剣と恋と乙女の螺旋模様 ~持たざる者の成り上がり~

千里志朗

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第1章 ポーター編

023.闘技会(1)

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 ※



「やあ、ゼン君。なにかあったのかしら?急に面会とか」

 今は多忙につき、面会謝絶(重病ですか?)、にしているのだが愛しい男の息子同然ともなると、会わない訳にはいかない。

 自分にとっても、息子になり得る存在なのだから。

「……ゴウセルから手紙。

 直接渡さないと、途中、どこかで止まりそうだからって。

 後、「お互い忙しいけど頑張ろう。闘技会後には時間空けておくから」って言ってた、じゃない言ってました……」

 丁寧な言葉に直してから、一瞬バツの悪そうな顔をして、手紙を手渡す。

 無表情な仮面が、段々取れて、年相応な顔を見せるようになったゼンを、レフライアは好ましく思うのだった。

 彼の面倒を見ているパーティー、『西風旅団』のメンバー達の影響なのだろう。

 このまま順調に育つと、普通のまっすぐな性格をした、心正しき良い冒険者になるのでは、とレフライアも期待している。

 ギルマスが多忙なのを理解しているゼンは、手紙を渡すとソソクサと頭を下げ、執務室を足早に退室していった。

(気が効く子よねぇ。私が子育てしても、あんな子は育たない気がするわ……)

 渡された手紙の内容は、いかにもゴウセルらしく、朴訥で不器用な彼の内面が、にじみ出ているような内容だった。

 基本的には、先程の伝言『お互い忙しいけど頑張ろう』に要約出来る話だったが、自分を気遣うゴウセルの優しさが伝わってきて、レフライアはそれだけで、充分癒されたのだった。

「よっし、闘技会まであと少し頑張るぞ~」

 自分に言い聞かせる様に声に出し、レフライアは、気合を入れ直した。



 魔族の脅威が排除された、と『流水』の言葉を信じたレフライアは、リュウエン達、口止めをしていた冒険者達を呼び出し、口外禁止を解除したのだ。

 だが、街の方ですでに、『神の信奉者』の、S級冒険者を襲撃した話や、レフライアのパーティー『紅の衝撃』がその昔、襲撃者の脅威の歯止めとなった、という英雄的な事件の話が、外から来ていた商人や冒険者が広めていて、口外禁止の意味はほとんどなくなっていた。

 ともかく、リュウエンは、仲間達にあの夜の話が、出来る事になり、ギルドの食堂で、ギルマスの呼び出しから帰って来る、彼を待っていた仲間達に、早速打ち明けたのだ。

 今や街ではその噂で持ち切りとなっている『神の信奉者』の暗殺者と邂逅していた、という世にも恐ろしい話に、一番極端な反応をして、リュウエンを叱りつけたのは、西風旅団の心優しき癒しの天使、アリシアであった。

「なんでリュウ君は、そんな危ない人に対して、自分一人で相手してるのかな?!

 メンバー全員を起こして、みんなで戦うべきじゃないの?!

 例え、かなわない敵でも、みんなで力を合わせて一丸となれば、強い敵だってなんとかなる、なんとかする!そういうのが、仲間じゃないの!

 その後、その事を誰にも打ち明けなかったのも、ヒドい!仲間を信用してないの?!」

 アリシアの勢いが凄すぎて、ラルクスやサリサリサは、言う事も言えなくなってしまった。

 それに、一応相手(魔族の暗殺者)は、様子見していただけだったのだ。

 下手に全員を起こして相手を刺激すれば、回避出来た戦闘を、自ら呼び込む事になってしまったかもしれない。

 アリシアの言っている事は、正しくもあるが間違ってもいる。

 結局のところ、アリシアが怒っているのは、リュウエンが危機の時に『自分』を起こさなかった事、『自分』に頼らなかった事であり、その翌朝すぐ『自分』だけには、打ち明けて欲しかったのに、誰にも話さず、ギルマスに話して口止めされた事。

 つまりは、思いっきり我が侭な、恋する乙女の感情論なのだが、普段ポヤポヤしているようでいて、彼女もまたサリサリサとは違った型(タイプ)の天才であり、見かけによらず頭がいい。

 だから、怒っていて無意識なのだが、反論のしようがない理論武装をして、リュウエンを責めたてるのだ。

 女性の口論、という物は結構こういう手法で男の弱い所、間違った所を指摘して、ぐうの音も出ないぐらいにやり込めるケースが多い。

 短気な男だとこれでキレるのだ。

 ラルクスとしては、リュウエンの気持ちの方が分かるし、リーダーの状況判断として、間違った事はしていない。

 だがアリシアは、怒りの感情を正論に包んで責めているので、下手に刺激しては、こちらまで巻き込まれかねない。

「……まあ、それぐらいでいいんじゃないか?」

 と、曖昧に止めるぐらいしか出来ない。

 サリサリサは、親友の気持ちはよく分かるし、同意してもいいのだが、アリシアはちょっと暴走気味で、我を忘れているフシがある。

 リュウエンを庇うのではなく、アリシアの暴走を止めて正気に戻す、という意味で止める。ラルクスとやる事は同じでも、意味あいがまるで違う。

「……ちょっと冷静になりなさい、シア。

 もう済んでしまった事だし、ギルマスの命令だって無視する事なんて出来る訳がないでしょ。

 こちらに、一言でも相談して欲しかった気もするけれど、リュウは『シア』を不安にさせて、心配をかける事をしたくなかったんでしょ?」

 上手く、アリシア個人に対する気遣いだと、親友の言いたかった事を、さりげなく混ぜて代弁するところが、流石天才、非常に巧妙だ。

「あ、ああ、うん。

 そうなんだ、『アリア』に心配かけたくなかったんだよ。

 悪かったと思ってる。謝るし反省もするから、もう許してくれないかな?」

 サリサリサが目くばせし、テーブルの下でガシガシ足を蹴って、合図しているのだ。

 流石にニブいリュウエンも、話を合わせて謝罪する。

「……うぅ~~。本当の本当に反省してる?

 今度から『なんでも』打ち明けてくれる?

 それなら、許してあげなくもないけど~~」

 アリシアの語尾が、いつもの様に伸びだしたので、かなり冷静に戻ったようだ。

 なにやら不吉な単語(ワード)が、混ざっていた気もするが、ここで同意しなければ、話はこじれるだけだ。

「わ、分かったよ。アリアのお気に召すままに。だから、な?」

「うん!仕方ないなぁ~、ホント、一度だけだよ~」

 二度目はどうすると言うのか。

 更に不安が残る和解だが、致し方ない。

 そういう、単純な様でいて複雑怪奇な言葉のやり取りを、横で黙って見ていたゼンは、

「ホント、仲いいよね、二人は……」

 と、一言に集約してしまう。まったくもって、その通りだ。


 ※


 闘技会まで後数日、となり、フェルズは外から大勢訪れた客達であふれかえり、にぎやかさは普段の比ではない。

 他の街や、他国の冒険者ギルドが、レフライア達の英雄的行為を世に広めんとし、『神の信奉者』が起こした事件の話を情報公開して大々的に世間にふれまわった。

 その影響で、今回の闘技会に来た観光客や、この国の貴族諸侯、他国の重鎮である来賓等が、大いに増え、事件解決?の余波もあって、人々の熱狂ぶりがおかしい。

 テンションあげあげなのだ。

「レフライア様のお姿を拝見したいが、闘技会の開催の挨拶ぐらいでしか、見る機会はないのかのう……」

「色々な身分の者が、面会希望で冒険者ギルドに行っているが、全て断られているらしいぞ」

「送り物なんかは、ギルドのカウンターで受け取ってもらえるが、本人にちゃんと届くかは、定かでない……」

「英雄で美人でギルドマスターで、ここフェルズの名誉領主だ。

 もはや天上人だな。

 お姿を拝見出来るだけで、寿命が延びると聞いたぞ……」

 まことしやかに、謎の噂まで流れ、レフライアの人気は、うなぎ登りで留まる事を知らない。

 本人にしてみればいい、迷惑なのだが。

 この『神の信奉者』事件は、S級冒険者達が襲撃者を殲滅したなどもあるのだが、そもそも彼等は表に出てきてはくれない。

 『流水』が暗殺者を返り討ちにした話など、「虫を潰した事を誇る剣士がいるか?」と、けんもほろろに取り合ってくれず、昔日の『紅の衝撃』の英雄達は、皆殉職している。

 生き残ったのは、レフライアだけである。

 なので、その功績を褒めたたえる事が出来るのは、レフライアのみ、なのだ。

 否が応でも彼女の人気は上がるし、その麗しき容姿、貴族ではないが高い身分、等が逆に普通の平民市民達には大受けして、今や老若男女問わず大人気だ。

 女性だが、強く凛々しいその立ち居振る舞いで、女性だけののファンクラブ等が、密かに出来ているらしい。

 その会長は、レフライアの傍付き秘書官の一人で、見事な手腕でファンクラブを運営管理しているとか。

 そんな全世界のアイドルと言っていい存在を射止めたのが、ちょっと冴えない中年商会長。

 婚約や結婚の発表など迂闊にしたら、ゴウセルを暗殺しようとする者が出かねない状況だった。

 それ位、今、ちまたの話題はレフライアの事で持ち切りなのだ。

 闘技会、というフェルズの一大イベントは、実はレフライアの事のオマケに成り下がっている感があった。


 ※


 闘技会と『神の信奉者』事件の解決(と断言していいかは定かではない。彼等の上位者(トップ)、中核は魔界にあり、決して全滅した訳ではないのだ)、に沸き返るフェルズの賑わいをよそに、ゼンと旅団メンバーは、まだ闘技会まで日がある為に、軽い野外の討伐任務を選び、また野外研修として、ゼンの見習い訓練を行うべく出発した。

 西風旅団は、闘技会に出場する者はいないし、闘技会の席は、レフライア・ギルドマスターが、ゴウセルの席と一緒に確保してくれていた。

 本来は来賓用の、特別な個室席があって、ゼン達はそこで、観覧出来るのだ。

 今や抽選で当たらないと入れない、闘技会場の普通客席を、当たる当たらない、と心配する必要がなくなった。

 だから、お祭り騒ぎで過熱したフェルズを逆に離れ、野外任務に出る事にしたのだ。
 
 闘技会に出場する冒険者達が、妙に殺気立っており、剣呑な空気を醸し出しているギルドにいるのも、場違い感がある、という理由もあった。

 そうして、2回程、野外任務に出て、有意義な日々を過ごした西風旅団一行は、いよいよ開催される闘技会当日。

 全員揃って、3年に一度のこのイベントの、メインを観覧する為に、闘技場入りをした。

 案内された個室席の部屋には、先に来ていたゴウセルが、会長補佐のライナーと一緒に席について、闘技会の勝利者予想等して暇を潰していた。

「よお、久しぶり。元気にやってるようで、何よりだ」

「ゴウセルさんも。『奥さん』、なんだか凄い事になってますね」

 リュウエンは、リーダーとして挨拶しながら、今やラフライア人気で、過熱気味な街の様子を思い出し、うすら寒い思いすらする。

 ここまで来る道中でも、ラフライアのどこが魅力的か、で争い取っ組み合いの喧嘩まで始めた、一般市民がいたのだ。

「ん。まあ、あいつは、現役冒険者の頃から、色んな意味で人気があったよ。

 同性には特に、な。何か訴える物があるのか……。

 しかし、『奥さん』はまだの先話だし、人に聞かれでもしたらマズいんでな、気軽に口に出さんでくれ……」

 ゴウセルの要求は、なにやら切実だ。

「でも、ギルド内では、本人が喜んで吹聴して回ったとか、聞きましたけど。もう公然の秘密でしょ~~?」

 アリシアが小首をかしげ、不思議そうな顔をする。

 会場方面を見渡す向きの、ゴウセル達と並ぶ席に、皆が並んで着いた。

 ここは個室だが、外の雰囲気を味わえるように、防音術が完璧に施されているが、外からの音を、調節して聞こえる様にもなっている。

 そして、客席最上部という、闘技場の競技場所から、一番遠い場所に設置されているのだが、その見える風景を、拡大、縮小自由自在な付与魔術までもがかけられている。

 闘技場に一番近い席よりも、調整次第で余程間近に見えるという、まさに『特別』な席だった。

 競技場を見る側席の後ろには、4人がけのテーブルが2卓、椅子がそれぞれに4つ付属していて、そちらで昼食を食べたり、歓談したり出来るようになっている。

「少しうるさいか」
 
 とゴウセルがライナーに合図すれば、漏れ聞こえていた闘技場客席の、まだ始まっていないのに、盛り上がり切った歓声が、小さく調整されていく。

 こうした事が出来るのに、中の音は一切洩れない仕様になっている。非常に便利な、観覧部屋だった。

「その、婚約とかの話はな、ギルドでも一切洩らさない様にかん口令が出されたって話だ。

 俺も方にも副ギルマスが来て、怖い顔で、くれぐれも注意してくれってさ」

「ああ、ロナルドさん。あの人、厳そうな方でしたね……」

「ま、仕方ないんだがな。今やレフライアは時の人だ。

 ギルドはどうも、今回の一連の『神の信奉者』事件の解決を、ギルド全体のイメージアップに利用する腹らしい。

 抜かりのない事だよ」

 ため息交じりのゴウセルの声に、被せるように、

「まったくよね」

 唐突に後ろから聞こえる声に、皆が振り向くと、まさに今話題のレフライアと、傍付きのファナ秘書官が、フート付きマントのフードをとっている所だった。

 レフライアは、領主特権でこの会場の貴賓席、全ての合鍵を持っている。それで開けて、入って来たようだ。

「ギルドマスター!」

「レフライア、お前もこっちで一緒に見れるのか?」

 皆に笑顔で手を振っての挨拶するギルマス。

「まさか。私の席は向かいの、一番無駄に豪華に見える領主席よ。

 来賓の中でも、特に上位の客人達と一緒に、お愛想笑顔を貼り付けながら、見なきゃいけないのよ。

 あ~、やだやだ。王都から急に、第二王子まで派遣されてきてるし、予定のなかった事されると、こっちの段取りも狂うってのに、もう。やめて欲しいのよね……」

 レフライアは、その部屋に設置されたテーブル席に座って、ウンザリした顔を見せる。

 第二王子は実は、今を時めく美人領主との恋を夢見て、フェルズに来たのだが、残念!すでに彼女は売約済みなのでした。

「正直、出来ることならこっちの席で見たい位なんだけど、そんな自由も聞いてもらえないなんて、名ばかりの領主様はこれだから……」

 レフライアはウンザリ、と両の手の平を上にして、顔を横に振る。

「今やレフライア様の一挙手一投足さえもが、世界中で注目されております。

 領主以上の地位に、つかれるかもしれないのですから、迂闊な発言は謹んで下さい」

 そう言ってファナは、絶対零度の目で、冴えない一商会の会長に過ぎない男を見る。

 その視線は、同じ人を見る目ではない。もはや家畜以下を見る、怒りとさげすみに満ちた視線だ。

「そうファナは言うけどさ~。あ、爵位どーのって話、あんなの、いらないいらない。

 本当に来たら、辞退するわよ。お貴族様なんて、柄じゃないんだから」

 レフライアは、ケラケラあけすけに笑う。

 彼女の背後にいるファナの様子は、絶賛大人気のギルマス様には見えてない。

「と、もうすぐ開催の挨拶時間か。こっちには様子見にきただけよ。じゃ、また後日、ね」

 と言って、立ち上がると、素早くゴウセルに近づき、その頬に唇をつけた。

 その時のファナの、世にも恐ろしげな表現し難い表情をしたのが、はたから見ていた旅団メンバーには、余りにも印象的だった。

 レフライアは立ち上がると、マントのフードを被り直す。ファナもだ。

 すると、そこにいたレフライア、ファナはまるで別人の様に見える。

「認識阻害か。なるほど……」

「そそ。じゃあね、ゴウセル~」

 愛想よく手を振りつつ退室。

 部屋を出ると、外から鍵をかけ直してくれた。

「……なんか、ファナさん、様子が変じゃなかったと思いませんか?」

 サリサリサは、一応控えめな表現を、オズオズとする。

「ああ、あの子は、ずっと前から俺にはあんなだよ。

 俺がレフライアと釣り合わない、身の程をわきまえない、空気も読まない、冴えない中年、というのが、あの子の俺に対する評価なんだよ。

 よっぽどレフライアに心酔した、”信者”なんだろうさ。

 現役時代も、ああいう子は大勢いたから、分かるんだ……」

 ゴウセルは、なんだか遠い場所を見るような、虚ろ目になる。

 昔、何か余程の事があったのだろう。

 気まずい空気がしばらく流れた後、会場内のざわめきが、段々と大きくなっていく。

「……それよりも、ほら。ギルドマスターの、闘技会開催の挨拶だ。

 まあ、形式的な話しかしないだろうが、会場内の大部分はこの為に来たかもしれないくらいだ。真面目に聞いておこうぜ」

 会長補佐のライナーが、また音量の調整をする。

 魔場内のざわめきは最小限度の低さに、そして、今から挨拶のあるギルドマスターの声は、普通に聞こえる様に。

 ギルドマスターが、今からする挨拶には、魔具の拡声器を使って、会場の隅々まで、聞こえるようになっている。

 どうやら、その拡声器からの音を直接拾える様に、この部屋(他の、来賓用観覧席全て)の魔術式が、連動して組み込まれているらしい。

「……なかなか興味深い魔術式ね。どういう構成してるのかしら?……」

 魔術師であるサリサリサは、挨拶そっちのけで、ブツブツ考え込み始める。

「おいおい……。お、始まるかな?」

 しばらく拡声魔具のテストをしていたギルド職員が、試験OKのサインを技術職員が出したのを見て、ギルドマスターにそれを渡す。

 誰もがその姿を見れる、一番豪華な領主席だが、今回のギルド技術職員は、そうした遠景のみの観覧をよしとせず、特別な技術をギルド専属術士とともに、共同開発していた。

 突然、レフライアの巨大な艶姿が、闘技場の中央、闘技台の上空に現れる。巨大な立体映像だ。

 しかも4人。東西南北、どの席からでも大体正面に近い、レフライア姿が見れるのだ。

 巨大レフライアの足元それぞれに、4つの魔法陣が見える。

 燃えるような紅い髪。少しきつめな、鋭い眼差し。

 薄いながらも、エルフの血を継ぐその美貌は、確かに人間離れしている。

 左目の傷、それを覆い隠す魔術紋を刺繍された眼帯(アイパッチ)すらも、彼女の美貌を引き出す為の、小道具にすら見えた。

 今日は、ギルマスにしては、珍しく、飾り等は少ないが、見事なセンスで選ばれたであろう、レフライアに似合った、瀟洒(しょうしゃ)な薄紅い、パーティー・ドレスを身にまとっていた。

 選んだファナはない胸を張って、やたら偉そうにして、レフライアの斜め後方にいた。

 会場は、しばらく怖い位の静寂に包まれた。

 予想していた以上の、女神の如きレフライアの姿に感動し、口をきくのも恐れ多い状態だったのだ。

 その内、涙を流して、拝む者すらいた。

 後に、闘技会に女神降臨!と騒がれ、この光景を記録したメモリーキューブが、世界各地のギルドに無料配布されたのに、それをどうにかコピーした劣化品が、市場に出回り、あり得ない高値をつけたという伝説の光景。

<これ、やり過ぎじゃないの?>

 4人のレフライア・フェルズが、苦笑いを見せつつ、戸惑いを隠せないでいた。

 余り詳しい説明なしの、ギルマス自身にサプライズな、開催演出であった。

 だが、細かい事は余り気にしないのが、レフライアである。

 すぐに拡声器を握って、話し始める。

<これより第9回フェルズ闘技会を始めます、が、その前に、少し話したい事があります。

 すみませんが、皆さん、少々お時間を下さい!>

 レフライアの表情は、真剣だ。真面目な話をするらしい。

<皆さん、きっと知らない人はおられないでしょう『神の信奉者』を自称する、狂信者達の起こした事件、今回食い止められた事件。

 それについて、グダグダと話をするつもりはありません、でも!>

<この事件によって、魔族に対する誤解や偏見を強めた人、大勢いるかもしれません。

 ですが、これは本当に極一部、限られた少数の狂信者集団による凶行。むしろ魔族全体は今、人と友和を求める方向に、傾きつつあります!

 そして、この事件に、情報提供者として大いに有益な情報をもたらし、事件の解明へと多大な貢献をしてくれたのは、このフェルズで冒険者をしている、ある魔族の方です。

 そのお陰で、今回の事件は解決出来た、と言っても過言ではありません!(過言かな)>

 クルクル回る魔族を思い出しながら、レフライアは笑いそうになり、それが顔に出ない様に、いらぬ苦労をする破目になった。

<ですから、皆さん!我々人間と魔族は、”魔王”という不幸な存在によって、恒久的な友好を結べないのが現状ですが、それでも!我々と平和にやって行きたい、仲良くしたい、という魔族の方々は、大勢いるのです!

 それを忘れず、誤解や偏見で悲しい歴史の連鎖を、繋げる事のないように、

 私、迷宮都市フェルズの名誉領主兼ギルドマスター、レフライア・フェルズは、

 『心の底から願い、切望する次第であります』!>

 レフライアの澄んだ高い声は、どこまでもどこまでも遠く、高く広がり、闘技場全ての人間、闘技場に入場制限で入れず、周囲を無意味にたむろしていた者にも、いや、迷宮都市フェルズに住む、全ての者の所にも届き、広がって行くような不思議な感覚を、皆が覚え、感じていた。

 それから、しばしの静寂、そして、割れんばかりの拍手喝采、拍手喝采、拍手喝采、の寄せては引き寄せては引き、を繰り返す波がどこまでも、いつまでも続くようであった……。

<それでは、皆さん。ご清聴、ありがとうございました!

 第9回フェルズ闘技会、開催いたします!>


*******
オマケ
一言コメント

リ「うぉぉー、ギルマスの挨拶、凄かったな!こう、心に来る物があったぜ!」
ラ「うむ。自分と敵対した連中はともかくとして、種族間の友好平和を望むか、流石としかいいようがないな」
サ「うん、凄い……凄い術式よね。大気を媒介として、その層に立体的像を映す。構築する…あれがこうで…ああで…ブツブツ」
ア「すご~~い!大きなレフライア様!どうやってあんな大きくなったんだろうね、サリー。アリスのキノコでも食べたのかな?脅威のせいちょ~!」

ゴ「あれが俺の嫁」
ラ「はいはいそうですか、良かったですねぇ……」

ゼ「……?」パチパチ(よく分かってないが、とりあえず拍手)
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