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アネクドート 解説回
アネクドート 解説回
アネクドートとはロシアの滑稽小噺、政治風刺のジョークなどのことである。
その中に、ある程度お馴染みの個性的な登場人物達がいる。
レーニン 諸悪の根元、夢想家、相対的に名君
スターリン 狂人、粛清大好きおじさん、ヒゲ
フルシチョフ ハゲ、デブ、無能
ブレジネフ 見栄っ張り、無能、勲章おじさん
プーチン 名前を呼んではいけないあの人、雷帝
ルイセンコ 獲得遺伝子、政治的に正しい科学
一応誤解のないように、これはあくまでもアネクドートの扱いであって、筆者の評価ではない。
ウラジーミル・レーニン(ロシア語: Влади́мир Ле́нин、1870年4月22日 – 1924年1月21日)は、ロシアおよびソビエト連邦の革命家、政治家、哲学者。本名はウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフ (ロシア語: Владимир Ильич Ульянов)であり、レーニンは筆名
政府を転覆させて、史上初の社会主義国家ソビエトロシア連邦社会主義共和国の最高指導者になった人物だ。実質的な建国の父であるだろう。ソビエトの国家の歴史では極めて重要な人物だが、アネクドートにはそんなに登場しない。強いて言えば理想論が多く、ブルジョワ生まれを揶揄するぐらいだろう。レーニンは死後に、ソビエトが国家を挙げて神格化を進めた人物である。そのために政策がレーニン的か否かで評価され、レーニンの言動や思想が無条件に肯定されるような歪な体制ができてしまった。
例、ある時、ソビエトで共産主義時計コンテストが開催されて、次の時計が受賞した。
第三位、カッコウが出てきて「レーニン!」と鳴く時計
第二位、カッコウが出てきて「万国のプロレタリアートよ団結せよ!」と鳴く時計
第一位、レーニンが出てきて「カッコウ!」と鳴く時計
現在のロシアでは、レーニンは良くも悪くも近代ロシアの礎を築いた人物と評価が一般的である。
レーニンの遺体埋葬計画が今日に至るまで何度も提起されては、頓挫を繰り返していることからもその影響が窺える。
『同志レーニンは死んだが、彼の思想は今なお生きている』
『逆の方が良かった』
ヨシフ・スターリン
ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・スターリン(ロシア語: Ио́сиф Виссарио́нович Ста́лин、ラテン文字表記の例:Iosif Vissarionovich Stalin、1878年12月18日(ユリウス暦では12月6日)– 1953年3月5日)は、ソビエト連邦の政治家、軍人(職業軍人ではない)。ウラジーミル・レーニンの死後29年間に渡って最高指導者の地位にあった。一般に広く知られている「スターリン」という姓は「鋼鉄の(人)」を意味する筆名であり、本姓はジュガシヴィリ(ロシア語: Джугашви́ли、グルジア語: ჯუღაშვილი)である。
レーニンの死後にソビエトの最高指導者に就任し、30年近く独裁政治を敷いた人物である。些細なことで粛清する恐怖政治を行ったため、人民はもとより粛清を担う秘密警察からも恐れられた。アネクドートは、粛清や弾圧が横行するなかで洗練されている文化である。そのために褒めているように見えてよく考えると馬鹿にしているという系統のものが多い。特にスターリンには。
『偉大なる同志スターリンは五歳にして、現在と同等の知性を身につけておられた』
スターリンはレーニンと同様に国を挙げて個人崇拝された人物なので、その系統のネタが多い。
偉大な詩人、アレクサンデル・プーシキンの没後百周年に記念像を建てることにより、デザインが公募された。
次の3つの案が佳作だった。
コーカサスの頂きに立ち、遥か彼方を眺めるプーシキン
銃弾を胸に受けて、今まさに倒れんとするプーシキン
女神ミューズから月桂冠を戴くプーシキン
色々あって、次の銅像が完成した。
『プーシキンの詩集を読むスターリン』
ニキータ・フルシチョフ
ニキータ・セルゲーエヴィチ・フルシチョフ(ロシア語: Ники́та Серге́евич Хрущёв(ニキータ・セルゲーエヴィチ・フルッショーフ)、ラテン文字表記の例:Nikita Sergeyevich Khrushchev、ウクライナ語: Мики́та Сергі́йович Хрущо́в(ムィクィータ・セルヒーヨヴィチ・フルシチョーウ)、1894年4月17日 - 1971年9月11日)は、ソビエト連邦の政治家。ソビエト連邦共産党中央委員会第一書記、閣僚会議議長(首相)として、11年間に渡って最高指導者の地位にあった。民族的にはウクライナ人である。
スターリンの没後に、ソビエトの最高指導者になった人物である。粛清に明け暮れたスターリンの批判を行い、東西の融和と平和的共存を掲げる政策を行った。その代わり、キューバ危機やハンガリー動乱の介入などで分かりやすいやらかしも目立つ。アネクドートでは馬鹿で無能という扱いを受けている。特に農業政策と都市開発の失敗が、国内で非難の槍玉に挙げられることが多い。
『同志フルシチョフは世界最高のマジシャンである。彼はカザフで小麦を蒔いて、カナダで収穫した』(フルシチョフの農業政策の失敗により、小麦の北米依存が高まった)
フルシチョフは丸顔で肥満体だったので、アネクドートでは、その辺りもネタにされている。
「フルシチョフが養豚場を訪問した際のプラウダ紙の記事より
『写真、豚とフルシチョフ(右から二番目)』 」
「雪解け」の影響もあってか、この時代にアネクドートが激増したと言われている。
レオニード・ブレジネフ
レオニード・イリイチ・ブレジネフ(ロシア語: Леонид Ильич Брежнев、ラテン文字表記の例:Leonid Il'ich Brezhnev、1906年12月19日 - 1982年11月10日)は、ソビエト連邦の政治家。18年間に渡って同国の最高指導者であった。
フルシチョフの失脚後に政権を掌握、彼の時代はソビエトが政治的経済的に衰退の道を進んでいた。しかし、今日のロシアでノスタルジックな古き良き時代といえばブレジネフの時代が想起されることが多い。それはこの時代が、ソビエトがアメリカに張り合えた最後の一時だった。良くも悪くも格差が少なく、みんなが貧しかった時代が懐かしく思われている。
『書記長に就任したブレジネフは、田舎の老母をクレムリンに招待して、執務室や自宅を案内した。すると彼の母親は青ざめた顔をして言った。
「お前が出世したのは嬉しいよ。でも、こんな生活をしていて関赤軍に目をつけられないかい?」』
ブレジネフはテレビに映る際には、決まってたくさんの勲章を身につけていたため、そのことをネタにしたアネクドートが多い。
『ある時ブレジネフが珍しく勲章をつけていなかったため、部下にそのことで質問された。ブレジネフは左胸に手を当てて呟いた。
「しまった。パジャマにつけたままだ」』
アネクドートはロシアの冷気が鍛え上げた笑いの刃だ。その切れ味はとても鋭い。アネクドートは弾圧抑圧が激しい時代に、反抗のためにたくさん作られた。逆に、緊張が緩和した時代に作られたアネクドートは、つまらないものが多いらしい。
アネクドートとはロシアの滑稽小噺、政治風刺のジョークなどのことである。
その中に、ある程度お馴染みの個性的な登場人物達がいる。
レーニン 諸悪の根元、夢想家、相対的に名君
スターリン 狂人、粛清大好きおじさん、ヒゲ
フルシチョフ ハゲ、デブ、無能
ブレジネフ 見栄っ張り、無能、勲章おじさん
プーチン 名前を呼んではいけないあの人、雷帝
ルイセンコ 獲得遺伝子、政治的に正しい科学
一応誤解のないように、これはあくまでもアネクドートの扱いであって、筆者の評価ではない。
ウラジーミル・レーニン(ロシア語: Влади́мир Ле́нин、1870年4月22日 – 1924年1月21日)は、ロシアおよびソビエト連邦の革命家、政治家、哲学者。本名はウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフ (ロシア語: Владимир Ильич Ульянов)であり、レーニンは筆名
政府を転覆させて、史上初の社会主義国家ソビエトロシア連邦社会主義共和国の最高指導者になった人物だ。実質的な建国の父であるだろう。ソビエトの国家の歴史では極めて重要な人物だが、アネクドートにはそんなに登場しない。強いて言えば理想論が多く、ブルジョワ生まれを揶揄するぐらいだろう。レーニンは死後に、ソビエトが国家を挙げて神格化を進めた人物である。そのために政策がレーニン的か否かで評価され、レーニンの言動や思想が無条件に肯定されるような歪な体制ができてしまった。
例、ある時、ソビエトで共産主義時計コンテストが開催されて、次の時計が受賞した。
第三位、カッコウが出てきて「レーニン!」と鳴く時計
第二位、カッコウが出てきて「万国のプロレタリアートよ団結せよ!」と鳴く時計
第一位、レーニンが出てきて「カッコウ!」と鳴く時計
現在のロシアでは、レーニンは良くも悪くも近代ロシアの礎を築いた人物と評価が一般的である。
レーニンの遺体埋葬計画が今日に至るまで何度も提起されては、頓挫を繰り返していることからもその影響が窺える。
『同志レーニンは死んだが、彼の思想は今なお生きている』
『逆の方が良かった』
ヨシフ・スターリン
ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・スターリン(ロシア語: Ио́сиф Виссарио́нович Ста́лин、ラテン文字表記の例:Iosif Vissarionovich Stalin、1878年12月18日(ユリウス暦では12月6日)– 1953年3月5日)は、ソビエト連邦の政治家、軍人(職業軍人ではない)。ウラジーミル・レーニンの死後29年間に渡って最高指導者の地位にあった。一般に広く知られている「スターリン」という姓は「鋼鉄の(人)」を意味する筆名であり、本姓はジュガシヴィリ(ロシア語: Джугашви́ли、グルジア語: ჯუღაშვილი)である。
レーニンの死後にソビエトの最高指導者に就任し、30年近く独裁政治を敷いた人物である。些細なことで粛清する恐怖政治を行ったため、人民はもとより粛清を担う秘密警察からも恐れられた。アネクドートは、粛清や弾圧が横行するなかで洗練されている文化である。そのために褒めているように見えてよく考えると馬鹿にしているという系統のものが多い。特にスターリンには。
『偉大なる同志スターリンは五歳にして、現在と同等の知性を身につけておられた』
スターリンはレーニンと同様に国を挙げて個人崇拝された人物なので、その系統のネタが多い。
偉大な詩人、アレクサンデル・プーシキンの没後百周年に記念像を建てることにより、デザインが公募された。
次の3つの案が佳作だった。
コーカサスの頂きに立ち、遥か彼方を眺めるプーシキン
銃弾を胸に受けて、今まさに倒れんとするプーシキン
女神ミューズから月桂冠を戴くプーシキン
色々あって、次の銅像が完成した。
『プーシキンの詩集を読むスターリン』
ニキータ・フルシチョフ
ニキータ・セルゲーエヴィチ・フルシチョフ(ロシア語: Ники́та Серге́евич Хрущёв(ニキータ・セルゲーエヴィチ・フルッショーフ)、ラテン文字表記の例:Nikita Sergeyevich Khrushchev、ウクライナ語: Мики́та Сергі́йович Хрущо́в(ムィクィータ・セルヒーヨヴィチ・フルシチョーウ)、1894年4月17日 - 1971年9月11日)は、ソビエト連邦の政治家。ソビエト連邦共産党中央委員会第一書記、閣僚会議議長(首相)として、11年間に渡って最高指導者の地位にあった。民族的にはウクライナ人である。
スターリンの没後に、ソビエトの最高指導者になった人物である。粛清に明け暮れたスターリンの批判を行い、東西の融和と平和的共存を掲げる政策を行った。その代わり、キューバ危機やハンガリー動乱の介入などで分かりやすいやらかしも目立つ。アネクドートでは馬鹿で無能という扱いを受けている。特に農業政策と都市開発の失敗が、国内で非難の槍玉に挙げられることが多い。
『同志フルシチョフは世界最高のマジシャンである。彼はカザフで小麦を蒔いて、カナダで収穫した』(フルシチョフの農業政策の失敗により、小麦の北米依存が高まった)
フルシチョフは丸顔で肥満体だったので、アネクドートでは、その辺りもネタにされている。
「フルシチョフが養豚場を訪問した際のプラウダ紙の記事より
『写真、豚とフルシチョフ(右から二番目)』 」
「雪解け」の影響もあってか、この時代にアネクドートが激増したと言われている。
レオニード・ブレジネフ
レオニード・イリイチ・ブレジネフ(ロシア語: Леонид Ильич Брежнев、ラテン文字表記の例:Leonid Il'ich Brezhnev、1906年12月19日 - 1982年11月10日)は、ソビエト連邦の政治家。18年間に渡って同国の最高指導者であった。
フルシチョフの失脚後に政権を掌握、彼の時代はソビエトが政治的経済的に衰退の道を進んでいた。しかし、今日のロシアでノスタルジックな古き良き時代といえばブレジネフの時代が想起されることが多い。それはこの時代が、ソビエトがアメリカに張り合えた最後の一時だった。良くも悪くも格差が少なく、みんなが貧しかった時代が懐かしく思われている。
『書記長に就任したブレジネフは、田舎の老母をクレムリンに招待して、執務室や自宅を案内した。すると彼の母親は青ざめた顔をして言った。
「お前が出世したのは嬉しいよ。でも、こんな生活をしていて関赤軍に目をつけられないかい?」』
ブレジネフはテレビに映る際には、決まってたくさんの勲章を身につけていたため、そのことをネタにしたアネクドートが多い。
『ある時ブレジネフが珍しく勲章をつけていなかったため、部下にそのことで質問された。ブレジネフは左胸に手を当てて呟いた。
「しまった。パジャマにつけたままだ」』
アネクドートはロシアの冷気が鍛え上げた笑いの刃だ。その切れ味はとても鋭い。アネクドートは弾圧抑圧が激しい時代に、反抗のためにたくさん作られた。逆に、緊張が緩和した時代に作られたアネクドートは、つまらないものが多いらしい。
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