病弱な悪役令息兄様のバッドエンドは僕が全力で回避します!

松原硝子

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第二部 1章

<6話>

エリザベス嬢の事件起きた本日は金曜日である。
セントローズの生徒たちは月曜から金曜日までは寄宿舎で、週末は帰宅して家族と過ごすことがならわしになっている。
他国から来ていたり実家が遠方の生徒たちは週末も宿舎で過ごす。リエンツ帝国出身の生徒たちもほとんど宿舎に残るのだが、ユーリは僕らと一緒にクロフォード家に帰っている。

迎えに来た馬車の中はいつもと違ってとても静かだった。
俯いて、両手を膝の上で握りしめているアシュリーをチラリと見たユーリは、のんびりした声を出す。
「それにしても今日は騒がしい一日だったな」
「そ、そうですね!」
「おまえも疲れただろう。ま、今週はゆっくり休めよ」
めずらしくユーリがねぎらってくれた。
「なんだ、その顔は」
「いっ、いえ。あ、そういえば今日、ルーク先輩は僕らよりもかなり遅れて大食堂にきていましたよね。何かあったのですか?」
入学してからは人目もあるので、さすがに呼び捨てではまずい。ルークは「別にいいだろ」と嫌がっていたけれど、ルーク先輩と呼ぶようにしているのだ。
「心配ない。アイツは居残り勉強をさせられていただけだ」
「居残り!?」
「ああ。4限目で爆睡をかましてな。グラハムの歴史学の授業だったのが運の尽きだった」
セントローズで一番厳しいと恐れられているマイケル・グラハム先生。その授業で眠ってしまうとは、さすがルーク。
「罰としてあのバカはグラスミアの初代から15代までの国王を間違いなく暗唱できるまでランチに行くことができなかったんだよ」
「それであんなにゲッソリした顔をしていたんですね」
思い出して笑ってしまう。だが、アシュリーは黙ったままだった。
きっと、エリザベス嬢のことが原因だろう。わかっているからこそ、ユーリもアシュリーに無理に絡んだりしないのだろう。
「そろそろ屋敷到着するな」
窓の外に目をやったユーリが呟く。
(そうだ、今のうちに言っておかないと!)
「アシュリー兄さま、ユーリ様。今日のランチタイムに起きた事ですが、父上と母上には黙っておいていただけないでしょうか」
「どうして?」
俯いていたアシュリーが初めて顔を上げる。すみれ色の目には昔のように陰鬱としていた。
「あんなにひどい事を言われたんだ。その上、ぶつかられたと他の生徒を巻き込んで偽証まで。母上にお伝えすると悲しませてしまうことになるけれど、父上には必ずお伝えするべきだと思う」
穏やかな口調だが、言葉は厳しい。
「は、はい。ですが、幸いなことに今日の騒ぎは先生方もその場にいらっしゃいませんでしたし……父上たちに伝えなければ大事にもならずにすむのではないでしょうか」
「僕は大事にする必要があると思っている」
冷たい声。ずっと前、まだ推しと出会ったばかりの頃のような口調。ショックで次の言葉が出てこない。
気づいた推しがハッとして、少し焦ったように言葉を続ける。
「ご、ごめん。ルイス。僕はただ――」
「アシュリー。今日の騒ぎはルイスが主役だ。こいつが嫌だと言っているのに、おまえや俺が動くのは筋違いだ」
「でも、」
「どうしても叔父上たちに話したいなら、その前にコイツとよく話し合って納得させることだ」
「……わかったよユーリ。ルイス、ごめんね」
アシュリーは弱々しく微笑むと、それきり再び俯いてしまった。

「まずくないか、これ」
夕食を終えて部屋に戻った僕は、一人考えを巡らせている。
エリザベス嬢と対峙したときや馬車の中のアシュリーは、静かな怒りに燃えていた。
『ごめんねルイス。僕のせいだ』
皆が去った廊下で、俺を抱きしめた推しは確かにそう言っていた。
「あれ、どういう意味だったんだろ」
なぜエリザベス嬢に絡まれたこと推しのせいなのだろうか。
「それも気になるけど、今回のことがきっかけで悪役令息化したらどうしよう」
レイとは相変わらず仲良くしているようだし、ユーリとルークもあの二人を邪魔することなく、いい友人としてうまくいっている。
このままいけばあと数年後にはレイと推しは結婚。そうすればもう、推しがゲームのストーリー通りのつらい人生を送る確率は限りなくゼロに近いだろう。
(ずっとうまくいってたから、ちょっと油断してたな)
帰りの馬車の中で見た、あの目。すぐに元に戻ったけれどゲームで見た悪役令息のアシュリーと同じように、濁っていた。
いったい今回の原因は何なんだろう。騒ぎの場面を何度も脳内でリピートしてみる。
「もしかして今回の原因って、俺だったりするのか……!?」
推しには僭越ながらとても可愛がってもらっている自信がある。もちろん心が広く誰にでもわけへだく優しい人なので、俺が特別ということはない。
そこまで勘違いして自惚れるほどバカじゃない。俺は“わきまえている”オタクなので。
優しい推しは血のつながらない俺のことも家族としてとても大切にしてくれている。自分が大切にしているものを、あんな風に人前で侮辱されたことは推しにとって許しがたいことだったのだろう。
ゲームでアシュリーが悪役令息になってしまったのは、主人公たちへの嫉妬や屈辱感、婚約者を取られたことへの怒りという感情が原因だった。
ずっと恋愛における感情だけが悪役令息化のトリガーだと思っていたのだが、もしかするとそうではないのかもしれない。
もとのストーリーとはまったく違う展開に進んでいる今、悪役令息化のきっかけは他のところにも潜んでいるのではないだろうか。
(だとすると、家族を侮辱して激怒するってのも十分きっかけになり得るんじゃないか?)
これはまずい。
俺は久しぶりにノートを引っ張り出して、脳みそをフル回転させた。
感想 59

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