病弱な悪役令息兄様のバッドエンドは僕が全力で回避します!

松原硝子

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第二部 4章

<6>

リチャード氏はそこで一度、言葉を切ると少しの沈黙の間、迷うように口を開いた。

「皆様の滞在の最後の夜だったと思います。父の命令で、アーサー様におやすみ前のハーブティーをお持ちしたんです。ですがアーサー様はお部屋にいらっしゃいませんでした」

こんな時間にどこへ行ったんだろうか。室内に乱れた様子はなく、アーサーが自分の意思で部屋を抜け出したことは明らかだった。
だがもし何かあれば大変なことになってしまう。本来は父に話すことが最優先なのだが、なぜかそのときリチャード氏は一人でアーサーを探しに出かけたという。
「なぜ自分があのような行動を取ったのか、自分でもわからないのです。けれど夜の砂浜でアーサー様のお姿を見つけた時、父に話さなかったのは正解だったと思いました」
「どういうことだ?」
ヴァイオレット公爵が眉を顰める。
「……アーサー様はお一人ではなかったのです」
彼は誰かを抱きしめていたのだ。だが相手がわからない。
もしかして知らぬ間に海辺に住む少女と恋中にでもなっていたのだろうか。
アーサーはすでに隣国の大貴族の令嬢との結婚が決まっており、事と次第によっては大きな問題に発展してしまうかもしれない。
声をかけて良いものかもわからず、リチャード氏は風除けに植えてあったハマナスの影に隠れて様子を伺うことにした。
アーサーが胸の中に抱いている人物が月明かりに照らされて顔が見えた瞬間、リチャード氏は驚きのあまり大声を出しそうになり、慌てて両手で口元を覆った。
アーサーの胸に頭を預けているのは、エドワード・クロフォードだったのだ。
『俺はおまえ以外を愛せない。おまえじゃない誰かと結婚なんてしたくない。エディ、やはり俺と一緒に逃げてくれないか』
いつも堂々として強く美しい次期当主とは思えないほど、苦しそうな声だった。
エドワードは美しく微笑むと手を伸ばしてアーサーの頬に触れた。
『ありがとう。僕もきみを愛してる。でもごめんね、一緒にには行けないよ。家族のことは捨てられない』
エドワードの声はどこまでも穏やかだった。
『ああ、泣かないでアーサー。目が腫れてしまうよ』
『エディが俺を捨てると言うからだろう……っ! 泣くなと言うなら、俺と一緒に来てくれ』
アーサーは強くエドワードを抱きしめた。
『ごめんね。でも、それだけはできないよ』
柔らかく穏やかだけれど、凛とした声。
『ヴァイオレットにもクロフォードにも、僕ら以外の息子はいない。男性の直系の血が途絶えたら、今の法律ではその家は取り潰されてしまうだろう? もし僕らが逃げてしまったら、残された両親や姉妹たち死ぬより辛い苦しみを味わうことになってしまう』
『そんなこと……知るか!』
アーサーは涙声で悪態をつく。
エドワードはアーサーを見上げると困ったように笑った。
『そんなこと言わないで、アーサー。きみがどんなに家族を大事に思っているか、僕は知ってるよ。今逃げたらきみはきっと後悔する。家族の苦しみの上に成立する愛なんてきみには似合わない。でも、ひとつだけ約束しようよ。いつか僕たちが背負っている責任を全部果たしたら、その時またここで会うんだ。そして、そのあとは死ぬまでずっと一緒にいよう』
『エディ……っ、エディ……っ』
絞り出すような声で何度もアーサーはエドワードの名を呼び、胸にかき抱いた。
しばらく抱きしめあっていた二人は、やがて少しだけ身体を放して見つめ合う。
『なあエディ、ひとつだけ願いを聞いてほしい』
『なんだい?』
『俺と今ここで、誓いのキスを交わしてくれるだろうか』
エドワードはすみれ色の瞳を丸くした後、恥ずかしそうに微笑んだ。
『うん、いいよ』
目を閉じるとエドワードの長く濃いまつ毛が強調される。
彼の頭上から覆い被さるようにしてアーサーが顔を近づけた。
やがて二人は再び強く抱きしめ合う。
『ふふ。僕、初めてのキスだった』
『当然だ。もし俺よりも先にエディの唇を知った奴がいたら見つけ出して殺していたぞ』
『もう、アーサーってば。冗談でも怖すぎるよ』
『俺はいたって本気だが?』
エドワードはくすくす笑っていたが、やがてその笑い声は啜り泣きに変わる。
『……この夜が永遠に終わらなければいいのに』
『そうだな。俺も同じ気持ちだ』
『アーサー、愛してる。きみだけが僕の生きる意味だよ』
『俺もエディを愛してる。俺の心も体もすべて、どんなに離れていても生涯おまえのものだ』
二人はしばらく抱きしめあっていたが、やがて屋敷の方へ歩き去って行った。
結ばれることのない恋人同士を知ってしまったリチャードの視界に、海風に揺れるハマナスが入る。
(そういえばこの花の花言葉は、美しいかなしみだったか……今のお二人にぴったりだ)


「それで、二人はどうなったんだ?」
レイの質問にリチャード氏は悲しそうに微笑んだ。
「別々の方とご結婚なさったお二人は可愛らしいお子様に恵まれ、無事に後継ぎもお生まれになりました。ですがエドワード様は早くに亡くなられてしまったのです」
父上がその後を引き継ぐように口を開く。
「リチャード氏の言うとおりだ。お祖父様は私が生まれた時にはもう、亡くなられていた。たしか30代だったと父から聞いたことがある」
「エドワード様がお亡くなりになられてすぐ、アーサー様がお一人で、突然この別荘にいらっしゃいました」
憔悴し切った様子のアーサーは、リチャードに「エドワードが死んだ」とポツリと呟いたという。
「アーサー様は1週間ほど離れに滞在されていました。その際にエドワード様の描かれた絵を屋敷のご自分のお部屋から、離れに移動させたのです。離れは今後、自分だけのものにするとおっしゃられて……本邸に戻る日には、すっかりいつものアーサー様に戻られておりました。お戻りになられる前日、私に1冊の日記を手渡されました。いつか自分がここへ住むために戻ってくるまで、誰にも言わずに持っていてほしいと。結局、アーサー様はお亡くなりになられる際もお前が持っていろとおっしゃられて……今日まで私が保管しておりました」

リチャード氏は足元の鞄からすみれの花が描かれた古い日記帳を取り出し、テーブルの上に置いた。

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