上 下
8 / 9

8

しおりを挟む
「風紀委員会本部に留置場があったとは知らなかった」
 その言葉に返事はない。もっとも深夜の風紀委員会本部に誰か残って仕事をしていたら拍手をして妨害してやりたくなるが。
 スマホは没収されているので外部と連絡を取る手段はない。
 壁に設置された時計の針が12を指した。あと6時間で校舎の鍵が開けられる。ここに人がやってくるのは7時といったところか?
 アナログ時計の針が時間を刻む音だけがやけに大きく響く。いや、時計の音だけではない。時計と同じく規則正しいが、確かに違う音。
 その音が、人の足音だと気づいたとき足音が部屋の前で止まった。
 鍵が開けられる音がする。足音の人物はまっすぐこちらに向かってきた。
 そして留置場の格子の前に一人の女子生徒が立ち止まった。
「ミナミ、ではないな」
 期待していなかったといえば嘘になる。だが、ミナミはこんな何のメリットもない冒険をするタイプではない。
「ごめんね、ミナミンじゃなくて」
「誰だ、お前。どうやってはいってきた。校舎は施錠されているはずだろ?」
「質問は一つづつにして欲しいな。初めまして、かな?西之原君。アタシは北方遥。風紀委員長だよ。そして風紀委員長は校舎の鍵を持っているのだ」
 そういって北方は鍵の束を掲げた。「でも、いくら許可があっても深夜に校舎に入った言い訳をするのは面倒だから灯りをつけるのは勘弁な?」と言い添えた。
「風紀委員長が何のようだ?俺は天崎とかいうゴリラの相手で手一杯なんだが」
「そうそう、その件で話に来たんだよ」
 今のところ、この北方とか言う風紀委員長からは敵意を感じない。しかし所詮は同じ穴のムジナだ。
「そういえば、いい警官と悪い警官ってテクニックがあったな。お前はいい警官の役か?」
 そう考えれば辻褄は合う。深夜にやってきたのは理解できないが、別の理由があるのだろう。
 しかし、北方は頭を掻きながら暗闇でもわかる暗い困ったと言いたげな顔をした。
「その様子を見ると天崎君は相当無茶をしているらしいね」
「何も聞いてないのか?風紀委員長だろ?」
「風紀委員会は一枚岩じゃないのだよ」
「今回の逮捕は天崎の暴走だと?」
「一概に暴走って言えるほどの暴走ではないけどね。最近急増したガムのゴミの被害に関して教職員会から強制執行班に直接要請があったらしいよ」
 そいつは俺たちの仕業じゃない。無節操にばら撒いている奴らのせいだ。
「不満げな顔だね。確かにアタシも君たちを検挙しても状況は改善しないと思っているよ。でも天崎は生贄が必要なんだよ。次期風紀委員長の指名を受けるためにね。そしてできればアタシ達風紀委員会本体の介入は受けたくないらしい」
「つまり、風紀委員長の指名権を持つ教職員会の要求だから絶対に犯人を検挙する必要があったと、たとえ冤罪でも。まさか自分自身を犯人として差し出すわけには行かないしな」
「君はまるっきり冤罪ってわけじゃないだろ?」
 北方は悪戯っぽく笑った。
「で、風紀委員長殿は風紀委員会内部の権力闘争の愚痴をこぼすために深夜の学校に忍び込んだのか?」
「まさか、交渉の結果を伝えにきたんだよ」
「交渉の結果?何のことだ?」
「アタシは風紀委員会内部に潜むアタシを快く思わない勢力を一掃して学校の闇に切り込みたい。ミナミンは部下を取り戻して心置きなく商売を続けたい。このあたりの利害関係に関する交渉ですね」
 ミナミは約束通り行動を起こしてくれていたらしい。確かに、実務者を通り越して最高責任者に働きかけるのはいい方法だ。
「ミナミとあんたとの間で交渉があったことは理解した。で、結果はどうなったんだ?」
「君、ミナミンの前以外だとミナミって呼んでるんですね。これはいい情報です」
「はぐらかすな」
「そうですね。結果としてはあなたは明日、風紀委員会本体に移管されます。そしてアタシの手で規制物資単純所持の容疑で起訴します。おそらく3日ほどの謹慎にはなると思いますが、そのくらいは我慢してください。そのあとは晴れて解放です」
「俺の方のメリットは理解した。で、あんたのメリットはなんだ?ミナミに金でも積まれたのか?」
「そんな腐った役人根性の輩とアタシを一緒にしないでもらえる?」
 今までのふんわりとした口調とは一変した厳しい口調が叩きつけられた。「ごめんなさい?でもアタシ、賄賂とかってすっごい嫌いなの」と反動のように可愛らしくつけ加えられたが、警告はハッキリ示された。これは地雷原だ。
「アタシの方のメリットは風紀委員会内部の支配強化だよ。天崎君には申し訳ないけど今回の件で失脚してもらう予定。君にも証言してもらうからその時は手伝ってね?」
「なるほど。これは興味本位なんだが風紀委委員会を掌握したあとはどうするんだ?」
「うん、君は気に入ったから特別に教えてあげる。アタシはね、この学校の不正を全部正したいの。ガムを売ってるとか、テストの点数で賭けをしているとか、そういうチマチマした不正を潰して回るんじゃなくて、もっと大きな不正を叩き潰したい。小さな不正はそのあとでじっくりね。天崎君はちょっと真面目すぎてたっくさん違反者を送り込んでくるから鬱陶しかったんだよね」
「なるほど、ミナミと利害関係が一致するわけだ」
「ところで、強制執行班の班長の指名権って風紀委員長にあるんだよね。天崎君は前委員長が指名したわけだけど。西之原君、君班長やってみない?悪い話じゃないと思うよ?ミナミンがミスっても全部君が揉み消せばいい」
「おいおい、寝言は寝て言えよ。それこそアンタが憎んでる不正じゃねえか」
「そうだね、でも当面は強制執行班にはあまり派手に動いてこっちを忙しくしないでくれるとありがたいんだよね。もちろん、他の不正を潰した後は君を潰してミナミンも潰す」
 明るい声で言っていたが、暗闇に慣れていた目には北方の全く笑っていない目がはっきりと見えていた。
「で、どうかな?班長やってみない?」
 北方から感じる圧は、天崎のものとは完全に別物であったが、明らかに北方の小柄な体から発される圧の方が格上だった。
「冗談だよ!びっくりした?実はミナミンにも西之原を班長にくれないか頼んだんだけど『絶対にダメ!』って言われちゃってね」
 どこからどこまでが冗談なのかが気になったがとてもじゃないが聞けなかった。
「そっか」
「そう言うわけだから、明日以降よろしくね!」
 そう言って北方は帰ろうとした。
「ちょっと待ってくれ」
 呼び止めると、北方は素直に振り返ってくれた。
「何かな?」
「最後に一つだけ。お前、俺と前にあったことあるか?」
 風紀委員長と知り合いだった記憶はない。しかし、北方の振る舞いにはいちいち既視感を覚えていた。
 北方はニヤッと笑ったかと思うと、「特別だよ」と言い右手で顔の上半分を隠した。
 その顔はフードから除いていたものと同じだった。
しおりを挟む

処理中です...