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第二章
07 奇跡を撮る
「たーもつさん」
局の廊下を歩いていると、背後から耳に馴染み切った声が聞こえてきた。保がカメラの三脚を両手に抱えたままピタリと立ち止まるのと同時に、ズシッと背中に重みがのし掛かってくる。
「保さん、おはようございます」
保の肩に長い両腕を乗せたまま、藍人が斜め後ろからこちらを覗き込んでくる。今日も今日とて至近距離で浴びるイケメンオーラに、保は目をシパシパと瞬かせた。
「……おはようございます、清水さん」
げんなりとした声で挨拶すると、藍人は懐っこい犬みたいに保の頭に頬を擦り寄せてきた。
「清水さんじゃなくて、藍人って呼んで欲しいな」
「演者さんとは、きちんと距離を取れって言われてるんで」
「鬼村さんだって、もう僕のことは藍人くんって呼んでるけど?」
そう指摘されて、思わず顔がぐにゃっと歪んだ。
そうなのだ。あのメロ藍人事件から約一ヶ月経とうとしているが、その間に藍人は完全に鬼村を陥落(かんらく)させてしまったのだ。
この局で仕事が入る度に、藍人はまるで叔父に懐く甥っ子のように鬼村へと寄っていった。鬼村の仕事について事細かに聞き、その姿勢に驚嘆し、プロフェッショナルな仕事ぶりを賞賛した。
そして、いつの間にやら鬼村は、名前呼びをするほど藍人推しになってしまったのだ。最近では藍人が出ている番組なんかもチェックしているらしく、「あそこの局のカメラは、藍人くんが一番よく見える角度が分かっていない。あれじゃあ藍人くんの魅力が半減して見える」などと苦言まで呈(てい)する始末だった。
「うちの上司をたぶらかさないでください……」
「たぶらかしてるんじゃなくて、尊重しているんだよ。鬼村さんは、保さんの東京での父親みたいなものだからね。少しでも印象は良くしておかないと」
まるで義父に対するような藍人の返答に、ぞぞぞっと背筋に悪寒が走る。何というか、さり気なく、だが着実に逃げ道を塞がれているような感覚だ。
保が怖気立っていると、後ろから覗き込んできた藍人がニィッと目を細めた。
「保さんのご実家にも挨拶に行きたいなぁ」
「それは、まだ早すぎるかと」
口早に断りを入れつつ、肩に藍人の腕を乗せたまま歩き出す。だが、藍人もそのまま後ろをついてくるので、何だか二人羽織でもしているような格好になった。
よちよちと親子ペンギンみたいに歩く保と藍人の姿を見て、擦れ違う職員たちが笑い混じりの声をかけてくる。
「今日も仲良しですね」
「いいなぁ、芦名さん」
その声に、やっかみや侮蔑の色が混ざっていないことにほっとする。
見た目が平凡すぎる保は周りからベータだと思われているから、アルファの藍人が懐いていてもただ仲の良い友人同士だと思って、みな微笑ましく眺めてくれるのだ。これで保がオメガだとバレたら、その時点で大スキャンダルになるだろう。
ハラハラする保に反して、藍人は職員たちに向かって愛想のいい声を返していた。
「僕は、芦名さんの腕に惚れ込んでるんで」
藍人の言葉を聞くと、職員は和やかな声で問い掛けてきた。
「今日も芦名さんと一緒の撮影ですか?」
「はい、僕の専属ですから」
また勝手なことを言っている、と思ってため息が漏れた。ぐりぐりと頬を頭に擦り付けてくる藍人を引きずりながら、廊下を大股で歩き続ける。
「清水さんの専属になった覚えはないですけど」
歩く合間に不満げな声を漏らすと、藍人はわざとらしく「ええっ」と声をあげた。
「昨日も一昨日も一緒に撮影したのに?」
大袈裟な声で告げられて、保は思いっきり顔を顰めた。
藍人の言うとおり、昨日も一昨日も、何なら先週も先々週も、この局で『偶然』藍人の撮影があり、『偶然』保が入ったカメラチームが藍人の撮影をすることになったのだ。頻度と確率を考えると、あまりにも出来過ぎた『偶然』だった。
「絶対に、清水さんが裏から手を回してるでしょう……」
そう呟くと、頭の後ろで藍人が、ふふっ、と小さく笑う声が聞こえてきた。その隠微な笑い声にも、ぞわっと鳥肌が立ちそうになる。
「だって、保さんに会える時間を一秒でも増やしたいから。それに僕が一生懸命仕事してるところも見てもらわないといけないし」
「だからって、引き受ける仕事を偏(かたよ)らせすぎでしょう」
たぶん他の局だって藍人の出演を待ち望んでいるだろう。特に先月SNSで大バズりしたおかげで、視聴者からの注目が最も高い俳優だ。藍人が出ている番組は、視聴率が十パーセント増しなんていう噂まで広がっている。
今やどの放送局も咽喉から手が出るくらい欲しい俳優が、報酬でも番組内容でもなく、まさか運命に会うためだけに仕事を選んでいるなんて、誰も思わないだろう。
保が呆れた目で見やると、藍人は口角を吊り上げた。
「それに、保さんの評判だって上がってるでしょう?」
その楽しげな声に、保はとっさに唇をへの字に曲げた。保の顔を見つめたまま、藍人が弾むような声で言う。
「演者の中では『奇跡を撮(うつ)すカメラマン』って呼ばれてるらしいですよ」
続けられた言葉に、保はますます眉根を寄せた。自分に与えられた大袈裟な二つ名を聞いても、喜びではなく困惑の方が強い。
先月の藍人のミラクルショットを撮ったことから、保はその後もアシスタントではなくカメラマンとして仕事を任せてもらえていた。そうして藍人の裏工作により、彼の撮影に携わることも多くなり、その結果――
「清水さんが俺のカメラにだけやたらと笑いかけるから、身の丈に合ってないあだ名がつけられたんですよ」
片手で額を押さえて、深々と息を漏らす。
――その結果、藍人は保のカメラに向かって笑顔を向けまくったのだ。
それも、以前までの爽やかで完璧な笑顔ではなく、むしろ子供っぽいぐらい満面の笑みだったり、恋しそうに目を細めて微笑んだりと、人間味を滲ませた生々しくもメロい表情ばかりを見せてくる。
藍人のくるくると移り変わる表情が放送される度に、SNSは大盛り上がりを見せて『#ヤバババ藍人』だとか『#清水メロ人』だとかいう妙なハッシュタグが爆誕した。
そして、業界内では『藍人のあの表情を撮っているのは誰なのか』という話もあがり始めた。同時に『そのカメラマンに撮ってもらえれば人気が爆発する』という真(まこと)しやかな噂も流れ始めたのだ。そうして、いつの間にやら保に『奇跡を撮(うつ)すカメラマン』などという分不相応な二つ名までついてしまった。
最近では、デビューしたてのアイドルの子が「私のことを撮ってくださいっ!」なんて頭まで下げにきたりするので、真剣に困っている。別に保の腕が優れているわけではなく、ただただ藍人が『仕事頑張ってるよ!』アピールのために、笑顔の大盤振る舞いをしているだけなのだから。悪気なく周りを騙しているようで、ひどく居心地が悪かった。
「俺の腕がいいわけでもないのに……」
沈んだ口調で呟くと、藍人が驚いたように声をあげた。
「保さんの腕はいいよ」
「それは清水さん限定だと思いますけど」
自嘲するように返す。藍人は眉尻を下げると、わずかに唇を開いた。だが、その口から言葉が出る前に、聞き覚えのある高い声が耳に届く。
「清水さん。いつまでも芦名さんの邪魔をしていないで、そろそろメイクに入ってください」
キッパリとした声で言い放ったのは、数メートル離れた先に立っている猿渡だった。小柄な彼女が仁王立ちしている姿を見て、藍人が緩く肩をすくめる。
だが、すぐさま藍人は保を見やると、ゆったりと笑みを浮かべた。
「保さん、また後でね」
「はぁ、また後で」
気の抜けた声で返すと、藍人は嬉しそうに頬を緩ませた。
「今日も仕事上がりに駐車場で待ってるから」
「えっ、いや、遅くなるから待たなくていいですよ」
収録作業が終わっても、技術チームには片付けやら翌日の撮影準備やらの作業が残っている。今日の収録時間を考えると、帰宅時間は終電ギリギリになるのは間違いなかった。そんな時間まで藍人を待たせるのは流石に申し訳ない。
保が慌てて断ると、藍人は困ったように微笑んだ。
「僕が待ちたいんだ」
受け取ってもらえない心をずっと差し出し続けているような、少し寂しげな声音だった。その声に、とっさにそれ以上の拒否ができなくなる。
保が立ち尽くしていると、藍人はひらりと片手を振って去って行った。
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