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幕間その2〜セ界制覇へ突き進め!∨やでタイガース〜2015年その④
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虎太郎が、席を立ち、教室から出て行ったのを視界の端にとらえていたものの、大して気にもとめなかった榎田麻陽は、質問した相手の返答に、戸惑いながら問い返す。
「えっ!? 『文化祭が終わるまで待って』って、そのあと、北川と付き合うってこと?」
早めに登校してきている数名のクラスメートたちに聞こえないように注意しながら、麻陽が、小声で神奈にたずねると、文化委員の女子は驚いた表情で、あわてて答える。
「違う、違う! 今は、忙しいから、返事をするのは、文化祭が終わるまで待ってっていう意味なんやけど……」
相手の返答に、「あ~」と、納得した麻陽は、「そっか~」と相づちを打ちながらも、クギを刺すことをことを忘れない。
「でも、それって、ちゃんと北川に伝わってる?」
「えっ!? 相手に伝わってる、ってどういうこと?」
と、問い返す神奈に、麻陽は、説明する。
「私が勘違いしたみたいに、北川は、文化祭が終わるまで待って、そのあとに付き合えると思ってないかってこと。ちゃんと、返事を待ってって北川に伝えてる?」
その一言に、文化委員の顔は、サッと青ざめる。
「そこまでは、ちゃんと言ってなかったかも……」
神奈の返答に、麻陽は、再び「あ~」と声をあげたあと、苦笑しながらも、キッパリと自分自身の見解を述べる。
「それなら、早めに北川に伝えておいた方が良いと思うで……最悪の場合、調子に乗って、『文化祭が終わったら、橋本と付き合える』って、周りに言いふらしてるかも……」
その言葉を聞いて、神奈の表情は、さらに青白いモノになった。
「そ、そんなんなったら……どうしよう……」
狼狽するクラスメートを不憫に思ったのか、表情を柔らかくした麻陽は、神奈を落ち着かせるように、相手の肩に手をおいて「大丈夫、心配ないって」と、言葉をかけたあと、
「北川が、教室で何か言い出す前に、女子には事情を話しておこう。私も協力するから!」
と、笑顔でサポートすることを申し出た。
「あ、ありがとう、麻陽……」
自分の言葉に、こわばっていた表情をゆるめつつも、どこか申し訳なさそうな様子の神奈に対して、麻陽は、笑顔で応える。
「お礼なんかイイって! 私、北川にちょっとムカついてるから! 私のすぐあとに、神奈にも告るとか、ホンマ、どんな神経してんねん? 男子って、なんでこんなにデリカシーないん? それとも、ただのアホなん?」
もう周りに聞かれても困らないと考えたのか、声を張る麻陽に神奈も同調する。
「それ、私も気になっててん! この前、麻陽に告白したばっかりやのに、誰でもイイんか……?って。だから、サッサと断ろうかと思ったけど、どうやって言ったら良いかわからなかったし、いまは、文化祭のことで頭がいっぱいやったから、そのことを考えるのはあとにしようと思って……」
「あ~、そういうことやったんか……だから、返答があいまいな感じになったんやね……」
納得したように言う麻陽の言葉に、神奈は、うんうん、と何度もうなずく。
「それなら、早速、北川が登校してくる前に、女子には話しとこうか?」
立ち上がって、少しずつ人数が増え始めた教室内の女子に声をかけようとする麻陽を神奈が制した。
「待って、麻陽! 私、もう一つ、麻陽に謝らないとあかんことがあるねん!」
腕を取って、引き留めようとするクラスメートの様子を不思議に思い、「なに? どうしたん急に?」と、たずねる麻陽。
すると、神奈は、真剣な表情で、彼女に語りかける。
「私、この前、麻陽が北川に告白されたって言うのを聞いたとき、北川に、『こんな忙しいときに、ナニ考えてるの?』って思ったけど……麻陽が話してる表情を見て、麻陽も満更でもないって思ってるんかな、って勘違してた……それやのに……私にこんなに優しくしてくれて……ホンマに、ゴメン!」
ペコペコと、何度も頭を下げる生真面目な文化委員に、再び苦笑しながら、
「そんなん、別に気にしてないから、謝らんでも良いって」
と、返事をしながら麻陽は、「それよりさ……」と、言葉を続ける。
「謝ってくれたついでに教えてほしいんやけど……神奈は、女子以外に誤解を解いておく必要のある男子とかいてないの?」
意味深な表情で、少し口角を上げ、ニヤリとしながらたずねる麻陽に、神奈は、困惑したような、あるいは動転したような表情で、答える。
「な、な、な、な、な、な、な、な、なに? 誤解を解いておく男子って?」
その動揺ぶりに可笑しそうに微笑みながら、麻陽は、相手に顔を寄せ、再び小声でたずねる。
「ようするに、いま、クラスに気になってる男子はいてないの、ってこと。その男子が、北川と神奈のことを誤解してたらイヤやろ?」
姉御肌のようなクラスメートに、自分の気持ちを見透かされているように感じつつ、神奈は、小さく首を縦に振る。
「クラスの意見がまとまらなくて困ってるときに、良いアイデアを出してくれたし、普段も真面目に仕事をしてくれてるから頼りになるなって思ってるねんけど……でも、その人、うちらのクラスに好きな人がいてるっぽいし……多分、先月、夏祭りに行った時のメンバーの誰かやと思う」
「えっ!? 中野くんって、そうなん?」
同性から見ても、いじらしいと感じる表情で答える神奈の言葉に、麻陽は、思わず声をあげそうになりながらも必死でこらえた。
そして、
「ちょっと! 誰も中野くんなんて言ってないやん!?」
と、誰が聞き手であっても、軽く受け流しそうな否定の言葉を口にする神奈の言葉を耳にしながら、榎田麻陽は、思案する。
自分の見た限り、中野くんが親しそうに話しているのは、神奈しかいなかったけど――――――。
ここで、余計なお節介を焼いて、中野くんの神奈に対する誤解を解こうとしても――――――。
私の見立てどおり、中野くんが神奈を気にかけてるなら、大きな前進になるけど――――――。
中野くんが気になってる女子が、夏祭りに行った、ひかり or のぞみのどちらかなら、事態がややこしくなるだけ――――――。
さらに、彼女にとっては、それ以上に気がかりなことがあった。
自分は、その男子と、あまり接点を持っていないので、その可能性は極端に低いと考えているが……。
もしも、中野虎太郎が、気にしている女子というのが、麻陽自身だったとしたら――――――。
仮にそうだとすれば、事態がややこしくなるだけにとどまらず、女子の間に、余計な緊張を生む事態になりかねない。
これは、彼女自身のうぬぼれということでは決してなく、ほとんど接点をもっていなかったはずの北川に、唐突に交際を申し込まれて迷惑をこうむる、という直近の経験から学んだ麻陽なりの防衛本能だった。
麻陽が知る限り、北川のことを気にかけている女子はクラスにいないため、彼が自分以外の女子に交際を申し込もうが気にする必要もないが、橋本神奈の気持ちを知ってしまった以上、中野虎太郎が、彼女以外の誰かを気にかけているとすれば、どうか、積極的な行動にはうつらないでほしい、というのが、榎田麻陽の本音だった。
(神奈と中野くんは、文化祭が終わったら、接点も少なくなると思うし、もし二人がお互いをおもいあっているとすなら、申し訳ないけど……それでも、いまの私にできることは、ない――――――)
そう結論づけた彼女は、
「そっか……! ゴメン、ゴメン! このことは、絶対に、私たちだけの話しにしような?」
と、真剣な眼差しで、文化委員を務めるクラスメートに返答し、会話を打ち切った。
その後、 榎田麻陽が予想したように、中野虎太郎と橋本神奈は、文化祭が終わって以降、仕事をする機会が減るとともに、会話を交わすことも少なくなり、2年生と3年生の進級時にクラスが別れたことをきっかけに、会話を交わす機会すらほとんどなく、高校の卒業を迎えたのだった。
※
日本シリーズ進出を果たした前年と同じく優勝争いには加わったものの、シーズン終盤で成績を落とした阪神タイガースの和田豊監督は退任となり、金本知憲が新監督となることが発表された。
さらに、この後、チームの主力となる坂本誠志郎と青柳晃洋が、ドラフト会議でタイガースからの指名を受けるのは、このシーズンが終わってからのことである。
・2015年の阪神タイガースの最終成績
勝敗:70勝 71敗 2引き分け
順位:セントラル・リーグ 3位
「えっ!? 『文化祭が終わるまで待って』って、そのあと、北川と付き合うってこと?」
早めに登校してきている数名のクラスメートたちに聞こえないように注意しながら、麻陽が、小声で神奈にたずねると、文化委員の女子は驚いた表情で、あわてて答える。
「違う、違う! 今は、忙しいから、返事をするのは、文化祭が終わるまで待ってっていう意味なんやけど……」
相手の返答に、「あ~」と、納得した麻陽は、「そっか~」と相づちを打ちながらも、クギを刺すことをことを忘れない。
「でも、それって、ちゃんと北川に伝わってる?」
「えっ!? 相手に伝わってる、ってどういうこと?」
と、問い返す神奈に、麻陽は、説明する。
「私が勘違いしたみたいに、北川は、文化祭が終わるまで待って、そのあとに付き合えると思ってないかってこと。ちゃんと、返事を待ってって北川に伝えてる?」
その一言に、文化委員の顔は、サッと青ざめる。
「そこまでは、ちゃんと言ってなかったかも……」
神奈の返答に、麻陽は、再び「あ~」と声をあげたあと、苦笑しながらも、キッパリと自分自身の見解を述べる。
「それなら、早めに北川に伝えておいた方が良いと思うで……最悪の場合、調子に乗って、『文化祭が終わったら、橋本と付き合える』って、周りに言いふらしてるかも……」
その言葉を聞いて、神奈の表情は、さらに青白いモノになった。
「そ、そんなんなったら……どうしよう……」
狼狽するクラスメートを不憫に思ったのか、表情を柔らかくした麻陽は、神奈を落ち着かせるように、相手の肩に手をおいて「大丈夫、心配ないって」と、言葉をかけたあと、
「北川が、教室で何か言い出す前に、女子には事情を話しておこう。私も協力するから!」
と、笑顔でサポートすることを申し出た。
「あ、ありがとう、麻陽……」
自分の言葉に、こわばっていた表情をゆるめつつも、どこか申し訳なさそうな様子の神奈に対して、麻陽は、笑顔で応える。
「お礼なんかイイって! 私、北川にちょっとムカついてるから! 私のすぐあとに、神奈にも告るとか、ホンマ、どんな神経してんねん? 男子って、なんでこんなにデリカシーないん? それとも、ただのアホなん?」
もう周りに聞かれても困らないと考えたのか、声を張る麻陽に神奈も同調する。
「それ、私も気になっててん! この前、麻陽に告白したばっかりやのに、誰でもイイんか……?って。だから、サッサと断ろうかと思ったけど、どうやって言ったら良いかわからなかったし、いまは、文化祭のことで頭がいっぱいやったから、そのことを考えるのはあとにしようと思って……」
「あ~、そういうことやったんか……だから、返答があいまいな感じになったんやね……」
納得したように言う麻陽の言葉に、神奈は、うんうん、と何度もうなずく。
「それなら、早速、北川が登校してくる前に、女子には話しとこうか?」
立ち上がって、少しずつ人数が増え始めた教室内の女子に声をかけようとする麻陽を神奈が制した。
「待って、麻陽! 私、もう一つ、麻陽に謝らないとあかんことがあるねん!」
腕を取って、引き留めようとするクラスメートの様子を不思議に思い、「なに? どうしたん急に?」と、たずねる麻陽。
すると、神奈は、真剣な表情で、彼女に語りかける。
「私、この前、麻陽が北川に告白されたって言うのを聞いたとき、北川に、『こんな忙しいときに、ナニ考えてるの?』って思ったけど……麻陽が話してる表情を見て、麻陽も満更でもないって思ってるんかな、って勘違してた……それやのに……私にこんなに優しくしてくれて……ホンマに、ゴメン!」
ペコペコと、何度も頭を下げる生真面目な文化委員に、再び苦笑しながら、
「そんなん、別に気にしてないから、謝らんでも良いって」
と、返事をしながら麻陽は、「それよりさ……」と、言葉を続ける。
「謝ってくれたついでに教えてほしいんやけど……神奈は、女子以外に誤解を解いておく必要のある男子とかいてないの?」
意味深な表情で、少し口角を上げ、ニヤリとしながらたずねる麻陽に、神奈は、困惑したような、あるいは動転したような表情で、答える。
「な、な、な、な、な、な、な、な、なに? 誤解を解いておく男子って?」
その動揺ぶりに可笑しそうに微笑みながら、麻陽は、相手に顔を寄せ、再び小声でたずねる。
「ようするに、いま、クラスに気になってる男子はいてないの、ってこと。その男子が、北川と神奈のことを誤解してたらイヤやろ?」
姉御肌のようなクラスメートに、自分の気持ちを見透かされているように感じつつ、神奈は、小さく首を縦に振る。
「クラスの意見がまとまらなくて困ってるときに、良いアイデアを出してくれたし、普段も真面目に仕事をしてくれてるから頼りになるなって思ってるねんけど……でも、その人、うちらのクラスに好きな人がいてるっぽいし……多分、先月、夏祭りに行った時のメンバーの誰かやと思う」
「えっ!? 中野くんって、そうなん?」
同性から見ても、いじらしいと感じる表情で答える神奈の言葉に、麻陽は、思わず声をあげそうになりながらも必死でこらえた。
そして、
「ちょっと! 誰も中野くんなんて言ってないやん!?」
と、誰が聞き手であっても、軽く受け流しそうな否定の言葉を口にする神奈の言葉を耳にしながら、榎田麻陽は、思案する。
自分の見た限り、中野くんが親しそうに話しているのは、神奈しかいなかったけど――――――。
ここで、余計なお節介を焼いて、中野くんの神奈に対する誤解を解こうとしても――――――。
私の見立てどおり、中野くんが神奈を気にかけてるなら、大きな前進になるけど――――――。
中野くんが気になってる女子が、夏祭りに行った、ひかり or のぞみのどちらかなら、事態がややこしくなるだけ――――――。
さらに、彼女にとっては、それ以上に気がかりなことがあった。
自分は、その男子と、あまり接点を持っていないので、その可能性は極端に低いと考えているが……。
もしも、中野虎太郎が、気にしている女子というのが、麻陽自身だったとしたら――――――。
仮にそうだとすれば、事態がややこしくなるだけにとどまらず、女子の間に、余計な緊張を生む事態になりかねない。
これは、彼女自身のうぬぼれということでは決してなく、ほとんど接点をもっていなかったはずの北川に、唐突に交際を申し込まれて迷惑をこうむる、という直近の経験から学んだ麻陽なりの防衛本能だった。
麻陽が知る限り、北川のことを気にかけている女子はクラスにいないため、彼が自分以外の女子に交際を申し込もうが気にする必要もないが、橋本神奈の気持ちを知ってしまった以上、中野虎太郎が、彼女以外の誰かを気にかけているとすれば、どうか、積極的な行動にはうつらないでほしい、というのが、榎田麻陽の本音だった。
(神奈と中野くんは、文化祭が終わったら、接点も少なくなると思うし、もし二人がお互いをおもいあっているとすなら、申し訳ないけど……それでも、いまの私にできることは、ない――――――)
そう結論づけた彼女は、
「そっか……! ゴメン、ゴメン! このことは、絶対に、私たちだけの話しにしような?」
と、真剣な眼差しで、文化委員を務めるクラスメートに返答し、会話を打ち切った。
その後、 榎田麻陽が予想したように、中野虎太郎と橋本神奈は、文化祭が終わって以降、仕事をする機会が減るとともに、会話を交わすことも少なくなり、2年生と3年生の進級時にクラスが別れたことをきっかけに、会話を交わす機会すらほとんどなく、高校の卒業を迎えたのだった。
※
日本シリーズ進出を果たした前年と同じく優勝争いには加わったものの、シーズン終盤で成績を落とした阪神タイガースの和田豊監督は退任となり、金本知憲が新監督となることが発表された。
さらに、この後、チームの主力となる坂本誠志郎と青柳晃洋が、ドラフト会議でタイガースからの指名を受けるのは、このシーズンが終わってからのことである。
・2015年の阪神タイガースの最終成績
勝敗:70勝 71敗 2引き分け
順位:セントラル・リーグ 3位
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