遊神来夏の怪異録

椒央スミカ

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【怪異10】画霊 -傑物の画-

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 除夜の鐘をかき消す喧騒の歓楽街──。
 血の匂いにつられて入った路地裏で、鬼を発見。
 般若……の刺青いれずみ
 青い炎をはべらせた、鬼気迫る形相の般若が真正面。
 それを背負うのは、上半身裸で膝をついた、三十半ばの体躯良さげな男。
 片膝をつき、肩で息をし、血まみれのシャツを体の前で握り締める。
 男がこちらに気づき、肩越しに生気が薄い顔を見せた。
 額に古傷を刻んだ、そこそこの強面こわもて

「なんだ…………見世物じゃねぇぞ」
「十分に見世物でしょ。いまどき珍しい角刈りのヤクザが、ドスを杖代わりに、息絶え絶えでうずくまってるんだもの」
「この、ガキ……うぐっ……つうっ……」
「加えて背中せなには、稀代の彫り師・ごんの最後の作、だものね」
「……っ!?」

 末永而厳。
 極道界では知られた彫り物師。
 令和元年没、享年は……確か九十くらい。
 彫るのは侠客きょうかくのみ、ただのヤクザ者はお断り……を貫いた。
 言い換えれば而厳の刺青は、じんものの証。

「而厳先生を……知って……いるのか?」
「『平成生まれのくせに、いい啖呵切るガキにつきまとわれてよ。引退延ばしちまった』ってボヤいてたわよ。晩年、おでんの屋台で」
「あんた……何者だ?」
「救急車を呼ぶお節介じゃあないことは確かよ。安心して」
「ふふっ……先生の孫かなんかか。道理で血や刺青もんもんにビビリもしねぇ」

 たまの飲み仲間、だけれどね。
 彼はまっとうな人間ながら、針を手にしているときの集中力と、彫り物の出来は、の域を超えることがあった。
 真新しい弾痕を二つつけられた般若は、いまにも痛みと怒りで頬をつり上げそうな怒気、生気を放っている。
 けれど、それを背負しょっている男の寿命は、もう幾ばくも──。

「すまねぇが嬢ちゃん、ドス握ってる手を、シャツで固く締めつけちゃくれねぇか。握力尽きたし、左手はもう動かなくてよ……かはっ……ぐうっ!」
「イヤよ。あなた血だらけじゃない。汚れるわ」
「けっ……。肝は据わってても、潔癖症か……」
「代わりにいいこと教えてあげる」
「……あ?」
「而厳のボヤキの続き。『あのガキは根っこがあめぇ。鬼にならにゃあならねぇときは、きっちり鬼になるのが任侠。だから般若を彫ってやった』……ってね」
「般若……ううっ……ぐうっ!? な……なんだ? 急に……力が戻って……きやがった……!」

 言霊ことだまがあるように、絵にも霊が宿ることがある。
 わたしはそれをだまと呼ぶ。
 画霊を生み出す傑物は、歴史にしばしば現れる。
 有名どころでは、本蓮寺の南蛮杉戸画の作者、やま右衛さく
 「安楽椅子の妊婦」を描いた彼もそう。

「ぐああっ……うおおぉおおぉおおーっ!」

 男の顔が、般若と化す。
 流血が止まり、刃物やっぱを握る手に力が籠る。
 膝を伸ばし、雄々しく立ち上がる。
 逸らした背にはもう、彫り物はない。
 面が移った──。

「而厳の墓へ、あなたに代わって献酒しておいてあげる。名前は?」
「……平成生まれのガキ、で」
「承知」
「では、ごめんなすって! オヤジ……仇は必ずっ!」

 ……なるほど、演技臭くない、いい啖呵ね。
 鬼の力を借りたならば、もう数時間は生き長らえそう。
 彼が仇を討てるのか、そこに興味はなし。
 さて、年明け最初の日本酒、どこの銘にしようかしら──。
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