剣と恋と乙女の螺旋模様 ~持たざる者の成り上がり~

千里志朗

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第3章 従魔研編

102.『流水の剣士の旅路』後日談

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 ※


 朝食が終わった後、ゼンは玄関ホールすぐ近くの部屋に、ギルドの訓練場と同じ、重量調整の出来る木製武器が一通りある事、その部屋には鍵がかけていないので、自由にそこから持ち出して、いつでも訓練に使える事を皆に伝えた。

「リュウさん、ラルクさんも、“瞬動”の鍛錬だけでなく、適度に皆さんと、模擬試合とか組手とかを合間に挟んで下さい。根を詰めてそれだけやってもすぐ習得出来るものではないと思いますから。ロナは分かってると思うけど」

「うむ。集中してやるのがいい物もあるが、あれはその類いではないからな」

 鷹揚に頷くロナッファ。

 リュウとラルクも分かった、と了解する。

 食事中からずっと睨んで来るサリサと、ゼンはなるべく目を合わさないようにしていた。

 あの様子だと、昨夜のお酒の件がバレてしまった様だ。絶対にバレないと思っていた訳ではないのだが、女性の勘の良さ、というのは恐ろしい程に鋭いものがある。

 食休みを終えて、皆はそれぞれの獲物をなる木の武器を持って中庭に出る。ゼンも剣を持って来ている。

「ロナは、混ざるなら、適度に加減して欲しい。師範代に言う事じゃないだろうけどね」

「指導ではないのか?」

「これ以上余計な借りを作りたくないから」

「ゼンは、ズルいぞ……」

「師範代が無料(ただ)で指導をしないという意味は分かるけど、ここで獣牙流を習いたい人がいる訳じゃないからね。いたら、その人と応相談で」

 暇を持て余しているロナッファが、楽しく?鍛錬している場にいて混ざらない選択肢を取るのは難しいだろう。そういう予想を立てているゼンは、確かにズルいと言えるのだが。

「組手と“気”の指導、どちらを先にやる?」

 とりあえず、一番先にロナッファの相手をするだけ、ゼンは相手を気遣ってはいる。

「……組手を先に。どれぐらい変わるか、確かめてもみたいのでな」

 そこでゼンは木剣は収納具にしまう。

「ロナ程上級の使い手なら、ほとんど変わらないと思うよ。変わった事してるつもりはないから」

「それは、指導受けてからの結果次第だ」

「……了解しました、師範代殿」

 ゼンは構える。どこにも力のこもっていない、自然体の構えだ。

「それは皮肉か?」

 ロナッファも前かがみに構える。

「?単なる事実でしょ?」

 ロナッファから蹴りが来る。ゼンはそれを受け止め、同じ様に蹴りを返す。お互い本気ではない、単なる蹴り技の応酬。

「それは、そうだが、私はゼンに負けているではないか」

 ロナッファが手を突き出す。拳ではなく貫き手だ。

「師範代になると、無敵にでもなれるんですか?」

 ゼンはそれを横に力を加えいなす。リーチ的にゼンの方が手足が短いので、攻撃の時はロナッファよりも踏み込まなければ届かない。

「そうではない、が……」

 間近まで接近しての拳。ロナッファは難なくをの拳を防御(ガード)する。

「他の流派、剣術に一度負けたからといって、獣牙の土台が揺らぐ訳でも無し、気にし過ぎでは?」

 脚技、手技と済ませて、両者一旦下がる。

 そして会話を続ける。

「……ゼンは、口がうまいな」

「他にどうしろと?」

 ロナッファが何を思って食い下がるのか分からないゼンとしては、答えようがない。

「獣牙の門弟は、身内に負けた事は数にいれない。つまりゼンが私と……」

「真面目に聞いてて損をした。いちいち負けた相手の嫁になるだの、婿になるだのしてたらキリがない」

「いや、本当に、そういう背景が、獣牙流には、獣人族にはあるのだ」

「……百歩譲って、そういう種族があったとしても、相手がそれに応じない場合だってあるでしょう」

「その場合、種だけもらう、とする場合もあるのだが……」

「本気……みたいだから言いますけど、御免こうむります。自分の血統にそんな価値があるとは思えませんし、自分の子供が自分のいないところでどう扱われるか分からない様なところに放り出せるほど無責任じゃありませんから」

「責任なら私が!」

「そういう問題じゃありません。『自分が』見れないところに出せない、と言ってるんです。これ以上その話はしないで下さい。追い出すしかなくなりますから……」

 ゼンの声音を冷たく、視線は凍てつく氷点下の眼差しだった。

「好き合った者同士でもない者の間に生まれた子供が、そんな理由で育てられて、幸福になれると、ロナッファ殿は、本気で思っているのですか?」

 今までかろうじて友好的であった関係が、一気に他人にまで後退した。ロナッファは、ゼンに対する対応を完全に間違えたのだ。踏み込み過ぎて逆鱗に触れた。

 そうした誘いにホイホイ乗って来る男は確かにいるのだろうが、ゼンはそれに当てはまるような性格ではない事は、今までのやり取りで分かっていた筈だったものを。

 ゼンは親を知らない。そもそもいるのかすら分からない。だからこそ、もし自分に子が出来るような事があるのなら、両親揃っての子育てが理想的だと思っている。それが可能かどうかではなく、そうしたい、と思っているのだ。

 それを最初から放棄したロナッファの話は、ゼンにとって論外以外の何物でもない。

「……今日はこの組手のみで。指導の方はリーランに聞いて下さい」

 ゼンはそのままロナッファから離れ、振り返りもしなかった。

 その後、順番に爆炎隊と軽い模擬試合をした。

 それぞれが、食事前のゼンの指導で、“気”による強化は前よりよくなっている。

 まだそれを使うのに慣れていないようでぎこちない動きをしていたが、ゼンがそれを引き出すように、ギリギリの線っを狙って攻撃を当てていく内に、そのぎこちなさも解消され、本来の動きへと戻って行った。

 ダルケンの力強い戦斧(バトル・アックス)、ザックの緩急の激しい剣の攻防、ディンの敵を遠目の間合いに縫い付ける連撃の槍さばき。

 ギリは足を使って、敵を攻撃しては離れ、攻撃しては離れを繰り返す。本来なら離れた所で投げ針の攻撃があるのだろう。練習用で何か代用出来る武器があっただろうか?

 全員に、どこの攻撃がいいだの、この防御が甘い、だの、長所と短所を並べての助言をし、リュウとラルクの相手をしてから休憩時間をとる。

 リーランの相手をしていなかったが、と思い見回すと、中庭の隅でロナッファと何か話し込んでいる。

 恐らくは先程の話の事だろう。

 慰めるつもりも自分の意見を撤回する気もなかったので放っておいた。

 休憩が終わってから、またそれぞれをもう1周して、それで大体時刻が正午に近い。

 皆も相手をそれぞれ変え、全員の相手をしただろう。

 全員がそれぞれの特徴ぐらいは掴めた筈だ。午後からゼンはいないが、ここで訓練するも、何か討伐任務に行くかも彼等次第だ。

 爆炎隊は戦力が弱い箇所等はないので、従魔の増員は不用だろう。

 旅団に午後の予定を聞いて、誰か必要かを尋ね、ないなら食事をしたらすぐに従魔研に行かなければならない。

 工事も終わり、ミンシャとリャンカ以外は空いているが、リュウとラルクは“瞬動”の鍛錬をするかもしれない。

 術士の、疑似無詠唱も、どの程度進んでいるのか分からないので、今日は出番なしかもしれない。ここのところ交代で忙しく出ていたし、たまにはいいだろう。

 ゼンは今日、ギルマスの方に用事が出来た。通信魔具を使わせてもらえたら、中央本部に連絡しなければならない事があるのだ……。


 ※


 本は、夜の内に読み終えた。

 前に読んだ所までは覚えていたが、念の為、最初から読み直した。

 本部から貰った本は、パラケス爺さんが気に入ってしまったので預けてある。今持っているこの本は、フェルズのギルドの資料室になぜかあったのを、勝手に持ち出して来たもの。

 無断借用だ。

 燃やしたくて持って来たものだったが、さすがにそれをすると、返せなくなる。借用でなく盗みになる。結構長く持って来たままなので、どちらでも変わりない気もするのだが……。

 それを夜の内に読んだ。

 自分の事が書かれている気恥しさはとりあえず抑えて、先にを読み進める。

 内容は、懐かしさの方が今では強い。聞き取り調査をしていた時は、ただ師匠の偉大さが少しでも伝えられれば、と夢中になっていた。

 聞き手のグロリアにはよく笑われていた。

 最初の方は余り機嫌が良くなく、仏頂面をしていたグロリアなのだが、何回か顔を合わせるたびにそれは和らいでいった。

 聞き取り調査の時は、気づくと時間ばかりが過ぎていて、腹を空かした師匠が自分を呼びに来た時もあった。

 特に彼女の態度が変わったのは、魔狼の群れから護衛の冒険者ごと助けた時からだった。

 実はあれは、師匠が魔狼のボスをあっさり倒したのにパニックになった群れが逃げ出して、グロリア達の来る進行方向に運悪く行ってしまったからだった。

 だから、確かに助けたのは師匠のラザンとゼンで間違いないのだが、襲われた原因も彼等という事になる。(マッチポンプ)

 なのにラザンは偉そうに護衛を責めていた。この神経の図太さは、見習うべきなのか、さすがに迷ったゼンだった。

 平伏し、お礼を言う護衛達に真相は語れなかった。

 恩義を感じてなのか、それからゼンに一目置く風のグロリアにも、チクチク罪悪感を感じて、成り行きを言うべきかどうか迷ったが、師匠の名誉の為もあって言えなかった。

 ―――

 前に読んだときもそうだったが、途中からゼンの、つまり自分の描写が変化して行く。あの頃は、間違った内容になっている気がして、その事に気を取られ、本部に抗議し、訂正するか、本の販売を取りやめてくれ、と今思えばかなりの無茶を言った。

 それを聞き、悲壮な表情を浮かべるグロリアを、内容がおかしいのだから、そちらが悪いと決めつけ、気にも止めなかったのだが、これは……。

 サリサが、作者の想い、とか、最後まで読まなければいけない、とか言っていた時点で、嫌な予感はしていた。

 でも、あの、男爵であっても貴族の誇りを忘れたくない、と言っていた年上の貴族令嬢が、とそんな方向への可能性は考えてもみなかった。

 途中からの態度の軟化は、そういう意味だったのだろうか?どういう経緯でどう転べばそうなるのか、まるで理解出来ない。

 いや、それはこの際棚上げしよう。旅の途中でも、助けた女性にいきなり言い寄られたりした事はあった。人間の女性には、種族特性とかでそうした傾向でもあるのだろうか?

 獣人族が、勝負を挑んで来て、負けたら勝った相手を好きになるみたいに?

 …………ここら辺の女性心理を考えても、多分無駄だろう。理屈ではないのかもしれない。

 ゼンは、苦労してその本を最後まで読み切った。

 そして、確かに当時の自分が間違っていた事が分かった。内容がおかしいのでなく、描写や形容が、やたらと多く大袈裟で派手で、気取っている、とでも言うのか?

 確かにゼンがやっている事自体にそれ程差異はないのだが、どうにも装飾過多で、しかも誉め過ぎていて、最初とは違う意味で恥ずかしくなった。

 これは、やはりそういう意味なのだろう。

 改めて読んで、その“作者の想い”とやらは、分かったと思う。

 そして落胆する。

 グロリアに好かれていた事に落胆したのではない。

 人に好かれる事、それ自体は悪い事ではない。相手が美人の異性なら尚更だ。

 問題は、サリサにそれを分れ、と無神経に突き付けられた事にある。

 人の気も知らないで……いや、知らないからこその当てつけなのか?この前のあれで、多少なりとも伝わってしまったかも、と思った自分はかなりな道化だ。

 ――――――

 それならそれで、もういいだろう。

 このままシラを切り通そう。

 折を見て、今度はもっと念入りに、頑丈に封印してみよう。

 何度破られようと、張り直せばいい。

 分不相応な想いだ。どうせなら、消え去ってくれればいいのに……。

 そんな方法がないか、今度爺さんに聞いてみようか。


 ※


 従魔研に、ゼンの急ぎの仕事はなかった。

 従魔は順調に育ち、その各種情報を研究者達が集め、精査し、次の従魔の為に役立つ研究資料となって他のギルドと情報を共有し、より確かなものとする。

 少しばかりいなくても、従魔研は機能するだろう。

 ゼンは主任に断って、しばらく席を外す。

 来た時、受付の職員に言伝ておいたので、ギルマスへの面会許可は出ていた。

 通信魔具は、すぐには使わせてもらえないかもしれない。

 その時は後日で、と思っていたのだが、連絡したい相手が、ギルドの中央本部と聞くと、レフライアはニヤリと嫌な笑みを浮かべ、どうぞご自由に、とその占いにでも使うような大きな水晶球を貸してくれた。

 どうも、あの本を借りたままにしているのに、何の騒ぎにもならないと思っていたら、義母の手の平の上で踊らされていた様だ。

 通信魔具は、その場から動かせるような物ではないので、レフライアの目の前で通話しなければいけないのがかなり気になったが、仕方がない。

 通話で、中央本部の、まずグロリアの上司にあたる人物との通話を受け手の職員に頼む。

 始め、子供がお父さんに?みたいな扱いだったが、レフライアが、『流水の弟子』からの通話だ、と横から口添えしてくれたので、目的の人物とはすぐに繋がった。

 その立派な髭の紳士は、ゼンの顔を見て、また何か無理難題を言われるのか、と渋面だったが、ゼンが過去の身勝手さを詫び、『流水の剣士の旅路』のフェルズでの販売制限を撤回し、自分はもう口出ししない事を確約すると言うと、それは満面の笑顔に早変わりした。

 そして、今までの損失分の補填の話をすると、レフライアとその上司にその必要はないから、と止められた。この本の売り上げは本来ゼンにも利益が行く筈だったのを、それで穴埋めしていたのだという。

 元々受け取る気もなかったものが、どう使われようとも文句はない。

 最後に、グロリアと少しだけ話をさせてもらった。

「―――今更なんだけど、あの本、ちゃんと最後まで読ませてもらった」

「……それで?」

 グロリアの表情は暗く、怒った様な顔をして横を向いている。

「その……謝りたい。俺は、最初あの本が、現実とは違う内容になっていると勘違いして、だから、それが嫌で、あの本が出回るのが嫌だったんだ」

「……そんな風に書かれてた?」

「俺のとこ、あんな風に書く必要、なかったと思うよ」

「……私は、ああ書きたかったの」

「グロリアさん、口調変わったよね。前は、『わたくし』とか言ってたのに」

「肩ひじ張っているのが、馬鹿らしくなったの」

 沈黙。でも気まずいものではない。

 同じ時間を共有した者同士で通じ合う、そんな時間だった。

「……俺は、あんな風に格好良くないし、そんなに強くもない。師匠の威光で、皆、目がくらんでるだけだと思うよ」

「そう思ってるのは、貴方だけなのに?」

「そんな事はない、と思う……」

 また沈黙し、そして小さく笑い合う。

「……とにかく、未熟な『流水』の弟子の謝罪を。それと、あの本を書き上げてくれた事に感謝を。『ごめんなさい』と『ありがとう』

 俺は……うん、やっぱり、ありがとう。俺が勝手に話してばかりだったけど、あの時間は、とても楽しかったから」

 グロリアはまた笑って、そして大粒の涙を流していた。

 その後、何か話がある、と言うのでレフライアに席を譲り、ゼンはほぅ、と大きく一息ついた。何か、忘れていたやり残しを片付けた様な、そんな気持ちがした。

 だから、レフライアがグロリアと何を話したかなど、まるで気にしていなかった……。





*******
オマケ

ミ「あの本は、実体化してた時こっそり読んでたですの!」
リ「私は、目についたのでほんの少し……」
セ「ボク、余り外に出る機会がないので、残念ながら。あれば読みたいですね」
ゾ「俺は、字ばっかりの本て、何故か眠くなるんだわ。爆睡だな」
ボ「ゼン様の本、読みたいね」
ル「るー、まだじのよみかき、全部できないお。誰か読んでほしいお」
ガ「従魔読書週間……」

ゼ「……言っておくけど、俺は買わないからね」
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