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三毛猫しらぬいの診療カルテ ⑨ 不知火の幸せとは
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さくらはエレベーターに乗り、急いでマンションの自室がある5階のボタンを押した。
「はあ、昨日の今日でさすがに疲れたわ。うちのにゃんズがお腹すかせてるわよね。」
エレベーターから降りると、自室ドアの前に白い塊と黒い塊が鎮座しているのが見えた。
「にゃおんにゃおん。んにゃ!!」
「えええ!!!いつ出たのおおおお!!!」
前に脱走したときはあわてて駆け寄ったら逃げられたことがあるので、なるべく平静を装いゆっくりと近寄っていくと、いちごがにゃおーん、とすり寄ってきた。ざくろはドアの前から動かない。
「はいはい、今開けるからね~」
ガチャリと鍵を回し、ドアを開けると2匹ともさくらに付いてきた。
「どこ行ってたの?てか、いつから?ひょっとして朝から出てた?」
んにゃおんにゃおん、ぐるるるる~とひざ下に絡みつくいちごはわれ関せず、と言った顔である。
「分かった分かった、ごはんでしょ」
薄手のコートをダイニングテーブルの椅子の背にかけ、キッチンの引き出しを開けた。
「にゃおーん!にゃんにゃんにゃん」
ざくろもぴょーんとお皿の前に飛んでくると尾を上げてクルクル回った。
「ホントに、ウチの子たちは能天気ねえ」
ガツガツとご飯を食べる2匹を床に座ってじっと見ながらさくらは語った。
今日、精巣と尿道がひどく傷ついたオスの三毛猫の手術をしたこと。ケガの原因は人間の仕業と思われること。手術は無事に成功したこと。人工的に尿道を作ったので、余生を送るためには、ずっと飼い主の手を借りる必要があること。つまり、もう二度と地域猫には戻してあげられないこと。
「外猫ちゃんは人間に心を開かない子もいるから・・・本当はどちらが幸せなんだろうね・・・君たちは幸せ?」
ご飯を綺麗に平らげ顔を洗っている2匹の猫に話しかけると前足を止めて顔を上げたざくろと目が合った。
ざくろは、にゃんと短く鳴いて体育すわりをしていたさくらの膝と胸の間にピョンと乗りぐるるるる~と喉を鳴らしながら丸くなってしまった。
まずい、まだご飯もお風呂も済んでないのに・・・動けない・・・お腹すいた・・・
※※※
「なんとかなりそうね、あの子」
小さくつぶやき、美樹はテーブルの端に湯気の立つコーヒーカップを置いた。
椅子に浅く腰掛け足を組む。山積みとなっている診察済みカルテを横にずらして左の肘をつき、少し目を閉じて眼鏡を取る。白衣の袖口からのぞく手首には青い静脈がうっすらと透けている。
「・・セイ!松本先生!」
「あ!ハイ!」
「もう!ボーっとして。そろそろあがってください。もうすぐあの子の飼い主さんが来るんです。少し事情のある方なので・・・」
「あ!分かりました。シャワー浴びたらすぐに帰ります。」
松本の車のエンジン音が遠ざかるのを確認し、美樹は入院室の不知火を見て言った。
「もう大丈夫だから。君のこれからを相談してくるね」
返事の代わりだろうか、不知火はスッと目を細めた。
※※※
会えるかどうかわからなかったが美樹はある決意を持ってフルーツ公園に居た。
夜の闇がうごく気配はする。ベンチに座ると木の陰からぬっと大きな三毛猫が現れた。
彼女はベンチを迂回するように美樹の後ろに回り込んだと思うと和服の女性が隣に座った。
(センセイ、この度はまことにありがとうございました。命の危機は脱したとか・・・)
先を促すような沈黙に、美樹は意を決して口を開いた。
「青島さん、不知火君は精巣を摘出して尿道を新たに作りました。外観は普通の雌猫に見えることでしょう。雌の三毛猫は珍しくはありません。これで彼はもう二度と人間に珍重されるようなことは無いでしょう。」
(・・・。でもそれだけではないと?)
「はい。新しい尿道は感染しやすく自然界で今まで通りに生きられるかは保証できません。」
(ヒトに庇護されるのか、私が連れていくのかを決めろと?)
「・・・・・。」
美樹は松本の指先に額を擦り付けた不知火を思い浮かべながら黙って答えを待った。
(不知火は、私が決めたことには黙って従うのだろうな。)
寂しそうに微笑んだあと、青島は美樹に言った。
(センセイ、自分自身で決めろと、この青島の最後の命令として不知火にお伝えいただけぬか。あのものを開放する時が来たのやもしれん。)
「・・・。7日後が退院の日です。深夜2時にまたこの場所で。彼を連れてきます。」
青島に一度も顔を向けることなく美樹は立ち上がり、病院への帰路をゆっくりと歩いた。
大きな三毛猫はしばらくベンチに座っていたがやがて「にゃおん」と一声鳴いた。
夜の闇から一斉に黒い猫が散っていった。
そしてその大きな猫は木の方を一瞥してからゆっくりと歩き出す。木の上には大きなコウモリが、木の下には尾の短い三毛猫と狸が座り、遠く小さくなった美樹の影を見ていた。
「はあ、昨日の今日でさすがに疲れたわ。うちのにゃんズがお腹すかせてるわよね。」
エレベーターから降りると、自室ドアの前に白い塊と黒い塊が鎮座しているのが見えた。
「にゃおんにゃおん。んにゃ!!」
「えええ!!!いつ出たのおおおお!!!」
前に脱走したときはあわてて駆け寄ったら逃げられたことがあるので、なるべく平静を装いゆっくりと近寄っていくと、いちごがにゃおーん、とすり寄ってきた。ざくろはドアの前から動かない。
「はいはい、今開けるからね~」
ガチャリと鍵を回し、ドアを開けると2匹ともさくらに付いてきた。
「どこ行ってたの?てか、いつから?ひょっとして朝から出てた?」
んにゃおんにゃおん、ぐるるるる~とひざ下に絡みつくいちごはわれ関せず、と言った顔である。
「分かった分かった、ごはんでしょ」
薄手のコートをダイニングテーブルの椅子の背にかけ、キッチンの引き出しを開けた。
「にゃおーん!にゃんにゃんにゃん」
ざくろもぴょーんとお皿の前に飛んでくると尾を上げてクルクル回った。
「ホントに、ウチの子たちは能天気ねえ」
ガツガツとご飯を食べる2匹を床に座ってじっと見ながらさくらは語った。
今日、精巣と尿道がひどく傷ついたオスの三毛猫の手術をしたこと。ケガの原因は人間の仕業と思われること。手術は無事に成功したこと。人工的に尿道を作ったので、余生を送るためには、ずっと飼い主の手を借りる必要があること。つまり、もう二度と地域猫には戻してあげられないこと。
「外猫ちゃんは人間に心を開かない子もいるから・・・本当はどちらが幸せなんだろうね・・・君たちは幸せ?」
ご飯を綺麗に平らげ顔を洗っている2匹の猫に話しかけると前足を止めて顔を上げたざくろと目が合った。
ざくろは、にゃんと短く鳴いて体育すわりをしていたさくらの膝と胸の間にピョンと乗りぐるるるる~と喉を鳴らしながら丸くなってしまった。
まずい、まだご飯もお風呂も済んでないのに・・・動けない・・・お腹すいた・・・
※※※
「なんとかなりそうね、あの子」
小さくつぶやき、美樹はテーブルの端に湯気の立つコーヒーカップを置いた。
椅子に浅く腰掛け足を組む。山積みとなっている診察済みカルテを横にずらして左の肘をつき、少し目を閉じて眼鏡を取る。白衣の袖口からのぞく手首には青い静脈がうっすらと透けている。
「・・セイ!松本先生!」
「あ!ハイ!」
「もう!ボーっとして。そろそろあがってください。もうすぐあの子の飼い主さんが来るんです。少し事情のある方なので・・・」
「あ!分かりました。シャワー浴びたらすぐに帰ります。」
松本の車のエンジン音が遠ざかるのを確認し、美樹は入院室の不知火を見て言った。
「もう大丈夫だから。君のこれからを相談してくるね」
返事の代わりだろうか、不知火はスッと目を細めた。
※※※
会えるかどうかわからなかったが美樹はある決意を持ってフルーツ公園に居た。
夜の闇がうごく気配はする。ベンチに座ると木の陰からぬっと大きな三毛猫が現れた。
彼女はベンチを迂回するように美樹の後ろに回り込んだと思うと和服の女性が隣に座った。
(センセイ、この度はまことにありがとうございました。命の危機は脱したとか・・・)
先を促すような沈黙に、美樹は意を決して口を開いた。
「青島さん、不知火君は精巣を摘出して尿道を新たに作りました。外観は普通の雌猫に見えることでしょう。雌の三毛猫は珍しくはありません。これで彼はもう二度と人間に珍重されるようなことは無いでしょう。」
(・・・。でもそれだけではないと?)
「はい。新しい尿道は感染しやすく自然界で今まで通りに生きられるかは保証できません。」
(ヒトに庇護されるのか、私が連れていくのかを決めろと?)
「・・・・・。」
美樹は松本の指先に額を擦り付けた不知火を思い浮かべながら黙って答えを待った。
(不知火は、私が決めたことには黙って従うのだろうな。)
寂しそうに微笑んだあと、青島は美樹に言った。
(センセイ、自分自身で決めろと、この青島の最後の命令として不知火にお伝えいただけぬか。あのものを開放する時が来たのやもしれん。)
「・・・。7日後が退院の日です。深夜2時にまたこの場所で。彼を連れてきます。」
青島に一度も顔を向けることなく美樹は立ち上がり、病院への帰路をゆっくりと歩いた。
大きな三毛猫はしばらくベンチに座っていたがやがて「にゃおん」と一声鳴いた。
夜の闇から一斉に黒い猫が散っていった。
そしてその大きな猫は木の方を一瞥してからゆっくりと歩き出す。木の上には大きなコウモリが、木の下には尾の短い三毛猫と狸が座り、遠く小さくなった美樹の影を見ていた。
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