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第二十二章 一つの推理
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その後、祐真は、午後の休み時間を使い、淫魔捜索を続行した。
残った三年生の教室を調べたあと、該当する淫魔が発見できなかったため、職員室さえチェックする。それでも成果は芳しくなかった。
やがて授業は全て終わりを迎え、SHRが始まる。明日の午後、全校集会がある旨の説明があったのち、チャイムが鳴り、今日の学校は終了を迎えた。
祐真はそれでもすぐには帰宅しなかった。放課後の時間を利用し、部活動に勤しむ生徒たちも見て回る。この辺りの層はほぼこれまでチェックした生徒と重複しているだろうが、取りこぼしを懸念してのものだ。しかし、これすら該当者なし。
日が落ち始めた頃に、祐真は、リコの帰宅を促す言葉により、捜索を切り上げることにした。
アパートへと戻った祐真に、リコはこう結論付けた。
「おそらく、学校内にはいないね」
そして、リコは、祐真に付けていた蝙蝠を消滅させる。
「じゃあどこにいるんだよ」
「言ったろ? わからないって。だけど、学校内にいないことはほぼ確定だ。しかし、それはそれで、どこかおかしい」
リコは浮かない顔をした。大理石のような綺麗な肌に、影が差す。
「どうおかしいんだ?」
祐真は帰宅時の制服のまま、畳に座る。リコも、ほとんど出来上がってはいるが、夕食の準備を中断し、祐真の前に座っていた。
「学校内に淫魔はいない。そこまではいいんだ。だけど、そうなった場合、もう一つ、存在しなければならないものがある」
「存在しなければならない? なんだそれ」
祐真の質問に、リコは真っ直ぐ祐真を見つめた。
そして言う。
「召喚主の存在さ」
祐真はっとする。確かに、淫魔がいるということは、それを召喚した者がいるはずなのだ。自分のように。
「説明しなかったけど、僕が蝙蝠を介して確認していたのは、淫魔のみならず、召喚主もなんだ」
「見ただけでわかるのか? 誰が召喚主だなんて」
リコは頷く。その顔は自信に満ちていた。
「淫魔を召喚した場合、ほぼ確実に召喚主は精を吸われているはずなんだ。それもほとんど毎日。淫魔は召喚主を狙うからね。男ならサキュバスから、女ならインキュバスから。そして、精を吸われ続ければ、確実にその者の体に痕跡が残る。これは、熟練した魔術使いや、僕のような淫魔から見れば、一目瞭然だ」
「でも、同性の淫魔を召喚したのもしれないぞ。俺みたいに」
「それでも同じさ。同性の元へ淫魔が召喚される場合、僕のように、その淫魔は同性愛である可能性が非常に高くなる。基本、淫魔は召喚主の精を吸うために現れるからね」
説明を聞きながら、不思議に思う。リコはそう言っているが、自分は精を吸われていない。常に拒否をしているからだ。そのパターンもあるのかもしれないではないか。
祐真は、そのことについて質問を行う。リコは冗談っぽく口角を上げた。
「僕は特別なんだよ。祐真が許可しない限り、精は吸わない。だから例外として扱って欲しいな」
「つまり、他の同性愛の淫魔の場合は、召喚主が拒否しても、無理矢理に精を吸うんだ」
「うん。淫魔術を使ってね。同性愛の淫魔に限らず、全ての淫魔がそんな行動を取るはずだよ」
「アネスみたいに、召喚をされずにこの世界にきたパターンもあるんじゃ?」
リコは、首を振った。
「彼のように、任務でこの世界にやってきた者は、特別承認を受けている。滞在期間も短いし、行動も制限されるんだ。淫魔術を振り撒く真似なんてできやしない」
「そうなんだ。つまり、術を好きに使っている淫魔は、確実に誰かが召喚したってことなのか」
祐真は納得する。そして、以前リコから聞いた言葉を思い出した。
「そう言えば、リコは使えないんだよね。淫魔術」
「まあね」
リコは肩をすくめる。
祐真は、さらにその理由を再度質問しようとしたが、リコは元の説明に戻ったため、断念する。
リコの話は、今回の件の核心へと触れるものだった。
「つまり何度も言うように、召喚主は精を吸われている。そしてその痕跡は確実に残る。それを踏まえて、チェックした」
祐真はその場で身を乗り出し、リコに訊く。
「それで、その人間は誰?」
リコは溜息をついて、天を仰ぐ仕草をする。
「その痕跡がある者はいなかった。つまり、あの学校には、淫魔のみならず、召喚主すらいないんだよ」
それを聞き、祐真の中に疑問が一気に噴出する。
「それって変だろ。じゃなんであんなおかしな現象がうちの学校だけで起きてるんだよ」
リコは、両手をヒラヒラと振った。白子のような細長い指が揺れる。
「それが不思議なんだ。残るは完全な部外者が引き起こした可能性しかない」
「……」
確かに、淫魔や召喚主の該当者がいないとすると、その結論に達するのは当然の帰結と言えた。しかし、それだと、どこか釈然としない。
黙り込んだ祐真を、リコがのぞき込む。
「祐真の見た人物の中で、怪しいと思う者はいたかい?」
リコに聞かれ、祐真の脳裏に、数名の該当者の姿が思い浮かぶ。
その中の一人を口に出した。
「古里は? そう言えば、あいつと鴨志田が一番最初に同性愛者になったような気がする」
リコは首を振った。
「彼は違うね。完全に術に汚染された被害者だった。淫魔に精を吸われていれば、もっと違った痕跡が残るはず」
一番のクロだと思える人物が、あっさりと否定されてしまった。しかし、そうなると、誰だろう。
祐真はもう一人の名前を言った。
「横井さんは? 横井彩香」
リコの眉根が動く。
「ああ、あの同性愛を歓迎していた子?」
「そう」
明確な証拠があるわけではないが、怪しい言動をとっていた。他にも男の同性愛を迎合している女子はいるが、彩香は特に顕著だ。
「あの子、祐真も同性愛に目覚めると言ってたね。どう? ここは期待に応えて、僕とカップルになってみるかい?」
リコは艶かしくウィンクする。祐真はうんざりしながら、鋭く咎めた。
「ふざけていないで答えろよ」
リコは小さく肩をすくめ、答える。
「彼女もシロだよ。淫魔の痕跡なんてなかった。さっきも言ったように、召喚主は、ほぼ確実に淫魔から精を吸われるはずだから、いくら巧妙に隠しても、確実にわかる」
彩香も該当しないとなると、他は誰だろうか。祐真は再び考え込む。
他にも思い当たる人物はいるものの、そのような目で見れば誰でも怪しく思えてくる。言い換えれば、全校生徒のみならず、教師までもが容疑者なのだ。これでは特定など困難であった。
それとも、リコの言う通り、淫魔や召喚主共に、完全に学校外の人間なのだろうか。その場合、その者を探知できる術はあるのか。
リコにそのことを訊いてみると、リコは悟ったような表情で答えた。
「魔術の中には、確かに魔術の痕跡を探知できるタイプのものもあるけど、僕は使えないよ。それができるなら、今日それを使ってたさ。学校外と学校内で方法が変わるわけがないんだから」
リコの説明に、それもそうだと祐真は思い直す。そして、それは、部外者が犯人の場合、ますます捜し出すことが困難であることを意味していた。
「もしも部外者まで捜索範囲を広げたとしても、結局今日みたいに、しらみつぶしに一人一人チェックしていくしか方法はないってことか」
「そうだよ」
それだと、途方もなく時間がかかってしまうだろう。現在進行形で高校は淫魔の魔術に侵食されているのだ。モタモタしてはいられない。
「何か他に良い方法はないのかな」
「ないね。あれば提示しているよ」
困ったことになった。このままでは、高校生活が妙なものになってしまう。同性愛者ばかりの高校生活というのは、意味がわからない。リコの力でこちらが同性愛になるのは避けられるらしいが、周りは違うのだ。
「お前の黒魔術で、かけられた淫魔術を解除できないのか?」
「侵食の度合いによるよ。古里たちみたいに完全に侵されてしまっていたら、なかなか難しい。触れられた程度なら簡単に解除できるけど」
「そうか」
「それに淫魔術の影響を受けているのは、ほぼ全ての男子生徒だ。それら全てを解除するとなると、とても無理だよ。こちらの正体も発覚する危険は増すし、相手の淫魔にも気取られるだろうしね。仮にやっても、大元を叩かないと、また侵食が始まって、解除が無駄になる」
つまりは八方塞がりだということか。名前からは想像できないほど、淫魔術とはやっかいなものらしい。やりようによっては、国一つくらい滅ぼせるんじゃないのか。
徹夜をした時のように、頭痛がする。頭を抱えそうになった。
そこで、不意にリコの手がこちらに伸びた。そして、手を取ろうとする。
また何かセクハラをしてくるものだと祐真は身構えた。リコに文句を言おうと口を開きかける。だが、リコは小さく笑って説明をした。
「大丈夫だよ。遅くなったけど、今から祐真の体に残ってある淫魔術の痕跡を消すだけだから。感染者に触れられたでしょ」
そう言いながらリコは祐真の右手を取り、冷えた手を温めるように、両手で優しく包んだ。
「はい、終わり」
数秒もなく、リコは祐真の手を名残惜しそうに離す。
「早いね」
祐真は、リコから触れられた右手を撫でながら訊いた。
「うん。侵食が深くないからね」
脳裏に、古里から押さえ付けられた光景が蘇る。
「たったあれだけで、淫魔術は感染するんだな」
「そうだよ。なかなか強力な感染型だ。術者は相当強いよ。まあ、祐真の体に付着していた分は、古里だけじゃなく、星斗君や他の感染者からのものも含んでいたけどね」
リコの説明で、祐真の中にふと疑問が浮かぶ。古里や星斗には触られた記憶があったが、他の生徒たちからはなかった。それなのに、そこからも感染していた。
「例えば、感染者とすれ違う際に袖振り合っただけでも、触れられた人間は感染するものなのか?」
「そうだね。その程度なら、微細な量だから回数を重ねない限り発症まではいかないけど、感染することに変わりはない。ウィルスのように、わずかな接触でも魔術を伝染させる。それが『感染型』の真骨頂だから」
「ということは、うちの高校は全員感染しているようなものなのか? 発症していないだけで、女子も含めて」
「その通りだよ祐真。感染型の淫魔術は時間経過で消失はするけど、あの高校みたいな状況なら、常に付着し続けるはずさ。今や教師を含めて、全員が保有者さ。まあ、あの高校の男子生徒にしか発症しないよう出力を抑えてみるみたいだけど」
祐真は、腕を組んだ。前々から抱えていた謎だ。
「……どうして男子生徒だけ発症しているんだろう。何か理由でもあるのかな」
祐真は、以前にも聞いたことを質問する。リコは、両手を広げて、お手上げと言わんばかりの仕草をした。
「祐真。愚問だよ。やっぱり、問題の淫魔を捕らえてみないとわからないって。もしかすると、同性愛者を作ることだけが目的かもね」
最後の言葉は、リコの投げやりな憶測だった。しかし、祐真の脳に、ダイレクトに突き刺さった。光が明滅する。
全校生徒が感染し、発症は男子だけ。発見できない淫魔と召喚主。一連の出来事。
欠けていたパズルのピースが、闇の中から現れて、ピタリとはまった気がした。
どうして、こんな単純なことに気がつかなかったんだろう。
じっと考え込んだ祐真を心配したのか、リコが訊いてくる。
「祐真。どうしたの?」
祐真は、リコを見つめた。
「リコ。ちょっと話がある」
祐真は、リコに仮説を話した。
話を聞き終えたリコは、ロダンの彫刻のように、考え込む仕草をする。
おそらく、自分の考えは間違っていないはずだ。リコはどう判断するのだろうか。
リコは顔を上げた。
「確かに、祐真の言うとおりだ。そこに気づくとは、さすが僕の運命の人」
「誰が運命の人だよ。……それでどう対処すればいい?」
リコは頷く。彼は真剣な面持ちになった。
「それについて、僕に考えがある。そして、君の仮説が正しい場合、明日からの流れも」
「何?」
祐真も真剣な顔で訊く。
リコは口を開いた。
残った三年生の教室を調べたあと、該当する淫魔が発見できなかったため、職員室さえチェックする。それでも成果は芳しくなかった。
やがて授業は全て終わりを迎え、SHRが始まる。明日の午後、全校集会がある旨の説明があったのち、チャイムが鳴り、今日の学校は終了を迎えた。
祐真はそれでもすぐには帰宅しなかった。放課後の時間を利用し、部活動に勤しむ生徒たちも見て回る。この辺りの層はほぼこれまでチェックした生徒と重複しているだろうが、取りこぼしを懸念してのものだ。しかし、これすら該当者なし。
日が落ち始めた頃に、祐真は、リコの帰宅を促す言葉により、捜索を切り上げることにした。
アパートへと戻った祐真に、リコはこう結論付けた。
「おそらく、学校内にはいないね」
そして、リコは、祐真に付けていた蝙蝠を消滅させる。
「じゃあどこにいるんだよ」
「言ったろ? わからないって。だけど、学校内にいないことはほぼ確定だ。しかし、それはそれで、どこかおかしい」
リコは浮かない顔をした。大理石のような綺麗な肌に、影が差す。
「どうおかしいんだ?」
祐真は帰宅時の制服のまま、畳に座る。リコも、ほとんど出来上がってはいるが、夕食の準備を中断し、祐真の前に座っていた。
「学校内に淫魔はいない。そこまではいいんだ。だけど、そうなった場合、もう一つ、存在しなければならないものがある」
「存在しなければならない? なんだそれ」
祐真の質問に、リコは真っ直ぐ祐真を見つめた。
そして言う。
「召喚主の存在さ」
祐真はっとする。確かに、淫魔がいるということは、それを召喚した者がいるはずなのだ。自分のように。
「説明しなかったけど、僕が蝙蝠を介して確認していたのは、淫魔のみならず、召喚主もなんだ」
「見ただけでわかるのか? 誰が召喚主だなんて」
リコは頷く。その顔は自信に満ちていた。
「淫魔を召喚した場合、ほぼ確実に召喚主は精を吸われているはずなんだ。それもほとんど毎日。淫魔は召喚主を狙うからね。男ならサキュバスから、女ならインキュバスから。そして、精を吸われ続ければ、確実にその者の体に痕跡が残る。これは、熟練した魔術使いや、僕のような淫魔から見れば、一目瞭然だ」
「でも、同性の淫魔を召喚したのもしれないぞ。俺みたいに」
「それでも同じさ。同性の元へ淫魔が召喚される場合、僕のように、その淫魔は同性愛である可能性が非常に高くなる。基本、淫魔は召喚主の精を吸うために現れるからね」
説明を聞きながら、不思議に思う。リコはそう言っているが、自分は精を吸われていない。常に拒否をしているからだ。そのパターンもあるのかもしれないではないか。
祐真は、そのことについて質問を行う。リコは冗談っぽく口角を上げた。
「僕は特別なんだよ。祐真が許可しない限り、精は吸わない。だから例外として扱って欲しいな」
「つまり、他の同性愛の淫魔の場合は、召喚主が拒否しても、無理矢理に精を吸うんだ」
「うん。淫魔術を使ってね。同性愛の淫魔に限らず、全ての淫魔がそんな行動を取るはずだよ」
「アネスみたいに、召喚をされずにこの世界にきたパターンもあるんじゃ?」
リコは、首を振った。
「彼のように、任務でこの世界にやってきた者は、特別承認を受けている。滞在期間も短いし、行動も制限されるんだ。淫魔術を振り撒く真似なんてできやしない」
「そうなんだ。つまり、術を好きに使っている淫魔は、確実に誰かが召喚したってことなのか」
祐真は納得する。そして、以前リコから聞いた言葉を思い出した。
「そう言えば、リコは使えないんだよね。淫魔術」
「まあね」
リコは肩をすくめる。
祐真は、さらにその理由を再度質問しようとしたが、リコは元の説明に戻ったため、断念する。
リコの話は、今回の件の核心へと触れるものだった。
「つまり何度も言うように、召喚主は精を吸われている。そしてその痕跡は確実に残る。それを踏まえて、チェックした」
祐真はその場で身を乗り出し、リコに訊く。
「それで、その人間は誰?」
リコは溜息をついて、天を仰ぐ仕草をする。
「その痕跡がある者はいなかった。つまり、あの学校には、淫魔のみならず、召喚主すらいないんだよ」
それを聞き、祐真の中に疑問が一気に噴出する。
「それって変だろ。じゃなんであんなおかしな現象がうちの学校だけで起きてるんだよ」
リコは、両手をヒラヒラと振った。白子のような細長い指が揺れる。
「それが不思議なんだ。残るは完全な部外者が引き起こした可能性しかない」
「……」
確かに、淫魔や召喚主の該当者がいないとすると、その結論に達するのは当然の帰結と言えた。しかし、それだと、どこか釈然としない。
黙り込んだ祐真を、リコがのぞき込む。
「祐真の見た人物の中で、怪しいと思う者はいたかい?」
リコに聞かれ、祐真の脳裏に、数名の該当者の姿が思い浮かぶ。
その中の一人を口に出した。
「古里は? そう言えば、あいつと鴨志田が一番最初に同性愛者になったような気がする」
リコは首を振った。
「彼は違うね。完全に術に汚染された被害者だった。淫魔に精を吸われていれば、もっと違った痕跡が残るはず」
一番のクロだと思える人物が、あっさりと否定されてしまった。しかし、そうなると、誰だろう。
祐真はもう一人の名前を言った。
「横井さんは? 横井彩香」
リコの眉根が動く。
「ああ、あの同性愛を歓迎していた子?」
「そう」
明確な証拠があるわけではないが、怪しい言動をとっていた。他にも男の同性愛を迎合している女子はいるが、彩香は特に顕著だ。
「あの子、祐真も同性愛に目覚めると言ってたね。どう? ここは期待に応えて、僕とカップルになってみるかい?」
リコは艶かしくウィンクする。祐真はうんざりしながら、鋭く咎めた。
「ふざけていないで答えろよ」
リコは小さく肩をすくめ、答える。
「彼女もシロだよ。淫魔の痕跡なんてなかった。さっきも言ったように、召喚主は、ほぼ確実に淫魔から精を吸われるはずだから、いくら巧妙に隠しても、確実にわかる」
彩香も該当しないとなると、他は誰だろうか。祐真は再び考え込む。
他にも思い当たる人物はいるものの、そのような目で見れば誰でも怪しく思えてくる。言い換えれば、全校生徒のみならず、教師までもが容疑者なのだ。これでは特定など困難であった。
それとも、リコの言う通り、淫魔や召喚主共に、完全に学校外の人間なのだろうか。その場合、その者を探知できる術はあるのか。
リコにそのことを訊いてみると、リコは悟ったような表情で答えた。
「魔術の中には、確かに魔術の痕跡を探知できるタイプのものもあるけど、僕は使えないよ。それができるなら、今日それを使ってたさ。学校外と学校内で方法が変わるわけがないんだから」
リコの説明に、それもそうだと祐真は思い直す。そして、それは、部外者が犯人の場合、ますます捜し出すことが困難であることを意味していた。
「もしも部外者まで捜索範囲を広げたとしても、結局今日みたいに、しらみつぶしに一人一人チェックしていくしか方法はないってことか」
「そうだよ」
それだと、途方もなく時間がかかってしまうだろう。現在進行形で高校は淫魔の魔術に侵食されているのだ。モタモタしてはいられない。
「何か他に良い方法はないのかな」
「ないね。あれば提示しているよ」
困ったことになった。このままでは、高校生活が妙なものになってしまう。同性愛者ばかりの高校生活というのは、意味がわからない。リコの力でこちらが同性愛になるのは避けられるらしいが、周りは違うのだ。
「お前の黒魔術で、かけられた淫魔術を解除できないのか?」
「侵食の度合いによるよ。古里たちみたいに完全に侵されてしまっていたら、なかなか難しい。触れられた程度なら簡単に解除できるけど」
「そうか」
「それに淫魔術の影響を受けているのは、ほぼ全ての男子生徒だ。それら全てを解除するとなると、とても無理だよ。こちらの正体も発覚する危険は増すし、相手の淫魔にも気取られるだろうしね。仮にやっても、大元を叩かないと、また侵食が始まって、解除が無駄になる」
つまりは八方塞がりだということか。名前からは想像できないほど、淫魔術とはやっかいなものらしい。やりようによっては、国一つくらい滅ぼせるんじゃないのか。
徹夜をした時のように、頭痛がする。頭を抱えそうになった。
そこで、不意にリコの手がこちらに伸びた。そして、手を取ろうとする。
また何かセクハラをしてくるものだと祐真は身構えた。リコに文句を言おうと口を開きかける。だが、リコは小さく笑って説明をした。
「大丈夫だよ。遅くなったけど、今から祐真の体に残ってある淫魔術の痕跡を消すだけだから。感染者に触れられたでしょ」
そう言いながらリコは祐真の右手を取り、冷えた手を温めるように、両手で優しく包んだ。
「はい、終わり」
数秒もなく、リコは祐真の手を名残惜しそうに離す。
「早いね」
祐真は、リコから触れられた右手を撫でながら訊いた。
「うん。侵食が深くないからね」
脳裏に、古里から押さえ付けられた光景が蘇る。
「たったあれだけで、淫魔術は感染するんだな」
「そうだよ。なかなか強力な感染型だ。術者は相当強いよ。まあ、祐真の体に付着していた分は、古里だけじゃなく、星斗君や他の感染者からのものも含んでいたけどね」
リコの説明で、祐真の中にふと疑問が浮かぶ。古里や星斗には触られた記憶があったが、他の生徒たちからはなかった。それなのに、そこからも感染していた。
「例えば、感染者とすれ違う際に袖振り合っただけでも、触れられた人間は感染するものなのか?」
「そうだね。その程度なら、微細な量だから回数を重ねない限り発症まではいかないけど、感染することに変わりはない。ウィルスのように、わずかな接触でも魔術を伝染させる。それが『感染型』の真骨頂だから」
「ということは、うちの高校は全員感染しているようなものなのか? 発症していないだけで、女子も含めて」
「その通りだよ祐真。感染型の淫魔術は時間経過で消失はするけど、あの高校みたいな状況なら、常に付着し続けるはずさ。今や教師を含めて、全員が保有者さ。まあ、あの高校の男子生徒にしか発症しないよう出力を抑えてみるみたいだけど」
祐真は、腕を組んだ。前々から抱えていた謎だ。
「……どうして男子生徒だけ発症しているんだろう。何か理由でもあるのかな」
祐真は、以前にも聞いたことを質問する。リコは、両手を広げて、お手上げと言わんばかりの仕草をした。
「祐真。愚問だよ。やっぱり、問題の淫魔を捕らえてみないとわからないって。もしかすると、同性愛者を作ることだけが目的かもね」
最後の言葉は、リコの投げやりな憶測だった。しかし、祐真の脳に、ダイレクトに突き刺さった。光が明滅する。
全校生徒が感染し、発症は男子だけ。発見できない淫魔と召喚主。一連の出来事。
欠けていたパズルのピースが、闇の中から現れて、ピタリとはまった気がした。
どうして、こんな単純なことに気がつかなかったんだろう。
じっと考え込んだ祐真を心配したのか、リコが訊いてくる。
「祐真。どうしたの?」
祐真は、リコを見つめた。
「リコ。ちょっと話がある」
祐真は、リコに仮説を話した。
話を聞き終えたリコは、ロダンの彫刻のように、考え込む仕草をする。
おそらく、自分の考えは間違っていないはずだ。リコはどう判断するのだろうか。
リコは顔を上げた。
「確かに、祐真の言うとおりだ。そこに気づくとは、さすが僕の運命の人」
「誰が運命の人だよ。……それでどう対処すればいい?」
リコは頷く。彼は真剣な面持ちになった。
「それについて、僕に考えがある。そして、君の仮説が正しい場合、明日からの流れも」
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国民的俳優・黒波燦×自信ゼロのフリーターミュージシャン・灯坂律。
正反対の場所で生きてきた二人が、恋とコンプレックスと音楽に揺さぶられながら、互いの人生を大きく動かしていく溺愛×成長BL。
声から始まる、沼落ち必至の推し活ラブストーリー。
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