2 / 114
『友幸商事』の四人
しおりを挟むとある街の片隅に、その建物はあった。新しくもなく古くもない二階建て。外から伸びた階段により、玄関は二階についている。一階は居住階になっており、二階は事務所として機能しているからだった。建物の壁には『友幸商事』と看板がかかっている。
扉を開くと、テーブルを挟んで向かい合わせになったソファーの向こう側に、事務所机が置かれている。その上には今時珍しい黒電話があった。椅子と机のセットはまるで社長のようだ。と言いたいが、この部屋に他のデスクは存在しない。
唯一のデスクには一人の男が座っていた。軽く跳ねた金色の髪に大きな瞳と凛々しい眉。筋肉質な体格もあり、活発な様子が伺える。パソコンに向かってはいるが、Tシャツにジーンズという緩い格好だ。彼は幸介と言い、何を隠そう友幸商事の名付け親である。この事業を立ち上げ、自分の一字を社名にした。
幸介は作業の手を止め、時計を見る。夕暮れから夜に差し掛かろうという時刻だ。そろそろ動き出さなければと立ち上がる。階段を降りていくと、そこには居住スペースが広がっている。ここは友幸商事で働く四人の仲間が生活している場所だ。男の四人暮らしは多少狭くはあるが、必要なものは揃っている。
幸介が降りてくる音を聞いたのか、奥から黒髪の青年がやってきた。横分けにした黒髪から静かな垂れ目が覗いている。軽装の幸介に比べてフロントジップの長袖パーカーを着こんでおり、大きめのフードもあって余計小柄に見えた。彼は友弥。幸介とは幼馴染で、この事業を共に作り上げた。友幸商事の始めの文字は彼の名前から取られている。
「もう時間?」
友弥は彼特有の柔らかく、男にしては高い声で問う。
「ああ、準備しといて」
溌剌とした幸介の返事を聞くと、友弥は頷いてまた奥の自室に入っていった。
幸介は他の仲間にも声をかけようと先に進む。リビングには四人で座っても窮屈でないL字型の大きなソファーが置かれていた。そこでは赤髪の男がテレビゲームに興じているところだった。男にしては身長の低い幸介と友弥が見上げる高身長は、高いというより長いと表現する方がいいだろう。細身で手足が長く、頭が小さいため華奢に見える。切長の吊り目は冷淡な印象を抱かせるが、その表情が子供のようにころころと変わり、顔いっぱいに悪戯っぽい笑顔を浮かべることを仲間は知っていた。
彼はヨウと言う。出会った時にそう呼べと名乗ってから、仲間ですら本当の名前を聞いたことはない。
「ヨウ、仕事」
幸介が声をかけるが、ヨウはゲームがいいところだったらしい。
「んー、もうちょっと」
唇を尖らせて子供のようなことを言うので、幸介は母親のように叱らなければならない。
「さっさと片付ける! 続きは帰ってきてからな」
眉を吊り上げてテレビの前に立ってやれば、画面が見えなくなったことで操作をミスしたらしい。ヨウは容姿からは想像できない大声を上げ、抗議を示すために勢いよくソファーから立ち上がった。
「馬鹿! いいとこだったのに!」
「仕事あるって言っといただろ!」
小学生のような喧嘩に発展するのはいつものことだ。揃って声を大きくして騒いでいると、四つ並んだ個室のうち一つが開かれた。
「もー、なにぃ……うるさい……」
気怠げで滑舌が甘く、今にも溶け落ちそうな寝起きの声だった。声と同じく怠そうに現れたのは、恵まれた体躯を持った黒髪の男だった。ヨウとほとんど変わらぬ長身でありながら、体の厚みは倍ほどに違う。熱い胸板が見えそうなほど胸元の開いたシャツを緩く着ている。長く下りた前髪のせいか、襟足のせいか、妙な色気を感じさせる男だった。目尻の跳ね上がった瞳は色素が薄く、琥珀色に見える。彼は涼と言う四人目の仲間だった。
「まさか、寝てたんじゃないだろうな」
幸介はヨウと怒鳴り合いをしていたことすら忘れて呆れた溜息を吐く。あらかじめ仕事の時間を伝えていたにも関わらず、涼はつい先程まで眠っていたらしい。涼は誰にも縛られない自由さがあり、こういったことも一度や二度ではない。
「あ、仕事だっけ?」
きょとんと首を傾げるとあくびをひとつし、髪の毛をセットするために洗面所に向かっていく。その広い背中を見送ると、ヨウも毒気が抜かれたらしい。大人しくゲームを切って自分も身支度を整え始める。
「幸介、いつでも出られるよ」
そうしている間に友弥が自室から出てくる。彼の手には仕事道具である、銃が握られていた。
この友幸商事は一見普通の会社を装った名前をしているが、その実態は裏社会の何でも屋である。殺しから拷問、薬の売買に組織の壊滅まで、要望があれば何でも請け負う。深い暗部を持つこの街で、共に暮らす四人の仲間と日々依頼をこなしているのだ。
「俺も準備は終わってっからね」
ヨウは別に仕事を忘れて遊んでいたわけではないのだと腕を組んで主張してくる。当然装備は整っており、すぐにでも仕事に向かうことができる。つまり何の準備もしていなかったのは一人だけと言うことだ。
「ねー、俺のジャケット知らない?」
髪を整えた涼が呑気に言いながらリビングに戻ってくる。涼が愛用している香水の匂いが一緒に入ってきた。分かってはいたことだが、幸介は頭を押さえる。当然武器の用意もしていないのだろう。
「これ涼の」
友弥も予想していたのか、どこからともなくもう一丁の銃が取り出された。ありがと、と受け取った涼の顔面めがけてジャケットが飛んでくる。ソファーにかけたままにしていたのをヨウが投げ渡したのだ。涼はジャケットと銃を受け取り、いそいそと着込んでいる。これで全員の支度が整った。
「よし、行くぞ」
幸介の声で空気が引き締まる。既に日は落ちきり、夜が空を覆っていた。この街が目を覚まし動き出す時間がやってくる。彼らも闇に生きる住人であった。今夜もまた、四人は街のどこかで仕事を始めるのだった。
10
あなたにおすすめの小説
踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。
借金5億で異世界転移、よりによって金本位制の世界だった
夜明け一葉
ファンタジー
32歳の個人トレーダー・佐藤慧は、5年間の雪辱を賭けたトレードで5億円の借金を抱え、意識を失った。目覚めると、そこは剣と魔法が存在する見知らぬ世界だった。常識が通じない異世界で、金貨を見るだけで嘔吐する「金アレルギー」を抱えながら、若き冒険者リナと出会い、生き延びる術を探し始める。諦めることだけができなかった男が、新たな世界で再び立ち上がる異世界サバイバル譚。
あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜
南 鈴紀
キャラ文芸
妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。
しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。
掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。
五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。
妖×家族の心温まる和風ファンタジー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
テイマーなのに獣人ばかりにモテすぎて困ってます!~彼女はまだツンデレ獣人に番認定されたことに気付いてない~
しましまにゃんこ
恋愛
リリアは、この春、アリシア王国で冒険者になったばかりのテイマーの女の子。早く冒険者として活動したいのに、まだ一匹もテイムすることができずに焦っている。
森に入れば触手に襲われ、街を歩けば獣人に襲われる無自覚天然ドジキャラのリリア。
そんなリリアを溺愛し、陰ながらこっそり見守る黒ヒョウ獣人のロルフは、いつもリリアに振り回されっぱなし。
実は二人の間にはある秘密が!?
剣と魔法、魔法道具が使えるファンタジーな世界で、テイマーとして活躍したい女の子と、好きなのに好きといえない獣人の男の子の、勘違い、溺愛、ジレジレ、時にヤンデレなドタバタ系ラブコメです!
『王女様は聖女様!?おてんば姫の冒険録~全属性の賢者、500年後に転生する!ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しにいきます!』と同じ世界です。今後「王女様~」のほうでも登場予定です。お楽しみに!
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
嘘コクのゆくえ
キムラましゅろう
恋愛
アニーは奨学金とバイトで稼いだお金で魔法学校に通う苦学生。
生活は困窮、他の学生みたいに愛だの恋だのに現を抜かしている暇などない生活を送っていた。
そんな中、とある教授の研究室で何らかの罰としてアニー=メイスンに告白して来いと教授が学生に命じているのを偶然耳にしてしまう。
アニーとは自分のこと、そして告白するように言われていた学生は密かに思いを寄せる同級生のロンド=ハミルトンで……
次の日、さっそくその命令に従ってアニーに嘘の告白、嘘コクをしてきたロンドにアニーは……
完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。
誤字脱字が罠のように点在するお話です。菩薩の如き広いお心でお読みいただけますと幸いです。
作者は元サヤハピエン主義を掲げております。
アンチ元サヤの方は回れ右をお勧めいたします。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
追放された『ただの浄化係』、実は国中の魔石を満たしていた精霊姫でした〜今さら戻れと言われても、隣国のイケメン皇帝が離してくれません〜
ハリネズミの肉球
ファンタジー
「おい、城の噴水が止まったぞ!?」
「街の井戸も空っぽです!」
無能な王太子による身勝手な婚約破棄。
そして不毛の砂漠が広がる隣国への追放。だが、愚かな奴らは知らなかった。主人公・ルリアが国境を越えた瞬間、祖国中の「水の魔石」がただの石ころに変わることを!
ルリアは、触れるだけで無尽蔵に水魔力を作り出す『水精霊の愛し子』。
追放先の干ばつに苦しむ隣国で、彼女がその力を使えば……不毛の土地が瞬く間に黄金のオアシスへ大進化!?
優しいイケメン皇帝に溺愛されながら、ルリアは隣国を世界一の繁栄国家へと導いていく。
一方、水が完全に枯渇し大パニックに陥る祖国。
「ルリアを連れ戻せ!」と焦る王太子に待っていたのは、かつて見下していた隣国からの圧倒的な経済・水源制裁だった——!
今、最高にスカッとする大逆転劇が幕を開ける!
※本作品は、人工知能の生成する文章の力をお借りしつつも、最終的な仕上げにあたっては著者自身の手により丁寧な加筆・修正を施した作品です。
記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】
かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。
名前も年齢も住んでた町も覚えてません。
ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。
プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。
小説家になろう様にも公開してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
