病弱な悪役令息兄様のバッドエンドは僕が全力で回避します!

松原硝子

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第二部 1章

<5話>

「弟が、なに?」
聞いたこともないほど低く冷たい、推しの声。俺の位置から表情は見えないが、背中からも怒りの気配は伝わってくる。ざわついていた周囲も水を打ったかのように静まり返った。
「ア、アシュリー様……!?」
エリザベルの声は震えている。「わ、わたくしは何も……! ルイスさんが突然ぶつかってきたのです!! そのせいでわたくしは転倒してしまって……そ、それなのに謝りもしないんです。これが、あの方の本性なのです!」
だがアシュリーの声はどこまでも冷ややかだ。
「……僕は大食堂に行くために、弟を迎えに来たんだ。声をかけようと思ったら、きみが勢いをつけて弟の背中めがけて突進していくところが見えた。弟からきみにぶつかったようには思えなかったけれど。だってルイスは前を向いて歩いていたんだから」
「アシュリー様っ! 恐れ多くも我が国10大名家の中でも2番目の高位のクロフォード家の直系のご令息のあなた様が、なぜこんな血筋もよくない連れ子の肩を――」
「その言い方はやめてくれないかな。不愉快だ」
エリザベス嬢に言葉を被せて、アシュリーがぴしゃりと言い放つ。背中から少し見える彼女の顔は、青を通り越して紙のように真っ白になっている。
アシュリーはぐるりと周囲を見回したあと、少し大きな声を出した。凛とした、高潔な声が静まり返った廊下に響き渡る。
「エリザベス・ブレイディ伯爵令嬢の言う通り、僕とルイスの血は繋がっていない。けれど我がクロフォード家にとっては、そんなことはまったく問題ない。ルイスの母上は僕と兄上にとっても大切な母で、ルイスも僕の大切な弟だ。愛する家族を侮辱することは、絶対に許さない」
「それにルイスの母上とクロフォード公爵家の結婚は国王や10大名家の当主も認めたものだ。そうでないと婚姻は結べないからな」
人垣をかき分けて出てきたレイが、アシュリーの左隣に立つ。
「俺にとって、ルイスは婚約者の弟だ。つまり将来は俺の弟にもなる存在だ。ルイスを貶めることはこのレイ・ヴァイオレットも許さない。もちろん、うちのアーノルドが騙されるなんてバカげたことを言うこともだ」
「さらにこのチビは俺の従兄弟でもある」
どこから現れたのか、ゆったりとした足取りでユーリがアシュリーの右隣に立った。
「そこの女。聞いたこともない家の出のようだが、一応聞くぞ。このチビを侮辱するということはクロフォード家とギレスベルガー家を侮辱することになる。もちろんその覚悟があっての言動だな。一緒にいる奴らも同じだ」
ユーリの声はどこか楽しそうに聞こえる。だが俺は知っている。ユーリはブチギレたときほど楽しそうに笑うのだ。
「あ、いえ……わたくしは……その」
エリザベス嬢が何かを言おうとした瞬間、彼女の取り巻きの女子の一人が叫ぶ。
「もっ、申し訳ございません……っ! エリザベスさんに協力しないならブレイディ伯爵に言いつけて、我が子爵家に罰を与えると脅されたのです!」
続いて、他の女子たちも次々とエリザベス嬢に無理矢理やらされたのだと話しだした。
静まり返っていた周囲が、またざわめきだす。
真っ赤になったエリザベス嬢は勢いよく立ち上がる。
「あ、あなたたち! 覚えていらっしゃい! このままで済むと思わないことよ!」
取り巻きだった女子たちに叫ぶと、足音を響かせてで立ち去った。
レイが見計らったようにパンッと手を打つ。
「俺たちは見世物じゃない。それに皆、ぼんやりしてるとランチタイムが終わってしまうぞ!」
その言葉で俺たちを取り囲んでいた生徒たちは、あっという間に散っていく。
やがて、その場にはアシュリーとレイ、ユーリとアーノルドの4人が残った。
(よかった。とりあえずはおさまった……んだよな?)
隣のアーノルドを横目で見ると、さっきよりはだいぶましな表情になっている。
ホッと胸を撫でおろしていると、ゆっくりと推しが振り返った。
「アシュリー兄さま、ありが――」
礼を言おうと口を開いた途端、推しに強く抱きしめられる。
「ルイス……」
胸に抱き込まれているので、アシュリーがどんな表情をしているのはわからない。
枯れたような囁きが耳元で聞こえた。
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