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第二部
第1章〜幼なじみは絶対に勝てないラブコメ〜①
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5月10日(火)
始業前に開始された黒田竜司を取り巻く不毛な争いは、放課後になっても継続されていた。
授業の合間の休み時間や昼休みなどはさすがに自重していたのか、二年A組の教室に来訪することのなかった佐倉桃華だったが――――――。
タイミングをはかっていたのだろう、竜司たちのクラスのショート・ホーム・ルームが終了するのとほぼ同時に、教室後方のドアが開き、
「お待たせしました、くろセンパイ! さぁ、広報部の活動に行きましょう!」
と、彼女はニーAの教室に姿を表した。
「別に待っちゃいないがな……」
満面の笑みで、上級生を迎える桃華に対し、竜司が気だるげに返事をしながら通学カバンを手に取ると、同じ広報部の部員である黄瀬壮馬と並んで、桃華と竜司に近づく影があった。
一瞬、憮然とした表情になった桃華が、すぐに取りつくろったようすで、わざとらしくたずねる。
「あれ? ワタシは、『広報部の活動に行こう』と声を掛けたつもりなんですケド……? どうして、部外者のヒトが、ついてこようとしてるんですか?」
明らかに敵意のこもった下級生の問いかけに、白草四葉は、余裕の笑みを浮かべ、
「わたしも、先週まで広報部のみんなと一緒に活動してたもの! 部長の花金サンも、とっても良くしてくれたし、広報部の活動に興味が湧いたから、部活見学に行かせてもらおうと思ったのだけど、新入部員のアナタに、見学を禁止する権限でもあるの?」
と、反論する。
(ハイ、論破!)
という心の声が聞こえてきそうな悠然とした上級生の表情に、「クッ……!」と言葉を漏らしかけた桃華は、その言葉をどうにか飲み込み、
「わかりました……じゃ、行きましょ! くろセンパイ!」
と、澄ました表情を作りながら、竜司に腕を絡ませようとする。
「ちょっ! ナニやって……」
四葉が、声をあげようとした瞬間、彼女の背後から、別の声がかけられた。
「あの、佐倉さん……放課後とはいえ、教室で、そういうことをするのは、良くないと思うな」
朝の授業前に続いてのリターンマッチに待ったをかけたのは、紅野アザミ。竜司と同じ、二年A組のクラス委員にして、一月半ほど前に、彼が自らの想いを告げた相手でもある。
午前中と同じく、またも、自分の行動を制止された桃華は、それでも、声をかけたアザミの人柄を考慮したのか、広報部の上級生に絡ませようとした腕をほどく。
そして、下級生のその仕草に、自分の功績ではないにもかかわらず、
「フフッ……」
と、勝ち誇ったような笑みを見せる四葉に対しても、アザミは、
「白草さんも、一年生には優しくしてあげてね」
やんわりとクギをさすことを忘れなかった。
その一言に、今度は、「うっ……」と、二の句が継げないでいる四葉の表情を見ながら、クラスメートたちが口々に感想を漏らす。
「おっ! 告白シーンの次は、修羅場展開か!?」
「なになに!? また、広報部の新しい企画が始まったの?」
教室のあちこちから、声が上がり広報部の部員である壮馬にも声がかけられる。
「知ってる! これ、フェイク・ドキュメンタリーとか、モキュメンタリーって呼ばれてるヤツだよね?」
「ねぇねぇ、黄瀬くん! これ、どこでカメラが回ってるの?」
この一ヶ月の間に、四葉と良く話すようになった石川奈々子と野中摩耶の問いに、
「あ~、どうだろう? ノーコメントってことで……」
オープン・スクールのイベントの真相を語ることができない彼は、曖昧に笑いながら、言葉を濁すしかない。
クラスメートたちが、四葉たちの言動をまともに取り合っていないのは、壮馬の発案で仕掛けれた、
《オープン・スクールでの黒田竜司の告白 = 広報部による企画行事》
という情報操作による影響が大きい。
県内でも有数の進学校である市立芦宮高校に通う生徒たちは、学業面での偏差値に比例して、
「周囲の色恋沙汰などの甘酸っぱさには、安易に流されたくない」
と考える人間が多い。
教室内で繰り広げられる、あまりにベタ(彼らの住む地域特有の表現)なラブコメ的展開に対しても、
「つ、釣られないぞ!」
と、情報強者を装う古のネット民のような心理バイアスが働き、桃華・四葉、アザミたち三人の言動を素直に受け取る生徒は少なかった。
目の前で展開される思春期的イベントに対して、冷静さを装った反応を示すクラスメートたちの言動を確認した壮馬が、
「ハァ」
と、密かに安堵のため息を漏らすと、
「朝に続いて、また、ややこしい状況になっていますね」
あらためて、彼に声をかけてくるクラスメートがいた。
紅野アザミの親友で文芸部に所属する天竹葵だ。
「あっ、天竹さん……ねぇ、ホントどうしようか?」
苦笑しながら問いかける彼に対して、葵はフォローを入れる。
「これは、そもそも、黒田くんが撒いたタネだと思うので、黄瀬くんが気に病む必要はないと思いますよ」
彼女の言葉で、少し不安が解消された壮馬が、
「ありがとう! そう言ってもらえると、ボクとしては気が楽になるよ」
と、礼を述べると、少し目を伏せた葵は「いえ……」と小声で応えつつ、
「私は、ノアをあのメンバーから連れ出してきます」
そう言って、竜司たち四人が集う輪の中に入っていった。
始業前に開始された黒田竜司を取り巻く不毛な争いは、放課後になっても継続されていた。
授業の合間の休み時間や昼休みなどはさすがに自重していたのか、二年A組の教室に来訪することのなかった佐倉桃華だったが――――――。
タイミングをはかっていたのだろう、竜司たちのクラスのショート・ホーム・ルームが終了するのとほぼ同時に、教室後方のドアが開き、
「お待たせしました、くろセンパイ! さぁ、広報部の活動に行きましょう!」
と、彼女はニーAの教室に姿を表した。
「別に待っちゃいないがな……」
満面の笑みで、上級生を迎える桃華に対し、竜司が気だるげに返事をしながら通学カバンを手に取ると、同じ広報部の部員である黄瀬壮馬と並んで、桃華と竜司に近づく影があった。
一瞬、憮然とした表情になった桃華が、すぐに取りつくろったようすで、わざとらしくたずねる。
「あれ? ワタシは、『広報部の活動に行こう』と声を掛けたつもりなんですケド……? どうして、部外者のヒトが、ついてこようとしてるんですか?」
明らかに敵意のこもった下級生の問いかけに、白草四葉は、余裕の笑みを浮かべ、
「わたしも、先週まで広報部のみんなと一緒に活動してたもの! 部長の花金サンも、とっても良くしてくれたし、広報部の活動に興味が湧いたから、部活見学に行かせてもらおうと思ったのだけど、新入部員のアナタに、見学を禁止する権限でもあるの?」
と、反論する。
(ハイ、論破!)
という心の声が聞こえてきそうな悠然とした上級生の表情に、「クッ……!」と言葉を漏らしかけた桃華は、その言葉をどうにか飲み込み、
「わかりました……じゃ、行きましょ! くろセンパイ!」
と、澄ました表情を作りながら、竜司に腕を絡ませようとする。
「ちょっ! ナニやって……」
四葉が、声をあげようとした瞬間、彼女の背後から、別の声がかけられた。
「あの、佐倉さん……放課後とはいえ、教室で、そういうことをするのは、良くないと思うな」
朝の授業前に続いてのリターンマッチに待ったをかけたのは、紅野アザミ。竜司と同じ、二年A組のクラス委員にして、一月半ほど前に、彼が自らの想いを告げた相手でもある。
午前中と同じく、またも、自分の行動を制止された桃華は、それでも、声をかけたアザミの人柄を考慮したのか、広報部の上級生に絡ませようとした腕をほどく。
そして、下級生のその仕草に、自分の功績ではないにもかかわらず、
「フフッ……」
と、勝ち誇ったような笑みを見せる四葉に対しても、アザミは、
「白草さんも、一年生には優しくしてあげてね」
やんわりとクギをさすことを忘れなかった。
その一言に、今度は、「うっ……」と、二の句が継げないでいる四葉の表情を見ながら、クラスメートたちが口々に感想を漏らす。
「おっ! 告白シーンの次は、修羅場展開か!?」
「なになに!? また、広報部の新しい企画が始まったの?」
教室のあちこちから、声が上がり広報部の部員である壮馬にも声がかけられる。
「知ってる! これ、フェイク・ドキュメンタリーとか、モキュメンタリーって呼ばれてるヤツだよね?」
「ねぇねぇ、黄瀬くん! これ、どこでカメラが回ってるの?」
この一ヶ月の間に、四葉と良く話すようになった石川奈々子と野中摩耶の問いに、
「あ~、どうだろう? ノーコメントってことで……」
オープン・スクールのイベントの真相を語ることができない彼は、曖昧に笑いながら、言葉を濁すしかない。
クラスメートたちが、四葉たちの言動をまともに取り合っていないのは、壮馬の発案で仕掛けれた、
《オープン・スクールでの黒田竜司の告白 = 広報部による企画行事》
という情報操作による影響が大きい。
県内でも有数の進学校である市立芦宮高校に通う生徒たちは、学業面での偏差値に比例して、
「周囲の色恋沙汰などの甘酸っぱさには、安易に流されたくない」
と考える人間が多い。
教室内で繰り広げられる、あまりにベタ(彼らの住む地域特有の表現)なラブコメ的展開に対しても、
「つ、釣られないぞ!」
と、情報強者を装う古のネット民のような心理バイアスが働き、桃華・四葉、アザミたち三人の言動を素直に受け取る生徒は少なかった。
目の前で展開される思春期的イベントに対して、冷静さを装った反応を示すクラスメートたちの言動を確認した壮馬が、
「ハァ」
と、密かに安堵のため息を漏らすと、
「朝に続いて、また、ややこしい状況になっていますね」
あらためて、彼に声をかけてくるクラスメートがいた。
紅野アザミの親友で文芸部に所属する天竹葵だ。
「あっ、天竹さん……ねぇ、ホントどうしようか?」
苦笑しながら問いかける彼に対して、葵はフォローを入れる。
「これは、そもそも、黒田くんが撒いたタネだと思うので、黄瀬くんが気に病む必要はないと思いますよ」
彼女の言葉で、少し不安が解消された壮馬が、
「ありがとう! そう言ってもらえると、ボクとしては気が楽になるよ」
と、礼を述べると、少し目を伏せた葵は「いえ……」と小声で応えつつ、
「私は、ノアをあのメンバーから連れ出してきます」
そう言って、竜司たち四人が集う輪の中に入っていった。
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