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ラストチャンスで、セミとして転生した俺。
セミというのはなんとも孤独な生物である。何しろ土の中での生活が年単位で続く。
掃いて捨てるほどある時間を利用して、俺は挿入のイメージトレーニングに余念がなかった。
イメトレと共に脱皮を繰り返すこと四回、ついに迎えた五回目の初夏、俺は期待に胸部を膨らませ地上へと土を掘り進めた。
土から顔を出し見渡せば、ところどころに細く陽の差し込む森林の中だ。久々の地上にテンションも上がる。この勢いで目標達成といきたいものである。俺は樹の上で最後の脱皮を行い、用意は整った。
さぁ今世が最後の挿入チャンス。枝に逆さまにとまり、さっそく腹を震わせ鳴いてみる。
「ジーーーーー」という長く伸びる音が出た。
「ミンミン」とか「ツクツクホーーシ」とかメジャーなセミの鳴き声を想像していたから、自分の出した音に少し拍子抜けしてしまう。
えっと、「ジージー」だけどアブラゼミともなんか違うみたいだし……一体俺は何者なんだ?
とりあえず鳴いていると、俺のとまる樹の下を、虫取り網を手にした少年が二人通りかかった。歳上らしい方が言う。
「背中にW型の模様があって『ジーーーーッ』と長く鳴くのはエゾゼミだけど、これは小型だからコエゾゼミだね」
コエゾゼミ? 何それ聞いたことない……なんでまたマイナーなセミをチョイスしたの? 「お前が表舞台に立つことなど絶対にない」なんて、そこはかとない神の嫌がらせを感じるのは気のせいだろうか。
少年たちは俺に向かって網を叩きつけてきたので、飛び立つ瞬間にションベンを引っかけてやった。ガキンチョは「わぁっ!」と悲鳴を上げ逃げて行った。ザマーミロ。
とにかく鳴くんだ! メスを呼ぶことだけを念頭に俺は鳴きに鳴いた。特に午前中は休む間もなく鳴いたが、待てど暮らせどメスはやって来ない。
三日間鳴き通したが効果がないので、仕方なく自分からメスの元に飛び込んでいこうと決めた。セミになっても相変わらずのコミュ障だが、鳴くだけなら何とかできそうだ。
樹々の間を飛び回りキョロキョロと偵察していると、いた。背中にWの模様のある小ぶりのセミだ。
メスの隣にとまり、まずは繊細な鳴き方で試してみる。いきなり大音量で鳴くのはデリカシーがないと嫌われるかもしれない。
「……ジーーーーーッ」
しかし返ってきたのはつれないセリフだった。
「そんな蚊の鳴くような声のオスなんてお呼びじゃないの」
「ジーーーーー!!!!」
ならばと思いっきり鳴いてみる。
「うるさい!」
じゃあどうしろっていうんだよ!!
「チッこんな神経質なメスは無視だ無視! 虫だけに!」
「冗談のセンスもないオスなんて願い下げよ」
メスゼミはそう言って頭部を俺の反対側に向けた。可愛げのないメスだが、すぐに立ち去るのも悔しい。俺はもう少し粘ってみることにした。
普通の鳴き方がダメなら、創意工夫を凝らすのみ。ちょいとひねった鳴き方で他のオスとの差別化を図るべし。
「ジッジジ! ジジジ! ジッジ!」
まずは笑◯のテーマ。笑いのわかる男を演出!
「ふざけ過ぎ」
「ジジジジジッ! ジジジジジッ! ジジジジジッジッ! ジジジジジッ!」
次に世にも奇◯な物語のオープニング。ミステリアスな男はどうだ?!
「不気味」
「ジジジジッ! ジジジジッ! ジージー!」
火曜サスペ◯ス劇場のCMに入る時の効果音。吊り橋効果で両思いを狙え!
「事故に見せかけて殺されそう」
「ジジンジジンジジン……ジジンジジンジジン……」
ならばターミ◯ーターのテーマ。ハードボイルドな雰囲気でキメる!
「親指立てて溶鉱炉に沈んでいきそう」
さまざまな鳴き方を試みるも評価は散々。このメスはダメだ。俺は諦めて次のメスを探した。
ところが。
ちっぽけな脳みそを振り絞り考案した鳴き方、例えばクラシカル、ラップ調、長唄風と、さまざまに趣向を凝らすも一匹も振り向いてくれない。
下等生物のクセに選り好みしてんじゃねぇよ!
単なる虫に過ぎないセミだって、鳴くだけで挿入できるとは限らないなんて。予想外のことに俺は焦った。
なんの成果もないまま地上に出て二週間が過ぎた。次第に体力が無くなってくる。幹にしがみつくのもやっとのことだし、鳴くのに腹を震わせるのも長時間はしんどい。
死期が近いのだと悟った。
そこへ森林浴にでも来たのだろう、大きいのは中学生くらいから小さいのは赤ん坊まで、七人の子どもを連れた美女と野獣カップルが通りかかった。
なんで俺の行く先々に現れるんだよ!
「ねぇヨッくん知ってる? セミのオスの四割弱は交尾できないまま一生を終えるんだって!」
え……ユッコそれマジ?!
「じゃあメスの四割も産卵しないってこと?」
ユッコの衝撃発言に固まっていると、ヨッ君がこう聞いた。
「違う違う。一匹で数匹のメスと交尾するオスがいるってことよ」
「へぇ、なんだか人間みたいだね。ま、俺は一生ユッコちゃん一人とだけ添い遂げるんだけどさぁぁ~~~~!!」
「好き!!!」
なんか始まった!
ムカついたので最後の力を振り絞ってヨッ君の頭にションベンをかけてやったら、
「さすがヨッ君! 水も滴るいい男!」
逆に喜ばれてしまった。
「無念のまま死んでゆくオスゼミ達のためにも、俺たちはまだまだ子どもをつくろうねユッコちゃん!」
「大好き!!!!!」
ますます熱々っぷりに拍車がかかるバカップル。なんなんだよコイツらは向こうでやってくんねぇかなぁ!!
渾身のツッコミを最後に俺はとうとう力尽き、地面に落ちてひっくり返った。外骨格を通して大地の温かさが伝わってくる。
体を返そうと足を動かすも、這いずり回るように円を描くことしかできない。見えるのは昨冬に積もったらしい大量の落ち葉だけ。
俺は死ぬ間際に空さえ仰げないのか……。
もはや、どうすることもできない。観念してそれっぽい辞世の句を詠むことにした。
「ジジジジジ ジジジジジジジ」
願わくば 挿入果たして我死なん
「ジジジジ……ジジジ ジ……ジ……ジジジ……」
我を抱くは 大地ばかり也
少し字余り──
暗転。
✳︎
セミとして死んだ時のようにひっくり返った格好で、また俺は人間の姿で白い部屋にいた。
三回目の再会ともなると、いい加減このシチュエーションにも飽きてくる。が、もう二度とここに来ることはないのかと名残惜しく思う……ハズはなかった。
「お前が交尾できる方のオスゼミのわけないだろ!」
目の前にあぐらをかく神は、ご飯を三杯はおかわりできそうな勢いの笑みを浮かべている。
「クソがっ!!」
俺は固い床を拳で打った。
「言っとくがさっきのが決勝戦だからな、間違っても準決勝じゃないぞ! セミだったけど!」
神はこの世で最もくだらないと思われるセリフをドヤ顔でのたまい、顎が外れるくらい大笑いした後、フーーッと長い息を吐いた。それから、これまでとは一転して雪の日の捨て猫を見るような眼差しで俺を見た。
「可哀想になぁ……チャンスを全てふいにするとは。ここまで上手くいかないヤツは珍しい。お前才能あるよ。誇っていいぞ」
何故だろう。思いっきり笑われるより腹立つ。
「でもこれでわかったろ? お前はあの時死んでなくても、どうあがいても挿入を果たせずにろくでもない一生を送ったに違いないんだ。むしろ死んどいて良かったくらいだ」
諭すようにゆっくりと神は言う。
「諦めて来世に期待するんだな。可哀想だからあの世への案内役を美人のチャンネーにしてやる」
薄汚い作業着のポケットからスマホを取り出し操作している。電話でもかけるのだろう。
こうなったらヤケクソだ。俺はスックと立ち上がる。
「今の俺はまだ死んでないってことだよな? となるとチャンスは消えたわけじゃない」
「だからさっきも言った通り──」
スマホを耳に当てて神は言いかけるが、俺はそれを遮った。
「だいたいよぉ、テメェの息子が俺をひき殺したのが悪いんだよ。製造物責任法って知ってるか?」
神の顔がひきつる。一歩近づくと、スマホが床に落ちゴトリと音を立てた。
「もう穴だったら何でも良いんだよ……ほら……目の前にも一つあるだろ? 立派な穴が」
神の目に初めて怯えの色が浮かんだ。
「お前……地獄に堕ちるぞ!」
「地獄が怖くて挿入ができるか!!」
さらに神へとにじり寄る。
「童貞男の恨み、とくと知れ!!!」
「ギィヤァアァアアアアーーーーッ!!!」
神の悲鳴が白い密室に汚く響いた。
完
セミというのはなんとも孤独な生物である。何しろ土の中での生活が年単位で続く。
掃いて捨てるほどある時間を利用して、俺は挿入のイメージトレーニングに余念がなかった。
イメトレと共に脱皮を繰り返すこと四回、ついに迎えた五回目の初夏、俺は期待に胸部を膨らませ地上へと土を掘り進めた。
土から顔を出し見渡せば、ところどころに細く陽の差し込む森林の中だ。久々の地上にテンションも上がる。この勢いで目標達成といきたいものである。俺は樹の上で最後の脱皮を行い、用意は整った。
さぁ今世が最後の挿入チャンス。枝に逆さまにとまり、さっそく腹を震わせ鳴いてみる。
「ジーーーーー」という長く伸びる音が出た。
「ミンミン」とか「ツクツクホーーシ」とかメジャーなセミの鳴き声を想像していたから、自分の出した音に少し拍子抜けしてしまう。
えっと、「ジージー」だけどアブラゼミともなんか違うみたいだし……一体俺は何者なんだ?
とりあえず鳴いていると、俺のとまる樹の下を、虫取り網を手にした少年が二人通りかかった。歳上らしい方が言う。
「背中にW型の模様があって『ジーーーーッ』と長く鳴くのはエゾゼミだけど、これは小型だからコエゾゼミだね」
コエゾゼミ? 何それ聞いたことない……なんでまたマイナーなセミをチョイスしたの? 「お前が表舞台に立つことなど絶対にない」なんて、そこはかとない神の嫌がらせを感じるのは気のせいだろうか。
少年たちは俺に向かって網を叩きつけてきたので、飛び立つ瞬間にションベンを引っかけてやった。ガキンチョは「わぁっ!」と悲鳴を上げ逃げて行った。ザマーミロ。
とにかく鳴くんだ! メスを呼ぶことだけを念頭に俺は鳴きに鳴いた。特に午前中は休む間もなく鳴いたが、待てど暮らせどメスはやって来ない。
三日間鳴き通したが効果がないので、仕方なく自分からメスの元に飛び込んでいこうと決めた。セミになっても相変わらずのコミュ障だが、鳴くだけなら何とかできそうだ。
樹々の間を飛び回りキョロキョロと偵察していると、いた。背中にWの模様のある小ぶりのセミだ。
メスの隣にとまり、まずは繊細な鳴き方で試してみる。いきなり大音量で鳴くのはデリカシーがないと嫌われるかもしれない。
「……ジーーーーーッ」
しかし返ってきたのはつれないセリフだった。
「そんな蚊の鳴くような声のオスなんてお呼びじゃないの」
「ジーーーーー!!!!」
ならばと思いっきり鳴いてみる。
「うるさい!」
じゃあどうしろっていうんだよ!!
「チッこんな神経質なメスは無視だ無視! 虫だけに!」
「冗談のセンスもないオスなんて願い下げよ」
メスゼミはそう言って頭部を俺の反対側に向けた。可愛げのないメスだが、すぐに立ち去るのも悔しい。俺はもう少し粘ってみることにした。
普通の鳴き方がダメなら、創意工夫を凝らすのみ。ちょいとひねった鳴き方で他のオスとの差別化を図るべし。
「ジッジジ! ジジジ! ジッジ!」
まずは笑◯のテーマ。笑いのわかる男を演出!
「ふざけ過ぎ」
「ジジジジジッ! ジジジジジッ! ジジジジジッジッ! ジジジジジッ!」
次に世にも奇◯な物語のオープニング。ミステリアスな男はどうだ?!
「不気味」
「ジジジジッ! ジジジジッ! ジージー!」
火曜サスペ◯ス劇場のCMに入る時の効果音。吊り橋効果で両思いを狙え!
「事故に見せかけて殺されそう」
「ジジンジジンジジン……ジジンジジンジジン……」
ならばターミ◯ーターのテーマ。ハードボイルドな雰囲気でキメる!
「親指立てて溶鉱炉に沈んでいきそう」
さまざまな鳴き方を試みるも評価は散々。このメスはダメだ。俺は諦めて次のメスを探した。
ところが。
ちっぽけな脳みそを振り絞り考案した鳴き方、例えばクラシカル、ラップ調、長唄風と、さまざまに趣向を凝らすも一匹も振り向いてくれない。
下等生物のクセに選り好みしてんじゃねぇよ!
単なる虫に過ぎないセミだって、鳴くだけで挿入できるとは限らないなんて。予想外のことに俺は焦った。
なんの成果もないまま地上に出て二週間が過ぎた。次第に体力が無くなってくる。幹にしがみつくのもやっとのことだし、鳴くのに腹を震わせるのも長時間はしんどい。
死期が近いのだと悟った。
そこへ森林浴にでも来たのだろう、大きいのは中学生くらいから小さいのは赤ん坊まで、七人の子どもを連れた美女と野獣カップルが通りかかった。
なんで俺の行く先々に現れるんだよ!
「ねぇヨッくん知ってる? セミのオスの四割弱は交尾できないまま一生を終えるんだって!」
え……ユッコそれマジ?!
「じゃあメスの四割も産卵しないってこと?」
ユッコの衝撃発言に固まっていると、ヨッ君がこう聞いた。
「違う違う。一匹で数匹のメスと交尾するオスがいるってことよ」
「へぇ、なんだか人間みたいだね。ま、俺は一生ユッコちゃん一人とだけ添い遂げるんだけどさぁぁ~~~~!!」
「好き!!!」
なんか始まった!
ムカついたので最後の力を振り絞ってヨッ君の頭にションベンをかけてやったら、
「さすがヨッ君! 水も滴るいい男!」
逆に喜ばれてしまった。
「無念のまま死んでゆくオスゼミ達のためにも、俺たちはまだまだ子どもをつくろうねユッコちゃん!」
「大好き!!!!!」
ますます熱々っぷりに拍車がかかるバカップル。なんなんだよコイツらは向こうでやってくんねぇかなぁ!!
渾身のツッコミを最後に俺はとうとう力尽き、地面に落ちてひっくり返った。外骨格を通して大地の温かさが伝わってくる。
体を返そうと足を動かすも、這いずり回るように円を描くことしかできない。見えるのは昨冬に積もったらしい大量の落ち葉だけ。
俺は死ぬ間際に空さえ仰げないのか……。
もはや、どうすることもできない。観念してそれっぽい辞世の句を詠むことにした。
「ジジジジジ ジジジジジジジ」
願わくば 挿入果たして我死なん
「ジジジジ……ジジジ ジ……ジ……ジジジ……」
我を抱くは 大地ばかり也
少し字余り──
暗転。
✳︎
セミとして死んだ時のようにひっくり返った格好で、また俺は人間の姿で白い部屋にいた。
三回目の再会ともなると、いい加減このシチュエーションにも飽きてくる。が、もう二度とここに来ることはないのかと名残惜しく思う……ハズはなかった。
「お前が交尾できる方のオスゼミのわけないだろ!」
目の前にあぐらをかく神は、ご飯を三杯はおかわりできそうな勢いの笑みを浮かべている。
「クソがっ!!」
俺は固い床を拳で打った。
「言っとくがさっきのが決勝戦だからな、間違っても準決勝じゃないぞ! セミだったけど!」
神はこの世で最もくだらないと思われるセリフをドヤ顔でのたまい、顎が外れるくらい大笑いした後、フーーッと長い息を吐いた。それから、これまでとは一転して雪の日の捨て猫を見るような眼差しで俺を見た。
「可哀想になぁ……チャンスを全てふいにするとは。ここまで上手くいかないヤツは珍しい。お前才能あるよ。誇っていいぞ」
何故だろう。思いっきり笑われるより腹立つ。
「でもこれでわかったろ? お前はあの時死んでなくても、どうあがいても挿入を果たせずにろくでもない一生を送ったに違いないんだ。むしろ死んどいて良かったくらいだ」
諭すようにゆっくりと神は言う。
「諦めて来世に期待するんだな。可哀想だからあの世への案内役を美人のチャンネーにしてやる」
薄汚い作業着のポケットからスマホを取り出し操作している。電話でもかけるのだろう。
こうなったらヤケクソだ。俺はスックと立ち上がる。
「今の俺はまだ死んでないってことだよな? となるとチャンスは消えたわけじゃない」
「だからさっきも言った通り──」
スマホを耳に当てて神は言いかけるが、俺はそれを遮った。
「だいたいよぉ、テメェの息子が俺をひき殺したのが悪いんだよ。製造物責任法って知ってるか?」
神の顔がひきつる。一歩近づくと、スマホが床に落ちゴトリと音を立てた。
「もう穴だったら何でも良いんだよ……ほら……目の前にも一つあるだろ? 立派な穴が」
神の目に初めて怯えの色が浮かんだ。
「お前……地獄に堕ちるぞ!」
「地獄が怖くて挿入ができるか!!」
さらに神へとにじり寄る。
「童貞男の恨み、とくと知れ!!!」
「ギィヤァアァアアアアーーーーッ!!!」
神の悲鳴が白い密室に汚く響いた。
完
応援ありがとうございます!
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