病弱な悪役令息兄様のバッドエンドは僕が全力で回避します!

松原硝子

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第二部 1章

<8話>

「ごめんね、ルイス。本当は明日にしたほうがいいのはわかっているんだけど、早く話したくて……。それに、どうしても二人きりで話したかったんだ」
「ふ、二人きりで」
そういう意味ではないとわかっているのに、心臓がドキリと跳ねる。
「あ、ごめん。嫌だったかい?」
「い、いえ! そんなことありえません! お話というのは、今日の件ですよね」
「うん、そう」
「ちょうどよかったです。僕も早くお話ししたいと思っていたので。それより兄さま、座ってお話ししましょう」
俺はアシュリーの手を引いてソファへと誘う。
(手、冷たい……)
初夏といっても、まだ夜は少し冷える。推しの指先は氷のように冷たくなっていた。
(もしかしてずっと廊下に立っていたのかな)
部屋の扉をノックするまでに、推しは逡巡していたのかもしれない。
(アシュリーなら24時間いつでもウェルカムなのに)
部屋の前で躊躇っているアシュリーの姿を頭に浮かべると、胸がぎゅっと痛くなる。
「兄さま、少しだけお待ちくださいますか。僕、少しお腹が減ってしまって」
「いいけど、食べるものは何も持ってきていないよ?」
「はい、大丈夫です!」
俺は部屋の奥にある簡易キッチンの扉を開けると、薬缶を火にかける。
お湯が沸く間に戸棚から紫色の丸く細長い缶を取り出す。蓋を開けると、ココアの甘い香りが漂う。
厚手の白い陶器のマグにスプーンでココアの粉末を入れ、沸いたお湯を少し注ぐ。その後、今度はミルクを小鍋に入れて火にかける。
ミルクは沸騰させる必要がないので、適温になるまで温まるのを確認しながらマグのココアを練っていく。
温まったミルクをマグに注ぐと、高級チョコレートのような香りが立つ。
「我ながら、美味そう」
二つのマグを木製のトレイに載せてキッチンを出る。
「兄さま、どうぞ。ホットココアです。身体があったまりますし、ぐっすり眠れますよ」
「ありがとう。言ってくれれば手伝ったのに」
言いながら、兄は暖を取るようにマグを両手で包む。
その仕草がびっくりするほど可愛くて声が出そうになる。最小限だが部屋の灯りを点けたので表情がちゃんと見えるのだ。
なんとか唇を噛んで耐え、隣に座った。
「ありがとう。とても美味しいよ」
一口飲んだ推しが、優しく微笑む。
「よかったです! 兄さまのお好きなクリスティー社のココアなんです。今日のディナー、あまり召し上がっていらっしゃらないように見えたので、心配で」
推しは目を軽く見開いた後、再び笑顔になって俺の右頬を手の甲で撫でた。
「本当に、ルイスは優しくていい子だね」
「え、えへへ」
毎度のことだが推しに褒められると昇天しそうに嬉しい。だがアシュリーは笑顔をすっと消すと、切なげに瞳を揺らす。
「誰にでも優しいから……優しすぎるから、心配になるんだよ。僕はブレイディ伯爵令嬢がしたことを許せそうにない」
「兄さま……」
「でも、きみは許したいんだろう?」
「許す……というのとは少し違うかもしれません。僕は、彼女のためにアシュリー兄さまのお手を煩わせるのが嫌なんです」
「そんなことないよ。それにルイスのことを攻撃したのはきっと僕のせいだから」
(そうだ、あのときもそんなこと言ってたよな)
俺を抱きしめて、僕のせいだと確かに推しは言っていた。
「どういうことですか?」
「ブレイディ伯爵令嬢は、どういうわけかずっと僕に想いを寄せてくれているみたいでね。
レイと婚約をした後も、ずっとラブレターというのかな、僕への想いを綴った手紙を定期的に送ってくるんだ。
「そうなのですね! 全然知りませんでした」
考えてみれば当然だ。これだけ容姿も性格も完璧な推しに、たとえ婚約者がいたとしても横恋慕する奴がいない訳がない。おそらくエリザベスは氷山の一角に過ぎないのだろう。
「……ルイスたちが入学する少し前に、変な噂が流れたんだよ」
「変な噂?」
「うん。ヴァイオレット家からクロフォード家の縁談は、本当はアシュリーではなくルイス・クロフォードあてだったと。でもルイスが縁談を嫌がって、可愛がっている弟のために僕が代わりにその縁談を受けることにしたって」
「そ、そうなのですか!?」
驚きで思わず立ち上がると、アシュリーが苦笑する。
「ルイス、もう少し小さな声でね。それに座りなよ。もちろんそんな事実はない。縁談は最初から、僕あてだった」
「誰がなんのために、そんな……」
「わからない。ただそれを真に受けた一部の生徒の一人が、彼女だったんだ。もともと僕がルイスのことを大切にしているのが気に食わなかったんだろうね――僕が誰を大切にするかなんて、彼女には何の関係もないのに」
アシュリーは小さくため息を吐いた。
「僕は兄さまのせいだとは思いません。だからやっぱり、エリザベス嬢のことで兄さまの手を煩わせるのも、嫌なんです」
「ルイス……」
「兄さまが僕のことを大切に思ってくださっているのは、とても嬉しいです。でもその気持ちを、悪意に対抗するものとして使ってほしくないというか……すみません。僕、うまく言葉にできなくて。兄さまにはいつも笑っていてほしいんです。僕のため、僕を守るために怖い顔をしてほしくないんです」
伝えたいことはたくさんあるし、もっとふさわしい言葉があるはずなのに。感情や思考に脳がおいつかない。
もどかしくなった俺は、俯いて下唇をぎゅっと噛んだ。
しばらくの沈黙の後、アシュリーが穏やかな声で囁く。
「わかったよ、ルイス。顔を上げて」
恐る恐る顔を上げると、きらきらと優しく輝くすみれ色の瞳と視線がぶつかった。
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