僕のペナントライフ

遊馬友仁

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幕間その4〜決戦・日本シリーズ!オリックス対阪神〜その⑦

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 11月5日(日)

 土曜日の第6戦が終わったあと、僕は意気消沈していた。

 彼女が一緒にいる手前、動揺している気持ちを悟られないよう、なんとか取り繕っていたけど、無駄な努力だったようで、球場からの帰り道では、

「落ち込まないで……また明日、勝てば優勝なんでしょ?」

と、声を掛けれたが、序盤に山本由伸を攻略できなかった第6戦の流れから、最後の第7戦を勝ちきることは、スリコギで腹を切るくらい難しいことのように思えた。

 球団の過去を振り返ると、第7戦までもつれ込んだ日本シリーズでは、1964年と2003年の二度に渡って、我がチームは、最終戦を落としている。
 それだけに、今年と同じように第5戦で王手を掛けたあと、第6戦で勝負を決めてしまわないとダメだ、と僕は考えていた。

 さらに、第7戦のバファローズの先発投手は、第2戦でタイガース打線を無失点に抑えた宮城大弥みやぎひろや。対する我がチームは、今シーズン最後まで不調から脱し切れなかった青柳晃洋あおやぎこうようのシリーズ初先発が予告されている。

 ペナントレースと日本シリーズを通じた両先発投手の近況から、この試合に勝利することは、豆腐の角で頭を割るくらいの至難の業であるように感じられる。

 ただ、

「良かったら、最後の試合も一緒にテレビで観戦する?」

という彼女の言葉には、遠慮なく甘えさせてもらう。

 そのかわり、と言ってはなんだけど、日曜日も彼女の家で料理を作らせてもらうことにした。

「今日くらいは、私が作ろうと思ってたのに……」

 と、奈緒美さんは言ったが、僕には、ある考えがあった――――――。

 これまでの6試合で、僕が彼女に料理を振る舞った先週の土曜日、今週の水曜日と木曜日に限って、我がチームは勝利を収めていた。
 逆にリメイク料理や球場での外食など、手料理を作っていない日は、バファローズが勝利している。

 自分の行動がプロ野球の勝敗に影響をおよぼすことなど、「ブラジルで羽ばたいた蝶がテキサスでハリケーンを巻き起こす」というバタフライ効果の例え話よりも確率が低いだろうけれど、自分のできるゲン担ぎは、全てやっておこうと考えて、(僕の予想では、日本中で同じことをした阪神ファンが数十万人の単位で居ると思う)自宅のトイレ掃除を済ませたあと、スマホでレシピを検索する。

 相手のチーム名にちなんだ、バッファローを使った料理を調べてみたが、さすがに日本で水牛の食用肉を購入することは難しかったので、料理名から連想し、バッファローウイングチキンを作ることにした。
 
 カリッと揚げたチキンウィングに、ホットソース(タバスコのように酸味の効いた辛いソース)とバターをからめ、ブルーチーズドレッシングにディップして食べる、というスーパーハイカロリーなテイストのこの料理、本場アメリカでは、スポーツ界最大のイベントであるアメリカンフットボールのスーパーボウル観戦には欠かせない定番メニューということで、日本最大のスポーツイベント(だとプロ野球ファンは思っている)日本シリーズ最終戦に相応しいディナーと言えるだろう。

「油でチキンを揚げてしまうと、とんでもないカロリーになりそう……」

 という彼女の懸念を考慮して、今回は、オーブンレンジでチキンを焼いてから作ることにした。
 
 レシピは、以下のとおり。
 
 ①オーブンを余熱、皮がカリッとするまでチキンウィングを15~20分焼く。
 (本家の味は、手羽先を油で揚げるらしい)
 ② ホットソースとバターをフライパンで温め、少し煮詰める。塩で調味、レモンジュースを加える。
 (煮すぎるとホットソースの酸味が飛んでしまうので注意)
 ③焼き上がったチキンウィングをホットソースのフライパンへ移しソースと和える。
 ④ブルーチーズドレッシングを添えて、できあがり。

 ブルーチーズドレッシングは、輸入食材好き御用達のカルディで手に入った。

 付け合せのトマトサラダとポテトフライ、それにメインのバッファローウイングチキンには欠かせないビールを注いで準備を整えると、試合中継開始時間の午後6時30分になった。

 ※

 僕の愚かなる悲観的な予想に反して、次代のエースと言われる相手先発だけでなく、我がチームの青柳さんも好投を見せ、両チーム無得点のまま、試合は中盤に突入した。

 ここまで、初回のヒットによるランナーを1人しか許していないバファローズの宮城はさすがの投球だが、速球派のアンダースローという珍しい投球スタイルのためか、バファローズ打線も青柳を打ちあぐねている様子が伝わってくる。

 このまま投手戦になるかと思われた試合ゲームが動いたのは、4回表だった――――――。

 一死ワンアウトを取られたあと、大山が死球で歩き、第4戦から5番に入っているノイジーが打席に立つ。

 前日、先制のホームランを放っている外国人打者は、一週間前の第2戦では、同じ4回表に1点を追うチャンスの場面で、宮城相手に空振り三振に切ってとられていた。

 そのシーンが脳裏をよぎった僕は、

(最悪三振でも良い……ダブルプレーゲッツーだけは避けて、次の原口までつなげてくれ……)

と願っていた。

 1球目は、真ん中やや外寄りのストレートでストライク。
 2球目は、内角いっぱいに決まるストレートでストライク。
 3球目は、外寄りのフォークボールを見送ってボール。

 カウントワンボールツーストライクで迎えた4球目――――――。

 宮城が投じた右打者の内角低めに落ちていく変化球を、ノイジーは、すくい上げるように振り抜いた!

 打球は大きな放物線を描き、レフト方向に飛んでいく。

 その光景を口を開けたまま、呆けたように観ていた僕は、ボールが頂点の高さから降下し始めると奈緒美さん宅のリビングのテレビに向かって、風を送るように、右から左へ向かって両手であおぐ!

 無論、そんな行動が何かの役に立った訳ではないけど、打球は、そのままレフトスタンドに吸い込まれていった。

「ヨシッ! ヨシッ! ヨッシャ~!!」

 彼女の家のリビングであることも忘れて、思わず大声で叫んでしまったが、近隣の家からも同じような歓声が上がっているのがわかった。

 前日のやまもとよしのぶ山本由伸やまもとよしのぶから打った先制ホームランにも驚いたが、シーズン中の本塁打数9本(そのうち2本は優勝決定後の実質的に消化試合でのもの)に終わった打者が、よもや2試合続けて、しかも、一年で最も重要な試合で、こんなにド派手な大仕事をやってのけるとは思ってもみなかった。

(ノイジー、あんなに低めのボールをスタンドに運べる技術を持ってたのか……)

 どちらかといえば、打撃よりも、外野からの俊敏な返球に注目が集まっていた外国人打者バッターの秘められていた能力チカラに感服しつつ、この選手に、

(ダブルプレーだけは避けてくれ……)

と祈っていた自分の不見識ぶりを恥じるしかない。

 とにかく、たった一振りでスタジアムの雰囲気と試合の流れを決定づけた、間違いなく球団史に残るであろう劇的な一発だった。

 試合は、その後も我がチームが主導権を握ったまま進み、5回表の森下、大山、ノイジーの連打による追加点もあって、ほぼ一方的な展開になった。

 さらに、9回表には、森下が日本シリーズの新人最多記録となる7打点目を挙げ、存在感を示した。

 そして、7点差の9回裏にマウンドに上がるのは、今シーズンの守護神・岩崎優いわざきすぐる――――――ではなく、シーズン後半から、岡田監督が、リリーフ陣の切り札・スペードのエースと高く評価していた桐敷拓馬きりしきたくまだった。

 その桐敷が、バファローズの4番森友哉もりともやをダブルプレーに打ち取ると、ベンチから拍手で送り出された岩崎がマウンドに向かう。

 しかし――――――。

 満を持して登板した岩崎は、その初球に、このシリーズで、すでに2本のホームランを放っている頓宮裕真とんぐうゆうまに、レフト5階席に届く特大のアーチを架けられた。

 生涯で初めて目にする日本一の瞬間を待ちわびていた僕と、その瞬間を一緒に迎えようとしていた彼女は、その光景に思わず顔を見合わせ、笑い声を上げてしまった。

(ホンマに、このチームだけは、最後まで期待どおりにイカへんな……)

 (いや、ここで愛嬌を示すのが、このチームのか……)

 そんなことを考えながら、苦笑していると、岩崎は次打者のマーウィン・ゴンザレスにもヒットを許したものの、続く杉本裕太郎すぎもとゆうたろうは高々と舞い上がるフライを打ち上げた。

 左中間の奥深くまで到達するかと思われたその飛球をレフトのノイジーとセンターの近本が追い、ノイジーが手を上げる。

 ボールが、そのグラブに収まった瞬間、僕は拳を握ったまま両手を高く挙げた。
 
「我が生涯に一片の悔い無し」

 というのは、最後の打者バッターとなった杉本のニックネームであるマンガのキャラクターの有名なセリフらしいが、僕にとって、阪神タイガースの日本一の瞬間を目にすることができたという事実は、まさに、この言葉が相応しい気がした。

 胴上げをされる岡田監督や選手たちを見ていると、深く身に沁みいる感情が、しみじみとした想いとなって、心が満ちてくる――――――。

 感無量というのは、こういう感情のことを言うのだろうか?

 一年間、いや、プロ野球選手となった瞬間から、苦労を重ねてきた選手たちとは比べるべくもないし、僕よりもずっと長い間、このチームを見守ってきたファンの人たちにも遠く及ばないけれど……。

 十五年の間、応援し続けた想いが、やっと報われた気がした。

 何よりも、こうして、僕の心を熱くさせてくれた選手たち、そして、チームを勝利に導いた監督やコーチに感謝したい。

 自分の人生において、大団円と言えるような場面に遭遇することが、いくつあるのかはわからないけれど、この日のこの場面は、間違いなく、そのひとつに数えて良いと思う。

 そんな感慨に浸りながら、テレビ画面に見入っていると、かたわらの彼女が、

「ホントに良かったね……幸せそうな虎太郎くんを見てると、なんだか、私も嬉しい気分になっちゃう……」

と言って微笑む。

 奈緒美さんのそんな言葉に照れながら、

「今度は、奈緒美さんが幸せそうな表情をしている場面に一緒に居たいな、って思う」

と、僕は答えた。 

「そっか……」

 と、答えた彼女の表情が満ち足りたモノのように感じられたのは、僕の思い違いでなければ良いんだけど――――――。
 
 そんな風に、試合終了後に放送されたニュース・ワイド番組を観ていると、その間に愛犬用のノミ・マダニ駆除剤のテレビ・コマーシャルが流れた。
 色々な犬種の犬が、ジャンプをするシーンが映し出されたそのコマーシャルを見ながら、彼女は、こんなことをつぶやく。 
 
「ねぇ、私たち一緒に居る機会も増えたし……せっかくだから、犬を飼ってみない?」

 海の向こうでホームラン王のタイトルまで取ってしまったあの選手にも負けないくらい犬好きである僕に、その提案を拒否する理由はなかった。
 
 【本日の試合結果】

 プロ野球日本選手権シリーズ オリックス 対 阪神 第7戦 

 オリックス 1ー7 阪神

 シリーズ最終戦となる大一番の先発投手は、バファローズが宮城大弥みやぎひろや、タイガースが青柳晃洋あおやぎこうよう
 両先発の好投で始まったゲームは、両チーム無得点で迎えた4回表に、ヒットと死球で作った一死一・二塁のチャンスで、シェルドン・ノイジーの3ランホームランが飛び出し、タイガースが3点を先制する。
 タイガースは、続く5回表にも、二死から森下翔太、大山悠輔、ノイジーの三連続タイムリーで、バファローズを突き放し、試合を決定づける。
 投げては、先発の青柳が5回途中まで無失点で切り抜け、その後も、島本浩也しまもとひろや伊藤将司いとうまさしが、バファローズ打線に得点を許さない。
 9回裏は、桐敷拓馬きりしきたくまが二死まで取った後、マウンドに登った守護神の岩崎優いわざきすぐるが、頓宮裕真とんぐうゆうまがホームランで失点したものの、最後の打者・杉本裕太郎すぎもとゆうたろうをレフトフライに打ち取り、38年ぶり2度目の日本一に。
 タイガースナインに胴上げされた岡田監督が、5度宙を舞った。
 
 ◎11月5日終了時点の日本選手権シリーズ成績
 
 阪神タイガース     4勝 日本一
 オリックスバファローズ 3勝
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