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「パパー!えんそくのお知らせもらったー!」
朔也(さくや)の娘・凪朔(なぎさ)は学校から帰宅早々、玄関でそう叫んだ。
朔也は自室でパソコンを使い仕事していたが、娘の声で中断し玄関先に向かう。
「凪朔、まずはただいまね。それと手洗いとうがしてね。」
「はーい。」
元気よく返事をし、ランドセルを朔也に渡し、手洗いうがいを済ませ、「ただいまー」とリビングに向かっていく。
娘がこう素直に聞いてくれるのはありがたいなと思いつつ、
受け取ったランドセルから学校からのお知らせと書いてあるクリアファイルを取り出した。
シングルファーザーの朔也は、ママ友と接する機会は少ないものの
男の子をもつママ友から聞くと、だんだん口が達者になったり、言うことをなかなか聞かなかったりして手を焼き始めているという話を聞いていた。
まあ凪朔も思春期を迎えたらいずれはそうなるだろう。
そのうち、パパなんて呼ばれず、洗濯物を別にしろなんて言ってくるかもしれない。
リビングに入ればドアの前で立ち止まっている凪朔がいた。
「凪朔?」
不思議に思うと腰回りにむぎゅっと抱きついてきた。
「ただいまのぎゅー、忘れてたから。」
あまりの可愛さに先ほど考えていた事は前言撤回したい。
いつまでもかわいい娘でいてくれ。
「おかえり。凪朔。」
頭をなでると凪朔はとても満足そうに微笑む。
「きょうのおやつはなに?」
「昨日、篤(あつむ)くんが焼いてくれたクッキーがあるからそれにしようか。」
「やったー!」
篤くんの名前を出すと凪朔は目を輝かせていた。
篤くんとは、子供ができる前に一緒に活動していたバンド仲間の子で、
朔也の四歳下ながらもしっかりしている子である。
一度疎遠になったものの、再会して今は親子共々お世話になりっぱなしになっている。
凪朔にとっては、よく遊んでくれる近所のお兄さんといったところ、かな。
冷蔵庫からクッキーや飲み物を準備して娘をソファに座らせる。
いただきますと合掌し、クッキーを頬張っていた。
「あつむおにいちゃんのクッキーおいしいね。」
「そうだね。」
さて、と。一息ついた朔也も隣に座り学校からの書類に目を通す。
遠足の日程と書かれた紙はさっき凪朔が言っていたものだ。
「へえ、水族館行くんだ。」
行程を読めば、ほぼ水族館で過ごすようだった。
「きょうはそのグループ分けをしたよ。茜ちゃんと一緒になれてうれしかった。」
「お、よかったね。」
「水族館どんなところだろ~楽しみだな~。」
娘の口からよく出てくる友達の名前と初めて行くだろう水族館に笑みがこぼれている。
そっか。水族館なんて行ったことなかったかも。
娘を育てるために仕事ばかりで、さらに最近ではバンド活動も再開しはじめ、何かとゆっくり出かけることはなかった。
何処かに行こうとしても買い物がてらの近くのショッピングセンターになってしまっているのも事実。
今度篤くんを誘って計画を立てようかな。
などと考えて読み進めると、昼食はお弁当(各自)の文字に引っかかる。
ということは、、。
朔也は作らないといけない現実に頭を抱える。
正直料理があまり得意ではない。簡単にできる料理でも時間がかかってしまい、
育ち盛りの凪朔に満足に作ってあげられず、毎晩の献立に苦労をしていた。
ここ最近では篤が心配して作りに来ては夕食を共にすることが多かった。
お弁当って何を作ればいいんだ。
少し前、小学校では年に数回遠足があり、お弁当箱が必要になると、凪朔とお弁当箱を見繕ったのは記憶に新しい。
「パパ。かわいいお弁当楽しみにしてるからね。」
かわいいってなんだ。
その言葉が頭の中を駆け巡る。
「ねえ、凪。かわいいってどんなの、、」
聞こうにも当の本人はおやつを食べ満足したのか、本を読み始めていた。
朔也は自室から持ってきたパソコンを開き、仕方なく「#かわいい弁当」と検索した。
ーー
「邪魔するよ~」
しばらくすると玄関の開く音と篤の声が聞こえた。
「あ、あつむお兄ちゃんだ!」
凪朔は表情が明るくなり篤を迎えに行った。
篤くんのこと本当に好きなんだなと感じる。
「まず家に入ったら、手洗いとうがいだよ」
「わわ、凪ちゃん。まず買い物袋置かしてね」
廊下から聞こえてくる二人のやりとりに完全におれの真似だなと笑ってしまった。
「朔也、なに笑ってるんだよ。」
リビングに入ってきた篤はこちらに気づくと呆れた顔をしつつ、買い物袋から食材を出して冷蔵庫に入れていく。
「凪朔がおれの真似してるのが面白くて、つい」
「ふーん?あ、鶏肉が安くて買ってきたけど、チキン南蛮でもいい?」
「うん。いつもごめんね」
おでこに張り付いた髪が鬱陶しかったのか前髪を掻き上げながらスマホで何かを見始める。
「ううん、俺が好きでやってるし、凪朔ちゃんもおいしく食べてくれるし作りがいがあるよ」
「凪、あつむお兄ちゃんのごはん好きだよ」
「そっか~このいい子め~」
などとスマホを見つつ二人でじゃれあっている。
おいしいご飯作ってくれる上に、一緒に遊んでくれてたら仲良くなるか。
そういえば、昔の篤くんは料理を作るよりも曲を作るほうが好きだった気がする。
再会して正直こんなに料理が得意だとは思わなかったな。
「これから作るから先に凪朔ちゃんとお風呂入ってきたら?」
よし。と腕まくりしてスマホを台所に置く。どうやらレシピを見ていたようだ。
「そうするね」
篤の近くで手伝いをしたそうにそわついてる凪朔に声をかけてお風呂場に向かった。
ーー
「やっと寝てくれたよ」
洗濯物をたたんでいた朔也のもとに、凪朔を寝かしつけた篤がリビングに戻ってくる。
「篤くんごめん、この時間まで付き添ってくれて」
時間を見ると、あっという間に過ぎていたみたいだ。
「いや、全然いいんだけどさ」
篤くんが来る日は、たくさん遊んでもらい、ご飯も食べ、寝る時間になったらすぐ寝てしまう凪朔だが、今日は珍しく話を始めたという。
「そっか。何を話したの?」
冷蔵庫からビール缶を2本取り出すと、篤は喜んで受け取りソファに座った。
「今度遠足があるって」
「うん」
「パパに作ってもらう弁当が楽しみって言ってたよ。朔也料理苦手なのにさ、おれ笑っちゃって」
篤のひと言で忘れていたものがよみがえる。
かわいいお弁当。
娘と約束してしまった以上、作らなければならないのだ。
それを伝えると
「凪朔ちゃんはパパが作ってくれたらなんでも喜ぶと思うけど」
なんて、アドバイスになってない答えが返ってくる。
「でも、かわいい弁当ってよくわからなくて」
「あーそれで調べてたのか。」
何で知ってるのか、そう口が開く前に、篤がパソコンに視線を送る。
「パソコン開いたままだったからついつい見ちゃったよ」
篤が来たタイミングでそのままにしていたことを思い出す。
「なら、篤くんも一緒に調べてよ」
ダイニングテーブルに放置したままのパソコンを起動させて再度検索する。
画像検索から辿れば、キャラクター弁当が出てくる。
どれも難しそうと呟けば
「うーん、彩りを考えればかわいいものになりそうだけどな。あ、これなんかどう?」
篤はひとつのサイトを開く。
「これだったら不器用の朔也でも作れそうじゃない?」
ーー
遠足当日。
凪朔は父・朔也に起こされることなく、朝ごはんのよい香りに包まれて自ら目が覚めた。
「凪朔おはよう。顔洗って着替えておいで。」
「うん、パパおはよう、、」
まだ若干意識が遠いが、朔也の声で行動に移す。
「食パンあるけどそのまま食べる?焼く?」
「やいたのがいい、、あとバターとジャムかけたい、、」
「わかった」
インスタントのスープと少し焦げた目玉焼き、食パンがのったお皿がテーブルに運ばれる。
いただきますと合掌するも、まだ顔は寝ぼけたままである。
凪朔は朝が弱いのだ。
朔也は食事している凪朔の後ろを回り、優しく髪をとかす。
今日はなんだって遠足の日だ。普段よりかわいくしてやると意気込んだ。
「髪型、なんでもいいかな」
「うん」
凪朔から特にリクエストがなければ、似合いそうなのを施す。
料理は苦手だが、ヘアセットは昔から得意であった。
ライブの時はメンバーほとんどに施しており、その時の腕が今となっては娘のご機嫌取りの一部になっている。
「ほら、出来たよ」
凪朔がご飯を食べ終わると同時にヘアセットも完成させる。
手鏡を渡せば、先ほどの眠たそうな顔から目に光が入り首を左右に動かす。
「すごいかわいい~パパ、ありがとう!!」
「ほら、そろそろ行く時間でしょ?歯磨きしておいで」
「はーい」
よほど髪型が気に入ったのか、歯磨き中も鏡に夢中になっていた。
リュックサックの中身を確認して、玄関先まで見送る。
もちろんリュックサックの中にはお弁当も入っている。
「パパ、行ってきますのぎゅー」
玄関先で朔也に抱きつき、凪朔は元気よく出て行った。
「いってらっしゃい」
ーー
「あ、今日だっけ、遠足」
さっきまで歌っていた篤はペットボトルの水を勢いよく飲んで朔也に聞く。
「うん。ご機嫌で行ったよ」
朔也はさきほど篤がレコーディングしたものをパソコンで編集し始める。
篤の自宅兼スタジオは防音室になっており、練習やレコーディングに使っている。
改めて聞き直すと、どんなに歌っても声が切れることなく通る声であった。
相変わらずすごいよな、篤くんは
作詞作曲、ギター、ドラム、ボーカルもできる篤はそれを生かして、今は作曲家として活動している。
もっとも本人は自作の曲でおれとバンドを組んでいた時のほうが楽しかったらしく、もう一度やろうと何度も誘ってくれた。
娘がいる生活でバンドはできないと断るものの、凪朔の一言と篤くんのサポートがあって再結成した。
活動時間は制限されるけど、お互いこうやって時間を見つけては、練習やレコーディングに当てている。
「今頃楽しんでるね」
「ショーでもみてるんじゃないかな」
自分たちで弾いた曲と篤くんの声を合わせていく。
「よし、いい感じになった」
「お~ありがとう。なあ朔也、時間的にもうお昼だけど、何か作る?頼む?それとも買ってくる?」
パソコンに表示されている時間を見ると思っていたより作業に夢中になっていたようだ。
「篤くん、もし良かったらなんだけど」
保冷バックからラップに包まれた茶色の食パンと小さいタッパーを取り出して、ローテーブルの上に広がってる楽譜をどかしてスペースを作り準備をする。
「これは?」
「ホットサンドだよ。凪朔のお弁当のあまりものだけど、よかったら篤くんも食べないかと思って持ってきたんだ」
ホットサンドに不思議がる篤くんの前で半分に分けると(あらかじめ切っておいた)
レタス、ハム、スクランブルエッグなどが挟まれており、色とりどりになっている断面が出てくる。
「え、すごいな!食べていいの?」
「もちろん。食べて食べて。」
半分に分けたホットサンドを篤くんに渡すと、大きい一口でガブリついていた。
「うまっ」
「本当?よかった。」
一息つき、朔也は凪朔のお弁当に入りきらなかった分を食べる。
「篤くんが見つけたサイトのサンドイッチをヒントにして、凪朔は焼いたパンが好きだからホットサンドにしてみたんだ。」
もうひとつのタッパーには不器用な顔のたこさんウインナーが敷き詰められていた。
凪朔には、ホットサンドを食べやすい大きさに切ったものとたこさんウインナー・フルーツを添えたお弁当を持たせた。
その写真を篤に見せると、かわいいじゃんと褒めてくれた。
「これだったら凪朔ちゃん喜んでると思うよ。帰ってきたら反応楽しみだね」
「だといいな」
朔也はホットサンドを見つめ、凪朔にとってよい一日になっていることを願った。
ーー
数年後。
「篤、久しぶり!お迎えありがとう。」
篤が駅の改札口で待ってると、キャリーケースを転がしながら一人の女性が近寄ってきた。
「お~久しぶりだな。」
久しぶりに見る凪朔は昔の面影は残ってるものの、化粧や服装やらでずいぶん垢ぬけて綺麗になっていた。
持っていたスマホをポケットに入れて、キャリーケースを代わりに持つ。
「その中にお土産がたくさんあるから、楽しみにしててね。」
大学生になった凪朔は一人暮らしを始めていた。
大学生活は忙しいのか暫く帰ってくることはなかった。
単位がある程度落ち着いたのか、帰省すると聞き、篤は凪朔を迎えに行ったのだ。
駐車場に停めてある車に二人で乗り込み、そういえばと凪朔に聞く。
「朔也がなんでホットサンド?って不思議がってたよ」
家を出る前、最初は朔也が迎えに行く予定で、篤はいつも通りご飯を作ろうと買い物する予定だった。
しかし、凪朔からの連絡でホットサンドの要望があり、朔也が買い物担当になった。
小学校高学年から凪朔は篤と夕食作りをしているので大概の料理は出来るようになり、一人暮らしをはじめる頃には朔也より手際よく料理ができていた。
ホットサンドなんて朔也が作るよりお手の物だろう。
「これ、お父さんに内緒にしてね。」
助手席の凪朔は人差し指で口元に当てる。
「小学校の時に遠足で初めて作ってもらったホットサンドがかわいくてすごくおいしくて、それ以降、遠足のたびに作ってもらってたんだけど、大きくなるにつれて作ってもらう機会が少なくなってきて」
そういえば、お弁当作りに苦戦した時があったなと笑ってしまう。
「もちろん、自分で作ったことあったけど全然違って、、
なんでだろね、お父さんの作るホットサンドは、不器用な味がするけど、それがかわいいし、好きなんだよね。」
だからリクエストしたという。
「そっか。」
これは朔也に言わないほうがいいな。
篤は朔也が待ってるだろうマンションへと車のスピードを少し上げて走った。
「ねえ、篤くん。凪朔に何が食べたい?って聞いたら
お父さんの作るホットサンドが食べたいって。変わってる子だよね。」
と苦笑いしていたが、内心は嬉しがっていたに違いない。
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