【書籍化決定/完結】カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!

野原 耳子

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第六章

36 周囲の反応

 
 参席者の激しい拍手とともに生放送が終わると、保は周りから声をかけられる前に、素早く会場後方の暗幕へと向かった。会場を突っ切っていくときも、観客の方から好奇に満ちた声が聞こえてくる。


「あっ、あの人!」
「さっき藍人にプロポーズされてた人だよね」


 スマホを向けられる前に、保は深くうつむいたまま暗幕の中へと駆け込んだ。だが、暗幕に入った途端、今度は見知ったスタッフたちが周りを取り囲んでくる。


「芦名くん、すごいね! 本当にすごいよっ!」
「あんなのテレビ業界の歴史に残るプロポーズだよ!」
「清水さんとは前から付き合ってたのっ? というか、二人が運命って本当!?」


 四方八方から矢継ぎ早に質問が投げられる。ぎゅうぎゅうと詰め寄ってくるスタッフたちに、保は目を白黒させながら口を上下させた。


「あっ、あの、まずは、す、すいませ――」


 ひとまず謝罪しようとするが、周りの声に掻き消されてしまう。保が揉みくちゃになっていると、不意に鋭い声が響いた。


「芦名ァ!」


 足下から轟くような声に、反射的にピンと背筋が伸びる。一斉に静まり返ったスタッフたちの間から、顰めっ面をした鬼村がドスドスと足音を立てて現れた。

 目の前に仁王立ちする鬼村の姿に、咽喉がごくりと鈍く上下する。保は大きく息を吸い込むと、深々と頭を下げた。


「勝手なことをして、本当に申し訳ございませんでした。カメラマンの責務を放棄して、私情を優先してしまいました。すべては俺の責任です。どのような処分でも受け入れます」


 床を見つめたまま、ひたすら謝罪を述べる。だが、返答は聞こえて来なかった。

 息苦しいほどの沈黙の後、ぽんと肩を軽く叩かれる。恐る恐る顔を上げると、困ったように笑う鬼村の表情が見えた。


「最高の瞬間を、撮り逃がさなかったな」


 意外なほど柔らかな鬼村の声に、胸から感情がせり上がってくる。保が目尻に滲む涙を拳で拭っていると、鬼村は元気づけるように背中をバシッと強く叩いてきた。


「お前が撮ったところが間違いなく最高視聴率だぞッ!」


 鬼村が勢い込んだ声で言うと、周りにいるスタッフたちは大きな歓声をあげた。


「もしかして、うちの局の歴代視聴率を塗り替えたんじゃない?」
「またボーナスあがるかな?」
「絶対にあがるよ! というか、臨時ボーナスが出るかも!」


 スタッフたちがキャアキャアと楽しげに言葉を交わしている。だが、ふと誰かがこう叫んだ。


「芦名くん、おめでとう!」


 その声を皮切りに、次々と皆が「おめでとう!」「幸せになってね!」と言い出す。

 周りから祝福の声ばかりが聞こえてくることに、保はとうとう堪え切れずに涙をほろりと零した。片手で目元を覆ったまま、掠れた声を漏らす。


「あ、りがとうございます……」


 涙声でお礼を言う保の背を、鬼村がまた叩いてくる。だが、その手付きは先ほどと違って、小さな子供をなだめるみたいに優しかった。







 藍人は授賞式後も、インタビューなどの仕事が残っているようだった。

 機材等の片付けが終わると、保は猿渡の案内の元、授賞式会場であるホテル上階にある客室に通された。エレベーターに乗って最上階のボタンを押されたときに何となく嫌な予感はしていたが、案の定、用意されていた客室はスイートルームだった。

 都内を一望できる巨大な窓、子供十人は走り回れそうな広々としたリビングには、大豪邸でしか見たことがないL字型のソファが置かれている。

 保が唖然と部屋の中を見ていると、猿渡は「それでは頑張ってください」と意味深なことを言って、さっさと立ち去ってしまった。

 スイートルームに一人取り残されたまま、保はしばらく呆然と立ち尽くした。だが、流石に魂が抜けたままでいるわけにもいかず、よろよろと覚束なく動き出す。いくつかある扉を開いていくが、巨大なバスルームやキングサイズのベッドを見て、すぐに閉じた。

 何もすることがなくて大きなソファに腰掛けて、気を紛らわすためにテレビをつける。途端、六十インチはありそうなテレビにでかでかと藍人の顔が映って、保は「おわぁっ!」と大声をあげてしまった。


『俳優の清水藍人さんが、日本アカデミー賞の生放送中に公開プロポーズを行いました。お相手は、テレビ局の男性カメラマンで――』


 先ほど保が撮った藍人の映像とともに、アナウンサーの弾んだ声が聞こえてくる。その言葉の続きを聞く前に、保はテレビの電源を落としていた。全身が燃えるように熱くて、まるでサウナにでも入った後みたいに大量発汗しているのを感じる。


「は……早すぎないか……?」


 生放送は数時間前のことだ。それなのに、すでに今夜のニュースで藍人のプロポーズのことが流されているとは。

 急いた手付きで、ポケットからスマホを取り出す。SNSのトレンド欄を見ると、予想通り上位は『#清水藍人』やら『#公開プロポーズ』といったワードで埋め尽くされていた。

 ごくりと生唾を呑み込みながら、恐る恐る上位のコメントを眺めていく。


『藍人の公開プロポーズ最高すぎ! 乙女が憧れるプロポーズをぜんぶ見せてくれた!』
『テレビのまえで発狂するかと思った! 人生で一番感動して、まだ涙とまんない!』
『ガチ恋寄りだったから藍人くんが女優と付き合ったら舌噛んで死ぬって思ってたけど、今回のプロポーズ見たら、なんかすんなり受けとめられた。藍人くんが幸せなら、それでいいって思えた。あたしはこれからも藍人くんを応援する』


 並んでいるコメントを見て、息がほっと漏れた。もちろん悪いコメントがまったくないわけではないが、上位には好意的なコメントが多く並んでいる。視聴者同士がレスポンスし合っている様子も見て取れた。


『というか、たぶん相手って、前に雑誌に撮られてたカメラマンだよね? 藍人が『逃げないで』って言ってたから、もしかして一回別れたのかな……?』
『そりゃあんな記事書かれたら、一般人は身を引こうとするでしょ』
『カメラマンくん、かわいそ……』
『てか、あのクソ記事書いた記者を手引きしたのが桐山蓮華って知ってた?』
『何それ どこ情報』
『ついさっき暴露系の配信者が、桐山から記者宛てに送られたDMをゲットして公開してたよ。URLこれ↓』
『うわ……えげつな。カメラマンに殴られるフリをするから写真撮れとか指示してるじゃん。しかも、その後に藍人に抱き着くから、そこも撮って熱愛報道として流せとかも書いてるしキモッ』
『清純派女優どころか腹黒派女優じゃん』
『もう女優でもなくなるだろ 桐山蓮華オワタ』
『そういえば、ミミリンのコメント見た?』


 そこまで読んだところで、保は怖くなってスレッドを消した。まさか桐山の企(たくら)みまで、流出しているとは思ってもいなかった。なんだかネットの恐ろしさに触れた気がして、ドクドクと鼓動が跳ね上がる。

 それでも、最後に見た『ミミリンのコメント』という一文を思い出して、ビクつきながらも道川ミリで検索をかけてみる。

 道川ミリのSNSを開くと、一番上の記事に指ハートを作ったミミリンの写真があげられていた。その写真と一緒に載せられたミミリンのコメントを見て、ギョッと目を剥く。


『藍人さんとカメラマンくん、ご婚約? ご結婚? おめでとうございます~!
去年三月のクイズ番組で出会ったときから、二人はぜったいぜったいに【運命】だって思ってました~!
ミミリンは【運命の二人】を全力で応援しま~す!』


「なっ……何を書いとるんじゃ!」


 思わず引き攣ったツッコミが溢れた。

 しっかりと『去年三月の生放送クイズ』と明確に書いている辺りが確信犯だと思う。しかも、良いのか悪いのかミミリンのフォロワー数はかなり多い。そのせいで、ミミリンが書いた記事は凄まじい勢いで拡散されていた。


『ミミリンも出てた去年三月のクイズ番組って、あの【メロ藍人事件】が起こったときの生放送だよね!?』
『そこから藍人がめちゃくちゃメロくなって、運命に出会ったんじゃないか? って噂になってたけど、あのとき藍人を映したカメラマンが運命だったってこと!?』
『そういえば、あの生放送のときも藍人が一瞬固まったあとに「君が僕の運命だ」って言ってたけど、あれって番宣じゃなくて、本当に運命の相手を見つけて言ってたってことなの!?』
『ヤバい! マジでロマンチックすぎる!』


 メロ藍人事件のときの動画も再掲されて、皆の考察がどんどん膨らんでいく。

 ミミリンの記事の引用数が一万を超えるのが見えた瞬間に、保はスマホを裏返しにしてローテーブルに置いた。


 ――ダメだ、これ以上何か見たらキャパオーバーで脳味噌が爆発する。


 ソファにもたれかかって、ふー、と大きく息を吐き出す。そのまま目を閉じると、一気に疲労が全身に満ちてきた。今日は色々と起こったせいで、頭がくらくらする。未だにこれが現実なのか、それとも夢を見ているのかが分からない。

 目を閉じていると、意識が徐々に暗闇へと吸い込まれていった。







 引いては寄せてくる細波みたいに、柔らかな笑い声が聞こえてくる。

 くすくすという笑い声が鼓膜をかすかに震わせて、少しずつ意識が暗闇から戻ってきた。


「たーもつさん」


 甘えるような声とともに、唇に柔らかな感触が広がった。ぷちゅ、と小さな音を立てて触れた後、ちゅ、ちゅ、と何度も繰り返し唇をついばんでくる。

 は、と息を吐き出すと同時に、唇の隙間から温かくぬるついたものが潜り込んできた。舌先をぬるぬると擦られる感触がくすぐったくて、鼻がかった声が漏れる。


「ふ、ぁ……あ?」


 パチッと目を開くと、鼻先が触れ合う距離に凄まじく美しい男がいた。
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