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第2章 魔法のお菓子は甘くない?

第6話 お手並み拝見

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 アラメリゼが促すと、白うさぎは泣きそうになりながら、目をつむって、一切れのタルトを食べようとした――。
 ――けれど。
「シロップ、食べたくないなら、もらっていい?!」
 ぱくんっ。と、横から出てきたフィーが、いきなりその一切れを食べてしまって。
 それからフィーは手を伸ばして、白うさぎの皿から残りのタルトを奪って一口で食べてしまった。
「あっ……フィ、フィーさん、それは私のっ……」
 って、白うさぎは止めようとするけれど、既にごっくんと飲みこんでしまった後。
「えへへ、ごめんね、シロップ。ついつい、このタルトがおいしくって!」
 って、笑いながらポンポンとお腹を叩くフィー。
 カタカタ……と、わずかにアラメリゼのティーカップが震える。……余計な横槍を。フィーが。
 つまんない。
 もっともっといたぶって、遊んでやるつもりだったのに、つまんない。つまんないつまんないつまんないつまんない。
「……まあ良いわ。喜んでくれて何よりよ」
 決めた。この二人は、本当にいっぱいいっぱい恥をかかせて、いたぶっていたぶって、いっぱいいたぶって、みじめな気持ちにさせてから、お菓子に変えてやろう。お菓子にしてからも、いっぱいいじめて、ごめんなさいって言えば戻してあげるって騙して、謝ったらちゃんと人間に一回戻してあげて、でもやっぱり食べちゃおうって言って、またお菓子に変えて、裏切ってやろっと。
 それがいい、そうしよう!
 絶対にそうする。これはもう決めたことだもん。絶対に許してやらない。
 素晴らしいアイデアを思いつくとまた、気分が良くなってくる。アラメリゼって、天才かも。
「それじゃ、あなたたちも食べ終わったことだし」
 アラメリゼはすっと息を吸って、にやっと笑って二人に声を掛ける。ここからが、本番。
 一番のお楽しみ。
「早速、マジックを披露して貰おうかしら。あのステージの上でお願いね」
 そしてアラメリゼは、部屋の中に用意してある大きなステージを指さした。
「はっ、はいっ!」
 椅子から立ち上がる元気なフィーも、お姫様のアラメリゼの前でマジックをするのは緊張しているみたいで、声が上擦っていた。
「わ、分かりました………………」
 白うさぎも震えながら、腰を上げる。そう、それでいいの。
 生意気なマジシャンの、最後のマジックショー。
 勿論ラストは、自分自身がお菓子に変わっちゃう展開で決まり。なんて滑稽なんだろう!
「それじゃあ、準備をしますのでしばらくお待ち下さいね!」
 そう言ってフィーは三角帽子を被って、ステッキを振る。すると全身が煙に包まれて……地味な服装が一瞬で、ピンク色のパーティードレスへと変わった。
 ……ふん、あんな服、まさにうそつきマジシャンって感じで、安っぽい。
 それに、すぐに着替えるなんて魔法、召使いが着替えさせてくれるアラメリゼには必要ない。
 それからフィーはもう一回ステッキを振って、白うさぎの服をバニーガールのちょっと派手な服へと変えた。
「えへへ、今日も似合っているよ、うさぎさん!」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
 と、返事をする白うさぎはどうにか平静を保ってるけれど、浮かない顔をしてるのはバレバレだ。
 ふ~ん、どうやら、マジックショーもあんまり乗り気じゃないみたい……まあ、仕方ないわよね。あんな変な魔法使いと一緒なんだもの。フィーは気付いてないのかしら?
 それだったら白うさぎだけは、お菓子に変えずに、アラメリゼのペットにしてあげても良かったかも? 
 でも、もう、運命は変わらない。
「それでは……準備ができました!」
 フィーの声がする。ステージに上がって、こっちを不安そうに見る二人。
 そう来なくっちゃ。
「良いわ、始めて」
 素っ気なく返事をすると、フィーと白うさぎは目を合わせて。そして一緒のタイミングでお辞儀をした。
「こんにちは! 今日は、フィーとシロップのマジックショーに来てくれて、本当にありがとうございます!」
 とフィーが右手を挙げて、明るく挨拶をする。
「ど、どうぞ、ゆったりとご覧になって下さい……!」
 白うさぎは緊張を引きずったまま、どうにか空元気を振り絞ろうとしてる。顔色を伺う様に、ちらっとアラメリゼと視線が合う。ふふん、最初からこんなにちぐはぐで、先が思いやられるわ。
「ではでは、早速、最初のマジックに行ってみましょう! この、なんの変哲もない魔法のステッキを振るうと……」
 そしてフィーはドレスからピンクと白のストライプの柄の、短めのステッキを取り出してえいっと振った。
「じゃん! 何にもない所から、一人の女の子が出てきました!」
 ステージの上に突然、ショートカットの黒髪の、青色の服を着た女の子が一人現れた。
 ……。
「……それだけ?」
 『どこか』から人を召喚する魔法なんて、召使いがやってるのを何十回も何百回も見てるんだけど……? アラメリゼはこっそりと、背もたれとクッションの隙間に隠してあった、あるものに触れる。
「まさかまさか、マジックはここからですよ!」
 するとフィーは慌てるそぶりを見せることなく、ちっちと指を振って余裕の表情だ。
 ……まあ、そりゃそっか。あーあ、本当に召喚魔法だけだったら、すぐにケーキが食べられたのにな。
 がっかりしながら、豪華な椅子に頬杖をついて、再びあるもの――魔法のステッキを隙間にそっと差し込んだ。
 このステッキは勿論、ただのステッキじゃない。そもそもアラメリゼは、普段はステッキなんかに頼らなくても、ちゃんと凄い魔法を使えるんだから。
 これは、魔女っ子に魔法を掛ける時にしか使わない特別なステッキ。これを使えば、普通に魔法を掛けるよりも、もっともっとおいしくなるんだ。
「それでは、今度はこの子にとある魔法を掛けてみたいと思います!」
 さあ、どうやらここからが本番みたい。お手並み拝見ってところね。
「せーの……えいっ!」
 そしてフィーはもう一回、女の子に対して指を振るった。すると、ぽんっ!と、女の子はピンク色の煙に包まれて……だけど。
「変わってないわよ?」
 だけど煙に包まれた後も女の子は、ちっとも姿が変わることなく、きょろきょろとあちこちを見回している。
「ごほっ、ごほっ……何、今の、煙? それに、魔法って……??」
「くすっ。もしかして、失敗?」
 それなら早く、早く魔女っ子と獣人のケーキを食べちゃおう! アラメリゼは椅子から腰を上げて隠してたステッキを手に取ろうとして――。
「いえいえ、ちゃんと変わってますよ!」
 だけどフィーはここでも、フルフルと首を横に振る。何、この子。折角のチャンスだったのに……凄く生意気。
「? ……どういうことかしら?」
 と言いながらアラメリゼは一応、また椅子に腰を下ろしてフィーを睨んだ。アラメリゼは早く食べちゃいたいのに、おいしいケーキを。
「えへへ、これはですね……シロップ、あれをちょうだい!」
「は、はい……!」
 命じられて白うさぎは足元のトランクの中から、あるものを取り出した。
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