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第二部 3章
<13>
風呂を上がるとティーテーブルに簡単な食事が用意されていた。
きっと俺が気づかないうちに、ジェシーが手配してくれたのだろう。
ティーサンドウィッチに夏野菜のサラダ、それに温かいスープが湯気を立てている。
スープの匂いを嗅いだとたん、空腹を感じた。
(そういえば今日、朝から何も食べてなかった)
ジェシーに促されてソファに座ると、スープスプーンを手渡される。
「少しでもいいから食べた方がいい。もちろん気持ち悪くなるようだったら無理はしなくていいぞ!」
「はい。ありがとうございます」
スープを掬って飲み込むと、チキンスープのうまみが口の中に広がっていく。
気がつくとあっという間にすべて平らげていた。
「全部食べられたな! えらいぞ」
「でもいいんでしょうか。いまアシュリー兄さまはお腹を空かせて一人で辛い思いをしているかもしれないのに」
頭の中に、森の中を彷徨うアシュリーや波に攫われたアシュリー、盗賊団に連れ去られたアシュリーの姿がやけにリアルに再生される。
怖くなって俯くと優しく、けれど力強い声が降ってきた。
「ルイスがシャーベットリリーをとりに行ったときのこと、覚えているよな?」
「え?」
顔を上げるとジェシーが微笑みながら頷く。
「アシュリーがいなくなった、詳しい状況を聞いてからずっと、俺はあの時のことを思い出していたんだ」
「あのときは本当にごめんなさい」
俺の考えなしの行動で、たくさんの人に心配をかけてしまったことを思い出す。
だがジェシーは左右に首を振った。
「責めているわけじゃないぞ。魔獣に囲まれていたのを見つけた時はさすがに肝が冷えたが、ルイスの行動は間違っていなかったと思っている」
「ジェシー兄さま……」
普段は明るくて豪快で、デリカシーのないように見えるジェシーの優しさに胸が熱くなる。
「アシュリーは俺たち兄弟の中で、一番思慮深く冷静な男だ。そのアイツが、俺たちに心配をかけるような行動を取るわけがない。きっと自分の意志で、なにか事情があって出て行ったんだ。だがアイツはどんなときでも路頭に迷うような動き方はしない。そこがルイスとアシュリーの違いだな」
最後は揶揄うような調子で言われ、思わず口を尖らせる。
「僕だったもう二度とあんなことしませんよ」
「アシュリーが取り乱したのを見たのはあのときだけだった。それぐらいルイスのことを大事に思ってるんだ」
「え?」
ルイスは頷いた。
「あの日、皆が屋敷中駆け回ってルイスを探している中、アイツは部屋を抜け出して本邸に来たんだ。もちろん父上たちには内緒で。アイツはあの時はまだ病気だったし、俺は部屋に戻れと言ったが、アイツは絶対に嫌だと拒否したんだ」
ジェシーは遠くを見るような目で話し続ける。
「俺たちは二人だけでもう一度おまえの部屋を確認して、アシュリーがベッドに隠してあった薬草の百科辞典を見つけて……アシュリーが、おまえはシャーベットリリーをとりに行ったんじゃないかって推理したんだ。それからすぐに父上に伝えて、アンブルサイドの森まで探しに行って……でもあの夜はひどい豪雨で、父上はアシュリーに屋敷に残るように言ったんだが、アシュリーは頑として聞かなかった。父上も驚いていたよ。俺の知る限り、アイツが父上に従わなかったのはあの時が初めてだった。あんなに強く自分の意見を言うのを見たのは初めてだったな」
そんなことがあったなんて。
(アシュリーって、どこまで優しいんだ……)
知らなかった事実に、目頭が熱くなっていく。
ジェシーは俺の肩を抱き寄せると、小さな子どもをなだめるように優しく背中を撫でる。
「だから大丈夫だ。ルイスがらみじゃなかったらアシュリーが危険も顧みずに動くことは……」
俺たちは無言で目を合わせた。
気付かないところで、なにか迷惑をかけてしまったのだろうか。
自分が関っているかもしれないという可能性に、心臓が突然早鐘を打ち始める。
「まさか……な。ルイス、いちおう聞くが思い当たることはあるか?」
「いえ、心当たりはありませんが……ジェシー兄さま、もう一度二人でアシュリー兄さまのお部屋を確認してみませんか」
ジェシーはしばらく黙ってじっと考え込むように顎を擦っていたが、やがて真剣な声で頷いた。
「ああ、そうだな。俺たちでもう一度、調べてみよう」
俺たちは推しの部屋に繋がる扉を静かに開けた。
きっと俺が気づかないうちに、ジェシーが手配してくれたのだろう。
ティーサンドウィッチに夏野菜のサラダ、それに温かいスープが湯気を立てている。
スープの匂いを嗅いだとたん、空腹を感じた。
(そういえば今日、朝から何も食べてなかった)
ジェシーに促されてソファに座ると、スープスプーンを手渡される。
「少しでもいいから食べた方がいい。もちろん気持ち悪くなるようだったら無理はしなくていいぞ!」
「はい。ありがとうございます」
スープを掬って飲み込むと、チキンスープのうまみが口の中に広がっていく。
気がつくとあっという間にすべて平らげていた。
「全部食べられたな! えらいぞ」
「でもいいんでしょうか。いまアシュリー兄さまはお腹を空かせて一人で辛い思いをしているかもしれないのに」
頭の中に、森の中を彷徨うアシュリーや波に攫われたアシュリー、盗賊団に連れ去られたアシュリーの姿がやけにリアルに再生される。
怖くなって俯くと優しく、けれど力強い声が降ってきた。
「ルイスがシャーベットリリーをとりに行ったときのこと、覚えているよな?」
「え?」
顔を上げるとジェシーが微笑みながら頷く。
「アシュリーがいなくなった、詳しい状況を聞いてからずっと、俺はあの時のことを思い出していたんだ」
「あのときは本当にごめんなさい」
俺の考えなしの行動で、たくさんの人に心配をかけてしまったことを思い出す。
だがジェシーは左右に首を振った。
「責めているわけじゃないぞ。魔獣に囲まれていたのを見つけた時はさすがに肝が冷えたが、ルイスの行動は間違っていなかったと思っている」
「ジェシー兄さま……」
普段は明るくて豪快で、デリカシーのないように見えるジェシーの優しさに胸が熱くなる。
「アシュリーは俺たち兄弟の中で、一番思慮深く冷静な男だ。そのアイツが、俺たちに心配をかけるような行動を取るわけがない。きっと自分の意志で、なにか事情があって出て行ったんだ。だがアイツはどんなときでも路頭に迷うような動き方はしない。そこがルイスとアシュリーの違いだな」
最後は揶揄うような調子で言われ、思わず口を尖らせる。
「僕だったもう二度とあんなことしませんよ」
「アシュリーが取り乱したのを見たのはあのときだけだった。それぐらいルイスのことを大事に思ってるんだ」
「え?」
ルイスは頷いた。
「あの日、皆が屋敷中駆け回ってルイスを探している中、アイツは部屋を抜け出して本邸に来たんだ。もちろん父上たちには内緒で。アイツはあの時はまだ病気だったし、俺は部屋に戻れと言ったが、アイツは絶対に嫌だと拒否したんだ」
ジェシーは遠くを見るような目で話し続ける。
「俺たちは二人だけでもう一度おまえの部屋を確認して、アシュリーがベッドに隠してあった薬草の百科辞典を見つけて……アシュリーが、おまえはシャーベットリリーをとりに行ったんじゃないかって推理したんだ。それからすぐに父上に伝えて、アンブルサイドの森まで探しに行って……でもあの夜はひどい豪雨で、父上はアシュリーに屋敷に残るように言ったんだが、アシュリーは頑として聞かなかった。父上も驚いていたよ。俺の知る限り、アイツが父上に従わなかったのはあの時が初めてだった。あんなに強く自分の意見を言うのを見たのは初めてだったな」
そんなことがあったなんて。
(アシュリーって、どこまで優しいんだ……)
知らなかった事実に、目頭が熱くなっていく。
ジェシーは俺の肩を抱き寄せると、小さな子どもをなだめるように優しく背中を撫でる。
「だから大丈夫だ。ルイスがらみじゃなかったらアシュリーが危険も顧みずに動くことは……」
俺たちは無言で目を合わせた。
気付かないところで、なにか迷惑をかけてしまったのだろうか。
自分が関っているかもしれないという可能性に、心臓が突然早鐘を打ち始める。
「まさか……な。ルイス、いちおう聞くが思い当たることはあるか?」
「いえ、心当たりはありませんが……ジェシー兄さま、もう一度二人でアシュリー兄さまのお部屋を確認してみませんか」
ジェシーはしばらく黙ってじっと考え込むように顎を擦っていたが、やがて真剣な声で頷いた。
「ああ、そうだな。俺たちでもう一度、調べてみよう」
俺たちは推しの部屋に繋がる扉を静かに開けた。
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