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第九話
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二人してジャニスの背を見送り続ける。
もはやどんな大声で話をしようと、ジャニスには聞こえるはずもない距離まで離れている。
しかし、待てどもジャックは自分から話を振ってこなかった。
やがて居心地の悪さに根負けした俺は、覚悟を決めて口を開いた。
「いい妹だな」
「料理も上手いしな。どうだ、また食いたくなるか?」
俺は素直にうなずきを返す。
「そうだろう、みんなそう言う。俺の自慢の妹よ」
「みんなが認める、自慢の妹か…… けど、そういう愛される奴ってのは、無邪気というか、警戒心がなさ過ぎる奴が多い。皆が立ててくれて、露骨に敵対する奴がいないからな。そしてそれが、大問題になることがある」
「フム、どうやら気が合うようだな。それについては俺も同感だ」
それがまともな感覚だ。
いまの俺は、ひどい身なりで、どこの誰とも知れぬ怪しい奴。
たとえ世話になっても軽く挨拶して去るべきで、親しく話したりすべきではない。
礼をするために村に誘うことなど問題外で、村の場所だって教えるべきではないだろう。
流れ者の賊を村へ案内する恐れだってある。
常識的な俺の懸念にジャックが同意したことを受けて、俺は覚悟を決めた。
——やはりここは、俺からメシの礼を言って、去るべきだろう——
「おまえ、男が好きなのか?」
「……は? いま、何と?」
「男が好きかと聞いた」
「悪いが俺に、その気はないぞ」
答えながら思わず数歩下がり、距離をとってしまう。
するとジャックは豪快に笑った。
「勘違いするな、安心しろ。俺の方にも、その気はない。俺は自慢じゃないが、大の女好きだからな。おまえが男好きで無いとするならあれだ、年増好きのほうか?」
展開に頭がついていかない。
予想と全く違う話がはじまり、とまどう。
いったいこの男は、なにを言い出しているのだろうか?
「待ってくれ、それが今すべき重要な話なのか?」
「重要?」
「わざわざ妹を先に帰してまで、男二人で改まってする話かと言っている。森から出て行けとか、せめて住み着くならもっと遠くにしろとか、あるだろう、そういう話が」
ジャックは見た目通りに豪快に笑った。
どうも話が噛み合わない。
「おまえ、気が小さいな、そんなことを気にしていたのか」と言い放ち、さらに笑い続ける。
その態度に呆気に取られたが、だんだんと怒りが込み上げてくる。
「ふざけるな! 大事な話だ! いったい、なにがおかしい? どこの誰ともしれぬ余所者がこんなところに住みついて平気なのか!」
——なぜ俺の方から言わねばならん。本来は逆、おまえが俺に言うべきことではないか!——
「ウッド、落ち着けよ。そうカッカするな。オーケー、じゃあ聞こう、おまえの望む、大事な話だぞ。
……妹を助けたとき、なぜ手を出さなかった?」
「手を出す、だと?」
「あれほどがっついて喰うくらいに飢えてたんだ、女の肌にも飢えてるんじゃないのか」
「……」
「よほど特殊な趣味でなければ、魅力的なはずだぞ、ウチのは。さっきも言ったろ、自慢だとな。おまえ、ずっと森に篭りきりなんだろう?」
「待てよ、自分の妹だろう。よくそんなことが言える」
「そうかい? 俺は女好きだ。俺がおまえのように追い込まれた立場で女に会えば、襲ったかもな」
ジャックは上から下へと視線を往復させた。
自分のひどい身なりに、いまさら恥ずかしさが込み上げてきた。
「それが本能ってもんだ。俺が襲わないとすれば、それは…… 生きるのを、あきらめたときだろうよ」
もはやどんな大声で話をしようと、ジャニスには聞こえるはずもない距離まで離れている。
しかし、待てどもジャックは自分から話を振ってこなかった。
やがて居心地の悪さに根負けした俺は、覚悟を決めて口を開いた。
「いい妹だな」
「料理も上手いしな。どうだ、また食いたくなるか?」
俺は素直にうなずきを返す。
「そうだろう、みんなそう言う。俺の自慢の妹よ」
「みんなが認める、自慢の妹か…… けど、そういう愛される奴ってのは、無邪気というか、警戒心がなさ過ぎる奴が多い。皆が立ててくれて、露骨に敵対する奴がいないからな。そしてそれが、大問題になることがある」
「フム、どうやら気が合うようだな。それについては俺も同感だ」
それがまともな感覚だ。
いまの俺は、ひどい身なりで、どこの誰とも知れぬ怪しい奴。
たとえ世話になっても軽く挨拶して去るべきで、親しく話したりすべきではない。
礼をするために村に誘うことなど問題外で、村の場所だって教えるべきではないだろう。
流れ者の賊を村へ案内する恐れだってある。
常識的な俺の懸念にジャックが同意したことを受けて、俺は覚悟を決めた。
——やはりここは、俺からメシの礼を言って、去るべきだろう——
「おまえ、男が好きなのか?」
「……は? いま、何と?」
「男が好きかと聞いた」
「悪いが俺に、その気はないぞ」
答えながら思わず数歩下がり、距離をとってしまう。
するとジャックは豪快に笑った。
「勘違いするな、安心しろ。俺の方にも、その気はない。俺は自慢じゃないが、大の女好きだからな。おまえが男好きで無いとするならあれだ、年増好きのほうか?」
展開に頭がついていかない。
予想と全く違う話がはじまり、とまどう。
いったいこの男は、なにを言い出しているのだろうか?
「待ってくれ、それが今すべき重要な話なのか?」
「重要?」
「わざわざ妹を先に帰してまで、男二人で改まってする話かと言っている。森から出て行けとか、せめて住み着くならもっと遠くにしろとか、あるだろう、そういう話が」
ジャックは見た目通りに豪快に笑った。
どうも話が噛み合わない。
「おまえ、気が小さいな、そんなことを気にしていたのか」と言い放ち、さらに笑い続ける。
その態度に呆気に取られたが、だんだんと怒りが込み上げてくる。
「ふざけるな! 大事な話だ! いったい、なにがおかしい? どこの誰ともしれぬ余所者がこんなところに住みついて平気なのか!」
——なぜ俺の方から言わねばならん。本来は逆、おまえが俺に言うべきことではないか!——
「ウッド、落ち着けよ。そうカッカするな。オーケー、じゃあ聞こう、おまえの望む、大事な話だぞ。
……妹を助けたとき、なぜ手を出さなかった?」
「手を出す、だと?」
「あれほどがっついて喰うくらいに飢えてたんだ、女の肌にも飢えてるんじゃないのか」
「……」
「よほど特殊な趣味でなければ、魅力的なはずだぞ、ウチのは。さっきも言ったろ、自慢だとな。おまえ、ずっと森に篭りきりなんだろう?」
「待てよ、自分の妹だろう。よくそんなことが言える」
「そうかい? 俺は女好きだ。俺がおまえのように追い込まれた立場で女に会えば、襲ったかもな」
ジャックは上から下へと視線を往復させた。
自分のひどい身なりに、いまさら恥ずかしさが込み上げてきた。
「それが本能ってもんだ。俺が襲わないとすれば、それは…… 生きるのを、あきらめたときだろうよ」
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