87 / 90
第八十七話
しおりを挟む
「やるつもりならそれでもいいが、あれを見るんだな」
ジャックが村の方を指差した。
さらに両手を越える人影がこちらへ向かいつつあった。
もはや自警団の数はとうに超えていた。
「で、どうするんだって? 楯突く奴を確保だと? やれるもんならやってみな」
いつのまにか村側の人数は、領主側を越えようとしている。
「ええい黙れ黙れ! そのような侮辱、取り返しがつかぬことになるぞ」
「やってみろよ!」
「いったいどうなるんだ!」
「たかが二十人くらいで、俺たちをどうにかできると思ったのか!」
「ここにいるウッドは、ほとんど一人で賊を壊滅させたぞ! そんな男がいる俺たちと、やりあえる自信があるのか?」
「そうだ! そうだ!」
フィルなど、楽しそうに笑っている始末。
しかしこの状況、それほど楽観的ではなかった。
数の上では多い。
だが数が多いことが重要ではないことは、賊を退けたばかりのこの俺が一番よくわかっている。
領主の揃えた兵が、正規兵か、それとも雇われ兵を含むのかはわからない。
いずれにせよ、それなりの訓練はしていると考えるべきだ。
着の身着のままの村人たちとは違い、兵士たちは揃いの鎖かたびらや盾で武装している。
そこへきて、まわりを村の者たちに囲まれつつあり、思わぬ事態の推移に内心では恐怖を感じはじめてもおかしくない。
追い詰められた兵が本気で戦えば、多くの犠牲が出る。
賊にやられて犠牲を出すことを恐れ、俺は一人で戦いに出たのだ。
それが村人と領主の兵の衝突で犠牲が出ては、なんの意味もないことになってしまう。
——このままにはしておけない——
ジャニスとフィルに救われた。
そしてまた今も、俺のために多くの者たちが駆けつけてくれているのだ。
ならばまだ、俺にはやるべきことがある。
このままでは引き返せなくなる。
領主の兵を全滅させれば、たしかに目先の敵は消すことができる。
しかし多くの犠牲は確実で、さらに領主は意地になり、シャーウッドの村を完全に屈服させるべく必ず出兵する。
ほかの街や村への体面もあるのだ。
ここまでされて、放っておくはずがない。
そうなっては、賊が村を襲うのと同じことだ。
いや、蹂躙し尽くせばやがて飽き、ほかの場所へと去って行く分、賊の方がマシかもしれない。
常駐し続ける領主兵の悪事とは、どんな非道であろうとも絶対に裁かれることの無い悪事だ。
奪われ、犯され、殺される。
そんな事態だけは、絶対に避けなければならない。
ならばやはり、手段はひとつ。
——どうあっても、すべてがここに帰結する。もともと俺が目当てなのだ。この俺が、すべての責を引き受けようぞ——
俺は指を口元にあて、数年ぶりに強く吹いた。
鋭い音が野に響く。
一瞬で双方の罵声が止み、音の主である俺へと注目が集まった。
「聞け、領主の使いの者どもよ! そしてシャーウッドの村人たちも共に聞け!
我が名はシャーウッド村のウッドにして、またの名をマルセデス公オーウェン。かつては隣国グランリオの元皇太子であった者。故あって今はシャーウッド村に世話になってはいるが、我が剣に一切の曇りなし。事ここに至っては、逃げも隠れもせん。我が首が欲しければ、たとえ誰であろうと勝負を受けよう。
だがしかし! その前にとくと見よ!
そこ此処に転がる骸をあらためて見るがよい。すべて我が剣に触れるという大罪を犯した者の成れの果てである。しかしながらこれすべて、決して私闘にあらず。領主が領民を守るという当たり前の大義を果たさぬゆえの事。シャーウッドに住まう者たちの命を守るため、無責任な領主になりかわり、我れが正義を執行したまでのことなり。
もう一度言おう。心に刻むがよい。我が名はシャーウッド村のウッドにして、またの名をマルセデス公オーウェンである。いましばらくはシャーウッド村に滞在しようぞ。この俺に用があるならいつでも来い。しかしッ、夢ゆめ忘れることなかれ。俺に会いに来るなら、掛ける対価が汝自身の命であることを!」
ジャックが村の方を指差した。
さらに両手を越える人影がこちらへ向かいつつあった。
もはや自警団の数はとうに超えていた。
「で、どうするんだって? 楯突く奴を確保だと? やれるもんならやってみな」
いつのまにか村側の人数は、領主側を越えようとしている。
「ええい黙れ黙れ! そのような侮辱、取り返しがつかぬことになるぞ」
「やってみろよ!」
「いったいどうなるんだ!」
「たかが二十人くらいで、俺たちをどうにかできると思ったのか!」
「ここにいるウッドは、ほとんど一人で賊を壊滅させたぞ! そんな男がいる俺たちと、やりあえる自信があるのか?」
「そうだ! そうだ!」
フィルなど、楽しそうに笑っている始末。
しかしこの状況、それほど楽観的ではなかった。
数の上では多い。
だが数が多いことが重要ではないことは、賊を退けたばかりのこの俺が一番よくわかっている。
領主の揃えた兵が、正規兵か、それとも雇われ兵を含むのかはわからない。
いずれにせよ、それなりの訓練はしていると考えるべきだ。
着の身着のままの村人たちとは違い、兵士たちは揃いの鎖かたびらや盾で武装している。
そこへきて、まわりを村の者たちに囲まれつつあり、思わぬ事態の推移に内心では恐怖を感じはじめてもおかしくない。
追い詰められた兵が本気で戦えば、多くの犠牲が出る。
賊にやられて犠牲を出すことを恐れ、俺は一人で戦いに出たのだ。
それが村人と領主の兵の衝突で犠牲が出ては、なんの意味もないことになってしまう。
——このままにはしておけない——
ジャニスとフィルに救われた。
そしてまた今も、俺のために多くの者たちが駆けつけてくれているのだ。
ならばまだ、俺にはやるべきことがある。
このままでは引き返せなくなる。
領主の兵を全滅させれば、たしかに目先の敵は消すことができる。
しかし多くの犠牲は確実で、さらに領主は意地になり、シャーウッドの村を完全に屈服させるべく必ず出兵する。
ほかの街や村への体面もあるのだ。
ここまでされて、放っておくはずがない。
そうなっては、賊が村を襲うのと同じことだ。
いや、蹂躙し尽くせばやがて飽き、ほかの場所へと去って行く分、賊の方がマシかもしれない。
常駐し続ける領主兵の悪事とは、どんな非道であろうとも絶対に裁かれることの無い悪事だ。
奪われ、犯され、殺される。
そんな事態だけは、絶対に避けなければならない。
ならばやはり、手段はひとつ。
——どうあっても、すべてがここに帰結する。もともと俺が目当てなのだ。この俺が、すべての責を引き受けようぞ——
俺は指を口元にあて、数年ぶりに強く吹いた。
鋭い音が野に響く。
一瞬で双方の罵声が止み、音の主である俺へと注目が集まった。
「聞け、領主の使いの者どもよ! そしてシャーウッドの村人たちも共に聞け!
我が名はシャーウッド村のウッドにして、またの名をマルセデス公オーウェン。かつては隣国グランリオの元皇太子であった者。故あって今はシャーウッド村に世話になってはいるが、我が剣に一切の曇りなし。事ここに至っては、逃げも隠れもせん。我が首が欲しければ、たとえ誰であろうと勝負を受けよう。
だがしかし! その前にとくと見よ!
そこ此処に転がる骸をあらためて見るがよい。すべて我が剣に触れるという大罪を犯した者の成れの果てである。しかしながらこれすべて、決して私闘にあらず。領主が領民を守るという当たり前の大義を果たさぬゆえの事。シャーウッドに住まう者たちの命を守るため、無責任な領主になりかわり、我れが正義を執行したまでのことなり。
もう一度言おう。心に刻むがよい。我が名はシャーウッド村のウッドにして、またの名をマルセデス公オーウェンである。いましばらくはシャーウッド村に滞在しようぞ。この俺に用があるならいつでも来い。しかしッ、夢ゆめ忘れることなかれ。俺に会いに来るなら、掛ける対価が汝自身の命であることを!」
0
あなたにおすすめの小説
「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。
夏見ナイ
ファンタジー
「地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん冒険者アラン(40)。彼はこれを機に、血塗られた過去を捨てて辺境の村で静かに暮らすことを決意する。その正体は、10年前に姿を消した伝説の暗殺者“神の影”。
もう戦いはこりごりなのだが、体に染みついた暗殺術が無意識に発動。気配だけでチンピラを黙らせ、小石で魔物を一撃で仕留める姿が「神業」だと勘違いされ、噂が噂を呼ぶ。
純粋な少女には師匠と慕われ、元騎士には神と崇められ、挙句の果てには王女や諸国の密偵まで押しかけてくる始末。本人は畑仕事に精を出したいだけなのに、彼の周りでは勝手に伝説が更新されていく!
最強の元暗殺者による、勘違いスローライフファンタジー、開幕!
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は我が家の恥だ」――。
名門貴族の三男アレンは、魔力を持たずに生まれたというだけで家族に虐げられ、18歳の誕生日にすべてを奪われ追放された。
絶望の中、彼が死の淵で思い出したのは、物理学者として生きた前世の記憶。そして覚醒したのは、魔法とは全く異なる、世界の理そのものを操る力――【概念置換(コンセプト・シフト)】。
運動エネルギーの法則【E = 1/2mv²】で、小石は音速の弾丸と化す。
熱力学第二法則で、敵軍は絶対零度の世界に沈む。
そして、相対性理論【E = mc²】は、神をも打ち砕く一撃となる。
これは、魔力ゼロの少年が、科学という名の「本当の魔法」で理不尽な運命を覆し、心優しき仲間たちと共に、偽りの正義に支配された世界の真実を解き明かす物語。
「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」
知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~
テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。
しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。
ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。
「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」
彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ――
目が覚めると未知の洞窟にいた。
貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。
その中から現れたモノは……
「えっ? 女の子???」
これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる