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第1章
1ー7 報告
しおりを挟むエレナは領主邸へと歩いて向かった。
領主邸はこのキュリソーネ領の小高い丘の上に建っている。これは領民を見渡したいからだそうな。
そしてギルドからはかなりの距離がある。本来なら、馬車で行くか、魔法で行くかするのだが、エレナは敢えて時間を掛けて歩いて向かう。その理由は…
「領主様…めんどいなぁ…」
そう。エレナはただただ面倒臭いだけなのだ。そのため、ギルマスが領主邸から帰ってくることを期待して、時間を掛けて向かっている訳だが…エレナは気配察知でそれがありえないと薄々感ずいてるようだ。なにせ、先程からギルマスが屋敷から動く様子がないのだから。
キュリソーネ領の領主はとても有能な人物である。常に領民、領地のことを気にかけ、時には身分を隠して視察をすることもある。だからこそ、領民に慕われている。
「いつまでもこうしちゃいられないよね…後で行かないと行けない所もあるし」
エレナは、久しぶりに貰った休日を無駄にしたくないという考えだけで、領主邸へと急ぐことにした。
「うーん…まぁ走ればいっか」
魔法で空を飛ぶという手段があるにはあるが、あまりに目立ちすぎるので、エレナは少し小走りで領主邸へと向かった。
……もっとも、その小走りが普通ではない速さなのだが。
馬車でも優に10分はかかる道のりを、僅か30秒で走り抜けた。無論、街に被害が出ないよう配慮して、だ。
「ようこそ、お越しくださいました。どうぞ中へ」
エレナが領主邸に着くと、門の前には執事服の男性が立っていた。彼の名前はアルフレッド。領主の執事兼護衛であり、中々の実力者でもある。
「ありがとうございます。アルフレッドさん」
エレナはいつものように、領主邸へと足を踏み入れた。
エレナがアルフレッドに案内されたのは、領主の執務室の扉の前だった。
コンコンと扉をノックする。
「誰だ?」
ギルマスのガルドとは違う、少し高めの声が、扉の向こうから聞こえた。
「エレナです。入ってもよろしいでしょうか?」
「ああ。入ってくれ」
許可を貰ったので、エレナは扉を開けて中に入った。そこにはガルドと、1人の男性がソファに向かい合わせに座っていた。
エレナはソファに座ることなく、ガルドの後ろに立った。
「座ってもいいんだぞ?」
「いえ、大丈夫です」
ガルドがエレナを座らせようとするが、エレナはにべもなく断った。ここにはあくまで、受付嬢として来ているのだから。
「まぁいつもの事じゃないか」
向かいに座っていた男性が口を開いた。
「それより、報告をお願いできるかな?」
「はい。領主様」
そう。彼こそが、このキュリソーネ領の領主だったのだ。
「名前で呼んでくれても構わないのだが…」
「そうはいきません」
エレナは、何かとこの領主と関わりがある。だが、エレナは絶対に役職呼びをするのだ。
……それ以上の関わりを増やさないために。
「今まで行方不明になっていた冒険者は、既に発見し、保護しています」
「生きていたのか?!」
「はい。現在、ギルドにて確認作業を行っています」
エレナは淡々と報告していく。
「保護した…つまり、どこかで身動きが取れなくなっていたのか?」
「はい。森で大規模な盗賊団が活動していました。それらに捕まっていました」
「盗賊団か…規模は?」
領主は、エレナがそこまで調べていることを確信して聞いてきた。
やっぱり、全てこの人の手のひらの上だったのね…
エレナは心の中で自身を嘲笑しつつ、表情は崩さず事実を告げる。
「規模にしておよそ100人前後かと」
「100人…よくもまぁそこまでの人を集めたものだ」
ならず者を集めたとしても、短期間でここまでの規模になることは考えにくいのだ。
「計画的、か」
「その可能性が高いかと」
思わず領主が吹いた言葉を、エレナが肯定する。
「そうか…捕まっていた冒険者は全て助けたんだな?」
「もとよりそれが目的だったのでは?」
領主の質問に、エレナは質問で返した。
領主は答えない。ただ微笑むだけだった。だが、それは肯定を意味していた。
「はぁ…全て助け出したはずです」
溜息をつきながら、エレナは答えた。
「そうか。ありがとう」
その感謝は、冒険者を助け出した事への感謝か、はたまた、踊らされていると知りながら協力してくれたことへの感謝か……
「いえ」
エレナはその事を聞くことはなかった。どちらにしろ、もう関係ないのだから。
「さて、これからその盗賊団を討伐しなくてはならないが…」
「ギルドにて依頼は出しておきます」
エレナの返事が思っていたものと違ったのか、領主は少し顔を顰めた。
「協力してはくれないのか?」
領主は、エレナが吸血鬼で、元賢者であることは知らない。だが、第6階級の冒険者であることは知っているのだ。
それ故に、ただ純粋に、そのエレナの強さを貸して欲しかったのだ。
「私は今休暇中なので」
そう、今回のエレナの実地調査は仕事ではなく、休暇を取って行っていた。その休暇は、今日を含めあと2日あるのだ。
なまじその休暇を取ったのは領主なので、そこを言われるとさすがに引くしかなかったようだ。
「報告は以上です」
「分かった。じゃあ今回の依頼の報酬は、ギルドに振り込んでおくよ」
ギルドは銀行も兼ねているのだ。その理由は、いつ何が起きるか分からない冒険者が、預けられるようにするためだ。無論、冒険者でなくても利用できる。信頼は高い。ここキュリソーネ領ギルド支部は特に、だ。
「はい。お願いします」
そう言ってエレナは一礼すると、執務室を後にした。
◆◇◆◇◆◇
エレナが去った後の執務室。テーブルにはふたつのグラスが並べられ、そこには琥珀色の液体が注がれていた。
「昼間から酒飲みなんて、な」
「いいじゃないか。今日くらいは」
ガルドと領主はたまに酒を飲む仲なのだ。いつもは上司と部下のような関係だが、今はタメ口で話している。それだけ仲がいいのだ。
「エレナが来てくれれば良かったんだがなぁ…」
「それは無理な話だ。アンドレも分かっていただろう?」
「まぁな」
領主…アンドレはグラスの酒を一気に煽った。
「エレナが何者なのか…教えてはくれないのか?」
「無理だな。もし俺が口を滑らせたら、オレは切られる」
物理的に…だ。
「エレナはそこまでの人物なのか?」
「ああ。グラマスが気にかけてるくらいだからな」
グラマスとはグランドマスターの略。ギルド本部の最高責任者であり、その者の判断次第でギルドは動いていると言っても過言ではない。
エレナはそのグラマスと知り合いなのだ。どうやって知り合ったのかはおいおい話していくとしよう。
「そこまでか…」
「ああ。これ以上この話は無しだ。今は盗賊団について考えないとな」
そう言ってグラスを煽る。
「そうだな…今回の盗賊団、どう思う?」
「お前と考えてる事は同じだと思うぜ」
「そうだな。恨みを買うとしたら、あそこしかない、か」
恨みと言っても逆恨みでしかないのだが。
「アズバーン領だな」
アズバーン領はキュリソーネ領の隣にある領地だ。規模としては同じほど。だが、魔物の森はキュリソーネ領のほうが近いのだ。その分魔物による恩恵は大きい。それがアズバーン領から逆恨みされている原因になっているのだ。
「まったく…目先の利益に目が眩んだか」
魔物の森に近いこと。それは、なにもいい事ばかりではない。いつ森から魔物が溢れだしてくるか分からないのだ。それ故にキュリソーネ領の守りは硬い。
「魔物の素材目的だろうな」
「そうだろうな。そろそろ対応を考えないとな…」
アズバーン領がキュリソーネ領にしてきたこういった行為は、枚挙に遑がない。仏の顔も三度までをゆうに越えている。
「まぁ今回の盗賊団の頭目を捕まえてから考えるか」
「そうだな」
アズバーン領が絡んでいるかどうかは憶測でしかないのだ。
2人は互いのグラスを打ち付けると、一気に飲み干した。
「それじゃあ俺は帰るぞ」
「ああ。私も領兵を集めておくよ」
互いの予定を確認し、ガルドは領主邸を去っていった。そして、アンドレも同じく執務室を後にした。
執務室には、空になったふたつのグラスだけが残されていた。
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