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第1章 魔の森編

011. 『王の孤独』

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  ※


 その後も地上に残された二人は、ラザンの昔の話、今現在の話を交換し合いながら、上空での激しい戦闘をどこ吹く風と、森に降り注ぐ厄災とは無縁で、本当に穏やかに、和やかに話しを続けていた。

 と言っても、ゼンの方は、師匠の昔の知り合いである事から、表面上だけは愛想をよくしているだけだった。決して心を完全に許している訳ではない。そういう意味で、ゼンはフェルズにいた頃と、まるで変わっていなかった。

 彼が心を許せる相手は、自分を受け入れてくれた旅団の仲間達と、ゴウセルとレフライア、それと今はラザンが加わっているだけで、彼の人間不信が完全に払拭された訳ではないのだ。

 二人は立ち話も疲れるので、近くの手頃な岩に腰かけ、向かい合って話していた。

 上空での激しい戦闘、その余波となる被害が森のそこかしこで降り注ぐ中で、ここだけは無風の安全地帯だった。

 しばらくそうした日常的な会話を続けていた話の切れ目に、李朱蘭(りしゅらん)はそれまでとは違い、少し難しい顔をして、おもむろに毛色の違う話を切り出した。

「……ゼンは、『王の孤独』という言葉を知っているか?」

「聞いた事はないです。俺は、本当に無知無学な貧民に過ぎませんから、『底辺の孤独』とかなら、実感してて分かりますけど」

 ゼンは別に皮肉ではなく単なる事実を言っているだけなので、少しも悪びれずにニコニコと答える。

「あ、や、悪かったな……。つまり、そういう、国等の、大きな集団の頂点に立つ指導者は、その重く大きな役目故に、他者とは同列の立場になり得ずに、孤高に、孤独になりがち、という様な意味合いの言葉なのだが……」

 聞いた李朱蘭の方が悪い事を言った、と顔をしかめ慌てて説明する始末であった。

「なるほど、そんな意味が……。で、それが何ですか?」

 急な話題の転換に、ゼンは賢くその真意を尋ねる。

「この言葉なのだが……主上は、勿論その例に漏れない。いや、あのお方こそ、絶大なる力と、あの広大なる帝国を、真に正しく導き続けるその重責から、普通の国王等、比べものにならない程に、唯一無二の存在で、誰に頼る事も出来ずに、孤独に苦しんでおられるお方なのだ」

「……とてもそんな風には見えませんでしたけど……」

 とても楽しそうであられた。

「そう表面上は取り繕っておられるのだ!……それに今は、ラザン殿と相対しているからだろう」

 語気荒く、強く言い切る女戦士の言葉から、決してそれが嘘ではないと感じられた。

「でも……、その、李朱蘭さん達、“四神”の方々がおられるのではないんですか?」

 ゼンは、帝国の皇宮の内情など、知る由もないので、それまで知った数少ない情報の中から。これはと思う話で反論してみる。

「……確かに、我等“四神”が、主上に一番近い存在であろう。主上から賜った、“四神”の、聖獣の力を持っているのは、結局のところ、我等四人だけだからな。だがしかし、突き詰めて考えれば、“四神”も単なる一臣下に過ぎない。決して、頼られる様な存在ではないのだ……」

 李朱蘭は暗くなって、肩をガックリと落とす。

 そこまで卑下する様な話ではないと思われるのだが。

 “四神”は臣下でも、一番重要な役割の筈だ。それでも、近衛で近侍で、そして皇帝と同性の李朱蘭の感じる事が、間違っているとも考えられない。

「……これは、ゼンは知らぬ用だから教えるが、帝国の内外でも知れ渡っている世界の常識的な話なんだが、主上はその御力に目覚めてから、ずっと完全に、真の『不老不死』な存在になられたのだ」

「本物の『不老不死』、ですか?」

 それを聞いて、目を丸くして驚くゼン。

 長命なエルフの話等は聞いてはいたが、人が『不老不死』になるなど、普通にある事ではない。神話や古い伝承などにはあるかもしれないが、今現在そんな偉人が生きて暮らしている等、聞いた事もない。単にゼンの知る世界が狭いだけかもしれないが。

「私は、“四神”の三代目だ。“四神”は、帝国で選りすぐりの武人が、“四神”の弟子となりそれを受け継ぐに足る武人として鍛え上げられた者がなるのだが、その任期は、もって2~3十年という所だ。これは、獣人やエルフの様な長命の人種であってもほとんど変わりがない。それだけ、受け継いだ“霊獣”の力を宿す事は、心身両面の負担となるのだ。

 だが、主上“のみ”がその例外となっている。

 だから、あの方は、常に孤独なのだ。似た様な力を持つ“四神”ですら、役目を代替わりしてこなしていると言うのに、あの方だけが、同じ時間にもう一世紀以上、取り残されて、帝国を支える生き柱として、辛いお役目と重責を、ずっと背負られておられるのだ」

「……そう、なんですか……」

 ゼンとしては、どう答えていいか困る話だ。生きている世界が違い過ぎる。

 それが、どんなに辛いのか苦しいのか、それとも長く若い身体でいられて幸福なのか、それすらも解らない。想像を絶する状態だ。

「だから、ラザン殿だけなのだ。主上とああして渡り合え、敬意も何も持たず、傍若無人に、対等に振る舞えるのは、ラザン殿をおいて他にはいない」

「……まあ師匠は、どこでも誰にでもそうでしょうね……」

 出発間際、フェルズのギルドマスター・レフライアに睨まれ、文句を言われていたのを思いだすゼンだった。

「……だが、ラザン殿は随分と変わられた、落ち着かれたようだな。私が会った頃のあの方は、虚ろな目をして冷たく誰も信じず、ただ捨て鉢になり、いつ死んでもいい、そんな態度をしていた。だから、自分よりも絶対的な強さを誇る主上にも、真っ向から向かって行ったものだったのだからな……」

「……」

「今のあの方は、生者の目をしている。傍若無人な所は変わらないが、今はもっと余裕があるようだ。主上の攻撃をも受け流し、致命的な攻撃を受けないでいる。それでいて、主上に遠慮しておられる様だ。主上が“影”だから、ではなく、善政をしく統治者だからであろうな」

 ゼンには、ラザンが遠慮や手加減をしているのかどうかは、余りにも高次元な攻防である為に解らないが、それも、李朱蘭の見立てに間違いはないのだろう。

「……師匠は、故郷で随分とひどい仕打ちを受けたと聞きましたから」

「き、君には、ラザン殿はそれを、打ち明けたのか?!」

「え?あ、はい。大まかな話は」

「……私達には、何を聞いても答えてはくれなかったよ……。我等がその事情を知れたのは、主上がヤマトに式神(しき)を飛ばして、詳しいあらましを調査したからなのだ」

 それはそれは悲しそうな顔をして、李朱蘭は見事に落胆する。

「え、と。他人にすぐ話せる様な話ではないからでしょう?俺が聞いたのは、旅に出る直前で、もう随分と時が経っていますし、話も、成り行き上、話しただけだな感じでしたよ」

「……そう、なのだろうか。とにかく、しばらくして現れた、ラザン殿を追って来た連中には、主上は適当な話をして追い返していたがな」

「国からの追っ手なんかいたんですか?」

 そう言えば、指名手配がかけられていると聞かされていた。

「ああ。なんでも、その騒ぎのドサクサに紛れて、国宝級の大変貴重な物を盗まれた、とかその者どもはほざいていた。その一つは、ラザン殿の流派に伝わる太刀だという話だから、それはむしろ、ラザン殿が正当に受け継ぐべき物の様だと思うのだがな」

 李朱蘭の言う通りかと思われるが、向こうにとっては凶悪な強盗殺人犯で、その正当な財産すらも罪に数えられているのだろう。

「その話はいいとして、主上は、ラザン殿が逗留していた頃にも、あの方を勧誘していたのだが、少しも乗り気ではなくてな。ゼンも、その説得に力を貸してはくれないだろうか?」

「へ?勧誘、ですか?」

「そうだ。主上はラザン殿に、自分の部下に、正確には“四神”の一つ、“青龍”にならないか、と口説いておられたのだ」

「せい、りゅう……」

「青き龍、と書く。東を司り、水の力をあやつる。“青龍”は剣術、“朱雀”は槍術、“白虎”は無手の武術、“玄武”は防御術に長けている者がなる。“青龍”の方は、今は年かさの剣士で、主上としては、次代の“青龍”を、ラザン殿に継がせたがっておられるのだ」

 『水流』が『青龍』。何かの語呂合わせみたいだ。

「でも、確か“四神”は三人以上の弟子を持ち、その中から後継者を選び、他の二人を将軍にするのではありませんでした?」

「ああ、それはその通りだ。だが、その三者よりも、現役の“四神”より強い者がいるのなら、主上の意向以前に、その資格がある事は確かな話だ。それに、ラザン殿がいた頃とは、今は状況も変わっている……」

 それは、後継者候補に何かあったのだろうか、とゼンは、李朱蘭の暗い口ぶりから先回りして考える。

「……でも李朱蘭さん。俺が何か言ったからって、師匠は弟子の言葉で、自分の意思を変えたりはしないと思いますよ。立場が逆で、俺が師匠だとかならともかく」

「うむう……。そうかもしれんが、君とラザン殿は、仲が良いように思われるのでな。その意見を、決して無下にしたりはしないと思うのだ……」

「………え?師匠と、俺が、仲が……良い???」

 はたからはそう見えるのだろうか?

 勿論、ゼンはラザンを師匠として尊敬しているし、好意も持っているが、逆がどうかというと、自分程度の弟子に、ラザンが満足しているのか、となると激しく疑問なゼンなのだ。

「ああ。そもそも、ラザン殿が『流水』を教える事自体、破格の話だろう?聞けば君は剣術の素人だという。だが、あの方は君を見出した。先程の庇い様から見ても、ラザン殿にとても大事に思われている様で、私などは羨ましい限りだよ……」

 李朱蘭は自嘲気味に、寂しく微笑む。彼女の片思いは、そういう機微にうといゼンでもあからさまに解るぐらいハッキリしていた。

 来る前から、李朱蘭にとってゼンは羨望の対象だったのだ。

「……俺と師匠が仲が良いかはともかくとして、師匠はそもそも貴族とか王族とか嫌っていて、どこの任官だろうと御免こうむる、みたいな事言ってましたよ。
 だから、自由な冒険者の職は、師匠の性格に合っているのでしょう。それが例え相手が、世界一の大帝国であろうとも、変わらないと思います」

 その点は、貧民で底辺で、上から頭を押さえつけられるのを何より嫌うゼンと共通している特徴だった。

「……やはり、そうなのだろうか」

 自分でも解っていた事を、年下のまだ幼い少年に諭されて、李朱蘭は余計に落ち込む。

「……それに、もし師匠が皇帝陛下の臣下になったとしても、李朱蘭さんの言う『王の孤独』の問題は、根本的には解決しないのではないですか?」

「??それは、いかなる意味なのか、私にはよく解らないのだが、説明してもらえないだろうか?」

「え~と、ですね。つまり、師匠が近侍とかになったとしても、その孤独が癒されるのは、結局師匠が生きている間だけの話じゃないかと思うんです。皇帝陛下は、『不老不死』なんですよね。だから、結局は……」

「……ああ、それは、そうかも…しれない、が……!?」

 李朱蘭は思わず立ち上がり、手の平でその顔を覆う。

 李朱蘭は、そこまで先々の話に考えが及んではいなかった。人は、自分が生きている間の事ぐらいにしか考えが行かないのは仕方のない事だが、皇帝の苦悩に、終わりの時などありはしないのだ。それは、一時の慰めにしかならない。

「……それでは、我々はどうしたらいいんだ。ただお傍で、何の助けにもならずに傍観するだけなど、一体何の為の“四神”なのだ……」

 忠実な臣下として苦悩する李朱蘭に、意外な助けの手が現れる。

「解決する方法が、一つだけあります」

 取り乱す李朱蘭とは対称的に、ゼンは冷静で平坦な感情の動きしか見せない。彼にとっては対岸の火事、要するに他人事でしかないからだが。

「解決する方法が……ある?!それは本当なのか?」

 李朱蘭は槍を片手に、凄い勢いで詰め寄って来る。

「っと多分、俺が考えている通りなら。皇帝陛下は、元はただの人間で、その力か加護(スキル)かは知りませんが、に目覚めてから『不老不死』になったんですよね?」

「……そう聞いている」

「それは要するに、“四神”と同じ、“霊獣”をその身に宿してからそうなったんじゃないですか?」

「そ、それは……その通りだ」

 隠しても、一部の者には知れ渡っている話で、ラザンは知っている。だから李朱蘭は、少し迷って間を空けてから首肯した。

「なら、皇帝陛下は、皇帝を辞めればいいと思います」

「……はぁ?」

 余りの意外さに、李朱蘭は茫然と口を明けて固まってしまった。

「退位して、次代の後継者に皇帝の位を譲って、その力も継承すればいいんじゃないですか?そうすれば、皇帝陛下は普通の人間に戻れて、普通の生活を謳歌出来る様になるんじゃないかと……」

 ゼンの言葉が尻すぼみになったのは、李朱蘭が固まってしまったので、自分の考えが駄目だと判断されたのか、と思ったからであった。

 だが、そうではなかった。

 李朱蘭は、自分ではまるで思いつかない、正鵠を射た考えを提示され、確かに虞麗沙(グレイシャ)の、深い孤独の問題を解決する手段は、それしかない様に思われたのだ。

 だが、それが実行出来るかどうか解らず、それ以前に実行してしまっていいかも解らなかったからだ。

「し、しかし、だな……。主上はもうずっと帝国を平和に、何事もなく治めていて、退位される理由が……」

「帝国が、平和な良い国で、それが成立したのが皇帝陛下の手腕なのは、少し話を聞いた俺でも解ります。
 でも、もう百年以上、皇帝の責務をこなされているのでしょう?なら、もう充分なんじゃないですか?
 俺には、一人の女の子の人生を犠牲にして成り立つその平和、繁栄は、不自然な状態でしかないと思います。李朱蘭さんは、それを敏感に感じ取ったんじゃないんですか?
 皇帝陛下が平和な良い国を作り、その体制を築き上げたのなら、それを維持していくのは、他の大勢の人達がする役目なんじゃないですか?」

「……君は、本当に学び舎にも言っていない、学のない子供なのか?」

「え?そうですよ。……やっぱり、学のない素人考えだと、変でしたか?」

「変、ではない。むしろ、しっかりし過ぎている。……君は、剣士よりも文官向きなのではないか?我が国に来れば、私が推挙しても……」

「話が反れてますよ。それに、俺は剣士になりたい、何よりも大切な理由があるんです」

「そ、そうか。うむ、スマン」

 謝ってはいるが、惜しそうな顔付をまだしている。

「……とにかく、皇帝陛下一人の犠牲で成り立つ、幸福な永久楽土なんて、綺麗だけど、何処かいびつで歪んでいるんじゃないでしょうか。
 陛下が『不老不死』なら、それを永久に続けられるのかもしれませんが、それって決定的に間違っている様な気がします。
 何にだって任期があって、だから引退して代替わりするんでしょう。エルフとかの長命種ならまだともかく、人間の女の子が、ずっと時を止めて、成長もせずに皇帝の責務をこなしているのなんて、俺には、不敬かもしれませんが、可哀想に思えてならないんです……」

 ゼンは、よく解らない衝動から、一気に思った事、考え付いた事を全て言ってしまった。

 李朱蘭は、ゼンを咎めたりはしなかった。

 恐らくそれは、李朱蘭がずっと思い、感じていた事が正確な言葉となって言われた、つまりは同意するしかない内容だったのだ。

 李朱蘭は、もっとこの賢い少年の話を聞きたいと、強く思ったが、それは叶わなかった。

 二つの影が、その場に物凄い速度で落ちて来たからだ。












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オマケ劇場

ミ「Zzzzzz……」
ル「ピヨピヨ……」
リ「……先輩、起きて下さい!出番ですよ!何でルフまで隣りで寝て……」
ミ「スヤスヤ……。ご主人様、そんな、まだ早いですの……」
リ「事もあろうになんて夢見やがってるんですか!」
(ボカッ!!)
ミ「ぐう、痛いですの……」
リ「やっと起きましたか。別に、私一人でもいいんですけどね」
ミ「なら起こすな、ですの」
ル「スースー、ピヨピヨ……」
リ「ルフは面倒なんで、そのままにしておきましょう」
ミ「はあ、もう待ちくたびれ過ぎですの」
リ「そうなんですけど、役目を放棄する訳にもいかないでしょう」
ミ「男どもにでやらせればいいんですの」
リ「……あれ、あんまり好評じゃないらしいですよ。華がないですからね」
ミ「チィ。使えないオスどもめ……」
ル「むにゃむにゃ……。お?ご飯の時間か、お?」
リ「あ、起きちゃいましたか。そうですね。ご飯にしましょうか」
ミ「へ?役目じゃなかったんですの?」
リ「もうそれなりに済んだでしょう。さ、ご飯ご飯」
ル「今日の~ご飯はなんだろな、お♪」
ミ「……ミンシャもおなかすいたし、ま、いっかですの」
(おしまい)
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