ある言葉を受け、晴香の心臓がぎゅっと縮んだ。

 「棚瀬さんのせいよ。もういや……」

 美歩は鼻を擦りつつ、ナチュラルショートの下にある目をうらめしそう歪め、彩音を睨んだ。彩音は戸惑う仕草を見せる。

 「でも、あのまま一人にはしておけないよ」

 彩音の返答に美歩ではなく、美歩の正面に座っている東倉衣美ひがしくら いみが抗議した。

 「だけど何の断りもなく、私たちの班に入れることはないでしょ!?」

 衣美は、ヒステリックに彩音へ言葉をぶつけた。彼女はバレー部で長身なので、彩音を見下ろす形になる。彩音は悲痛な表情を浮かべた。

 女子第三班のメンバーは、目の前に晴香がいることなどお構いなしに、口々に不満を申し立てている。晴香は、悲鳴を上げている心を抑えながら、じっと耐えていた。

 その時、教壇にいた高岡先生が声を張り上げた。そこで、班の皆は口を閉じる。

 「どうやらグループは決まったみたいだな」

 先生は、教室中を見回しながら言う。それから続けた。

 「修学旅行中は、基本的に今のグループで行動してもらう」

 美歩たちが、嫌そうにため息をついたことがわかった。女子第一班にいる新井真理あらい まりが清楚に整った顔をこちらに向け、小さく笑った姿が目に入る。

 「それでは日程を説明する」

 資料が配られ、修学旅行の説明が始まった。

 目的地は長野県。そこにあるスキー場で、四泊五日過ごす予定だ。

 まずは空港へ赴き、飛行機で長野空港を目指す。長野空港に到着した後は、大型バスで白馬山まで移動するらしい。

 部屋はグループごとに宿泊する形となっている。食事は全てレストランで出され、入浴は一クラス単位で、大浴場で入るようだ。

 大浴場の説明が終わったところで、女子第一班にいる阿南瑠奈あなん るなが手を上げた。

 瑠奈は、二年一組においてリーダー格の女子だ。茶色の髪に、メイクを施した気の強そうな容貌。素行も悪く、度々教師から呼び出しを受けている問題ある生徒だ。

 しかも彼女は、あの男――岡崎と交際している女子だった。

 「どうした? 阿南」

 高岡先生が、手を上げた瑠奈を指名する。瑠奈は椅子にふんぞり返った姿勢で、不機嫌な口調で話し出す。

 「その入浴だけどさー、クラス皆で入るわけ?」

 先生は首肯する。

 「そうだな。もちろん男女別れるが、説明した通り一クラス単位だ」

 瑠奈は恫喝するような口調で、声を張り上げた。

 「それってありえなくない? 一緒に入りたくない奴がいるんだけど」

 そう言いながら、瑠奈はこちらを睨みつけた。瑠奈の綺麗に整った肉食獣を思わせる鋭い目が、晴香を射抜く。晴香は野ネズミのように、体を硬直させた。息が詰まる。

 「そこはルールだから、守ってもらわないと」

 高岡先生が、たしなめるように言った。だが、瑠奈は納得しない。大きく舌打ちを行った。

 「誰かさんと一緒に入ったら、匂いとか付きそうで嫌なんだよ。何で入浴したのに汚くなるんだよ」

 瑠奈がそう言うと、教室のあちこちから笑い声が上がった。

 クラスメイトたちの嘲笑を聞きながら、晴香は吐き気を覚えていた。握り潰されているかのごとく、胃が痛む。自身の内に、漆黒の『闇』が漂い始めたことを自覚した。

 彩音が気を遣うように、こちらの顔を見たが、何も言ってはこなかった。

 「だったら、男湯にこいよ!」

 岡崎がはやし立てるが、瑠奈はうるせえ! と怒鳴り、天を仰いだ。

 瑠奈の隣にいた桑島麻衣くわしま まいが、瑠奈の肩を叩く。麻衣はボブカットの線が細い美人で、瑠奈の友人だ。

 「まあまあ、どうにかなるよ。いざとなったら汚い人を重点的に洗ってやればいいし。前にもやったでしょ?」

 麻衣の言葉に、今まで黙っていた樹里がぎゃははと、下品な笑い声を発した。

 そこで、口が挟まれる。

 「臭い奴を風呂に入れない方法もあるぞっ!」

 男子第二班である宮崎航平みやざき こうへいが、会話に割り込んだ。彼は誰かが騒ぐと、すぐに同調するお調子者だ。実家が定食屋を営んでいるため、料理はプロレベルらしいが、成績は悪い。

 「それじゃあ、ガス兵器になるよ」

 「クラス皆死んじゃうじゃん」

 航平に対し、愉快そうに突っ込みを入れたのが、同じく第二班の沖野良和おきの よしかず杉沢亮すぎさわ りょうだ。

 教室が、悪意ある笑いの渦に包まれた。

 その後、ひとしきり晴香への誹謗中傷が続き、やがて入浴の話は終わった。結論としては、ルールはルールで、晴香と共に入浴する仕組みは変えられないらしい。

 それから、メインとなるスキー時における注意事項の話に移った。だが、晴香の耳にはもう先生の話は届いていなかった。

 胸中に去来した真っ黒い『闇』は、風船のように膨らみ続けていた。その『闇』に、晴香は飲み込まれようとしていた。



 チャイムが鳴り響き、クラス委員長である小金沢隼人こがねざわ はやとの礼によって、LHRロングホームルームは終了を迎えた。

 この一時間で修学旅行の日程はほぼ全て決まり、後は二ヵ月後の本番を待つのみとなった。

 学校は昼休みに突入し、賑やかな時刻が訪れる。

 他の生徒が、友人たちと席を囲み、弁当を食べる中、晴香は一人で弁当箱を広げていた。

 母手作りの弁当。だが、食欲は全く湧かなかった。石を飲んだかのように、胃が重いのだ。

 クラスメイトたちの自分に対する中傷の数々。ワキガへの強い嫌悪感。先ほどのLHRで、晴香はボロ負けしたボクサーのように、身も体も打ちひしがれていた。

 まさに、危惧していた通りの結果であった。

 弁当を見つめながら、母のことを考える。

 前に、このワキガについて母へ相談したことがあった。自分はワキガであり、ワキガを治す手術があるので、それを受けたいと。

 しかし、母の答えはノーだった。あなたは臭くなく、気のせいであるとの主張だった。学生なのだから、そんなことに気を遣わず、もっと別のことに気を向けるべきだ、第一、お金がない――。

 ワキガのせいでイジメられていることを伝えようと思ったが、無駄だと晴香は悟った。この母親は、娘の気持ちなど一切眼中にないのだと。

 バイトをして、自分でお金を溜める方法も考えたが、晴香が通う高校は、アルバイトが禁止であるため、それも不可能だった。

 完全に八方塞りの状況となった晴香は、ワキガと付き合っていく道を選ばざるを得なかった。そして、それは身に降りかかるイジメを受け入れることを意味している。

 これからずっと、こんな日々が続いていくのだろう。晴香は実感する。まるで苦しむために生きているようだった。そんな人生に意味はあるのか。

 そして、ニケ月後に控えている修学旅行。それに参加することが恐ろしかった。四泊五日もクラスメイトたちと過ごすのだ。筆舌し難い苦痛が待ち受けていることは確実である。

 もちろん、休むことは許されない。母を説き伏せるのは不可能だからだ。

 だったら、選ぶ道は一つしかないように思えた。心の中に生まれた『闇』は、すでに全身を侵しているのだから。

 晴香は、一度も手を付けなかった弁当を通学鞄にしまうと、席を立った。普段ならこの時間にトイレに行き、デオドラントスプレーでケアをするのが日課であったが、今は手ぶらだった。

 晴香は、教室の後ろのドアへと向かう。途中、岡崎たちが座っている席のそばを通った。瑠奈や麻衣も一緒にいる。

 晴香が横を通るなり、彼らは聞こえよがしに次々に批判を口にした。

 「くせえって。食欲なくなるわ」

 「教室で食べないで欲しいな」

 「わざわざ近くを通るなよ馬鹿女」

 「もううちのクラスからいなくなってよ」

 岡崎たちの中傷や揶揄を背中に受けながら、晴香は教室を出た。

 他の生徒とすれ違いつつ、晴香は廊下を進む。トイレを通り過ぎ、階段を上階へと登った。

 やがて、屋上の入り口へと辿り着いた。屋上への鉄扉は、通常、施錠されている。だが、不届き者のせいで頻繁に鍵が壊され、実質、屋上への出入りはフリーの状態だった。

 晴香はドアノブに手をかけ、回す。鉄扉はあっさりと開いた。一陣の暖かい風が晴香を包む。

 晴香は屋上へと出た。屋上には誰もいなかった。秋口の明るい光が空から降り注ぎ、晴香は目を瞬かせる。

 外の光に目が慣れたところで、晴香は屋上を歩き、フェンスの前までいく。

 そしてフェンスに足をかけ、よじ登った。向こう側へ越える際、上部のトゲ状になった忍び返しに、制服のスカートが引っ掛かり、一部分が破けるが、気にしない。もう制服は必要ないからだ。

 やがて晴香は、屋上の淵へと立った。下の方に黒いアスファルトが見える。職員用の駐車場だ。落下するであろう位置には、車は止まっていなかった。

 不思議に恐怖は感じない。部屋で寛いでいる時のように、リラックスしていた。

 晴香は、天を仰ぎ見る。全てを洗うような透き通った青空の中、鳥の集団が飛んでいる姿が目に映った。

 ここからはっきりとは見えないが、V字型に編成しているため、渡り鳥だとわかる。あの鳥たちは、これから日本を離れ、遠くの地域で過ごすのだろう。長い長い旅。だが、それには仲間がいる。皆と協力し合って飛ぶのだ。自分のように、孤独ではない。

 晴香は再び地面に顔を向けた。先程よりも、高さが増したように感じる。

 ここは四階だ。確実に死ぬことができるだろう。これで楽になれるのだ。もうワキガで悩むことはない。馬鹿にされ続ける人生と決別できるのだ。

 晴香は、足を一歩踏み出した。そこでふと、視線を感じる。視線の出所を探ると、下方の校舎の窓から、誰かがこちらを見ていることに晴香は気がついた。

 制服を着た男子生徒。ぎょっとしたように、こちらを凝視している。あどけない容貌から、一年生だと思われた。

 晴香は、屋上の淵ギリギリに立ったまま、その男子生徒に微笑んだ。

 さよなら最悪の人生。

 晴香は淵から外へ身を投げ出した。一瞬、体がふわりと軽くなり、やがてジェットコースターに乗っているように、急降下する感覚が全身を襲う。

 すぐさま眼前にアスファルトが迫った。怖いと思う時間すらなかった。水に落ちたような衝撃が体を包み、視界が真っ暗に染まった。
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