9 / 9
死神との出会い
死神は笑わないはずだった
しおりを挟む
朝が来た。
雪は夜のうちに止み、森は不思議なほど静まり返っていた。
白く積もった地面が、薄い光を反射している。
小屋の中では、葵が毛布に包まりながら、そっと目を覚ました。
「……あ」
天井がある。
風の音はするけれど、凍えるほど寒くはない。
生きている。
その実感が、じわりと胸に広がった。
「……よかった」
独り言のように呟いた瞬間、背後から声がした。
「目が覚めたか」
烏蓮は入口近くに立ち、外套を整えていた。
どうやら、外の様子を見に行くところだったらしい。
葵は慌てて上半身を起こす。
「おはよう、烏蓮」
その呼びかけに、烏蓮の動きが一瞬だけ止まった。
――また、呼ばれた。
名を呼ばれるたび、胸の奥に奇妙な感覚が走る。
それは不快ではないが、落ち着かない。
「……朝だ」
それだけ答えて、視線を逸らす。
葵はその様子をじっと見てから、小さく笑った。
「ねえ、烏蓮」
「何だ」
「名前、呼ばれるの……嫌?」
直球だった。
烏蓮は眉をひそめる。
否定する理由は簡単だ。
死神は、名を持たず、呼ばれない存在なのだから。
――なのに。
「……嫌ではない」
そう答えてしまった自分に、内心で驚いた。
葵の目が、少しだけ丸くなる。
「ほんと?」
「……ああ」
短い返事。
それでも、確かに肯定だった。
葵はほっとしたように息をつき、両手を胸の前で軽く握った。
「じゃあ、よかった」
その仕草が、あまりにも自然で、無防備で。
烏蓮は視線を逸らさずにいられなかった。
「……お前は、怖くないのか」
「なにが?」
「私が死神だということだ」
葵は少し考えるように視線を上へ向け、それから首を横に振った。
「ううん。……怖くない」
即答だった。
「だって、烏蓮は助けてくれた」
「それは……」
禁忌だ。
本来、誇るべき行為ではない。
だが葵は続けた。
「それにね」
彼女は、少しだけ照れたように微笑む。
「死神って、もっと冷たいと思ってた」
その言葉に、烏蓮はわずかに目を見開いた。
「でも、烏蓮は……」
葵は言葉を探すように、一瞬だけ黙る。
「……ちゃんと、ここにいる」
胸のあたりを、指で軽く叩く。
その瞬間。
烏蓮の口元が、ほんの僅かに緩んだ。
――気づいた時には、もう遅かった。
「……?」
葵が不思議そうに見上げる。
「いま……」
烏蓮ははっとして、すぐに表情を戻した。
「気のせいだ」
だが、葵は見逃さなかった。
確かに、ほんの一瞬。
烏蓮は――笑った。
それは歪でもなく、冷笑でもなく、
ただ、ごく自然な、人間の微笑みに近いものだった。
「……ふふ」
葵が小さく笑う。
「やっぱり」
「何がだ」
「死神って、笑わないはずなんでしょ?」
烏蓮は答えない。
答えられない。
死神は笑わない。
感情を持たない。
生と死の境を、公平に歩くだけの存在だ。
――だったはずだ。
だが今、胸の奥にあるこの温度は何だ。
烏蓮は外套を掴み、少し強めの声で言った。
「外の空気を見てくる。動くな」
「はーい」
素直な返事。
烏蓮は小屋を出て、冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
雪の森は、何も変わっていない。
変わったのは――自分だ。
(……笑うなど)
死神である自分が。
人間の言葉で、心が揺れるなど。
烏蓮は空を見上げ、目を閉じた。
これは明らかな異常だ。
禁忌を破った代償が、すでに始まっているのかもしれない。
それでも。
小屋の中から聞こえる、かすかな呼吸音に、
なぜか安堵している自分がいた。
――死神は、笑わないはずだった。
だが、その“はず”は、
もう、静かに崩れ始めていた。
雪は夜のうちに止み、森は不思議なほど静まり返っていた。
白く積もった地面が、薄い光を反射している。
小屋の中では、葵が毛布に包まりながら、そっと目を覚ました。
「……あ」
天井がある。
風の音はするけれど、凍えるほど寒くはない。
生きている。
その実感が、じわりと胸に広がった。
「……よかった」
独り言のように呟いた瞬間、背後から声がした。
「目が覚めたか」
烏蓮は入口近くに立ち、外套を整えていた。
どうやら、外の様子を見に行くところだったらしい。
葵は慌てて上半身を起こす。
「おはよう、烏蓮」
その呼びかけに、烏蓮の動きが一瞬だけ止まった。
――また、呼ばれた。
名を呼ばれるたび、胸の奥に奇妙な感覚が走る。
それは不快ではないが、落ち着かない。
「……朝だ」
それだけ答えて、視線を逸らす。
葵はその様子をじっと見てから、小さく笑った。
「ねえ、烏蓮」
「何だ」
「名前、呼ばれるの……嫌?」
直球だった。
烏蓮は眉をひそめる。
否定する理由は簡単だ。
死神は、名を持たず、呼ばれない存在なのだから。
――なのに。
「……嫌ではない」
そう答えてしまった自分に、内心で驚いた。
葵の目が、少しだけ丸くなる。
「ほんと?」
「……ああ」
短い返事。
それでも、確かに肯定だった。
葵はほっとしたように息をつき、両手を胸の前で軽く握った。
「じゃあ、よかった」
その仕草が、あまりにも自然で、無防備で。
烏蓮は視線を逸らさずにいられなかった。
「……お前は、怖くないのか」
「なにが?」
「私が死神だということだ」
葵は少し考えるように視線を上へ向け、それから首を横に振った。
「ううん。……怖くない」
即答だった。
「だって、烏蓮は助けてくれた」
「それは……」
禁忌だ。
本来、誇るべき行為ではない。
だが葵は続けた。
「それにね」
彼女は、少しだけ照れたように微笑む。
「死神って、もっと冷たいと思ってた」
その言葉に、烏蓮はわずかに目を見開いた。
「でも、烏蓮は……」
葵は言葉を探すように、一瞬だけ黙る。
「……ちゃんと、ここにいる」
胸のあたりを、指で軽く叩く。
その瞬間。
烏蓮の口元が、ほんの僅かに緩んだ。
――気づいた時には、もう遅かった。
「……?」
葵が不思議そうに見上げる。
「いま……」
烏蓮ははっとして、すぐに表情を戻した。
「気のせいだ」
だが、葵は見逃さなかった。
確かに、ほんの一瞬。
烏蓮は――笑った。
それは歪でもなく、冷笑でもなく、
ただ、ごく自然な、人間の微笑みに近いものだった。
「……ふふ」
葵が小さく笑う。
「やっぱり」
「何がだ」
「死神って、笑わないはずなんでしょ?」
烏蓮は答えない。
答えられない。
死神は笑わない。
感情を持たない。
生と死の境を、公平に歩くだけの存在だ。
――だったはずだ。
だが今、胸の奥にあるこの温度は何だ。
烏蓮は外套を掴み、少し強めの声で言った。
「外の空気を見てくる。動くな」
「はーい」
素直な返事。
烏蓮は小屋を出て、冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
雪の森は、何も変わっていない。
変わったのは――自分だ。
(……笑うなど)
死神である自分が。
人間の言葉で、心が揺れるなど。
烏蓮は空を見上げ、目を閉じた。
これは明らかな異常だ。
禁忌を破った代償が、すでに始まっているのかもしれない。
それでも。
小屋の中から聞こえる、かすかな呼吸音に、
なぜか安堵している自分がいた。
――死神は、笑わないはずだった。
だが、その“はず”は、
もう、静かに崩れ始めていた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
小さなフェンリルと私の冒険時間 〜ぬくもりに包まれた毎日のはじまり〜
ちょこの
ファンタジー
もふもふな相棒「ヴァイス」と一緒に、今日もダンジョン生活♪
高校生の優衣は、ダンジョンに挑むけど、頼れるのはふわふわの相棒だけ。
ゆるふわ魔法あり、ドキドキのバトルあり、モフモフ癒しタイムも満載!
ほんわか&ワクワクな日常と冒険が交差する、新感覚ファンタジー!
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる