【書籍化決定/完結】カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!

野原 耳子

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第四章

25 あなたは星みたい

 
 桐山の姿が見えなくなると、隣に立つ藍人の身体からふっと力が抜けるのを感じた。保の肩を抱いたまま、藍人が顔を覗き込んでくる。その表情には先ほどまでの剣呑さはなく、泣き出す直前のように歪んでいた。


「大丈夫? 来るのが遅くなってごめんね。僕のせいでひどいことを言われて、本当にごめん」


 何度も謝りながら、何もされてないか確かめるみたいに藍人がパタパタと保の身体を触ってくる。その優しい掌の感触にも、じわじわと体温が上がっていくの感じた。不思議なくらい体温の上昇が止まらず、全身の毛穴から汗が滲んで止まらない。


「保さん?」


 何も答えない保に向かって、藍人が怪訝そうな声を漏らす。保は、ぼんやりと藍人の顔を見返した。何だか世界と自分との間に透明な膜が張られたみたいに感覚が遠ざかって、すべてが薄ぼやけて見える。何か喋らなければと思うのに、唇がちっとも動かなかった。

 そのとき、鼻からどろりと何かが溢れ出した。鼻の下を、生ぬるい液体が伝っていく感触がする。藍人が目を見開いて、強張った声をあげた。


「保さん、鼻血が……」


 そう言われて、初めて自分が鼻血を出していると分かった。のろのろと手の甲で鼻を拭おうとすると、すぐに藍人に手首を掴まれた。代わりのように、藍人がポケットから取り出したハンカチを、保の鼻下に押し付けてくる。

 心配したように藍人が保の顔を覗き込んでくる。直後、焦点のぶれた保の目を見て、藍人が息を呑むのが見えた。


「抑制剤は持ってる?」


 抑制剤? 抑制剤って何だっけ? と回転が遅くなった脳味噌が繰り返す。それがオメガのヒート(発情期)の抑制剤のことだと理解した瞬間、反射的に笑いそうになった。

 だって、今までヒートが来ても微熱ぐらいしか出なかったし、性衝動に襲われることだってなかった。自分は、限りなくベータに近いオメガなのだから。だから今だって、きっと風邪を引いて、急速に高熱を出しているだけなのだ。朦朧とした頭の中で、そんな現実味のないことを考える。

 だが、鼻に押し付けられた藍人のハンカチの匂いを嗅いだ瞬間、微電流のようなものが全身に走って、膝から力が抜けた。ガクッと膝を折る保を、藍人が慌てた様子で支えてくる。だが、同時に藍人自身も眩暈を覚えたように、頭を左右に揺らした。


「フェロモンが、溢れ出してる」


 片腕で自身の鼻を押さえながら、藍人がうめくように呟く。藍人は警戒するように左右を見渡した直後、手早く自身のジャケットを脱いだ。それを保の頭からふわっと被せてくる。途端、ジャケットから藍人の深いフェロモンの香りが立ち上ってきて、頭の芯がとろけていくのが分かった。

 完全に力の抜けた保の身体を、藍人が一気に抱き上げてくる。そのまま、藍人は大股で歩き出した。


「ごめん、ヒートが起こったのは、きっと僕がアルファのフェロモンを浴びせたせいだ。すぐに安全な場所に連れていくから」


 言い聞かせるように告げられるが、高熱に浮かされた脳味噌では言葉の意味をかみ砕くことができず、右から左へとただ流れていくだけだ。

 保はジャケットの下で、生地に顔を押し付けたまま甘い香りに浸った。藍人の匂いに全身を包まれると、眩暈がするぐらいの幸福感を覚える。


 ――この人が俺の運命だ。


 初めてテレビで藍人を見たときに思った言葉が、脳裏をよぎる。


 ――俺のアルファ。俺だけのアルファ。


 独占欲を滲ませた言葉が、脳内をぐるぐると回り続ける。そう思う度に、下腹に熱く疼くような感覚が広がっていく。まるで小さな生き物でもいるみたいに、腹の奥が、どくん、どくん、と小さく胎動している。

 熱に浮かされて朦朧(もうろう)としている間に、気付いたら白い部屋に連れ込まれていた。柔らかなベッドに身体を下ろされて、虚ろな眼差しで天井を見上げる。ぼやけた視界に映る室内を見ると、どこかのホテルの一室のようだった。


「少し待ってて。すぐに抑制剤を持ってくるから」


 早口で言うなり、藍人が身を翻(ひるがえ)して部屋を出て行こうとする。その姿を見た瞬間、保は反射的に上半身を起こして、その腕を掴んでいた。自分の掌も熱いが、藍人の腕も火傷しそうなぐらい熱い。

 視線を上げると、真っ赤に染まった藍人の顔が見えた。困ったように垂れ下がった瞳は、見るからに潤んでいる。


「離して、保さん」


 懇願するような口調で言う。それでも離さずにいると、藍人が片手で自身の額を押さえた。


「僕も限界なんだ。このままだと無理やり襲って、番(つがい)にしちゃうから」


 そう言い放つ藍人が苦しげに奥歯を噛み締めているのが、強張った頬から伝わってくる。

 今すぐ目の前のオメガに噛み付いて番にしたい衝動を必死に堪えているのだと分かった瞬間、身体を内側から押し広げるような幸福感を覚えた。大量のドーパミンが放出されて、頭がふわふわして、全身がプリンにでもなったみたいにぐにゃぐにゃになっていく。

 追い縋るみたいに両手で藍人の腕を掴むと、保は自分でも驚くほどハッキリとした声で言った。


「番にして」


 そう告げた途端、藍人が硬直した。だが、その直後、下がっていた目尻が一気に尖っていく。餓えた獣が数日ぶりの獲物を見据えているような、そんな鋭い眼差しだ。


「意味を分かって言ってる?」


 苛立ったように訊ねてくる声に、うわごとみたいに返す。


「藍人さんと、番になりたい」


 自分でそう口に出した瞬間、不意に分かった。


 ――俺は、この人が好きだ。


 ずっとそれを自覚してはいけないと思ってた。一生報われることがない、いつか無残に散るだけの恋だと思っていたから。

 だけど、狡猾なようで本当は愚直で、強いようでいて実は臆病で、不器用なぐらいまっすぐ愛情を捧げてくれるこの人を、どうやったら好きにならずにいられたのだろう。たとえ運命の相手でなかったとしても、きっと自分は藍人に恋していた。今、それがはっきりと分かった。

 自覚した恋心に、目が勝手に潤んでいく。唇がかすかに震えて、言葉を吐き出す。


「あなたは、星みたいだ」


 空高くで輝く星に、今必死に手を伸ばしている。その愚かな手を、どうか掴んで欲しかった。

 涙で潤んだ瞳で藍人を見上げて、保は懇願するように囁いた。


「俺を、噛んで」


 そう告げた瞬間、右肩を強く掴まれた。声をあげる間もなく、背中をベッドへと押し付けられる。同時に、唇に噛み付くようにキスされた。熱い呼気とともに、ぬるりと舌が咥内に潜り込んでくる。初めて感じる藍人の舌の感触に、歓喜したように心臓がバクバクと大きく跳ねる。

 保は無我夢中で両腕を伸ばすと、藍人の首に回した。ぴったりと身体を重ねたまま、互いの舌を必死に絡ませ合う。唾液が混ざり合って、蠢く舌の間で淫靡な水音を立てる。ザラザラとした舌の腹を擦り合わせると、その部分から痺れるような感覚が脳に走った。


「ぅ、ん、ん、んぅ……」


 唇の隙間から鼻がかった声を漏らしていると、不意に藍人の両手が保の腰骨を鷲掴んだ。強く食い込んでくる指先を感じた瞬間、電流が走ったように全身が大きく跳ねた。


「ンンッ!」


 軽く絶頂したみたいに身体がビクビクと小さく痙攣する。そこが弱いと分かったのか、藍人の両手が、緩やかに、だが強く、腰骨を揉み込んできた。腰骨に指が食い込む度に、腰が跳ねて、後孔から愛液がとぷりと溢れてくる。
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