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遊馬友仁

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第11章~いつかのメリークリスマス~①

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一年で最も注目を集める中央競馬の大レースの余韻に浸りつつ、クリスマス・イブの夕刻を穏やかに過ごしていた秀明の元に飛び込んできた、突然の連絡。

「と、とりあえず落ち着こう!」

秀明は、受話器の向こうの亜莉寿に声を掛ける。
それは、彼女に対してだけでなく、自分自身も平静を保つためのものであったが……。
秀明の一言で、涙ぐんでいた亜莉寿の声も少し落ち着いて、冷静さを取り戻した様だ。

「気持ちが落ち着いてからで良いから、何があったか聞かせて」

努めて優しい声で語り掛ける秀明に、亜莉寿は、この日の午後に吉野家で起こった出来事を語った。
二ヶ月前に、アメリカの高校への編入に関する資料を集め始めた、と秀明に説明した亜莉寿だが、両親には、そのことを全く伝えていなかったらしい。
願書の受付期限が年明けに迫る中、亜莉寿は、二学期の成績報告とともに、唐突に来年度からのアメリカの高校に編入したい旨を伝えた。
亜莉寿としては、願書の受付期限間近に話すことで、なし崩し的に、両親に渡米を認めてもらおうと考えていた様だが───。

しかし、突然に話しを切り出された両親に、来年からの進路に対する自分の希望を聞き入れてもらえなかった彼女は、自宅を飛び出したそうだ。

亜莉寿の落ち着いた口調を聞ききながら、自身も冷静さを取り戻した秀明は、受話器を片手に思わず頭を抱えた。

(説明も交渉も、下手くそ過ぎ……)

亜莉寿から聞かせてもらった話は、彼女の主観に基づく点も多いだろうが、それをふまえても注意すべき点やツッコミどころが多数である。
しかし、ショックを受けている今の彼女に、客観的にそのことを伝えても、あまり意味はないだろう。

ならば、自分の出来ることは───。

「話しづらいことを、キチンと伝えてくれてありがとう。あと、二ヶ月前の約束通り、連絡をくれたことも───。ところで、自宅から出てるみたいやけど、今どこに居てるの?」

秀明の問いに帯する彼女の答えは、叔父の経営するレンタルビデオショップということだった。

「やっぱり、ビデオ・アーカイブスか……。了解!今から三十分くらいで、お店に行かせてもらうから、そこで待っててくれる?」

亜莉寿の了承をとりつけて電話を切った秀明は、キッチンの母親に向かって、

「ゴメン!ちょっと、クラスの友達のところに行って来るわ。なるべく、七時までには帰って来ようと思うけど、遅くなる様なら、連絡するから!」

と言い残して、自室に戻ってコートを羽織ると、自転車にまたがり、一路、仁川駅前のレンタルビデオショップを目指した。
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