剣と恋と乙女の螺旋模様 ~持たざる者の成り上がり~

千里志朗

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第3章 従魔研編

129.乱入者

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 ※


 従魔研の宴席は終わり、解散となる。

 ゼンは、宴の終わりにするには、適当な話ではなかった、馬車で四人に対してだけ話すべきだった、といつまでも反省していた。

 マークとフォルゲンは、明日フェルズを旅立つので、今日は従魔研の今まで寝泊まりしていた部屋を、そのまま使わせてもらう。

 オルガは元のパーティーの所に戻り、カーチャはパーティーを抜ける相談をしてから、ゼンのクランに来る。

 ゼンは、小城の大体の位置と、住所を書いたメモをカーチャに渡した。大きな建物なので、間違える事はないだろう。

 メモを渡しただけなのに、すこぶる機嫌の良くなったカーチャの気持ちが、ゼンには謎だ。

 部屋は、ハルア達と同室か、メリッサと同室か。……この二択だと、ハルアやエリンの方を選びそうな気がする。アルティエールと同室になってしまうから。

 ザラは、まだ時間が早いので、治療室に戻った。

 エリンが代わりの様に、ニルヴァーナに挨拶して、ゼンの傍らに着く。一緒に帰るつもりのようだ。

 ゼンはまだ一応、レフライアと話す予定なのだが、エリンに秘密にしている事は……なくもないが、ギルマスとの話にそれが出る事もないだろう。

「これ、ゼンさんがいない間に作った、クランの各パーティーのメンバーリスト、そのある程度の情報です。いなかった三日間の訓練の感じです。私は素人ですから、あくまで印象ですが。

 中級迷宮(ミドル・ダンジョン)のギルドにある情報は、複写して、一つはゼンさんの部屋に、もう一つは一応、リュウさんに渡しておきました」

「……ありがとう。ハルアとの引っ越しがドタバタして、補佐でして欲しい事、ちゃんと説明出来てなかったと思うんだけど、予想をつけて?」

「はい!求められる事を考え、先回りして準備しておくのが補佐ですから」

 これは、確かに有能だ。ギルマスが推す意味も納得だ。

「うん、凄く助かります。エリンさん」

「あの、私は雇われの身になりますから、敬語もなく、さん付けもなしでお願いします」

「ああ、それは余計に助かる。俺も、呼び捨てで構わないけど」

「いえ、私はギルドを介しての、雇用の身。雇用主を敬うのは当然ですから!」

「そ、そういうものかな」

「はい、そうなんです」

 まあ、どう呼ばれようともどうでもいいのだが、大丈夫なのだろうか?

 この子は、リーランやロナッファ、ハルア達とは違う、真逆なタイプだ。

 あえて言うなら、カーチャやザラと同じで、大人しめで控えめな感じだ。それでも、ザラはスラム育ちで色々あって、くじけない強さがあり、カーチャは冒険者のB級まで自力で成り上がった強者だ。芯に強い部分を持っている。

 しかし、このエリンという少女はそうではない。まったく普通の少女だし、どうにも繊細で儚く脆い、ガラス細工の様な壊れやすさを感じるのは、気のせいだろうか。

 主任のニルヴァーナと二人の様子も、上司と部下、と言うよりも、仲の良い姉妹、もっと言うと、強い親鳥が、か弱い雛鳥を保護している風に見えた。

 だから、自然、ルフを身を挺して護ったロック鳥の親鳥が連想されたりもした。

 主任は、何故この出向に賛成したのだろうか?

 掌中の珠、秘蔵の愛弟子、みたいな感じだったのに。

「あ、ギルマスはニルヴァーナ様のお部屋の方にいます。本部の5階まで来てもらうのは、面倒だろうから、と」

 それは、エリンを気遣っての話ではないだろうか。冒険者であるゼンにとっては、執務室のある5階まで昇る事自体、大した運動ではないのは分かっている筈だ。

 ゼンは、エリンに言われた通りに主任の部屋に行くと、ギルマスとファナと、あともう一人、目元の泣きボクロが目立つ、余り会った事のないギルドの女性職員がいた。

「ゼン君、待ってたわ。紹介しておくわね、この娘(こ)は、ギルドの広報官のナイアよ」

「広報官?……どうも、ゼンです」

 何故急に広報の者を会わせられたか分からずに、ゼンは慎重に挨拶する。

「この娘(こ)は、マークに同行させようと思っているの。彼の従魔、ピュアは見た目が愛らしい、一般民に受け入れやすい見た目をしているでしょ?だから、隠さずに旅の間、これから冒険者には、こういう従魔がつきますよ、と周知させたいのよ」

「……それで、広報官ですか。アイデアとしては、悪くないと思いますが、それならむしろ、ピュアになるべく目がいくように、こんな美人の広報官でなく、男性の方がいいんじゃないですか?」

 ゼンは、分かる人にしか分からない皮肉を少し混ぜて、意見する。

 美人と言われた当人は照れていて、エリンが不機嫌になったので皮肉は通じていない。

 ギルマスとニルヴァーナ主任は苦笑しているので通じていた。

 ファナは、、それ以外、ナイアに何か思うところがあるのか、ケっと顔を背けていた。

「そうかもしれないけれど、ギルドの広報官でも目を惹いて、万全の状態でいきたいのよ」

「万全なら、揉め事が起きやすい美人を連れ歩かない方がいい気がしますが」

「……貴方に駆け引きしても無意味ね。上級の冒険者にしては、マークは身持ちが硬い感じだし、この娘(こ)は適齢期で、冒険者との結婚願望があるの。上手くいくと思うか、貴方の意見が聞きたかったのよ」

「……そんなところだろうとは、思いました」

 ゼンは小さく溜息をついて、改めてナイアを見る。ギルマスに事情を明け透けに語られてしまったナイアは、ドギマギしながら、ゼンの少年らしからぬ、品定めをする様な視線に晒された。

「……マークさんの好みを知っている訳じゃ、ありませんが、普通にいって、失敗すると思いますよ」

 不合格点を出されて、ガーンと落ち込むナイア。

「それは、何故かしら?」

「ギルマスは、上手く行って欲しいんですか?」

「ええ。貴方には、打算的に思えるかもしれないけど、ナイアはいい娘(こ)よ。部下のそうした世話も、私の義務の一つ。広報官は、カウンター業務する娘(こ)よりも、出会いが少ないの。だから、ね」

「……ちょっと、ペンとメモ、お借りします」

 ゼンは、ニルヴァーシュのデスクで紙をペンを貸して貰い、サラサラと何かを数行書き、ギルマスに手渡す。

「俺に助言出来るのは、こんな事位です」

「これ、私が見ても?」

「どうぞ。大した事、書いた訳じゃありませんから」

 レフライアは、そのメモの文字を追い、感心した様な顔になる。それをニルヴァーナにも見せる。主任も似た顔になる。見せてもらえない当のナイアは不安そうだ。

「これって、今の被験者みんな、こんな感じなのかしら」

「はい。従魔を持ったばかりですし、皆、こんな感じですよ。マークさんは特に」

 レフライアは頷くと、そのメモを封筒に入れ、ナイアに渡す。

「これは、正攻法で駄目な時に見て、参考にしなさい」

「は、はい!」

 ナイアはそれを押し頂くと、自分の手持ちのバッグに入れた。

「話はこれで?」

「まあ、そうね。従魔研を成功させてくれてありがとう、とねぎらいの言葉の方が主だったのだけど」

 どっちがついでやら。

「じゃあ、俺の方から。主任は、エリンさんの事いいんですか?大切にされている様に、見受けられたのですが?」

「心配してくれてありがとう。大切だからこそ、巣立ちの時を、見誤りたくないの。それに、今、貴方の所には、たくさんのエルフがいるわ。顔見知りも。エリンも、普通の所よりも、余程居心地がいい筈よ」

「そう……ですか。分かりました。大切にお預かりします。

 後、ギルマス」

 その言い様は、お嫁に貰います、的な感じがするのを、ゼンはまるで意識していない。エリンや、その手の言葉に過敏なナイアは、真っ赤になっていた。

「何かしら」

「ハルアも、こちらに貸していただく訳にはいきませんか?色々、作ってもらいたいんですが」

「それは、私は構わないけど。錬金課では、一人で独自の作業していたし。でもあの子、貴方に求婚(プロポーズ)したのよね。いいの?そんな子に、物を頼むのは、受け入れと取られ兼ねないわよ」

「……そういう意味で受け入れる訳じゃありません。ただ、もうすでに同居を許しているのに、何もさせず、追い出す訳にもいきませんから。成り行き任せで行くしかないかな、と」

 それは、開き直りなのか何なのか、ゼン自身分からない。ただ、もう考えるのが面倒になったのだ。今いる人員で、出来る事を考えた方が建設的だ。

「貴方が言い出さなければ、私から言うつもりだったし、構わないけれどね」

「……ギルマスの掌中で、ただ、いい様に転がされている気もしますが」

「あら、全然そんな事ないでしょ?私だって、ちゃんと義息子の幸せも考えているのよ」

「そう願います。俺のとズレてる気もしないでもないんですけど……」

 ニコニコご機嫌なレフライアだ。

 確かに、悪い方に転がされている訳ではないかもしれないが、今一つ信用出来ない。

「それじゃあ、俺達は戻りますので」

「はい、一カ月間、ご苦労様」

 ゼンは頭を下げ、主任の部屋を退室する。

 まだするべき事はあるが、従魔研に毎日通うのは終わりだ。ハルアに声をかけ、エリン同様、クランの方で働いてもらう事になった、と言うと奇声を上げて、とりあえず必要な物だけ持って行くので先に帰ってくれ、と言っていた。

 他の研究者や学者にも挨拶してまわる。

 ほんの少し、寂寥感がある。

 被験者は、皆散り散りだ。カーチャはクランに来るが、オルガとは、同じフェルズにいるとは言え、めったに会う事もないだろう。マークやフォルゲンはフェルズを出る。

 何だかんだ言っても、結構楽しくやれた気がする。いつか四人揃って会いたいものだ。

 ゼンは、これからの事をエリンと話しながら、小城への帰途についた。


 ※


 戻る途中、ミンシャとリャンカに、お土産ではないが、三日間ゼン抜きで、小城の全員の食事を作ってくれたのだ。

 従魔として、冒険者並の体力があると言っても女の子だ。女性用の、髪飾り等、小さな小物を買っていると、エリンが羨まし気に見ている。

 エリンも、ゼンがいない間に作業を進めてくれていた。

 何か買っても、バチは当たるまい、と何がいいか聞くと、やたら恐縮して遠慮する。

 ついでに、ハルアとカーチャのも、と頼むと、それなら、と喜々として選び出した。

 どうにも、かなり厄介な子な気がして来た。

 これでは他がむくれそうなので、サリサの分、ザラの分も選び、アルティエールの分、リーランのとロナッファのもついでに買った。……八方美人過ぎるだろうか?

 自分が、抜け出しにくい沼にはまりかけている事を、予感しない訳にはいかないゼンだった。

 とにかく、そうした買い物を済ませ、小城に戻った。

 まずサリサ達の部屋に行って、帰宅の報告をし、買って来た小物を渡す。後で誤解が起きない様に、ミンシャとリャンカをねぎらうつもりが、他の女性陣のも買う破目になった経緯を説明した。

 サリサは、実に複雑な表情をしていた。自分だけに買って来い、と言いたくもあるが、ゼンが今いる女性達を気に掛けるのはいい事だ、とも思っているのだろう。

 サリサがもし、そう言うのなら、従魔の分は勘弁してもらうとして、他の女性の物は買わない約束をしてもいいのだが……。

 次に、厨房で夕食の準備をしているミンシャとリャンカに髪飾りを渡す。

 二人は、喜び過ぎて硬直していた。今まで言葉だけでねぎらっていたからだろうか?反省しなければいけないな、とゼンは思いを新たにする。

 今日は、ゼンも料理に参加出来る。なるべく二人の作業を減らそう。

 次に、アルティエールは、またどこかに転移でもしているのか、見当たらないので、獣王国の二人の部屋を尋ねる。小物の入った袋を放り投げて渡し、いかにも、ついでだから、と言葉でも駄目押ししたが、凄く喜んだ事に変わりなかった。

 まだ夕食までは時間がある。

 自室に戻り、エリンの用意してくれた中級迷宮(ミドル・ダンジョン)の資料に目を通し、クランのパーティー・メンバーの情報にも改めて目を通す。

 丁寧に、丹念に項目ごとに分けられていて、とても読みやすい。字も綺麗だ。

 さすがに、長年補佐をして来たのは伊達ではない、と感心せざるを得ない。

 そうした作業をしていると、フっと目の前にアルティエールが現れる。

 アルティエールはアリシアやサリサに押し付けられたのか、いつも違う服で現れる。基本はブラウスなのだが、今日はフリルが目立つ、可愛い感じだ。ただ、スカートをはくつもりはない様で、いつも子供のような半ズボンだった。

 それはそれで、活動的なアルティエールに似合っているのだが、そういう事を言うと、アルティエールは何故か怒りだす。

 ゼンは、残っていた小物をアルティエールに手渡す。

 アルティエールは、なんじゃ、これは、と言いつつ中を見て、わしが今更こんな物を、とブツブツ頬を紅に染めて言っていたが、それを半ズボンの後ろポケットに無造作に突っ込む。

「そんな場合ではないのじゃ。カー坊の交渉が、上手く行かなかった様じゃ。迎えに行く。追われておるぞ」

 カー坊とは、カーチャの事か、遅まきながら気づくゼンの腕をつかみ、アルティエールは街並みの上空に転移し、ゼンの腕を放して落とす。

 ゼンは回転しながら体勢を整え、道にどうにか降り立った。

「もうすぐカー坊が来る。無事に連れ帰るのじゃぞ」

 言うだけ言って、自分は転移で戻って行ったようだ。

 確かに、何かの気配が高速でやって来る。重なっているが、複数で、シラユキとカーチャだろう。

 自分の手前に来た所で声をかける。

「シラユキ、止まれ!カーチャ、透明化を解いてくれ」

 声をかける前からその存在に気づいていたのだろう。シラユキは行儀よく、ゼンの手前で止まった。

 透明化が解けると、シラユキに無理な態勢でしがみついていたカーチャが見える様になる。

 雪豹女王(スノー・パンサー・クィーン)は、大き目の雪豹(スノー・パンサー)だが、人を乗せるには無理がある。

 ゼンが駆け寄ると、カーチャはローブや服を破られ、胸を見えない様に手で抑えていた。

「ゼン教官、どうして……」

 涙目なカーチャの言葉は、聞き取りにくい程低く、震えていた。

「アルが教えてくれて、転移して来た。俺が運ぶから、シラユキは全力でついて来い」

 ゼンは、カーチャをお姫様抱っこで抱きかかえると、物凄い速度で走り出す。

 追手が近づいていた。透明化していたので、目標が分からなかったのだろうが、今は見えている。それでも、追い付かせるつもりはなかった。

 シラユキがやっとついて来れる程度の速度で、ゼンは走る。

 道は、上空から落とされた時に確認している。小城までそう遠くはない。

 ゼンの俊足で、小城まですぐに到達し、門を開け、中に入る。

 アルが知らせたのか、何事が起ったのか、とクランの主だったメンバーが前庭に出ていた。

 ゼンはそこに駆け寄り、サリサにカーチャを任せる。サリサはすぐカーチャに自分のローブを脱いで、被せるように隠してくれた。

 それとほぼ同時に、荒々しい“気”の持ち主達が、遠慮会釈なく、門を開け中に押し入って来た。

 ゼンはわざと、門に鍵をかけなかった。

「おうおうなんだぁ、この、無意味に馬鹿でかい屋敷は!!!」

 嘲笑混じりのその声は、カーチャのいた上級パーティー、『偉大なる進軍グランド・マーチ』のリーダー、バロステロのものだった。




*******
オマケ

ミ「髪飾りですの!」
リ「私も……」
ミ「全然デザイン違う物ですの!あたしのがいいですの!」
リ「それはあ、感性の違いでしょ。私はこっちの方がいいです」
ミ「フ。センスないですの」
リ「……それはこっちのセリフですよ!」

セ「お土産あって、どうして喧嘩になるんでしょうか」
ゾ「毎度だ。諦めろ」
ボ「仲良し」
ガ「目糞鼻糞を笑う…」
ル「ぶーぶー。なんで、るーのないのお?」

ゼ「ペアみたいのにすると嫌がると思って、まったく違うのにしたのに……。
  ルフは、まだお仕事してないからね。それに、髪短いし」
ル「ぶー!じゃあ、るー、髪のばすお!おしごとだって、するお!」
ゼ「あ、うん。じゃあまた今度ね」(ここにも沼が……)
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