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第三部
第2章〜共鳴せよ! 市立芦宮高校文芸部〜①
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5月29日(日)
~黄瀬壮馬の見解~
天竹さんをはじめ、文芸部のみんなの提案で、ようやくボクたちのチームも、生徒会に提出する動画作成案を絞り出すことが出来た。
土曜日の夕方まで天竹さんと協議を行い、チームの動画作成案をGoogleスライドにまとめて、学内ネットワークの生徒会専用フォルダに保管する。
自分たちのことながら、こんな初歩的なところで苦労しているようでは、先が思いやられる、と思わないでもないけど……。
なんとか、最初の山場を乗り越えて、ホッとしたボクは、穏やかな気持ちで、竜司と一緒に楽しみにしていた日本ダービーを観戦できることに、しみじみと喜びを覚えていた。
午後3時00分――――――。
竜司が一人暮らしをしているマンションの隣りにある編集スタジオの大型テレビの前で、出走を待っていると、その友人が声を掛けてきた。
「壮馬、おまえの予想動画は見せてもらったけど、最終見解は変わらずか?」
「パドックの後の本馬場入場が終わるまでは何とも言えないけど、今のところ、ボクが本命に推してるドウデュースの気配は良いみたいだね。竜司は、どの馬が勝つと思ってるの?」
「オレは、イクイノックスだな! 黒光りして雄大な馬体を見ろよ! さすが、キタサンブラック産駒だ」
「さすが、って言うけどさ……キタサンブラックって、今年のクラシック世代が初年度産駒じゃん!? まだ、全体的な傾向も掴めないうえに、今のところ、イクイノックスくらいしか活躍馬は出てないよ?」
「なんだよ……細かいことは、イイんだよ……」
そう語る竜司が、キタサンブラックの産駒を推しているのは、ウマ娘の影響だろうなぁ……と、苦笑しつつ、友人が本命視する黒い毛艶が映えるイクイノックスの大きな馬体には、人を魅了するオーラがあると感じる。
今回のダービーは、竜司の推すイクイノックス、ボクの本命馬ドウデュース、皐月賞では4着に敗れたもののダービーが開催される東京競馬場では2戦2勝のダノンベルーガが3強と目されている。
ボクは、自身が更新している動画サイトで、ドウデュースを軸にして、イクイノックスとダノンベルーガ、そして、先行力のあるアスクビクターモアを含めた4頭を推奨させてもらった。
テレビ画面越しにも伝わってくるサラブレッドの美しさに、あらためて感動を覚えながら、パドックを周回する馬たちを注視していると、竜司が再び声を掛けてきた。
「なぁ、もし、今日、出走している馬のプロモーションビデオを作るなら、壮馬は、どの馬を選ぶ?」
「なんだよ、急に? それは、今回のボクたちの動画制作を念頭に入れてってこと?」
「そうだな! 推すポイントがわかっていると、PVも作りやすいだろう?」
なるほど……たしかに、竜司の言うことも一理ある。
リアルに馬券を購入できない年齢のボクたちは、推し馬を選んで、レースを観ることで観戦に熱を入れている。
さらに、動画を制作するとなれば、出走するサラブレッドに関係する人たちの想いをまとめて作品に仕上げるか、純粋に対象となる馬のレースシーンだけを集めて編集するか、考えただけでも、ボクはワクワクしてしまう。
そうして、レースの情報を集めたサイトで出馬表を再確認しながら、友人の質問に答える。
「今年のダービー出走馬では、ビーアストニッシドの生産牧場がユニークで面白いんだよね……でも、やっぱり、制作するならドウデュースのプロモかな? もし、ダービーを制覇したら、武豊と凱旋門賞に挑戦するらしいし、オーナーの思い入れも含めて、ドラマ性が抜群だよ!」
「そっか……オレの方は、血統的なことも考慮して、やっぱ、イクイノックスしかないな! キタサンブラックは、ダービーだけ惨敗してるんだよな~。ここは、父親の仇を取ってもらいたい」
「ふ~ん、竜司は、あくまで血統にこだわるんだね」
友人の言葉に返答すると、彼は、「おう!」と応じたあと、こんなことを提案してきた。
「あっ、そうだ! お互い思い入れがある馬は、キレイに別れたし、イクイノックスとドウデュース、どっちが勝つか賭けないか?」
「イイよ! 推し馬の着順が上だった方が、ジュース1本おごってもらうってことで良いよね?」
竜司と、そんな会話を交わしているうちに、出走馬たちの馬場への入場も終わり、スタートの時刻が近づいてくる。
ボクは、出走馬の関係者ではないし、お金を賭けているわけではないのに、緊張感が高まってきた。
白のジャケットと帽子に身を包んだスターターが、台上から赤い旗を振り、レースの準備ができていることを合図すると、陸上自衛隊中央音楽隊の演奏するファンファーレが鳴り、ボクの鼓動は、さらに早くなる。
ファンファーレの演奏が終わり、一瞬の静寂が生まれたあと、ゲートが開き、場内からは再び歓声が沸き起こった――――――。
ボクの本命馬ドウデュースも、竜司の推し馬イクイノックスも、予想どおり後方に控えるレースプランのようだ。
皐月賞では逃げることができなかったデシエルトが、今回は先頭を譲らず、ボクの推奨馬の1頭アスクビクターモアは二番手をキープしている。
3強の中では、ダノンベルーガが、最も前に位置取りを取っていて、18頭のちょうど真ん中あたり。
ドウデュースとイクイノックスは、最後の直線に向かう第四コーナーに入っても、まだ後方のままだが――――――。
2頭は、その四コーナーを他馬とは次元の違うスピードで駆け上がっていく!
直線に入ると、早めに先頭に立ったアスクビクターモアが粘ろうとする中、黄色い帽子のドウデュースとピンクの帽子のイクイノックスが、もの凄い勢いで追い込んできた。
「来い! ドウデュース、来い!」
「イクイノックス、行っけ~~~!」
まるで、ボクと竜司の声に応えるかのように驚異的な瞬発力を繰り出す2頭は、グングン他の馬たちを引き離していく。
先に先頭に立ったドウデュースを、イクイノックスが、さらに追い詰める。
交わされるか――――――。
と、身構えた瞬間、粘る馬と追い詰める馬の脚色が同じになり、ドウデュースが、クビの差だけイクイノックスを凌ぎきった。
2頭がゴール板を駆け抜けると、立ち上がっていたボクたちは、お互いに目を合わせる。
そして、一瞬の間をおいたあと、
「おし! やった~!」
と、ボクは声をあげて、両手を高く掲げ、一方の竜司は、
「くっ~! 惜しかった~」
と、うつむきながら、ガックリと膝をついた。
「約束どおり、コンビニに飲み物を買いに行くか……敗けたのは悔しいが……それにしても、良いレースだったなぁ」
悔しそうに言う竜司に、ボクは声をかける。
「悪いね竜司! ただ、今年も素晴らしいダービーが見られたことには同意するよ!」
「あぁ、去年のシャフリヤールとエフフォーリアの対決も見応えがあったけど、今年のレースは、それ以上だったかもな!」
「うん! だね!!」
白熱したレースの余韻にひたりつつ、自分の本命馬が見事に勝利した上に、推奨馬が揃って上位入線をはたしたことに喜びを感じながら、ボクは竜司とともに、行きつけのコンビニに向かった。
~黄瀬壮馬の見解~
天竹さんをはじめ、文芸部のみんなの提案で、ようやくボクたちのチームも、生徒会に提出する動画作成案を絞り出すことが出来た。
土曜日の夕方まで天竹さんと協議を行い、チームの動画作成案をGoogleスライドにまとめて、学内ネットワークの生徒会専用フォルダに保管する。
自分たちのことながら、こんな初歩的なところで苦労しているようでは、先が思いやられる、と思わないでもないけど……。
なんとか、最初の山場を乗り越えて、ホッとしたボクは、穏やかな気持ちで、竜司と一緒に楽しみにしていた日本ダービーを観戦できることに、しみじみと喜びを覚えていた。
午後3時00分――――――。
竜司が一人暮らしをしているマンションの隣りにある編集スタジオの大型テレビの前で、出走を待っていると、その友人が声を掛けてきた。
「壮馬、おまえの予想動画は見せてもらったけど、最終見解は変わらずか?」
「パドックの後の本馬場入場が終わるまでは何とも言えないけど、今のところ、ボクが本命に推してるドウデュースの気配は良いみたいだね。竜司は、どの馬が勝つと思ってるの?」
「オレは、イクイノックスだな! 黒光りして雄大な馬体を見ろよ! さすが、キタサンブラック産駒だ」
「さすが、って言うけどさ……キタサンブラックって、今年のクラシック世代が初年度産駒じゃん!? まだ、全体的な傾向も掴めないうえに、今のところ、イクイノックスくらいしか活躍馬は出てないよ?」
「なんだよ……細かいことは、イイんだよ……」
そう語る竜司が、キタサンブラックの産駒を推しているのは、ウマ娘の影響だろうなぁ……と、苦笑しつつ、友人が本命視する黒い毛艶が映えるイクイノックスの大きな馬体には、人を魅了するオーラがあると感じる。
今回のダービーは、竜司の推すイクイノックス、ボクの本命馬ドウデュース、皐月賞では4着に敗れたもののダービーが開催される東京競馬場では2戦2勝のダノンベルーガが3強と目されている。
ボクは、自身が更新している動画サイトで、ドウデュースを軸にして、イクイノックスとダノンベルーガ、そして、先行力のあるアスクビクターモアを含めた4頭を推奨させてもらった。
テレビ画面越しにも伝わってくるサラブレッドの美しさに、あらためて感動を覚えながら、パドックを周回する馬たちを注視していると、竜司が再び声を掛けてきた。
「なぁ、もし、今日、出走している馬のプロモーションビデオを作るなら、壮馬は、どの馬を選ぶ?」
「なんだよ、急に? それは、今回のボクたちの動画制作を念頭に入れてってこと?」
「そうだな! 推すポイントがわかっていると、PVも作りやすいだろう?」
なるほど……たしかに、竜司の言うことも一理ある。
リアルに馬券を購入できない年齢のボクたちは、推し馬を選んで、レースを観ることで観戦に熱を入れている。
さらに、動画を制作するとなれば、出走するサラブレッドに関係する人たちの想いをまとめて作品に仕上げるか、純粋に対象となる馬のレースシーンだけを集めて編集するか、考えただけでも、ボクはワクワクしてしまう。
そうして、レースの情報を集めたサイトで出馬表を再確認しながら、友人の質問に答える。
「今年のダービー出走馬では、ビーアストニッシドの生産牧場がユニークで面白いんだよね……でも、やっぱり、制作するならドウデュースのプロモかな? もし、ダービーを制覇したら、武豊と凱旋門賞に挑戦するらしいし、オーナーの思い入れも含めて、ドラマ性が抜群だよ!」
「そっか……オレの方は、血統的なことも考慮して、やっぱ、イクイノックスしかないな! キタサンブラックは、ダービーだけ惨敗してるんだよな~。ここは、父親の仇を取ってもらいたい」
「ふ~ん、竜司は、あくまで血統にこだわるんだね」
友人の言葉に返答すると、彼は、「おう!」と応じたあと、こんなことを提案してきた。
「あっ、そうだ! お互い思い入れがある馬は、キレイに別れたし、イクイノックスとドウデュース、どっちが勝つか賭けないか?」
「イイよ! 推し馬の着順が上だった方が、ジュース1本おごってもらうってことで良いよね?」
竜司と、そんな会話を交わしているうちに、出走馬たちの馬場への入場も終わり、スタートの時刻が近づいてくる。
ボクは、出走馬の関係者ではないし、お金を賭けているわけではないのに、緊張感が高まってきた。
白のジャケットと帽子に身を包んだスターターが、台上から赤い旗を振り、レースの準備ができていることを合図すると、陸上自衛隊中央音楽隊の演奏するファンファーレが鳴り、ボクの鼓動は、さらに早くなる。
ファンファーレの演奏が終わり、一瞬の静寂が生まれたあと、ゲートが開き、場内からは再び歓声が沸き起こった――――――。
ボクの本命馬ドウデュースも、竜司の推し馬イクイノックスも、予想どおり後方に控えるレースプランのようだ。
皐月賞では逃げることができなかったデシエルトが、今回は先頭を譲らず、ボクの推奨馬の1頭アスクビクターモアは二番手をキープしている。
3強の中では、ダノンベルーガが、最も前に位置取りを取っていて、18頭のちょうど真ん中あたり。
ドウデュースとイクイノックスは、最後の直線に向かう第四コーナーに入っても、まだ後方のままだが――――――。
2頭は、その四コーナーを他馬とは次元の違うスピードで駆け上がっていく!
直線に入ると、早めに先頭に立ったアスクビクターモアが粘ろうとする中、黄色い帽子のドウデュースとピンクの帽子のイクイノックスが、もの凄い勢いで追い込んできた。
「来い! ドウデュース、来い!」
「イクイノックス、行っけ~~~!」
まるで、ボクと竜司の声に応えるかのように驚異的な瞬発力を繰り出す2頭は、グングン他の馬たちを引き離していく。
先に先頭に立ったドウデュースを、イクイノックスが、さらに追い詰める。
交わされるか――――――。
と、身構えた瞬間、粘る馬と追い詰める馬の脚色が同じになり、ドウデュースが、クビの差だけイクイノックスを凌ぎきった。
2頭がゴール板を駆け抜けると、立ち上がっていたボクたちは、お互いに目を合わせる。
そして、一瞬の間をおいたあと、
「おし! やった~!」
と、ボクは声をあげて、両手を高く掲げ、一方の竜司は、
「くっ~! 惜しかった~」
と、うつむきながら、ガックリと膝をついた。
「約束どおり、コンビニに飲み物を買いに行くか……敗けたのは悔しいが……それにしても、良いレースだったなぁ」
悔しそうに言う竜司に、ボクは声をかける。
「悪いね竜司! ただ、今年も素晴らしいダービーが見られたことには同意するよ!」
「あぁ、去年のシャフリヤールとエフフォーリアの対決も見応えがあったけど、今年のレースは、それ以上だったかもな!」
「うん! だね!!」
白熱したレースの余韻にひたりつつ、自分の本命馬が見事に勝利した上に、推奨馬が揃って上位入線をはたしたことに喜びを感じながら、ボクは竜司とともに、行きつけのコンビニに向かった。
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