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其の壱 苧環勝のケース
嫌な予感ほどよく当たる
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翌朝、妻は相変わらず気分が悪いと言って寝室から出てこなかった。結婚して以来、こんな事は初めてだ。単純に体調が悪いだけという可能性も捨てきれなかったが、潔子との一件があって直ぐの事なので不安が募るばかりだ。
ひとまず、妻の負担にならぬよう朝食は出社途中のコンビニで取り、家に帰ってから詳しい話を聞くことにした。
◇
帰宅する頃には、すっかり日が沈んでいた。妻と自分の夕食が入ったスーパーの袋を片手に、玄関を開けて「ただいま」と声をかけるも妻は出てこない。おそらくまだ寝室にいるのだろうと思い、リビングに踏み入って電気を付ける。
そこで俺は息を飲んだ。
リビングはめちゃくちゃに荒らされていた。机や椅子、棚が倒れ陶器やガラスの破片、紙くずが辺り一面に散らばっている。そのただならぬ様子に衝撃を受けたが、リビングの真ん中で妻が座り込んでいるのを発見すると、全身から一気に汗が吹き出てきた。
「美心!!!」
一目散の妻に駆け寄り、抱きかかえると妻の全身を見渡した。幸い大きな怪我や傷は見受けられないが、その瞳からは大粒の涙が流れていた。
「どうした!? 何があった!!?」
俺の問いに妻は答えず、涙を流しながらただ首を横に振るのみだった。何もなかったはずはない。何か尋常ならざる事があったに違いない。そこまで考えて、俺ははっとする。今、このタイミングで、こんなことをしでかす人物を俺は一人しか知らない。妻を抱え上げて寝室のベットに寝かせると、強く抱きしめた。
「詳しい話は、後で必ずする。少し待っていてくれ」
努めて優しい口調でそう言うと、早足で玄関を出て叫ぶ。
「潔子おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
奴はついに超えてはならない一線を超えた。俺ではなく妻を狙ってきやがった。忌々しいことに、俺が一番されたくないことはよく理解している。携帯を取り出すと、奴がしつこくかけてきた番号に発信する。長いコール音の後、ぷつっという音が聞こえた。
「おい潔子!!! お前…」
「おかけになった電話は、電波の届かない場所にある、または電源が入っていないためかかりません…」
潔子の電話には繋がらず、お決まりのアナウンスが聞こえてきた。
「ちくしょう!!! 俺からかけた時に限って出やがらねぇ!!!」
俺は携帯を地面に叩きつける。携帯はガシャッ、ガシャッと音を立てて数回バウンドした後、数メートル先まで転がっていった。転がっていく携帯を見ていると、怒りが若干発散されたのか少し冷静になり、ある疑問が頭の中に浮かんできた。
(何であいつは、俺の家を知っているんだ…?)
当然、俺は教えていない。今の家はあいつが住んでいるところとはかなり離れた所にあるので、どこかでばったり会ったという事もない。あの日、俺の後をつけて来て特定されたのかとも思ったが、そんな様子もなかった。そもそも、俺の家を知っていたのならば、もっと前にこっちに来ていたはずだ。つまり、あいつが俺の家を知ったのは、最近...!
そこまで考えると、ある一つの可能性が浮かび上がってきた。
(まさか…そうなのか!? だがそれなら辻褄は合う!)
自分の考えを確かめる為、傷だらけになった携帯を拾い上げある人物へ発信する。そいつは、直ぐに通話に出た。
『よう、オダマキ! アザミとは上手くいったか?』
いつもと変わらぬ様子で電話に出たのは、先日潔子について相談した天竺だ。俺と潔子の共通の友人であり、俺の家の場所を知っているのはコイツしかいない。
『天竺、真面目な話だ』
『な、何だよ』
『お前、俺に隠している事はないか?』
俺は冷静に、だが確かな敵意を込めて天竺に問いかけた。天竺もそれを察したのか少し黙った後、話し始めた。
『その様子だと、アザミとは上手くいかなかったんだな』
『上手くいかなかったどころの話じゃない!! あいつは今日、俺の家に来て妻を襲ったんだ!!』
『…それは、そうか。そこまで………。奥さんの容態は?』
『幸い、怪我はしてない。だが相当なショックを受けてる』
『そう、少し安心した。でも、私も共犯だな』
『お前、何で潔子に俺の住所を教えたんだ!? 何で潔子の味方をするんだ!? 女同士の友情ってやつか!?』
そこまで言うと、天竺はまた少し黙った。携帯からは小さく鼻をすする音と嗚咽が聞こえて来る。
『天竺…。どうして…』
『…っだってしょうがなかったの! あんたが相談してくるちょっと前に、アザミがいきなり私の家に来て!! アザミは包丁を持ってて、もし私にあんたから連絡が来たら、自分と会うように促せって、そう脅されたの!!!』
『な...』
衝撃的な事実を告げられ、言葉を失う。潔子の奴が、まさかそこまでの事をして根回ししているとは、流石に想像していなかった。
『…お前の事情は分かった。迷惑をかけたな。でも、それなら会った時に教えてくれてもよかったんじゃ…』
『アザミもあの時あの場所にいたんだよ!! それで、私とあんたの会話も、私のスマホ越しに全部聞いてたの!! 言えるわけないじゃん!!!』
『潔子があの場所に...いた...!?』
またしても衝撃の事実を告げられる。確かに、あの時天竺はスマホをテーブルに置きっぱなしにしていた。そこから俺と彼女の話を盗み着いていたなら、おおっぴらなことは言えるはずがない。天竺が微妙に潔子よりの立場で話していたのも、それで説明がつく。俺の住所を聞き出すよう指示したのも、潔子だろう。
俺が沈黙していると、天竺の方から話を再開してきた。
『…それより、あんたは大丈夫なの? 潔子の狙いは、間違いなくあんたの方だよ』
『そうだな。俺も、潔子のことは放っておけない。これから、決着をつけに行く』
俺の家を荒らした潔子はまだこの近辺にいるはずだ。天竺に断りを入れ、最後に一つだけお願いをした。天竺はそれを了承し、通話を切った。
(あいつに巻き込まれるのは、もう俺だけで十分だ)
俺は、潔子との最後の対峙へと歩みを進めた。
ひとまず、妻の負担にならぬよう朝食は出社途中のコンビニで取り、家に帰ってから詳しい話を聞くことにした。
◇
帰宅する頃には、すっかり日が沈んでいた。妻と自分の夕食が入ったスーパーの袋を片手に、玄関を開けて「ただいま」と声をかけるも妻は出てこない。おそらくまだ寝室にいるのだろうと思い、リビングに踏み入って電気を付ける。
そこで俺は息を飲んだ。
リビングはめちゃくちゃに荒らされていた。机や椅子、棚が倒れ陶器やガラスの破片、紙くずが辺り一面に散らばっている。そのただならぬ様子に衝撃を受けたが、リビングの真ん中で妻が座り込んでいるのを発見すると、全身から一気に汗が吹き出てきた。
「美心!!!」
一目散の妻に駆け寄り、抱きかかえると妻の全身を見渡した。幸い大きな怪我や傷は見受けられないが、その瞳からは大粒の涙が流れていた。
「どうした!? 何があった!!?」
俺の問いに妻は答えず、涙を流しながらただ首を横に振るのみだった。何もなかったはずはない。何か尋常ならざる事があったに違いない。そこまで考えて、俺ははっとする。今、このタイミングで、こんなことをしでかす人物を俺は一人しか知らない。妻を抱え上げて寝室のベットに寝かせると、強く抱きしめた。
「詳しい話は、後で必ずする。少し待っていてくれ」
努めて優しい口調でそう言うと、早足で玄関を出て叫ぶ。
「潔子おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
奴はついに超えてはならない一線を超えた。俺ではなく妻を狙ってきやがった。忌々しいことに、俺が一番されたくないことはよく理解している。携帯を取り出すと、奴がしつこくかけてきた番号に発信する。長いコール音の後、ぷつっという音が聞こえた。
「おい潔子!!! お前…」
「おかけになった電話は、電波の届かない場所にある、または電源が入っていないためかかりません…」
潔子の電話には繋がらず、お決まりのアナウンスが聞こえてきた。
「ちくしょう!!! 俺からかけた時に限って出やがらねぇ!!!」
俺は携帯を地面に叩きつける。携帯はガシャッ、ガシャッと音を立てて数回バウンドした後、数メートル先まで転がっていった。転がっていく携帯を見ていると、怒りが若干発散されたのか少し冷静になり、ある疑問が頭の中に浮かんできた。
(何であいつは、俺の家を知っているんだ…?)
当然、俺は教えていない。今の家はあいつが住んでいるところとはかなり離れた所にあるので、どこかでばったり会ったという事もない。あの日、俺の後をつけて来て特定されたのかとも思ったが、そんな様子もなかった。そもそも、俺の家を知っていたのならば、もっと前にこっちに来ていたはずだ。つまり、あいつが俺の家を知ったのは、最近...!
そこまで考えると、ある一つの可能性が浮かび上がってきた。
(まさか…そうなのか!? だがそれなら辻褄は合う!)
自分の考えを確かめる為、傷だらけになった携帯を拾い上げある人物へ発信する。そいつは、直ぐに通話に出た。
『よう、オダマキ! アザミとは上手くいったか?』
いつもと変わらぬ様子で電話に出たのは、先日潔子について相談した天竺だ。俺と潔子の共通の友人であり、俺の家の場所を知っているのはコイツしかいない。
『天竺、真面目な話だ』
『な、何だよ』
『お前、俺に隠している事はないか?』
俺は冷静に、だが確かな敵意を込めて天竺に問いかけた。天竺もそれを察したのか少し黙った後、話し始めた。
『その様子だと、アザミとは上手くいかなかったんだな』
『上手くいかなかったどころの話じゃない!! あいつは今日、俺の家に来て妻を襲ったんだ!!』
『…それは、そうか。そこまで………。奥さんの容態は?』
『幸い、怪我はしてない。だが相当なショックを受けてる』
『そう、少し安心した。でも、私も共犯だな』
『お前、何で潔子に俺の住所を教えたんだ!? 何で潔子の味方をするんだ!? 女同士の友情ってやつか!?』
そこまで言うと、天竺はまた少し黙った。携帯からは小さく鼻をすする音と嗚咽が聞こえて来る。
『天竺…。どうして…』
『…っだってしょうがなかったの! あんたが相談してくるちょっと前に、アザミがいきなり私の家に来て!! アザミは包丁を持ってて、もし私にあんたから連絡が来たら、自分と会うように促せって、そう脅されたの!!!』
『な...』
衝撃的な事実を告げられ、言葉を失う。潔子の奴が、まさかそこまでの事をして根回ししているとは、流石に想像していなかった。
『…お前の事情は分かった。迷惑をかけたな。でも、それなら会った時に教えてくれてもよかったんじゃ…』
『アザミもあの時あの場所にいたんだよ!! それで、私とあんたの会話も、私のスマホ越しに全部聞いてたの!! 言えるわけないじゃん!!!』
『潔子があの場所に...いた...!?』
またしても衝撃の事実を告げられる。確かに、あの時天竺はスマホをテーブルに置きっぱなしにしていた。そこから俺と彼女の話を盗み着いていたなら、おおっぴらなことは言えるはずがない。天竺が微妙に潔子よりの立場で話していたのも、それで説明がつく。俺の住所を聞き出すよう指示したのも、潔子だろう。
俺が沈黙していると、天竺の方から話を再開してきた。
『…それより、あんたは大丈夫なの? 潔子の狙いは、間違いなくあんたの方だよ』
『そうだな。俺も、潔子のことは放っておけない。これから、決着をつけに行く』
俺の家を荒らした潔子はまだこの近辺にいるはずだ。天竺に断りを入れ、最後に一つだけお願いをした。天竺はそれを了承し、通話を切った。
(あいつに巻き込まれるのは、もう俺だけで十分だ)
俺は、潔子との最後の対峙へと歩みを進めた。
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