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第4章〜What Mad Metaverse(発狂した多元宇宙)〜②

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 張り詰めるような緊張をともなった沈黙がしばらく続いたあと、銀河連邦の捜査官が口を開いた。
 
「いつかは話さなくちゃ――――――そう、思っていたんだけどね……」

 神妙な面持ちでゲルブは言葉を吐き出すが、普段、オレに対して深刻な表情を見せることのない親友の冬馬とうまの姿で語られると、なんだか、可笑しく感じてしまう。

「おいおい、そんなシリアスな雰囲気にならないでくれよ。ちょっと考えれば、理解わかることだったんだからさ」

 わざと、おどけたような口調で言うと、ゲルブも少しだけ表情をやわらげ、

「まあ、キミなら、そう言うだろうね……」

と言って苦笑した。
 
 遠慮せずに必要なことを語ってほしい、というこちらの想いが通じたようで、オレ自身も安堵する。
 ただ、いまは、こうして、彼らと和んでいる場合ではない。
 
 彼らもそのことに気づいたのか、オレに対する配慮は、いったん脇においておくと考えたのだろう。
 先ほどと同じように職務に忠実な捜査官の表情にもどった。
 
 気を取り直したように、ふたたび、ゲルブがたずねてくる。
 
「それじゃ、さっきの質問に戻るけど……このセカイに、急いでボクらを呼んだ理由は、なんなんだい?」

 質問を受け、彼らにとっても重要なことを伝えなくてはならないので、今度は、こちらが緊張感を持って応じる。

「あぁ、このセカイのももが、シュヴァルツに呼び出されたんじゃないか、と思うんだ」

「なんだって!? それは、確かなのか?」

「さっきも、言ったように確証はないが、胸騒ぎがするんだ。たしか、シュノ―は、オレたちのセカイの宮尾みやおの記憶や感覚を共有できるんだよな? 宮尾みやおが、ももの予定を聞いたときの記憶や感覚を再現できるか?」

 ゲルブの問いかけに答えながら、もうひとりの捜査官に話しを振ると、彼女は、真剣な表情でうなずき、

「やってみるべ……」

と言ってうなずき、しばらく目を閉じる。

 ついさっきまで、部室でオレたちと語っていた宮尾雪野みやおゆきのの記憶にアクセスができたのか、少しだけ痙攣したように頭部を揺すったシュノ―は、オレたちに彼女が共鳴したことを語った。
 
「たしかに、雪野ゆきのは、浅倉桃あさくらももが、玄野雄司くろのゆうじと会うんだ、と感じたようだべ……そして、それは、浅倉桃あさくらももが、雪野ゆきのに部室に行くのが遅れることを伝えた直後に、かすかに表情を赤らめながら、『もう……いつも、一緒に居るのに、なんでプレセントくらいで急に呼び出すかな……』と、独り言をつぶやいたのを聞いたからだべ……」

 その内容を予測していたオレは静かにうなずき、ゲルブに視線を送る。

浅倉桃あさくらももにプレゼントを送る男子は、他に居ないということなんだね?」

「あぁ、少なくとも、オレが知る限りはな……」

 オレが、ふたたびうなずくと、こちらの返答を確認した彼は、即座に応答した。

「わかった! キミの直感を信じよう。すぐに、ブルームたちに応援を要請しよう! あとは、浅倉桃あさくらももが、どこに向かったかだけど……」

「部室に来る意志があるってことは、校内に居る可能性が高い。学校内で人目がつかないところと言えば……」

 ゲルブの返答に応じたオレは、キルシュブリーテが河野雅美こうのまさみを連れ出したときのことを思い出す。
 口に出すよりも、身体が早く動いたオレは、

「屋上に行ってみる!」

と言って、部室を飛び出した。

「おいおい! 急に駆け出すなよ!」

 見覚えのない端末でブルームたちへの応援要請を行っているようすだったゲルブが、デバイスを操作しながら、オレに続き、

「わたすは、他の場所を当たってみるべ! なにかあったら、すぐに連絡するべさ!」

と言って、シュノ―は、部室を出ると、階下に続く階段を下りて行った。
 
 河野こうのに続き、ももの身にまで危険が迫ったら――――――。

(このセカイに永くとどまってしまったオレの責任だ……)

 そんな想いがこみ上げて来て、胸が苦しくなる。
 
 急にダッシュを始めた息苦しさも合わせて感じながら、ゲルブとともに屋上を目指す。

「ゲルブ……もしも、捜査官として必要だと感じたときは……」

玄野雄司くろのゆうじ……あまり、思いつめないようにしないと、だよ。キミとシュヴァルツは、別の人格だし、別の人間なんだから……」

 こちらを気づかっているのか、銀河連邦の捜査官は、そう返答するがオレとしては、自分なりに責任の取り方というモノは考えているつもりだ。
 オレが、そんな覚悟を決めながら、無言のまま屋上へ急ごうとすると、ゲルブは、さらに言葉を続ける。

「ボクらのセカイは、キミたちのセカイとは比べものにならないくらい技術も進んでいる。キミたちのセカイの住人が特別な装備もなしに、シュヴァルツや『ラディカル』のメンバーと対峙するのはムリだ』

(別の人格だし、別の人間か……たしかに、ゲルブと違って冬馬とうまにこんな言葉をかけられたことはなかったな……)

 普段は、クールな親友のことを思い出しながら、同じ姿の捜査官の語り口に胸が熱くなる。
  
「ゲルブ、ありがとう、な……ただ、本当に必要なときは、ためらわず職務を全うしてくれ」

 オレの少しあとを駆けている捜査官に返答して廊下の角を曲がると、屋上フロアに連なる階段とドアが視界に入った。
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