ネコとネズミの実験室

遊馬友仁

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第3章~第14話 スタンフォード監獄実験⑭~

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 8月4日~再実験翌日~

 深夜に実験が中止されてから、被験者になってくれた生徒たちと同じように、たっぷりと睡眠を取った私たちは、午前9時すぎに起きて被験者のみんなと一緒に朝食をとった。

 昨日の深夜まで続いた実験の影響で、囚人チームと看守チームの生徒同士で関係が険悪になるんじゃないかと思っていたんだけど……。

 男子生徒は、再実験で囚人チームに入っていたケンタが、看守チームの野球部メンバーと早々とコミュニケーションを取って、和やかな雰囲気を作っていた。

 一方の女子生徒は、再実験で看守チームだった佳衣子が、真っ先に囚人チームの九院さんと桑来さんに謝罪に行き、女子同士六人で和気あいあいとしたようすで談笑している。

 体育会系でサッパリとしたコミュニケーションの取り方に慣れている上に、同僚と言っても良い野球部のメンバーが多いケンタはともかく、個人主義者が多そうな美術部に所属している割に、女子同士の人間関係に敏感で、グループ内で、どのメンバーに語りかければ円滑なコミュニケーションが取れるかを把握している佳衣子の能力には、頭が下がる思いだった。

「昨夜、館内放送で伝えたデブリーフィングは、今日の午後から順次行っていく。ワタシたちが行った実験に対する不満は、そこで大いにぶつけてほしい」

 ネコ先輩が朝食の前にそう伝えていたので、各グループのテーブルでは、今回の実験に関する愚痴が噴出しているのかも知れない。

 朝食が終わったあと、一度、被験者メンバーには解散が告げられ、午後からは、希望者から優先して「デブリーフィング」という実験後の心理的ケアが行われることになった。

 そのケア療法が始まる前に、私はネコ先輩にたずねる。

「どうして、一度目と二度目の実験では、こんなにも違った結果になってしまったんでしょうか? メンバーも囚人と看守の生徒が入れ替わっただけなのに……二度目の実験の看守の人たちに、なにか問題があったんでしょうか?」

 私の疑問に先輩は、「やれやれ……」と、ため息をついて答える。

「キミは、ワタシが、この実験を始める前に、人は、どのようにして倫理的悪の側面に陥るのか―――? その謎をワタシたちの手で解き明かそう、と言ったことを覚えていないのかい? 事前のペーパーテストで、攻撃性の高い性格の生徒は排除しているよ」

「そう、ですよね……それじゃ、どうして?」

「まあ、まさに、このことが、オリジナルのスタンフォード監獄実験と、その実験に疑義を示して行われたBBCの監獄研究の結果の違いと言える。ただ、本題についての回答をていじする前に、ネズコくんに聞きたいことがある。キミは、『ミルグラム実験』というものを知っているかい?」

「いえ、残念ながら……勉強不足ですみません」

「そうか……それなら、その実験内容ならどうかな? 実験の概要は、以下のようなものだ。被験者たちはあらかじめ『体験』として45ボルトの電気ショックを受け、『生徒』が受ける痛みを体験させられる。次に『教師』と『生徒』は別の部屋に分けられ、インターフォンを通じてお互いの声のみが聞こえる状況下に置かれるんだ。被験者には武器で脅されるといった物理的なプレッシャーや、家族が人質に取られているといった精神的なプレッシャーは全くない。『教師』は『生徒』が問題に正解すると、次の単語リストに移る。一方、『生徒』が間違えると、『教師』は『生徒』に電気ショックを流すよう指示を受けた。電圧は、最初45ボルトで、『生徒』が1問間違えるごとに15ボルトずつ電圧の強さを上げていくよう指示された」

「あっ、その電気ショックの実験なら聞いたことがあります。中学校の理科の授業で、電流と電圧を習ったときに、専科の先生が、『人間は、どのくらいの電圧を受けると動けなくなるか?』って話をしたときに、余談として、その実験の話をしてました。これって、監獄実験と同じくらい有名な実験なんですよね?」

「あぁ、そのとおりだ。しかも、最初の実験から50年以上が経過している現在でも、何度も結果が再現されている社会心理学の分野における古典的な実験だ」

「そうなんですか? でも、その実験と監獄実験に、なんの関係が?」

「うむ……この説明だけだと関連性はわかりづらいな。ただ、ミルグラム実験の概要を知っているなら、その結果も聞いたことがあるだろう?」

「たしか、電圧を受けた生徒の反応は、どんどん苦しげになるので、教師役の被験者が実験の続行を拒否しようとすると、記録を取っている観察者が、『実験を続けてください』って言うんですよね? それで、どんどん電圧を上げて行って……」

「そのとおりだ。3分の2近くの被験者が、記録係の観察者の言われるまま、最大の電圧まで上げていった。実験を監修したスタンレー・ミルグラムは、この心理現象について『服従の危険性』として、まとめている」

「え~と、そのミルグラムの実験を監獄実験に当てはめると、教師役が看守、生徒役が囚人ということになるってことですか?」

「さすが、ネズコくん、察しが良いね。それなら、ワタシたちの実験の一度目と二度目、スタンフォードの実験とBBCの実験の差異がわかるだろう? 一度目と二度目の監察官としてのワタシの態度には、どんな違いがあった?」

「一度目と二度目の実験でのネコ先輩の言動の違い……あっ! もしかして、二度目の実験では、わざと看守の行動を煽ったんですか?」

 私が問い返すと、かすかに口角を崩したネコ先輩は静かにうなずいた。
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