それでは逃げます、旦那さま

桜木彩

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序章

01:「それでは逃げます、旦那さま」

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 ――とことん家族運がない人生なんだわ……。

 ジゼル・マクレガーは己の境遇にため息をかずにはいられなかった。
 ――早いもので、結婚して約五年。
 恋人だったときにはこまめに愛を囁いてくれた夫も、結婚して以降はほとんど家に寄り付かない。真面目な人間だとばかり思っていたが――いや、それは実際、その通りなのだと思うが、釣った魚には餌をやらないタイプだったとは思いもしなかった。

 夫が言い訳によく使う『忙しい』という理由は本物だろう。

 なにしろ、彼は王国を守る騎士団の一員だ。それも、団長などという大役を任されているのだから、忙しくないわけがない。
 騎士として日々活躍する歳の離れた兄を見ていれば、ジゼルにもそれはわかった。怪我がもとですでに最前線は退いているが、もともとは父親もそうであった。

 だが、まさかこんなにすれ違うことになろうとは――。

 最近では、周囲から子どもの心配までされるようになったというのに、肝心の夫は帰ってこない。そもそも、数カ月に一度しか顔を見せず、やっと帰ってきたかと思えば領地運営の報告を聞くだけで、あとはもう疲れたと言って別室で寝てしまうのだ。子どもなど出来るわけがない。

 無論、奇跡が起きれば一緒に出掛けることもある。
 しかし、外出先で問題が起きれば、非番であるにもかかわらず真っ先に飛び込んでいくし、王宮から連絡が入ればとんぼ返りになる。
 夫の両親が他界したときに子爵位も継いでいるが、その一方で騎士を辞めるつもりはまだないらしく、領地運営はすっかりジゼルの仕事になってしまった。

 ジゼルの父親は騎士爵位を得ていたものの、それはこれまでの働きによって国から与えられたもの。当然領地はないので、ジゼルは夫の両親に教えを乞い、右も左もわからない状態から始めねばならなかった。
 不安を吐き出そうにも、受け止めてくれる夫はそばにいない。家で顔を合わせたときに相談しようとしたところで、「あとにしてくれないか」「今はつらいかもしれないが、もう少し頑張ってほしい」と言われるだけ。
 いつの間にか、ジゼルは言いたいことを言うことができなくなっていた。

 けれど、そんな終わりの見えない日々を終わらせる存在が現れたのだ。

「――いままであたしの代わりにありがとう、ジゼルさま」

 ジゼルは思わず苦笑を浮かべ、ほっと肩から力を抜いた。

(それでは逃げます、――旦那さま)
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