【書籍化決定/完結】カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!

野原 耳子

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第三章

15 親戚一同

 
 庶民丸出しな茶の間に、タワーマンションに住んでそうなキラキラとした美形がきちんと正座している。グリーンバックで合成したのかと思うほどの違和感に、思わず保は拳で目蓋をゴシゴシと擦った。

 現実味のない光景に目を瞬かせる保を置いて、藍人は小皿に取り分けた料理を食べながら、愛想の良い声をあげた。


「お義母さんの作ったちらし寿司、甘酸っぱい味付けが最高ですし、レンコンがシャキシャキしていて、とても美味しいです」
「あらぁ、そう? 藍人くんは、ぬか漬けも好きかしら? ミニトマトとオクラとナスを漬けてるから、嫌いじゃなければ切ってこようと思うんだけど……」
「ミニトマトのぬか漬けなんて珍しいですね。是非食べさせてください」


 藍人の弾んだ声を聞いて、母がほくほくと顔を緩ませながらキッチンへと歩いて行く。そんな母の浮かれた足取りを見るのも、今日だけでもう何回目になるだろうか。そうやってピストン輸送のように新たな料理を持ってくるから、茶の間のローテーブルにはもう乗り切らないぐらいギッシリと皿が並んでいた。

 母がキッチンに行くと、横からススッと父が藍人ににじり寄った。


「藍人くんは日本酒好き……?」
「はい、大好きです」
「久保田と八海山、どっちが飲みたいかな……?」
「もし良ければ、お義父さんと一緒にどちらも頂きたいです」
「僕、写真が趣味なんだけど……うちのアルバムとか見る?」
「是非拝見したいです」


 やや食い気味に答えながら、藍人が緩く首を傾げて父を見つめる。途端、父は少女のようにポッと頬を赤らめた。そのまま、ぴょんとウサギみたいな動きで立ち上がって、小走りで日本酒とアルバムを取り行く。

 父の姿が見えなくなると、今度は部屋の隅っこで固まっていた咲希が、おずおずと藍人に声をかけた。


「あっ、藍人さん、しゃっ、写真撮っても、いっ、いいでしゅかっ」


 緊張のせいで声が裏返っているし、完全に噛んでる。


「もちろん。咲希ちゃんとのツーショットでいいかな?」
「ひゃいっ!」


 裏声のまま答えながら、咲希が錆びたロボットのような動きで藍人の隣に座る。咲希が腕を伸ばして持ったスマホに向かって、藍人がにこやかに微笑む。直後、カメラのシャッター音が聞こえた。


「一枚でいい?」
「は、はぁうぅい、だいびょうぶ、れふぅ」
「いい写真が撮れてよかった。これ、僕にも送ってくれるかな?」
「もひろんれしゅぅ」


 間近で藍人を見たせいで、また咲希が人間からスライムに変わりつつある。顔面をでろでろにとろけさせた咲希を眺めて、保はボソッと呟いた。


「絶対にSNSにはアップするなよ」


 保の忠告を聞くと、液状化していた咲希の顔が一瞬でスッと平常モードに戻った。


「はぁ? 言われなくても、そんなん分かってるし」


 先ほどの藍人に対する声音とは打って変わって、寒々とした口調でそう返される。そんな露骨に反応を変えられると、お兄ちゃんは悲しくて泣くぞ。

 元々生意気なところがある妹だったが、大学生になってから咲希はより保に冷たくなった気がする。地元を出て上京する日だって、咲希は見送りにすら来てくれなかった。家族のメッセージグループでも、母や父のメッセージには返事をするのに、保のメッセージにはスタンプ一つ返してくれない。

 次々と切ない思い出が脳裏をよぎって、保がしょぼくれた表情を浮かべていると、ふと藍人が咲希に向かって柔らかく囁いた。


「保さんは、良いお兄ちゃんだね」
「はいっ、自慢の兄ですぅ」


 即座にキャピキャピした声で咲希が答える。

 お前はジキルとハイドなのか? 高速で人格が入れ替わりすぎてて、もういっそ怖くなってきた。

 保が半目になっていると、不意に家の外で凄まじいブレーキ音が聞こえてきた。縁側の掃き出し窓から見やると、庭の前に凄まじい土埃を立てて軽トラと赤色の普通車が停まっているのが視界に入る。見覚えのある二台の車を見て、冷たい汗が背筋を伝うのを感じた。

 車からドタバタと慌ただしい動作で、四人の男女が降りてくる。四人は庭を突っ切って来ると、そのまま遠慮なく縁側の窓を開いた。


「佳世子(かよこ)さんからどえらい有名人が来とるって連絡あったが、この兄ちゃんか?」
「はぁ~、えらい綺麗な顔しとんねぇ。都会の人は、みんなこんな顔しとんか?」
「わっわっ、清水藍人だ! やばい、テレビで見る顔と一緒っ!」
「タモっちゃん、東京でカメラマンやってるとは聞いとったけど、こんな有名人と友達になれるとかすげえなぁ」


 こちらに喋る隙を与えずに弾丸トークを繰り広げているのは、近所に住む伯父一家だ。六十代の伯父夫妻と、二十代の息子夫婦も来ている。よく見ると、息子夫婦の腕の中には、まだ産まれて数ヶ月であろう赤ん坊が抱っこされていた。そういえば、数ヶ月前にメッセージアプリに『祝☆爆誕!』というスタンプとともに赤ん坊の写真が送られてきたことを思い出す。

 伯父一家の襲来に、保は唖然と口を開いたままキッチンの方を見やって叫んだ。


「母さん! 藍人さんが来たことを連絡しちゃダメだろっ!?」


 そう非難の声をあげると、キッチンから顔を覗かせた母が身体をもじもじと動かした。


「だってぇ、こんなところに有名人が来るなんて滅多にないしぃ」
「お忍びで来てるんだよ!」


 あまりにもリテラシーがなさ過ぎる行動に、叫び声が止まらない。すっかり忘れていたが、ここは道で転んだ程度のことですら秒速で広まっていく田舎なのだ。両親にしっかりと釘を刺すのを忘れていた自分が悪い。

 保が頭を抱えていると、まあまあとばかりに藍人が肩を軽く叩いてきた。


「僕としては、保さんのご親族に会えるのは嬉しいことだから」


 フォローするように言うと、藍人は伯父一家に向き直って、正座のままピンと背筋を伸ばした。


「初めまして、清水藍人と申します。今後とも、どうかよろしくお願いいたします」


 丁寧に挨拶して、藍人が深々と頭を下げる。その姿を見て、伯父一家は感嘆したように、はぁ~、と声を漏らした。


「これはこれは、ご丁寧に有り難いなぁ」
「顔がええだけじゃなくて、中身までしっかりしとるんねぇ」
「ヤバいヤバい、あと三秒以上、顔見たら好きになっちゃう。夫捨てて、推し活に命捧げちゃう」
「お前は今すぐ家に帰れッ!」


 伯父一家の会話を半ば呆然と聞いていると、ウキウキした足取りで父が戻ってきた。その手には家族のアルバムと一升瓶が持たれている。


「あれぇ、コウちゃん来てたの?」


 のんきな声で、父が言う。ちなみに、コウちゃんというのは伯父のことだ。

 父が日本酒を持っているのを見ると、伯父はギラリと目を輝かせて声高らかに宣言した。


「よぉし、親戚一同で清水さんを歓迎すっぞ!」


 そう伯父が叫んだ瞬間、飲める理由があるなら何でもいいとばかりに酒好き共が「オー!」と声を揃えて片腕を振り上げた。藍人は何が起きるのか理解していないのか、みなを眺めてにこにこと楽しげに笑っている。

 これから始まるであろうカオスな宴会を予想して、保は机の端っこに額を押し付けてうめき声を漏らした。
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