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第二十三章 葬式
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雅秀は寮の部屋に戻ると、すぐにスマートフォンを開いた。
メッセージアプリから、アズサの連絡先を選択する。今日は偶然なのか、アズサからのメッセージはほとんどなかった。
雅秀はしばし躊躇った後、通話ボタンをタップする。
スマートフォンを耳に当て、呼び出し音を静かに聞く。すぐにアズサは電話を取った。
『もしもし』
アズサの声が鼓膜を響かせた。
『アズサ? 俺だけど』
『うん。どうしたの?』
雅秀は菊池の件について世間話をするように、アズサに話した。同僚が無断欠勤し、音信不通であることや、その同僚の容姿や声の特徴など。
話を聞いたアズサは、小さく吐息を漏らした。
『そう。大変ね。その同僚の人、無事だといいんだけど』
『明日まで連絡がつかないなら、会社が警察へ相談するらしいよ』
『そっか。そのほうがいいかもね』
菊池の件を話しても、特段、アズサは変わった反応をみせなかった。あくまで声だけだが、普段通りに感じる。
次に彼女は、話が一区切りしたと思ったのか、今日、自分の周りであった出来事の話題にシフトさせた。
楽しそうにおしゃべりを始める。
雅秀は、相槌を打ちながら、アズサの今の言動を、菊池のことを一切関知していない人間ならば、取り得るものではないかと思った。
言うなれば、大して興味を示していないのだ。当然だろう。知りもしない人間が、たかだが音信不通になった程度のエピソードなのだ。本来、どうでもいいものである。
それほどアズサの応答は自然であった。変にこちらが疑っているだけで、アズサは菊池の件と関係がないのかもしれない。
菊池はアズサへの尾行を行った。それは確かだ。そして反応をうかがう限り、アズサは尾行にすら気づいていない可能性があった。
菊池の身に何かがあったとしたら、アズサの尾行が終わった後、ということになる。
雅秀は、アズサとおしゃべりをしながら、自身の考えが変化していることを自覚する。
大の大人がたかだが一日、無断欠勤し、音信不通になっただけのことだ。案外菊池は明日、ひょっこり出勤してくるかもしれない。今は、変に疑心暗鬼になる必要もないだろう。
結局、それ以降は一度も菊池の話には言及せず、夜遅くまでアズサのおしゃべりに付き合うハメになった。
翌日も菊池との連絡が取れなかった。会社の上層部は、宣言通り、警察へと相談を行ったらしい。それから、捜索願いが出されたようだ。
それから次の日。
菊池の遺体が発見されたとの報せが、雅秀の耳に届いた。
こじんまりした葬儀場に、読経の声が響く。雅秀は参列者の席に並び、じっと俯いていた。
菊池の葬儀は驚くほど質素だった。遺族の席に座っている人間も少なく、参列者も会社関係を除けば、数えるほどしかいなかった。
雅秀は顔を上げ、祭壇を見る。いつの頃の写真かはわからないが、にこやかに笑みを浮かべている菊池の遺影と目が合った。
雅秀はその遺影を見つめながら、一昨日の出来事を思い出していた。
菊池の訃報が届いたのは、仕事が終わる夕方頃だった。
終礼の際、班のリーダーが説明を行ったのだ。菊池が遺体で発見され、警察で検案された後、遺族に引き渡されたということを。
菊池は自殺だった。一人暮らしのアパートで、風呂場に目張りをしての練炭自殺。
遺書はなかったものの、現場の状況から、他者の介入はなく、自殺と断定されたらしい。
同僚や遺族は大したショックを受けることもなく、すんなりと納得していたようだが、雅秀は違っていた。
強い疑念が湧いているのだ。
事情を知っている者が雅秀だけのせいもある。だが、身近で接していたからよくわかっていた。確実に菊池は自殺をするような人間ではないのだ。
雅秀は、眠くなるようなお経の最中、祭壇の近くで並んで座っている遺族に目を向けた。
初めて目にする菊池の親族だ。親や兄弟かわからないが、老若男女複数いる。しかし、その誰もが涙を流していなかった。菊池は生前、自らの家族関係について一切語らなかったが、この様子を見ると、あまり仲が良いとは言えなかったのだろう。
雅秀は横に座っている志帆を、横目でチラリとうかがった。志帆は何かを堪えているような、苦痛が混ざったような表情でじっと俯いていた。
雅秀は前を向く。祭壇の菊池がこちらに笑いかけたように感じた。
メッセージアプリから、アズサの連絡先を選択する。今日は偶然なのか、アズサからのメッセージはほとんどなかった。
雅秀はしばし躊躇った後、通話ボタンをタップする。
スマートフォンを耳に当て、呼び出し音を静かに聞く。すぐにアズサは電話を取った。
『もしもし』
アズサの声が鼓膜を響かせた。
『アズサ? 俺だけど』
『うん。どうしたの?』
雅秀は菊池の件について世間話をするように、アズサに話した。同僚が無断欠勤し、音信不通であることや、その同僚の容姿や声の特徴など。
話を聞いたアズサは、小さく吐息を漏らした。
『そう。大変ね。その同僚の人、無事だといいんだけど』
『明日まで連絡がつかないなら、会社が警察へ相談するらしいよ』
『そっか。そのほうがいいかもね』
菊池の件を話しても、特段、アズサは変わった反応をみせなかった。あくまで声だけだが、普段通りに感じる。
次に彼女は、話が一区切りしたと思ったのか、今日、自分の周りであった出来事の話題にシフトさせた。
楽しそうにおしゃべりを始める。
雅秀は、相槌を打ちながら、アズサの今の言動を、菊池のことを一切関知していない人間ならば、取り得るものではないかと思った。
言うなれば、大して興味を示していないのだ。当然だろう。知りもしない人間が、たかだが音信不通になった程度のエピソードなのだ。本来、どうでもいいものである。
それほどアズサの応答は自然であった。変にこちらが疑っているだけで、アズサは菊池の件と関係がないのかもしれない。
菊池はアズサへの尾行を行った。それは確かだ。そして反応をうかがう限り、アズサは尾行にすら気づいていない可能性があった。
菊池の身に何かがあったとしたら、アズサの尾行が終わった後、ということになる。
雅秀は、アズサとおしゃべりをしながら、自身の考えが変化していることを自覚する。
大の大人がたかだが一日、無断欠勤し、音信不通になっただけのことだ。案外菊池は明日、ひょっこり出勤してくるかもしれない。今は、変に疑心暗鬼になる必要もないだろう。
結局、それ以降は一度も菊池の話には言及せず、夜遅くまでアズサのおしゃべりに付き合うハメになった。
翌日も菊池との連絡が取れなかった。会社の上層部は、宣言通り、警察へと相談を行ったらしい。それから、捜索願いが出されたようだ。
それから次の日。
菊池の遺体が発見されたとの報せが、雅秀の耳に届いた。
こじんまりした葬儀場に、読経の声が響く。雅秀は参列者の席に並び、じっと俯いていた。
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事情を知っている者が雅秀だけのせいもある。だが、身近で接していたからよくわかっていた。確実に菊池は自殺をするような人間ではないのだ。
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初めて目にする菊池の親族だ。親や兄弟かわからないが、老若男女複数いる。しかし、その誰もが涙を流していなかった。菊池は生前、自らの家族関係について一切語らなかったが、この様子を見ると、あまり仲が良いとは言えなかったのだろう。
雅秀は横に座っている志帆を、横目でチラリとうかがった。志帆は何かを堪えているような、苦痛が混ざったような表情でじっと俯いていた。
雅秀は前を向く。祭壇の菊池がこちらに笑いかけたように感じた。
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